熱燗やろんろろんろと鬼太鼓 上田五千石
第四句集『琥珀』所収。昭和五十九年作。
前書に「佐渡 七句」とあるうちの一句。同時作には以下がある。
島といひ国といふ佐渡浮寝鳥
冬あたたかに融通の海と潮
清水寺
目貼して密教の密いまに守る
炉話の聖すめろぎみな流人
浜山に蜑の寄せ墓囲ひせず
外海府
柵なくて野の枯海になだれけり
◆
「鬼太鼓」は、佐渡の伝統芸能で、島内各地に独自の様式で伝承されている。
この句には前書が無いため、島内のどこで見た鬼太鼓なのかは不明だ。
「鬼太鼓」は獅子舞の一種で、勇壮な太鼓に合わせて鬼が狂ったように舞うことからこの名がある、とされる。
この句で「鬼太鼓」は下五に置かれていて、「おにだいこ」と発音する形となっている。だが本来、佐渡では「おんでこ」と発音するのが正当である。もっとも現在では佐渡の島民でも「おんでこ」ではなく「おにだいこ」と言う人も多くなっているようだから、これはこれで間違いというわけではないが。
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掲出句は冬、おそらく十一月もしくは十二月の作だろう。
本来「鬼太鼓」は島内各地で、春祭に五穀豊穣を祈願し、秋祭に作物の実りに感謝する意味で行われる。歳時記によっては、夏の祭の時期の季語として扱われているものもあるようだ。
観光客向けのイベントなどで行われるものも四月から十月頃までで、海の荒れる冬は観光客も少なく、イベント等もほぼ行われない。
この句の季語は「熱燗」。熱燗を酌みながら鬼太鼓を見ているということだろう。地元の人に見せてもらったのか、旅館が用意した余興などか。
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この句の特徴は「ろんろろんろ」という独特のオノマトペである。これは「音」と捉えるべきだろうか。
鬼太鼓は前述の通り、島内各地で独自の様式があるため一概には云えないが、太鼓のリズムに乗って雌雄の鬼が舞い、獅子が絡む、というようなものが多いようだ。
太鼓はそんなに大きなものではなく、撥も割合細いもので、大太鼓のような重量感のある音ではない。リズムは独特で、いわゆる「甚句」などに近いかもしれない。
この太鼓のリズムや音を聴き、五千石は「ろんろろんろ」と表現したのだろうか。個人的には、鬼太鼓の太鼓のリズム、音からは、「ろんろろんろ」は遠いオノマトペのような気がする。
時は冬。「ろんろろんろ」というオノマトペは、どこか冬の海鳴りのようにも感じられる。
鬼太鼓の舞を眼前にしつつ、冬の昏く荒れた日本海が胸中に広がっていった五千石ではないだろうか。
厳しい自然と独特の歴史や文化が息づく佐渡。この島で暮らしてきた人々の情念のようなものを「鬼太鼓」に感じ、それも含めて「ろんろろんろ」と表わしたのではないか、そんなことを想像した。
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