2013年10月4日金曜日

文体の変化【テーマ:昭和20年代を読む15~食④~】/筑紫磐井

(5)パン

パンについては前回で触れ、そのまとめての感想は、巻末の句に掲げておく。まず個別の状況の作品から眺めておく。

【給食】

木枯や給食のパン掌に黙し 浜 29・1 上杉艸果 
給食のバターめつきり痩せて冬 暖流 29・4 金井充
※これは代用食のイメージで読めばよいであろう。家庭では食糧がなくても、学校に行けばあると言うのは平和のありがたさであった。

しかし、給食でまず思い出されるのが脱脂粉乳で、牛乳から脂肪分、水分を除去し粉末状にしたもの。保存性がよく、栄養価が高いことから戦後学校給食に用いられたが不味かった。ララ物資、ユニセフなどの援助を受けて配給された。昭和20年代前半からは始まっていたから、俳句に詠めばパンより印象深いはずであるが・・・。

【パン食】

山羊の乳さわやかにパン食の朝 石楠 26・12 中村春葉●
【白パン配給】

白麺麭ぞ雪のごとくに白き麺麭ぞ 太陽系 21・10 日野草城●
【パン】

新涼の朝の麺麭切る妻のそれも 風 23・2 大島四月草●
※幸福感に溢れたパンは、別に戦後固有のものではない。しかし、戦後の荒廃した雰囲気の中で、わずかに感じ取れるこれらの幸福感は、ささやかなだけに印象深く鑑賞されるのである。

【パン】

若けれどパンかじる背の麦踏めく 俳句 29・5 細谷源二★ 
夜学生のパンかぢりゆく啄木忌 俳句 29・6 飯野たか志★ 
うそ寒きラヂオや麺麭を焦がしけり 雨覆 石田波郷
枯芝に一片のパン顔の隈 寒雷 28・2 清水清山 
※一方貧しさや困惑を感じさせるのはこんな句である。

【パン】

配給の粉がパンになり紅葉添へ ホトトギス 23・4 小野房子 
パン種の生きてふくらむ夜の霜 野哭 加藤楸邨 
パン種のふくるる清し冬の蜂 寒雷 28・3 山本天津夫 
パン焼器湯気を噴き上ぐ喜雨休み ホトトギス 21・11 中川古泉 
くらげ見て蒸しパン食むはかなしきや 太陽系 23・9 桂信子 
ふかしパンにぎればぬくし秋虚ろ 氷原帯 27・1 田沼露草 
パンすこしふくれすぎたる薄暑かな 春燈 26・9 瀬川あゆ子 
※パン屋で購入したパンではなくて、パンを製造している過程が句になるのもこの時代の特徴であろう。粉からパン種を混ぜ、発酵させた後、焼いたり蒸したりするのだが、こうした些事が俳句になって行くのはいかにも戦後らしい雰囲気である。

【パン食】

パン食や雨のつづける棕櫚の花 浜 21・7 北見楊一郎 
ギス近く鳴いてパン食足れりとす 石楠 25・1 山下泉 
しぐるるやパン濡らさじと抱き来たり 氷原帯 29・1 奥村比余呂
【パン】

爪はじくパン屑蟻の行く方へ 起伏 加藤楸邨 
春近しぼろぼろパンを喰みこぼし 風 22・5 細見綾子 
パンに慣れ露けさにやや遠ざかる 寒雷 22・11 田川飛旅子 
パンのあとに氷飲めば啼く夜の雁 寒雷 23・2 冨田実 
パン毟る朝はまつげのななめ翳 麦 26・11/12 栗栖ひろよし 
冬の仏像麺麭は一と日の生物にて 俳句 27・6 中村草田男 
パンの餉に祈る父子は半裸にて 氷原帯 27・8/9 出倉狗峰 
夜の霧がパンの耳をしめらせに来る 氷原帯 29・4 鈴木美枝 
春の崖に朝日黄金バタなき麺麭 俳句 29・6 西東三鬼 
稿継ぎて片手パン焼く朝ぐもり 俳句 29・8 秋元不死男

※問題はこんな生活の一齣とパンを組み合わせた句である。組み合わせたからと言って、作者の主観があらわになるわけでもない。おそらく戦後の些事はここに明らかになるものの、名句と呼ばれるようなものはないようである。これらの句の中から、「俳句」編集部が特集した「揺れる日本」が浮かび上がってくるとは思われない。「パン毟(むし)る朝はまつげのななめ翳」など、松嶋菜々子のスナップ写真のようだ。

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