『箱庭の夜』は陰影に富んだ句集である。「闇」「鬼」「影翳陰」といった語が多用されていて、作者の心象風景がありありと描写されている。先に挙げた語が多用されるとたいていは俗で平板な句になりがちである。本句集の場合、そういう句も見られるが成功している句の方が多い。
父ひとりリビングにゐる五月闇
虫の闇病む子に火遊び教へませう
炎天や一人ひとつの影に佇つ
やさぐれるとは木蓮の翳のこと
階段に魄の陰干し垂れてをり
鬼の腕を濡らすひとすじ春の水
夢にきて海馬に坐る春の鬼
作者の本領は、人とこの世への恩愛に満ちた句に発揮されている。
県道にミミズのたうつ電波の日
電波に身悶えするミミズへの憐れみ。
寄り道をして虫の音に沈みゐる
柵から逃れ自身を取り戻す大切なひととき。
父と子とコンビニ弁当初茜
コンビニ弁当で祝う男二人だけの新年、寂しさを共有して。
花透くや母胎の中のうすあかり
「花透く」は、命のはじまりの神秘である「うすあかり」を実感させてくれる。
浮き沈む豆腐のかけら冬銀河
鍋の中で浮いたり沈んだりしている豆腐のかけらのなんといじらしいことか、「冬銀河」によっていじらしさがありあり。
いちはつや人魚の匂ひする人と
青紫色の花を咲かせるいちはつは群生するので海を連想させる、雨後であれば尚更。
「いちはつ」の辺で、いつか海に戻ってしまうかもしれない「人魚の匂ひする人」とのかけがえのない時間。
他には怖い句もある
春の宵おひねりが飛ぶ空爆も
義体にも微熱かむなぎ凍る夜は
煮つめれば人魚は蒼く枯木立
愉快な句も
逆張りのミセスワタナベ明易し
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