2024年8月23日金曜日

【連載通信】ほたる通信 Ⅲ(49)  ふけとしこ

   ざくざくと

初蝉や旧旅籠屋に靴脱げば

ざくざくと切りことことと煮るトマト

インク壺へ戻す一滴夜の秋

小父さんに貰ふ木つ端も夏休み

夏逝くとタオルの硬く乾きたる


・・・

 前々回

  甌穴に閉ぢ込められし水も夏

という句を書いたら、甌穴(おうけつ)を知らないという方からメールがあった。

 早い話が水中の岩肌の凹みに小石が嵌り、流れによって渦巻きを作りながら、岩を刳り、その穴が次第に深く大きくなっていったということではないのだろうか。どれだけの年月がかかったのだろう。

 水量が少ない時だとよく見えるが、直径20センチばかり、深さもその位の穴が川底の岩に開いているのだった。それより一回りほど小さい穴、浅い穴と3つが並んでいた。甌穴の規模としては大きいものではない。  

 その辺りは字を相坪といったように思う。今になって考えると相坪という地名はこの穴の形を「藍壺」に見立ててのことではなかったのだろうか。藍染をやっている家があると聞いたことはなかったけれど。

 何故それを見たかったのか理由さえ覚えてはいないが、中学生の頃、2時間以上も自転車を漕いでそこへ行った。緩やかではあったが上り坂である。息を切らしながら登って行くのもワイワイと面白かった。3、4人でおにぎりを食べてお喋りをする、それだけのことが楽しくて出かけていたようにも思う。草花を摘んだり、小魚を追いかけたりして遊んだものだった。

 石灰岩地帯だから化石なども見ることがあった。化石といっても小さなウミユリなどが主だったが、そんな物を見つけるのも嬉しかった。理科の先生が地学に詳しかったから、その影響も大きかったのだろう。行って来た、見て来た、と、先生に自慢したかっただけかも知れない。

 東吉野村で案内されて見たのを最後にしばらく甌穴なども見ていない。

 相坪か藍壺かこんなことも遠い日のことになってしまった。

 もしも車で行ける機会があったとしても、こんなものの何が面白かったのだろう……となってしまいそうである。

(2024・8)