四句目で「母」が出てきた。「ぐるみ」は接尾語であり、ある語の下に添えて「ひっくるめて」「残らず」などの意味を表す。となると「母ぐるみ」は「母をひっくるめて」「母は全て残らず」ということになるだろう。
「すべての母の中に胎児が沢山いるなぁ」ということだろうか。女性という性別からみる人を母体ととらえ、常に胎児が潜んでいるようにも読める。母から子が生まれる、おんなが子をはらむ、生殖という生命の普遍的テーマである。
高柳重信の『遠耳父母』は岩片仁次氏のタイトル命名であるが、戦中派世代の父母に対する胎内巡りの感覚が伝わってくる。その中のタイトル「母系」の冒頭句を引いてみる。
暗かりし
母を
泳ぎて
盲ひのまま
胎児目線の歌である。
敏雄は重信の句とともに取り上げられることがあるが、確かに『遠耳父母』と『眞神』の作者の目線は同じ延長線上にある。母という核の中でまだ外に出ていない自己の目線で下界を詠む。そして吉岡實の『死児』も同様の視点がある。戦後の昭和は物凄い勢いで復興を遂げた。敏雄・重信・實の戦中派世代は、まだ作者の頭の中の家族の風景が壊れていなく、母なる母性に還りたいというように読めてくる。胎内巡り、遍路の心境を想う。
ここで出て来る「胎児多しや」に危険性がはらむ。「胎児が多い」というのは幻想の比喩の世界に思える。何億もの精子の目線、大宇宙からみれば塵、μ(マイクロ)に等しい目線。まだ生を受けていない胎児、100年、1000年先の地球に暮らす人も百万分の一=μ(マイクロ)な生命として私たちを見ている・・・というこれも深読みのひとつだろうか。
さて「擬砲音」とは、模擬的に撃たれる鉄砲、大砲だろう。ここから筆者が想像するのは、映像などにみる自衛隊の演習である。擬砲音とともに「突撃!」の合図で進む自衛官たち(自衛隊演習では今も突撃というらしい)。そう、敏雄は新興俳句が試みた戦火想望俳句に熱中し山口誓子に激賞を受けていた。
撃ち來たる弾道見えずとも低し 『弾道』
高射砲と人と樹の枝を着け立てり 〃
しかし、掲句の「擬砲音」は戦火想望俳句におけるその砲のニュアンスと明らかに異なる。母、胎児に対して、何を意味しているのか。胎児にとって、未知なる外界の音は、すべてが「擬砲音」として聴こえるのかもしれない。母親の心臓の音、周囲の話声、羊水の向こうで聞こえる音は、まさに「擬砲音」に近いのかもしれない。
前三句から「馬の音・戦争・鉄」と続き、この「擬砲音」は、脈、心臓音のようで時計の振子が時を刻んでいるようにも想像できる。
「母」「胎児」「擬砲音」全てが記号のように見えてくる。深読みに足をとられそうな不思議な句である。『眞神』には母が、父が、そして胎児がしばしば登場する。母、父、胎児という詩的記号をここではつけておこう。
5. ぶらんこを昔下り立ち冬の園
胎児から子供に成長し、ぶらんこを下り立った過去を振り返っている。ぶらんこは振子でもある。なにか時を刻む時計のようでもある。やはり、#4の「擬砲音」が何かの脈、振子、時計という想像と「ぶらんこ」の登場が関係がありそうな気になる。
荒涼とした冬の園の景は子供が下り立つには厳し過ぎはしないだろうか。昔下り立ったのは子供だった(大人でもぶらんこには乗るので子供とも限定できないけれど)作者であろう。しかし意志をもって下り立っている。母の胎内から出て厳しい冬の空の下に敢て意志をもって下り立った。戦中派の敏雄世代が常に覚悟を持って前に踏み出そうとしているようにも思える。
昔ならば飛べる。高く飛んで別の世界へも行けた、というようにも見える。今までも感じてきたが敏雄の句には、ときどきリセット願望のようなものが見えてくる。
下五の「冬の園」を推敲前、「四十年」として『面』昭和38年7月号に発表している。やはり、冬の園は別の世界を示していると思える。冒頭第一句での「昭和衰えへ」の句で感じた時空のように、読者を今までの俳句概念と別の位置へ連れて行く敏雄独自の手法のようにも思える。「冬の園」は俳句の四季とは異なる別の異次元、まだ見たことのない俳句の荒野ということだろうか。その異次元にいくための「ぶらんこ」は詩的すぎる気もするが。
ちなみに、後の59句目にも「昔」を使用した句が出て来る(朝ぐもり昔は家に火種ひとつ)。この「昔(むかし)」という言葉は敏雄にとって意味のある言葉のようだ。敏雄の仲間である山本紫黄、大高弘達、そして高柳重信の句にもみることができる。
むかしより蕎麦湯は濁り花柘榴 山本紫黄
軽石の昔ながらに軽き夏 大高弘達
われら皆むかし十九や秋の暮 高柳重信
昔という尺度は個々の作者、読者により捉え方が異なる。三鬼に関わった同胞として紫黄、弘達、そして重信は、「昔から変わらない」敏雄の信頼の於ける俳友だっことを確信するが、掲句(#5)の『昔』は回顧ではなく、過去仮定(もし~だったならば)として読みたいと思う。
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