有紀子さんと初めてお会いしたのは、マンハッタン句会という超結社句会でのこと。初めて有紀子さんの選評を聞いた時、選評の的確さ、明確さに驚き、更にユーモアを交えつつ、分かりやすいながらも高潔な語り口に、「こんな凄い人もいるのか」と年下ながら、ほのかな憧れを抱いた。
今回、句集「山羊の乳」を鑑賞し、先ず装丁の美しさに心奪われた。カバーの淡い紫の色、タイトルと作者名を囲む花の繊細さ。全てに有紀子さんの美意識が現れていて、表紙をみただけで姿勢を正してしまう、そんな句集だと感じた。
メドゥーサの憤怒のごとく髪洗ふ
花の夜の解きたる帯に熱すこし
夜濯ぎの絞りきれざる丈のもの
どの句も有紀子さんを想像しながら鑑賞した。
一句目、メドゥーサの憤怒とは、何があったのか?穏やかな有紀子さんの激しい一面をみたようでドキドキした。
二句目、何とも艶やかな一句。一句目とは違うドキドキを感じた。
三句目、具体的な物の名は述べず、読者に想像させる。丁寧な暮しぶりが描かれている。
夢に色なくて墨絵の宝船
移されて金魚吐きたる泡一つ
栞紐ひとすぢ青き余寒かな
はつなつの帆船白のほか知らず
軽軽と大蛇運ばれ里祭
以上、特に好きな五句。読んでなるほどと思うと同時に、自分でも見たこと、体験したことであっても、こんな風に詠むことが出来ない。才能があるとは、こういうことなのかと納得がいった。
永き日の逆さに覗く児の奥歯
子が星を一つづつ塗り降誕祭
二階より既に水着の子が来る
月蝕を蜜柑二つで説明す
長き夜の耳繕へるテディベア
お子さんのことを詠まれた句。どの句も温かい目線。
この中で四句目の「月蝕を」の句の季語「蜜柑」の使い方に感動を覚えた。お子さんに月蝕を説明するのに、手近な蜜柑で説明する。きっと父親では、こういう発想はしない。手に取るものも、林檎でも、ましてやバナナでもない。蜜柑の季語が動かない。上手いと唸ってしまう。
朝焼や桶の底打つ山羊の乳
句集のタイトルにもなっている一句。朝焼の美しさ、山羊の乳が桶の底を打つ音、清々しい牧場の空気。この句を一読した時に、猛烈にこの句を体験したくなり、早朝の牧場に足を運んだ。有紀子さんの清廉さが詰まったような一句。視覚、聴覚、嗅覚、皮膚感覚。あらゆる感覚を一句の中におさめている。素晴らしい句というのは、人を掻き立てるのだと感じた。
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【執筆者プロフィール】
星野麻子
1971年 東京生まれ
2019年 香雨入会
2022年 香雨賞受賞、香雨同人