今回は現在あまり見ることのない家を読んだ句がテーマである。居住しているにしろ、その住宅が現在とは全く異なる住まいであることにより、戦後の風景が浮び出してくる。
【土蔵住ひ】
花断たず土蔵住居の秋に入る 石楠21・3 佐野良太
焼け残る雛を飾りて蔵住まひ ホトトギス 21・8 近藤いぬゐ
※土蔵は耐火施設となっているから空襲でも焼け残り、焼け跡にぽつんと土蔵が残っている風景は象徴的である。以下に述べる特殊な住居の中でも雨風の入らない土蔵住まいは上等の方と言わねばならない。しかしやはり生活のために作られた空間ではないから不自由も多い。
【壕舎】
壕天井木の根の雫あたたかき 石楠21・5 足立原斗南郎
壕住居おもふ冷雨を炉に籠り 石楠 臼田亜浪
壕舎出て麦の芽生えに咲捨つる 石楠 久保田俊
訴ふるごとき壕舎の一寒燈 冬雁21 大野林火
月上る壕舎のラヂオ楽奏づ 俳句研究 21・9 西島麦南
猫柳芽ぶき壕舎の名札たる 石楠 22・9/10 柴田黙風子
秋草に穴居の家族鶏飼へる 現代俳句 21・11 西島麦南
軍港や横穴に人棲みて月下 浜 28・11 小松進一
※壕舎の壕とは防空壕の壕である。戦中防空壕として使っていた施設は避難用の空間であるから辛うじて居住できないわけではなく、家が焼けてしまったあとではそうしたところに居住している人もいたわけである。私の個人的な回想でも、東京の区部で、昭和30年代を過ぎてからそうした壕舎で暮らしている親子を見た記憶がある。学校の近くに残された壕舎に母親と娘で暮らしていたようである。穴居という言葉が出てくるように、人類の文化の始めに戻るような環境なのである。
【バラック】
落葉する樹もなくバラック聚落す 石楠 21・5 和多野石丈子
六月の女すわれる荒筵 石田波郷 雨覆
バラックの部屋一杯に蚊帳つりぬ 万緑 21・12 古屋巴
バラックの子らに親しき寒雀 万緑 22・1 伊藤慈風人
木枯や俄か作りの映画館 万緑 22・2/3 清水万里子
バラックをつぶしさうなる南瓜生る 俳句 27・12 奥村善洋
バラックの暗さ秋刀魚の煙充つ 寒雷 27・2 鈴木恒男
バラック枯葉戦後全く父老いて 寒雷 28・5 山崎為人
手を延ばすバラックの屋根薔薇の箱 俳句 29・6/7 沢木欣一
※本来はスペイン語で兵隊のための天幕宿舎だったというが、兵舎、それが転じて災害や戦争被災に際してありあわせの材料で作った一時しのぎ の小屋という意味になった。だから関東大震災後にも、焼け跡に沢山のバラックが造られたという。上の句、畳がないから荒筵なのである。「(南瓜が)つぶしさう」「俄か作り」「手を延ばすと屋根」に粗末さはよく伝わる。それでも、土蔵や防空壕に比べれば生活それぞれの個性が浮かび上がってはいるようだ。
【仮住居】
小屋住居おもふ冷雨を炉に籠り 浜 21・1 臼田亜浪※バラックよりもう少しましな家かもしれない。
【硝子のない家】
硝子なき窓に冬日や大試験 浜 22・1 谷田川正三
※ただ家の要素が欠落していると、家ともいえないようだ。
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