2017年11月24日金曜日
【新連載】前衛から見た子規の覚書(2)いかに子規は子規となったか⑤/筑紫磐井
●【松山を去る/民権の風】
このような風雅な隠者のような生活を羨望していた子規が一転して東京遊学をしようとする事情は、当時の松山の政情にあったようである。元もと松山藩は明治維新にあたり、周囲の土佐藩、大洲藩が官軍についたのに引き替え、幕府を支持したため朝敵として松山城の接収(土佐藩預かり)や、藩主の蟄居、賠償金の支払いなど過酷な条件を押し付けられた。その後、久松勝成は藩政改革を行い近代化に努めた。特に、官費により学生を各地に送り人材育成を図っていた。
こうした中で明治14年国会開設の詔勅が発せられ、自由民権運動が各地に波及した。松山も例外ではなかった。当時の県令は土佐出身の岩村高俊であったが彼も自由民権に熱心で、折しも、福沢門下の俊才草間時福(俳人中川四明の弟、草間時彦の祖父)を松山中学校の校長に招聘し、草間は民権思想の宣伝に奔走した。岩村は、日刊新聞である「海南新聞」を草間を主筆として創刊している。このような風土の中で、松山では盛んに政談演説会が行われ、明治15年以降子規たちも県会の傍聴や演説会に出かけたりしていたのである。
松山中学校でも演説は盛んであったが政論は禁止されていた。こんな中で、子規は「自由何(いづ)くにかある」「天将に黒塊(国会)を現はさんとす」などの演説をし、草間の後任の校長から叱責を受けている。こうした中学校に対する失望と、東京での活動の自由への希望が合わさり、東京遊学を望んだものであろう。
五月 故有りて諸生とともに松山中学校を退く 賦して以て懐を述ぶる
松山中学 只 虚名
地 良師少なく 熟に従ってか聴かん
道を言ふに 何ぞ須ひん 章句を講ずるを
人を染むること 敢て丹青にも若かず
牛と喚び馬と呼びて 世 応に毀るべし
今は是に 昨は非にして 吾独り醒めたり
忽ち悟る 天真は万象に存するを
起ちて蛛網を披いて 蜻蜓を救はん
このため東京にいた伯父の加藤拓川に上京の希望を伝える。拓川は中退してまでの上京をたしなめたが、子規は終に明治16年5月には松山中学を中退してしまい、拓川は自らがフランスへ旅立つこともあり最終的にはこの甥に了解を与えた。子規はわずか二日で準備を整え、6月10日に松山を出発する。
子規のこのような焦燥には、当時松山中学校から多くの友人たちが、民権派の草間が明治12年に松山中学校長を辞めたあと、2年の間に半数が県外に遊学していたことにも原因があった。子規の友人でもすでに三並良が明治15年夏に上京し、子規と前後して柳原極堂、太田正躬、森知之、藤野古白らも東京へやってきていた。そういう時代だったのである。
こうして、神戸を経て、6月14日横浜に上陸、鉄道で新橋に到着する。いかにも子規らしいのは、この旅行を後日「東海紀行」としてまとめていることだ。記録せずに入られない子規がはっきりそこにあった。
●【東京で/予科時代】
東京で学生時代を始めた子規は、友人や親戚の家、下宿を転々としながら、まず明治16年10月に共立学校に入学する。子規にとって幸運が重なった。明治17年3月久松家が行っていた常磐舎給費生となり補助を受けられることなったのだ。毎月7円の給費は大きかった。さらに9月、試しに受けた大学予備門(のちに第1高等中学校予科となる)に思いがけず合格する。
大学予備門(第1高等中学校)予科時代の4年間(予備門は予科3年、本科2年であるが、予科で1年落第し4年かかっている)は、想像されるほどに子規は生産的ではない。次の本科時代とくらべると特にそうした印象は否めない(たとえば「筆まかせ」に残っている文章の編数が22年以降は顕著に増加していることからも検証できる)。しかし、従来の漢詩と漢文・雑文を中心としていた活動がさまざまな新領域に拡大したこと、そして従来の活動を再編し直す機会を与えられたことは、次の本科時代への架け橋となっていたと思われる。
元もと当時の学生は試験以外は自由勝手な生活をしていたから、学業以外の趣味の多かった子規には幸運だった(それでも明治18年の学年試験には落第している)。そうした中で、和歌と俳句への接近を深める。
和歌は明治15年頃から作り始めていたが(稿本「竹乃里歌」は明治15年の作品から始まっている)、明治18年の夏初めての帰省の折、松山の桂園派の歌人井手真棹を尋ね、質問をし、添削を受けた。この年には俳句も初めて作っている(稿本「寒山落木」は明治18年の作品から始まっている)。
明治20年夏に2回目の帰省で、柳原極堂ともに三津浜の大原其戎を尋ね、その後其戎の主宰する「真砂の志良辺(まさごのしらべ)」に俳句を発表し始める。約3年間にわたってこの雑誌に俳句を発表し続けるのである。
この他に、日本に入ってきたばかりのベースボールに熱中したこともよく知られている。
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