2017年1月26日木曜日

【短詩・時評・3・4】オムライス・巨神兵・古仏・膜・グッピー・挫折・パチンコ屋・影・美少年・ゼリー・裸・意味-『川柳サイド Spiral Wave』の一視点-/柳本々々

  わたしの顔を見よ。わたしの名は「そうだったかもしれない」である。「もはやない」、「遅すぎる」、「さらば」とも呼ばれている。
  (アガンベン『涜神』)

小池正博さんが編集している柳誌『川柳サイド Spiral Wave』(私家本工房、2017年)が刊行されました。飯島章友さん、川合大祐さん、小池正博さん、榊陽子さん、兵頭全郎さん、わたしの各川柳30句が掲載されています。

  オムライスみんなこわくはないのかな  飯島章友「徘徊ソクラテス」

  巨神兵いい筋肉はやわらかく  川合大祐「インブリード」

  古仏から目玉が落ちる時刻だね  小池正博「人体は樹に、樹は人体に」

  膜という膜いもうとの紙やすり  榊陽子「ユイイツムニ」

  グッピーのピーが拡散されつくす  兵頭全郎「天使降る」

  挫折とプロフェッショナル挫折は違う  柳本々々「そういえば愛している」

で、ですね。この柳誌にはもう各川柳作品に加えて、小池正博さんが選出した「現代川柳百人一句」も掲載されています。その「現代川柳百人一句」に対して飯島章友さんが中村冨二の次の句を例にあげながらこんなことを書かれています。

   美少年 ゼリーのように裸だね  中村冨二

  わたしの認識からすると、冨二といえば「パチンコ屋 オヤ 貴方にも影が無い」を代表句とするのが定番なんです。正直、食傷気味になるくらい。だけど小池さんは、2010年代の「偏向」した目から冨二の代表句を選出しなおしたのだと思います。あくまでも推測ですが、小池さんが若い俳人や歌人と交流してきた経験から「いまならこれだ!」と敢えて掲出句を選んだ。そんな気がするのですね。
  (飯島章友「【お知らせ】「川柳サイド Spiral Wave」販売」『川柳スープレックス』(2017年1月20日)

飯島さんは「パチンコ屋」の句から「ゼリー」の句への〈定番〉の変更を「小池さんが若い俳人や歌人と交流してきた経験」からの「偏向」と書かれたけれど、じゃあ具体的になにが〈変わったのか〉を考えるのは少し興味深いと思うんです。それは今川柳というジャンルがどんなふうに動いているのか、どうみられようとしているかの一端があるかもしれないと思うからです。

たとえばこの冨二の句の〈変更=偏向〉を例に取るならば、

  パチンコ屋 オヤ 貴方にも影が無い  中村冨二

の句は〈実存的〉です。「影」があるかどうかというのはそのひとがそのひととして〈どう〉生きているかというそのひと固有の存在をめぐる問題なので、現実の存在としての、実存的な問題だと言えます。パチンコ屋にいるわたしにもあなたにも影がない。でもそのことを「オヤ」と指摘してきたときに、影のないわたしやあなたの存在感が逆説的に浮かび上がってきます。《ある・なし》が問題になっているからです。

一方で〈美少年ゼリー〉の句は、《ある・なし》が問題なのかではなく、《ある》こと、たとえば「美少年」の「裸」がどんなふうにさらなる《ある》ことへと《拡張・拡散》していくが問題になっています。実存的な問題はここにはなく、プレーンで平坦な「ゼリー」のような緩やかさがあります。存在のある・なしではなく、存在の拡張が問題になっている。ただし、「美」や「ゼリー」という修辞のようにそれは〈偏った〉拡張です。その意味でも「影」のような普遍性のレトリックではなく、〈偏った〉レトリックの句が選ばれているとも言えます。

まとめてみると、冨二の句の選出の〈変更=偏向〉からうかがえるのは、普遍的実存文学としての現代川柳を偏向拡張文学としての現代川柳へ移譲する試みと言えるかもしれません。偏向拡張というテーマを考えたときに、どうしてこの冊子のタイトルが「サイド」という〈偏り〉があるのか、〈スパイラルウェーブ〉という〈拡張〉があるのかがわかってくるような気もします(ほんとうのところはわたしもわからないですが)。

これはそもそも「現代川柳百人一句」じゃないか、冨二の一句だけからみて百句全体のことを言うなんて、と思われる場合もあるかもしれませんが、もしかすると現代川柳には、「影」という〈奥行き〉の追求だけでなく、「ゼリー」的な〈ずれ〉の探求というテーマも〈そもそも〉抱えていたのかもしれません(そういう現代川柳の〈ゼリー的な要素〉に気がついていたのは、川柳というジャンルの〈外部〉の人間が、たとえば俳句の小津夜景さんが川柳SF論として〈気づいていた〉のかもしれません。その意味で飯島さんが今回の〈選出の偏向〉を〈小池さんの他ジャンルとの交流〉の観点からとらえたのは興味深いと思います)。

現代川柳のゼリー性。たとえばおなじ「現代川柳百人一句」から。「思慕」が「意味」へと〈ゼリー〉のように変異する句。

  二週間経ったら思慕は意味になる  樋口由紀子
    (「現代川柳百人一句」『川柳サイド Spiral Wave』私家本工房、2017年)




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