2014年12月26日金曜日

三橋敏雄『真神』を誤読する 105. 色白の蛾もこゑがはりしをふせり/ 北川美美


105. 色白の蛾もこゑがはりしをふせり

「僕はマラルメの(詩集の)背表紙で、黒と白の縦模様がある蛾の腹を押し潰した。蛾は脹らんだ腹から体液が漏れる音とは別の小さな鳴き声をだした。」
(村上龍 『限りなく透明に近いブルー』)


「蛾」は密室の訪問者としてしばしば文芸作品に登場する。『限りなく透明に近いブルー』の上記の表現は、以前引用した安倍公房の初期作品『白い蛾』を想起する表現である。当時の<文学界に衝撃を与えた>という村上龍の表現は、単に暴力・セックスを題材にしたセンセーショナルな出来事ではなく、その誌的な描写にあっとことに納得するのである。


近年になり、実際に超音波のラブソングに騙される蛾と騙されない蛾がいることが研究結果で発表されている。交尾のために超音波を雄が出すのである(2013年6月20日発表の東京大学大学院農学生命科学研究科 研究成果の論文)

蛾も種を守るために、色仕掛けをするのだ。虫には虫の、植物には植物の世界がある。
昆虫には昆虫にしか聞こえない、見えない世界がある。

掲句の「蛾も」の「も」は、「人間」同様と解せる。人間男子が声変わりするのは思春期である。それと同時に「恋」というものを知る。変声期は人を好きになることを知る時期でもある。蛾もしかり。声変わりという発情と思える時期をあえて伏せることができるのかの事実はわからないが、色仕掛けを「伏せる」。けれど「蛾」という嫌われ者、ただし「醜さ」を隠すという意味合いの「色白」という表現が、蛾の美醜を示唆している。


そうなると「蛾」を登場させつつ、掲句は思春期の恋の句と読める。

以下は『真神』の他の<蛾>である。


きなくさき蛾を野霞へ追い落す 
面変りせし蛾よ花よ灰皿よ 

「真神」の<蛾>は常に表情があり、<蛾>というキャラクター使いに意外性がある。意表をつくトリックに驚くのである。


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