【俳句新空間参加の皆様への告知】

【ピックアップ】

2021年1月29日金曜日

第153号

    ※次回更新 2/12


豈63号 発売!購入は邑書林まで

俳句新空間第13号 発売中*


【告知】北川美美さんの逝去

【告知】篠崎央子氏が句集『火の貌』で俳人協会新人賞を受賞しました!


【新企画・俳句評論講座】

・はじめに(趣意)
・連絡事項(当面の予定)
・質問と回答
・テクスト/批評 》目次を読む

【新連載・俳句の新展開】

句誌句会新時代(その一)・ネットプリント折本 千寿関屋 》読む
句誌句会新時代(その二)・夏雲システムの破壊力 千寿関屋 》読む
ネット句会の検討 》読む
俳句新空間・皐月句会開始 》読む
皐月句会デモ句会結果(2010年4月10日) 》読む
第1回皐月句会報 》読む
皐月句会メンバーについて 》読む
第2回皐月句会(6月) 》読む
第3回皐月句会(7月) 》読む
第4回皐月句会(8月) 》読む
第5回皐月句会(9月)
 》読む
第6回皐月句会(10月) 》読む
第7回皐月句会(11月) 》読む
第8回皐月句会(12月)[速報] 》読む

■平成俳句帖(毎金曜日更新) 》読む

令和二年冬興帖
第一(1/22)ふけとしこ・網野月を・関悦史・花尻万博
第二(1/29)坂間恒子・曾根 毅・仙田洋子・仲寒蟬

令和三年歳旦帖
第一(1/22)曾根 毅・仙田洋子・椿屋実梛
第二(1/29)杉山久子・山本敏倖・竹岡一郎・小林かんな

令和二年秋興帖
第一(11/6)大井恒行・辻村麻乃・関根誠子・池田澄子
第二(11/13)杉山久子・曾根 毅・山本敏倖・渕上信子
第三(11/20)松下カロ・仙田洋子・神谷 波・ふけとしこ
第四(11/27)網野月を・竹岡一郎・木村オサム・堀本 吟
第五(12/4)夏木久・加藤知子・望月士郎・岸本尚毅・林雅樹
第六(12/11)青木百舌鳥・花尻万博・小林かんな・早瀬恵子・真矢ひろみ
第七(12/18)坂間恒子・仲寒蟬・飯田冬眞・前北かおる・五島高資
第八(12/25)田中葉月・中村猛虎・小沢麻結・渡邉美保・なつはづき
第九(1/8)井口時男・家登みろく・下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子
第十(1/15)小野裕三・妹尾健太郎・水岩 瞳・渕上信子・佐藤りえ・筑紫磐井

■連載

【抜粋】〈俳句四季2月号〉俳壇観測217
有馬朗人氏の突然の逝去―――若き日にアメリカの大学図書館にかよって見つけた大発見
筑紫磐井 》読む

篠崎央子第一句集『火の貌』を読みたい
6 あるいは「時間の花」について/鈴木大輔 》読む

中西夕紀第四句集『くれなゐ』を読みたい
インデックスページ 》読む
10 句集『くれなゐ』を読む/大木満里 》読む

ふけとしこ第5句集『眠たい羊』を読みたい
インデックスページ 》読む
10 手紙/橋本小たか 》読む

中村猛虎第一句集『紅の挽歌』を読みたい
インデックスページ 》読む
8 中村猛虎「紅の挽歌」を読んで/辻村麻乃 》読む

眞矢ひろみ第一句集『箱庭の夜』を読みたい
インデックスページ 》読む
10 書評 眞矢ひろみ句集『箱庭の夜』(前編)/堀本吟 》読む

英国Haiku便り[in Japan]【改題】(17) 小野裕三 》読む

なつはづき第一句集『ぴったりの箱』を読みたい
インデックスページ 》読む
10 疎外の美を俳句で捉える/山科誠 》読む


【連載通信】ほたる通信 Ⅲ (6) ふけとしこ 》読む

『永劫の縄梯子』出発点としての零(3)俳句の無限連続 救仁郷由美子 》読む

句集歌集逍遙 なかはられいこ『脱衣場のアリス』/佐藤りえ 》読む


葉月第一句集『子音』を読みたい 
インデックスページ 》読む
8 パパともう一人のわたし/北川美美 》読む

麻乃第二句集『るん』を読みたい
インデックスページ 》読む
17 無意識の作品化、俳句のフレームを超えて/山野邉茂 》読む

寒極光・虜囚の詠~シベリア抑留体験者の俳句を読む~㉜ のどか 》読む

大井恒行の日々彼是 随時更新中! 》読む


■Recent entries

第5回攝津幸彦記念賞応募選考結果 ※受賞作品は「豈」62号に掲載

特集・大本義幸追悼「俳句新空間全句集」 筑紫磐井編 》読む

【100号記念】特集『俳句帖五句選』

渡邊美保第一句集『櫛買ひに』を読みたい 
インデックスページ 》読む

佐藤りえ句集『景色』を読みたい 
インデックスページ 》読む

眠兎第1句集『御意』を読みたい
インデックスページ 》読む

麒麟第2句集『鴨』を読みたい
インデックスページ 》読む

前衛から見た子規の覚書/筑紫磐井
インデックスページ 》読む

「WEP俳句通信」 抜粋記事 》見てみる

およそ日刊俳句新空間 》読む
…(今までの執筆者)竹岡一郎・青山茂根・今泉礼奈・佐藤りえ・依光陽子・黒岩徳将・仮屋賢一・北川美美・大塚凱・宮﨑莉々香・柳本々々・渡邉美保 …
1月の執筆者 (渡邉美保

俳句新空間を読む 》読む
…(主な執筆者)小野裕三・もてきまり・大塚凱・網野月を・前北かおる・東影喜子





俳壇1月号
特集・戦後75年 詩歌の歩み 筑紫磐井×川野里子(歌人)×野村喜和夫(詩人)鼎談




「兜太 TOTA」第4号 発売中!
Amazon 藤原書店


筑紫磐井著『女帝たちの万葉集』(角川学芸出版)

新元号「令和」の典拠となった『萬葉集』。その成立に貢献した斉明・持統・元明・元正の4人の女帝、「春山の〈萬〉花の艶と秋山の千〈葉〉の彩を競へ」の天智天皇の詔を受けた額田王等の秘話を満載する、俳人初めての万葉集研究。平成22年刊2,190円。お求めの際は、筆者までご連絡ください。 

連載【抜粋】〈俳句四季2月号〉俳壇観測217 有馬朗人氏の突然の逝去——若き日にアメリカの大学図書館にかよって見つけた大発見  筑紫磐井

 三つの顔を持つ男
 有馬朗人氏の突然の訃報が入ってきた。十二月六日、享年九十。主宰誌「天為」では新年号から新しい連載「全ての人に教育を」を始めているし、大半の総合誌の一月号には新春詠を寄せている。誰にとっても予想外の逝去だったのである。
 あまたいる俳人の中でも、有馬氏は世間的には取り分けて知名度が高かった。それは俳人としてのみならず、科学者として、文部大臣として、東大総長として多面な顔をもっていたからだ。文化人として最大の名誉である文化勲章も受賞している。もちろんこれは科学者としての受賞であり、俳句の面ではないのは本人としては残念だったらしいが。
(中略)私は一九九八年にインタビューをしている(「俳句界」一九九八年八月「いま俳句に思うこと」)。ここで面白い話を聞いている。それまでの人生を回顧して、自分(有馬)の第一の立志は十五歳の時でそこで物理学に志し、これは成功した。五十歳の時に第二の立志をし、六十歳までに更に学問に新しいものを加えようとしたがこれは完全に失敗した。

有馬 (略)なぜかというと、十年は短か過ぎる。十年のうちに学んで十年のうちにその成果を出して刈り取ろうなんて無理でした。そこへもってきて理学部長だとか、いろんなものをやるようになったから、ますます駄目でした。そこで六十になった時に、どうしたかというと、九十歳まで生きることにする、というのが第一次の志(笑)。三十年を与えてくれ!天よ、我を三十年、生かしめよ(笑)。」

 その理由は十年間仕込むことに使えば何とかなる、あとの十年でそれを実現する方向にもって行く、最後の十年で楽しもうと。その約束通り、九十歳で人生を全うされた。本望であったと言えるのではないか。

有馬朗人氏の原点
 有馬氏は東京大学に入られて、山口青邨に師事し「夏草」に投稿していた。青邨門では古舘曹人との交友が長く、曹人との関係から、結社を超えた雑誌「子午線」に参加、さらに俳人協会若手の句会「塔の会」に参加して視野を広げていった。しかし、これだけでは有馬氏の世界は生まれてこない。

有馬 (略)私は率直に言って、前衛も伝統もそんなに差はないという認識を持っています。ご質問から逸脱してしまうけれど、私自身は西東三鬼にいちばん影響を受けたんです。少なくとも精神的な影響はね。
筑紫 それは初めて伺います。
有馬 ご存じないかた多いと思う。もちろん虚子とか青邨、それから草田男、誓子からも常識通り影響を受けましたけれど、中でも感覚的な鋭さという点で、西東三鬼だったんですね。詩の方は完全に西脇順三郎たった。西脇順三郎の感覚が、私に一番ぴしゃっとくるところでしたね。そういう意味で考えてみると必ずしも、「ホトトギス」あるいは「夏草」という伝統の中に浸っていたからといって、そういう伝統的な手法で俳句を作っていたとは言えないと思うんですね。例えば「水中花誰か死ぬかも知れぬ夜も」とか、よく青邨、採ってくれたと思いますよ。あるいは「砂丘ひろがる女の黒き手袋より」なんていうのもあります。こういうのは、一方で西脇的なもの、一方で三鬼的な世界に憧れていたわけですね。そうしてみると私は、必ずしも伝統と前衛とが、ぴしゃっと分かれてしまうものじゃなくて、どこかで詩というものを媒体にしてつながっているだろうと思っていたわけですね。ただ、ある時期からそれを反省しだした。『天為』よりちょっと前ですが、「鶴」の連中に影響を受けてね。」


 成功したかどうかは別として、あらゆる方面に関心を持つと言うことは、ホトトギスにはない特色である。指導した東大俳句会や「天為」で育った若手達は決して型にはまらなかったのもうなずけるのである。

※詳しくは「俳句四季」2月号をお読み下さい。

【告知】北川美美さんの逝去  筑紫磐井

  「豈」同人・事務局長を務めていた北川美美さんが闘病の末1月14日に亡くなった。昨日、お母さんから連絡を頂いた。享年57のまだ若い死である。

 私が北川さんと知り合ったのは2009年の春のホトトギス系のシンポジウムでパネラーを務めた時のことだった。池田澄子さんに誘われて来ていたのだが、その後の会食の時話が弾み「豈」に誘ったのだ。当時「面」と「や」に参加していたように思う。「面」においては山本紫黄に師事していた。
 入会後、北川さんに圧倒的にお世話になったのは、それまでほとんど能力もなかった私がBLOGの運営にかかわったことだ。「週刊俳句」、「豈weekly」に参加したもののお客のような存在だったが、「詩客 SHIKAKU – 詩歌梁山泊 ~ 三詩型交流企画 公式サイト」は殆ど北川さんの尽力である時期運営され、私も積極的にそれに参加した。ここからスピンオフして『-BLOG 俳句空間- 戦後俳句を読む』、そして現在の『-BLOG 俳句新空間-』が生まれた。だから『-BLOG 俳句新空間-』のSince 2012.12.28は北川さんの歴史でもあった。ここからさらにスピンオフした冊子『俳句新空間』では発行人を務めてもらった。既に冊子『俳句新空間』は13号を迎えている。
 一方「面」の実質的な創始者であった三橋敏雄の研究を始め、特に敏雄の代表的な句集『真神』をきわめようと「ウエップ」に2015年から2019年まで21回にわたり、「三橋敏雄『真神』考」を連載した。その後も原稿に手を入れ刊行直前まで進んでいたと聞いている。「ウエップ」119号(2020年12月)の〈三橋敏雄生誕100年〉特集にも寄稿し、「カラスアパラタス―鴉を飛び交わせる装置―」を書いている。これが雑誌に掲載した文章としては最後となったと言えるであろう。
 2017年にガンが発見され、慈恵医大で手術をし、ほとんど快癒したように見えた。だからその後いろいろな句会にも積極的に参加し、自動車を運転して小諸の俳句大会にまで泊りがけで参加していた。2019年11月の豈の忘年句会にも元気な姿を現した。したがってこの急な訃報を読まれて驚かれる人も多いと思う。しかし昨年の夏ごろからは体調があまりよくなくなったようである。

 ネット句会への投句が、俳句作品としては絶筆であったと思う。

 皐月句会(1/1~1/11投句)
鉢合わせの去年の御慶も誰も来ず
手鞠歌肉屋の娘は二九(じゅうはち)に

 皐月句会(12/1~12/11投句)
北へ行く紺屋の煙低くあり
本閉ぢて眼を閉ぢてゐる安寧に


 「はちあわせ」は来訪者の多かった自宅での去年の御慶と今年の入院生活の対比をしみじみとよんだものであろうし、「本閉じて」は無季であるが、病床の嘱目だと思う、寂しくはあるがどこか達観したような趣を感じた。
 12月の皐月句会では、珍しく私の「冬の日を物理学者は起きて来ず」を取ってくれたが、その時の選評があるいは俳句に関する最後の文章であったかもしれない。

【選評】有馬朗人先生の追悼句と思いました。お悔やみ申し上げます。 ──北川美美

 有馬氏ではなく、北川さんへのお悔やみの言葉のような気がしてならない。
 最後に、12年間にわたる御交誼に感謝するとともに、ご冥福をお祈り申し上げる。

2021年1月27日

【告知】篠崎央子氏が句集『火の貌』で俳人協会新人賞を受賞しました!

令和2年度俳人協会四賞が以下の通り決定しました。
第60回俳人協会賞
  野中 亮介 『つむぎうた』(ふらんす堂)
第44回俳人協会新人賞
  安里 琉太 『式 日』(左右社)
  篠崎 央子 『火の貌』(ふらんす堂)
第35回俳人協会評論賞
  井上 弘美 『読む力』(角川文化振興財団) 
  南 うみを 『神蔵器の俳句世界』(ウエップ) 
第35回俳人協会評論新人賞
  該当なし

 篠崎央子氏は現在BLOG「俳句新空間」で「『火の貌』を読みたい」を連載しています。
心よりお喜び申し上げます。

【中西夕紀第四句集『くれなゐ』を読みたい】10 句集『くれなゐ』を読む  大木満里

 中西先生第四句集『くれなゐ』を一読して、思い出すことがあった。
 二〇一二年四月、第三句集『朝涼』上梓時の「都市」誌上会員座談会においての最後に、今後の先生の句の進化についての話題に移った時に、ある会員が「俳諧味のある句を、次回の句集では作って頂きたいな、と思います。これからは、生真面目ではなくて、少しゆとりのある句を読んでみたらと思います。」と発言していた。 
 確かに、この卒直な意見は、一つの方向性を示していると思い、私は共感して読んだ。俳諧味とは、軽みのある句と思ったのである。
 今回上梓された『くれなゐ』には、中西先生の、句境の幅の広がりを感じる。
 句は決して難しくはない。定型と季語を信じる姿勢は、未だ同じである。 
 しかし今回の句集では、対象を気負いなく平明な言葉でつかみ取り、軽やかさを感じる句が目につく。
 中西先生の作句を楽しんでいるような余裕が、読み手にも伝わり、引き込こんいくのではないだろうか。


声の人ひよいと顔出す古簾
 声が聞こえた。そこにひよいと古簾から顔を出した人がいる。古簾だと、ご老人かはたまたおかみさんか。ひよいとの措辞に、軽妙味が醸しだされている。

信号の青に誘はれ鯛焼屋
 誘はれとはうまくいったものである。鯛焼屋の看板を見つけて、青信号を
いまだとばかりに鯛焼を買いに走った。見慣れた景ではあるが、おかしみが
ある。

男伊達此方を向いて涼みなせい
 歌舞伎の一場面に、見立ててしまう。お目当ての贔屓役者に向かって、台詞もどきによびかけてみたいのである。軽妙洒脱、そこが楽しい。

不貞寝せし太夫もをりし屏風かな。
 不義理な客への怒りか、太夫同士の意地の張り合いか諍いがあったのかもしれない。一句の視覚的効果。切り口が巧みである。


手話の子の手も笑ひをり花木槿
 やさしい眼差しである。子の笑顔から、手話する手に視点を当てたのであ
る。白い木槿の花が可憐である。    

つぶやきにひらめきありし衣被
 都市同人、故井上田鶴さんへの追悼句である。心に沁みる。静かな方では
あったが、確かにひらめきを感ずる句を作られた方だった。季語がいい。

皺くちやな紙幣に兎買はれけり
 ほろ苦い、胸に迫る句である。恐らく風体を構わない男性であろう。無造
作に差し出すしわくちゃな紙幣、白い無垢なる兎。ここにさまざまな連想が
うかぶ。

高枝の小綬鶏来いよこいよ恋
 言葉の配合にひかれる。来いよこいよ恋、と調べが跳躍。視点が小綬鶏から恋へと移る。句の発想と構成の力が心地よい。

ばらばらにゐてみんなゐる大花野
 一人一人がさまざまな考えをもって点在しながらもそれぞれを認め合って
いる。広い彩りに充ちた世界である。
 こんな結社でありたいという、中西先生の願いと思い、最後の句とした。

英国Haiku便り[in Japan]【改題】(17)  小野裕三



詩は舞台のためか、頁のためか

 今月から日本に戻っているが、ロンドンで温めた資料やアイデアもまだあるので、「英国Haiku便り [in Japan]」と題を少し変えて、英国・英語やアートという異なる視点から見た俳句について、しばらく書き続けてみたい。
 英国人(もしくは西洋人)は詩の朗読が好きらしい、という話は本連載でも既に触れた。あるイギリス人の話を聞いていたら、こんなことを彼は言った——「poetry for the stage」と「poetry for the page」、つまり「舞台のための詩」か「頁のための詩」か、という議論がありますね、と。舞台で声として読み上げられるものと、文字に書かれて読まれるものと、どちらが詩の本質なのか、という趣旨だろうが、このような議論があること自体が、日本語の詩からは少し奇異に思える。日本でも披講などの習慣がなくはないものの、漢字と仮名、もしくは旧仮名と新仮名、といった文字の使い分けは日本語の詩の(少なくとも俳句の)重要な表現要素の一部だからだ。
 自身でも詩を書くと言うイギリス人女性と、そんな話をしてみた。彼女は、英語圏で盛んだという「スポークン・ワード」(Spoken word)のことを教えてくれた。それは、舞台の上から聴衆を前に詩を読み上げるパフォーマンス芸術の一種で、米国や英国の多くのバーやカフェで頻繁に開催されているものらしい。日本語版ウィキペディアの解説を読むと、このような活動は日本ではあまり一般的ではないとし、数少ない例として佐野元春、つまりミュージシャンの名前を挙げているのが逆に興味深かった。
 この落差は、「舞台のための詩」という概念が成立しうる英語圏の詩を象徴しているだろうし、さらに言えば、英語圏での詩が日本語の詩よりもより「公共的」でありかつ「音楽的」であることを意味すると感じる。僕が話をした彼女は、「詩は人と人をつなぐものよね」とも語った。そんな彼女に質問してみた。
「あえて選べば、詩の本質は、声と文字のどっちにあると思う?」
 少し考えた後で彼女は答えた。
「声だと思うわ」
 そんなことを考えると、日本語の「詩」と英語の「ポエトリー」はそもそも同じものか、とも思う。それとも関連しそうなのだが、イギリス人たちが気軽に「詩人」(poet)と自称するのも特徴的だ。日本で「自分は詩人です」と名乗るのはごく限られた一部の人だろうし、逆に他者からは「ポエマー」などと揶揄的に呼ばれたりする。イギリス人は衒いもなくポエットと自称し、しかも複数の肩書きのひとつとして語られることも多い。例えば、「私はアーティスト、ポエット、コメディアンです」みたいに。その気軽さはなんとなく羨ましく、それは「舞台のための詩」という概念が広く受け入れられうる国ならではの光景なのかも、と感じた。

(『海原』2020年7-8月号より転載)

【ふけとしこ第5句集『眠たい羊』を読みたい 】10 手紙  橋本小たか

 先日はたいへんお世話になり、ありがとうございました。『眠たい羊』もいただき、申し訳ないかぎりです。

 で、この『眠たい羊』が、いいなと思う句がとめどなく飛び出してくる句集で…。

春寒やぎつしぎつしとゆく翼
指先で穴開けてゆく春の土
花の夜の骨煎餅をほきと折り
桃咲いて柩の中といふところ
海老の尾の膨れて揚がる花疲れ
擂粉木をつるりと洗ひ夕長し
クロワッサン緑雨籠りの椅子を引き
水光る腹を細めてくる蛭に
黒光りとはこの蟻の尻のこと
水鉄砲ぐらぐらの歯を見せにくる
ごきぶりの髭振る夜も明けにけり
鷹の眼の正面にあり我を見ず
ふるさとは狐火遊ぶ頃なるか
星へ向く狼星を見てをらず
悪相といふべき榾のよく燃ゆる


 なかでも、つぎの句はとりわけ好きでした。

龍天に登るセロリに強き筋
買ふ気になつてもう一度柿の前


 一二を争うのは、この二句。

嘴の痕ある椿ひらきけり
蟻の穴西瓜の種のつつかへて


 充実としか言いようのない一冊。
 ちょっと馬鹿ばかしい脱力系の句、五七五にすることで笑える句が魅力でした。

【中村猛虎第一句集『紅の挽歌』を読みたい】8 中村猛虎「紅の挽歌」を読んで 辻村麻乃(『篠』主宰)

「紅の挽歌」を読ませていただきました
奥様のことは少しお聞きしておりましたが
句集の巻頭から 看病され送られたときの壮絶さは
命を失うことの苦しさなどがひしひしと伝わって
参りました

自分が選した句を見ておりますと
「母」の句を多く選んでいたことに気づきました

また、

手鏡を通り抜けたる螢の火
月天心胎児は逆さまに眠る
ハムスター回り続ける寒夜かな


の世界観、好きです
ありがとうございました

(篠 主宰 辻村麻乃)

中村猛虎句集『紅の挽歌』 感銘句

「モノローグ~永いお別れ」より
白息を見続けている告知かな
余命だとおととい来やがれ新走
厚岸の秋刀魚喰らいて昏睡す
鏡台にウィッグ遺る暮の秋
新盆や萬年筆の重くなる


「遠い日の憧憬」より
少年の何処を切っても草いきれ
手鏡を通り抜けたる螢の火
月天心胎児は逆さまに眠る
スプーンの曲線眠くなる小春
朧夜の肩より生まれ出る胎児


「家族の欠片」より
卵子まで泳ぎ着けない十二月
腕時計外せば飛べる春の空
母の日の大丈夫大丈夫大丈夫
ハムスター回り続ける寒夜かな


「左手の記憶」より
布団より生まれ布団に死んでいく
母の日の母に花まる書いてもらう
息吸わば吐かねばならぬ桜桃忌
死にたての君に手向けの西瓜切る


「さよならの残骸」
水紋の前へ前へと水馬
白玉を詰め込む母の口の中


「前世の遺言」より
致死量のシャワーを浴びている女
独り居の部屋を西日に明け渡す
女から紐の出ていて曼珠沙華
ポケットに妻の骨あり春の虹


【眞矢ひろみ第一句集『箱庭の夜』を読みたい 】10 書評 眞矢ひろみ句集『箱庭の夜』(前編)  堀本吟

 【Ⅰ】 プロローグ 「箱庭」とは何か 
 はじめて句集を開くときにはいつもそうなのだが、まず、最初の印象句を少し抜書きしておく。最初覚えた印象句は最後まで覚えているものだ。

鋭角に昏きをくぐる初燕        (第一章認知)P010
春宵の咆哮か我が心音か         (第一章認知)P012    
牡丹雪ほのぼの耄けてみたいもの (第一章認知)P014
箱庭に息吹き居れば初雪来     (第一章認知)P037 
浮き沈む豆腐のかけら冬銀河      (第二章決意)P072 
ゐることを禍津日としてかげろへる (第三章追求)P088   
端居して方形の世の恐ろしき    (第四章賛美)P138     

眞矢ひろみ句集『箱庭の夜』(2020年3月10日・ふらんす堂)

 ページ順不同。ゆったりした感慨や、独特な時間性、存在の不安、風景の美しさが、いろいろ。心地よくて入りやすいな、と思うときと、意味はシンプルなのにどうも拒絶されているとおもったり。壮大だが実は卑近、と、鍋の豆腐をつつきながら、換気のために窓をあけ、天の川を探しながら微笑みたくなる。
 たとえば、最初の句「ほのぼの」は身につまされる。
 次の句には立ち止まる。(この作中人物は、なぜこんな奇妙な動作をしているのだろう)。
 「箱庭」は、江戸時代からの遊びのもので夏の季語(季物)である。それを初冬までという短からぬ時間を眺めてる。「息吹く」主は作者であるか作中人物であるか。この息が初雪に変わるのだろうか?まるで雪女の息吹であるかのように。しかも作中の人物像や心理状態が見えてこない。ここに現れる風景の日常感はなくなり、非日常むしろ変異現象だ。
 私は、いつの間にか、「箱庭」それ自体と、「箱庭」にこだわる作者について、自分の思いを巡らせ始めている。集題に採られているキーワード、内容の句群に入り込む前に だが、そこに至る前に気になることがでてきた。

 句集の章には、英語と日本語で、たとえば《第一章Regognition 認知》と名付けられている。これは、現代ジャスの巨匠であるジョン・コルトレーンの「至上の愛」というアルバムの構成を参考にした、という。泥縄式だが、You Tubeでそのアルバムをしらべたところ、両面全33分の組曲だそうだ。私が目にしたものでは以下のよう。   
 パート1:承認(Acknowledgement)/ パート2:決意(Resolution)
 パート3:追求(Pursuance)/ パート4:賛美(Psalm)
 句集では、最初の第一章だけが違っていて(意味は大体同じ)、後は、おなじ語彙である。音楽の領域にはまったく無知である私にはこの構成にどういう意味があるのか、また、句集の中でこういう配列にこめた重要さがよく飲み込めない。ジャズやこの曲に耽溺してきたにちがいない作者の感興からみたら、すこし逸れたところで読んでしまうかも知れないが。私の関心はコルトレーンより「箱庭」から入ってゆく。
 
 文化的概念としての「箱庭」は、今の日本では、馴染み深い疑似庭園のみではなく、精神医学的意味付けも一般的になっている。作者の帯の文はまさにそのことに触れて、しかも句集のコンセプトにしている。いまの現状ではきっとまだ異色の「箱庭」観をもってそのことを主題にした一冊である。だから、ここにある句群はいかにも従来の俳句の観念を踏襲するかに見えて伝統を固守した典型のものではない。そういう作品もあるのだが、それも一度視点をずらすと、例えば、上記の「初雪来」では、一句が終わったときに、世界の虚実が反転しているのである。
 良くも悪くも、そのことがこの句集の最大の特長であり、ここで述べるべきことだろうと思うのである。

 ① 書物も箱
 喩えてみれば、書架(本箱)だって箱の変形である。かなりの数の句集がある。一冊の中には、それぞれ何百もの俳句が、それらもそれなりの文脈の必然性をもって一句となり、配列されている。ページが開かれ、あらためて誰かの視線を浴びるときにはそれらは読まれて新たな意味も加えられる。このような本箱や本の中身を一箇所にまとめると、まるで入れ子の箱である。各ページは、方形の箱の中の「庭」であり、山川草木や村落都邑、全てがおさまっている世界。
 脳内も頭蓋骨に仕切られた箱・庭である。そもそも知の源泉である意識世界は、混沌状態を出ようとして自分の居場所を探し、ふさわしい棚や箱や引き出しを見つけて収まる。箱庭に似た入れ物は、他にもあり、遊び心に沿いながら、人の精神に広い意味を与えている。日本人が、庭園や茶室に至る路次を愛し、それを真似て庭先に箱庭や盆景盆栽などミニ自然を創ってきた、この生活芸術(と言ってもいいだろう)を愛でてきた心情そのものの中に、息を吹きかけるとまではゆかなくても、ある内面的な思索を呼び起こす要素がある。箱庭は、外に現れ自然になぞらえた脳内風景だ、と考えたほうがいい。
 だから、いまさらユングや河合隼雄を持ち出さなくてもいいようなものだが、彼ははっきりと、ユングの「箱庭療法」のような意味あいに近い、と書いている。
 なぜか?伝統的な概念では盛り込めない内部の自然を彼はさらに求めたのであろう。
 しかり、自然との同化の方向でのみ考えれられがちな従来の伝統的な「箱庭」の呪縛を彼はとりのぞく必要があったはずだ。

 ② 箱庭文化―外界を収縮し、内界を拡げる    
 日本文化のなかで出来あがっている「箱庭」を視ていくと、自然界を縮小し変形して身近に置きたい願望からきているものらしい。同時に、庭園から戸外の自然の方向に広がってゆく地形の想像力とは別に、せまい頭の中の思いを外化して広げたり変形したりのあげく、しだいに可視化される精神の地形物にも転じられてゆく。
 ちいさく、箱庭や盆栽や、生花、風景画などの造形物となったばあい、我々は屋外や庭先で或いは縁側に端居してそこに向き合う。居ながらにして狭い場所に入り込む、そこで広い世界を想像する。縁側の端っことか広くない庭の一隅にそっと置かれているさらにコンパクトな「小さな庭」は、まさに異界であるが、自分を惹きつけてやまない。

 ③ 囲いー箱庭の条件として
 「箱庭」であることの重要な条件は、一つには「囲い」が要ることであろう。
 それら囲いの中に置かれるモノたち、山川草木、花鳥、岩石のような物質、そして人間も。それらが一定の条件やルールを与えられ、その囲いの中で違う異次元時空の存在物として新たに生きてくる。囲いが在ることで「箱庭」は、作っている人にも観ている人にも、知らぬ世界の自分を覗く開放してくれるのだ。
 映画やパソコンを持っていなかった時代でも、飛行機や新幹線がなかった時代でも、コロナがはやっていなくても、居ながらにして、私達は、箱庭で、眼の旅心の旅をしていたのである。この作り物の世界の秘めたる牽引力を、私は不思議に思い始める。

 ④ 歳時記では夏の季語「箱庭」 しかし・・
 「箱庭」がいつどのような経過で夏の季語となったのか、詳しくは知らない。が、人間にはゆっくり休んだり考えたりする時間帯が必要なものだ。夏は、閑居人が、疑似自然を楽しむ余裕が少しは持てた季節なのだろう。現代では、「箱庭」の文化的な役割が広くなってきていると、逆に、そこから、「箱庭」が伝統的用法を抜け出して、詩語としての応用も不自然ではなくなる。
 俳句も、まさに、そのように精神世界を表現するちいさな箱庭として機能しはじめる。
 眞矢ひろみは、ユングの箱庭療法を持ち出しても、それほど深い意味合いではないのだろうが、この語彙をつかって、精神世界の在る状態を表現しているのである。
 俳句のなかで機能する「箱庭」を、そのようにひろげて捉えることの賛否はそれぞれだろうけれど、眞矢ひろみの位置づけは、「箱庭」と言葉のパラダイムの転換にひとしい。私は、ひじょうに納得するところがあった。
 更に、彼は「極私」の世界とわざわざ言う。箱庭づくり(俳句づくり)の行為は、昼間の社会性から解き放された作者が真夜中に行うたった一人の行為でもある。 「自分だけ」の世界がありうるかどうかは別として、句のなかには、「われ」「わたくし」が閉じこもろうとしている意味の句がかなりある。自分に、あえて囲いを作っているのかも知れない。、「端居して方形の世の恐ろしき」は、句集全体の中で一句独立のはずの他の句に複雑な陰影を与えている。どうしてこのような俳句がなり立ったのだろうか?
 もちろん一句が別の一句に連動しているのではないが、たがいに照応し合うと言ったらいいだろうか、この句集の中の俳句達も、ひとつひとつが箱庭の景として光を浴び、ひとつひとつが閉ざされていながら、じつは、一句の内部深くにうずくまっている「私」の姿が照らし出される、しかも、それは、眞矢自身の姿ということでもない。じつに不思議な「方形」の世界である。
 外界の広さを縮小して表していると同時に内面の広い場もそこに啓いているのである。 

 ⑤ ユング心理学「箱庭療法」的造形物としての箱庭 
 そして、もうひとつ、余人の句集とは違う要素が在る。眞矢が主張していることは、それは、季語としての「箱庭」のイメージを離れて、ユング心理学の重要なツールである「箱庭療法」のあの「箱庭」の概念の方向へと傾いていること。これには著者自身の注釈がある。集題となっている「箱庭」は、作者自身が帯文で規定するところでは、以下のごとく。

「句集のタイトルとした〈箱庭〉は
 言葉 イメージ 音などの素材を配して 景や文脈などを構成 造形する場であり  
 極私的なものです
 場とは申しても 江戸後期に流行し夏の季語でもある〈箱庭〉のような仮想空間の類 
 ではなく
 むしろ現代 ユング派の心理療法に使われる〈箱庭〉の機能そのものに近いかも知れま 
 せん 
 勤め人として仕事を終えて帰宅し 遅い夕食をとり 家族も寝静まる夜更け過ぎ 
 箱庭にさまざまな素材が群がります」 
「日常の中でふと気付いたり 思い出す 些事ですがかけがえのないものです」
                   眞矢ひろみ(「箱庭の夜」に寄せて・帯・裏文)


 というようなことである。(cf.この帯に書かれた文には句読点がない。詩文のようなスタイルだ。)
 この説明を読んで、私にはいっそう興味が湧いてきた。作者眞矢ひろみが「箱庭」で句をつくる場合には、歳時記の中の季感濃厚な事物であり語彙であることよりも、それを、むしろ精神の情況を表す「キーワード」として捉えている。さらに、彼の俳句の作り方を説明するときも、「箱庭療法」をメタファーのように浸かっている。この作者の理屈で進むならば、彼の場合は、「箱庭」づくりは「俳句」づくりとおなじような行程をたどるはずだ。俳句を組みたてる言葉の場、と言う位置づけでもあるのだ。
 しかも、作者のこだわりからすれば、「極私」的な場所、すなわち人生経験や生活経験、あるいはその感覚的な記憶が発想の元だということである。ここでユングの「箱庭」づくりと我々日常人の「俳句」づくりが、かなり強くつながってくる。クライアントだけの極私のものである「箱庭」は、ただひとりの医者に見られてその判断や診断を仰ぐ。振り返って表現の場でも、作品のテキストをはさむ作者と読者の絶対的な「ワタクシ」対「ワタクシ」の関係が生まれているはずである。
このように、眞矢ひろみの考える「箱庭」は、一般的な意味での季語性に加えて現代的な認識を被せられている。
 歳時記の中にすでにある季語の単なる拡大解釈ではなく、大袈裟に言えば概念の転換をきたす、このような「箱庭」、俳句における季語とは何か、と言う古くて新しい議論のひとつの焦点にもなろう。
 現代俳句のなかで、いまもって、少数派、であり異端とされている無季俳句、キーワード俳句(と仮に呼ぶ)などの、方法の延命を考えている者にとっては、この視点は、非常に興味深い考え方である。
 句集のなかの俳句は、整然とカタチを守って端正な有季定型で作られている。ところが、「さまざまな素材が群がります」「日常の中でふと気付いたり 思い出す 些事ですがかけがえのないものです」というその「素材」は、じつにさまざまの「些事」である。身辺のことから百鬼夜行の世界にもおよぶなまなましいものである。

⑥ 閑話休題 日本語俳句の異文化性
 もうひとつ、これも大きな特徴であるのだが、眞矢ひろみは「英語俳句」から入ったと書いている。外国語で「俳句」を書く、これがどの程度広がっているのか、私は知らない。俳句の翻訳はかなり広がってきているが、日本人が英語などでそれを志す例も(知ってはいるが)、創る方はまだ少数であるはず。しかし、日本語の俳諧や俳句への注目は、明治期の「フランスハイカイ」からはじまって、いまや英語そのほかの外国語で書かれている。「俳句」と言う名の短詩への関心の広がりは、それに関わると否に関わらず、一種の根拠をもっている。
 ただし、私自身は、いまのところ日本語以外の俳句を、表現としてどう理解するのか、ということが詳しくは言えないのである。
 眞矢の創る(書く)日本語の俳句からは、生理や情感がつきまとう日本語俳句とはすこし違った印象を受ける。それは、出発点からして、私達がうたがうことなく使っている生得(?)の日本語ではなく、それ以外の言語圏から日本語を選び取っているからではないからだろうか?彼の俳句の日本語の正確さ(と言っていいだろうか?)が、なんとも不思議だ。外国語圏からみた日本語自体の異文化性(といってもいい)、そんなものをかすかにでも感じさせるところが、却って魅力になっているのである。
 
 で、そろそろこの不思議に端正なの日本語俳句の異端者、「眞矢ひろみ」と言う、ほとんど未知である俳人のつくった「箱庭=句集」そのものに入ってゆきたい。

【2】この世の端に居る気分。
 何回もあえて繰返しているが、この句集には、不思議な感じが漂う。「私」の位置が奇妙だ。作者の個人的な経験に根ざしているらしい素材でも虚構の手触りが強い。
 この句集のキーワードは、いったいなにか?手さぐりにでも触りたくなってくるのだ。
その「箱庭」の中身は、多様な素材を使いこなしたもので、端正で季語の使い方、五七五の収め方など正統派で奇をてらわない。意味内容も、まじめでありユーモアもあり、写生的でもあれば境涯的でもある。唐突にあの世の生き物も出てくる。ユング心理学、英語俳句から出発して日本の俳諧史を研究し始めた、と言うから英語の実力はおして知るべし。
 わざわざ「極私」と作者がいう措辞が、その心の振幅が、俳句にずいぶん集約されている。作者の予想外の効果、嘘っぽい諧謔を生んでいたりする。
 上に挙げた以外にも、「似て非なる赤富士のごと坐る人(P064)」「導尿のさきっぽ鬼火の蠢いて(P118)」など、かなり妖しく且つ面白い。
 
 ① 「箱庭」を詠み込んだ句
  句集中に、箱庭を詠んだ句例は以下の二句しかでてこない。

  イ) 箱庭に息吹き居れば初雪来  (第一章認知)P017
    ロ) 大袈裟なことばかり箱庭の夜 (第三章追跡)P138


 初めの「イ」句の方は、伝統的なイメージ遊びとしての「箱庭」でも通用する。夏の季語「箱庭」として読んでしまう。とは言うものの、中七で唐突にでてくるこの「息吹きおれば」という行動、これはいったいなんだろう?見つめている姿勢から身をかがめて息を吹く人の動作に移る。ホコリでも払っているのだろうか?いや、その息が、はじめての雪を呼んだのである。そのとき、突如風景は雪景色(冬)にかわる。まるで雪女の息のようなこの転換に妖しさが生じる。
 「箱庭に息吹き居れば」・・普通ならば、次の文節(中七)では冬の季節には飛ばない。
 むしろこの唐突な転換を拒否されるかも知れない。しかし、ここで、世界の時空が妖しい転換をきたす、これはとても衝撃的な幻想の景色だ。
 だいたい「箱庭」なる夏の「季語」自体が、季語体型の中で、どうしてこれが「夏の季語」になっているのかが、私には不思議なことの一つだ。
 夏と限定する根拠が希薄な気がする。昔ながらの「箱庭」を眺めているにしても、眞矢がことわつているような、例えば「ユング」的認知を投じて、そこから文学的な想像をひろげたほうがわかりやすい。 
 この句では、息吹く動作が、自分にしかわからない動機のものであるから、「極私」的であると言える。。しかし、最後の「初雪来」にであったとき、その前の息には、「白息」という意味が引き出されてきて、冬の季節感が横溢する。箱庭の在る生活やそれに伴う人情の気配が潜在してしまい、この句は、とても清冽な初頭の「初雪」の風景となっている。「季重なり」だから主題となる季節を決めねばならないが、ここでは、「箱庭」から「初雪」へパラレルに季節の推移が書かれる。書かれているのはむろん季節の推移だろう、しかし、季節の重なりだけではなく、「箱庭」の概念の重なりが重要である。境に立ち別の世を呼び寄せる役割をしている。
 これは、一般的に「季重なり」で片付けられる読み取りでは不十分である。「箱庭」の仮想空間から季語性が取り払われてもう少し強烈な魔法ランドになったと、読んだほうがいい。「箱庭」をキーワードにして、季感として「初雪」を添えているので、この句には二つが次元の違うキーワードの世界、が存在することになる。
 後の「ロ」の句は、夜中の一人遊びと言える「箱庭療法」に傾く心理が強い。この「箱庭療法」は「俳句づくり」の比喩として使われている。これを比喩として使うことが句集のコンセプトである。作者や作中人物は、かなり覚めた視線で「大袈裟だなあ」と思ってそれを観ている。
 だが、この視線の強さ。一体、誰が何のために「箱庭」をつくっているのだろうか?見え(視て、あるいは、観て)ている人と作った人は同じなのだろうか?それはともかくそこに生まれる「大袈裟なことばかり」という感慨に、切実さとおかしみがある。
 私の考えでは、この「箱庭」は従来の一般認識にある「季語」を超えているのだが、これがあるから、夏の風物詩として、読者にあまり抵抗感を與えることなく「箱庭」の句として受け止められるだろう。しかしながらこの場合も、むしろ俳句作者としては、「大袈裟なことばかり」という読者には理解し難い主観性の強い措辞があるので、「ロ」の「箱庭」は「イ」程は徹底していないが、無季に近いものとして使われている。
 
② 「箱庭」は、季語か?
 ところで、「箱庭」を詠んだ俳句作品は、眞矢ひろみだけではない。
 最近。こういう句をみた。箱庭の死角は上方にあった。 

ハ) 箱庭に箱庭の空なかりけり 滝川直広
         (『木耳』《Ⅲ箱庭の空》の章》P082・令和元年年七月 文學の森)

 
 それから、下記の川柳作家の最近作品に、囲いの縁取りについて、こんな句があった。

二) 輪郭の国から戻れないアリス 月波与生 
            (合同小句集『Picnic』No.1(2020/11・太郎冠者) 

 眞矢ひろみの執着は、「箱庭」ではない別の言葉でも言い換えられるかもしれない、と、「囲い」「輪郭」のその概念との連想関係も考えてみた。人間が社会的な規範(「囲い」)の呪縛から解放されたとき、個人となったときの「輪郭」はどう自覚されるのだろうか?そのような関心は、作者にも私達にも重要な精神的意味をもつだろう。この川柳句の「アリス」が、二つ世界の境界つまり「輪郭」のなかにもう入り込んでしまって、オウチに帰れないでいる、その窮屈さが俳人が持つ「箱庭」のこのような関心のあらわしかたに通じている。眞矢ひろみは、夜の(昼間ではなく)「箱庭」の世界へ赴く。
 滝川直広が発見した「箱庭」の頭上には「空」がないことを、その中のフィギュアたち は、いつ気がつくのだろう?
 「箱庭」は、俳人にとっては、すでに、歳時記世界以上(以外)の意味をここに含み、季感以上の象徴的なオブジェになっている。
 「箱庭」の俳句を作るときには、この生活文化の道具が、思念(主観)を揺さぶる場合があることを、この二つの句は示している。 

 ③ 「端に居る」ときの気分
 縁側の端、または窓辺で、屋内で外の涼気をあじわうこと。これが、夏の季語だということがわかるのであるが。しかし、これらの俳句をひと味ちがうものにしているのは、世界の端に居る、という危うい感覚が湧くからである。
 「端居」を取り合わせる俳句は、大正期から作られ始めた、と山本健吉編『基本季語五〇〇選』(講談社学術文庫・1989年3月)には書かれてある。
 以下のような例句がある。この季語が、作る側にとっては、単なる夕涼みの意味を超えて、そうとう内面的な抽象的な世界を引き出しているのだ。

端居してただ居る父の恐ろしさ (素十)
端居の祈(いのり)夙(つと)に亡き友かも知れず (草田男)
端居して旅にさそはれゐたりけり (秋櫻子)


 眞矢は、このような先例の季語感覚を引きついでいる。
しかし、もっと「極私」的に書こうとするのだが、それはどういうふうに展開されているのだろうか?
 
  ホ)端居てふ窮屈や世を踏み外す   (第三章追求)P096
  へ)端居して方形の世の恐ろしき   (第四章賛美)P138
  ト)逃げきって間のおきどころ夕端居 ( 同 )   P145

 
 縁側は、狭い、今にも庭に転び落ちそうだ、しかし、煩雑な昼間から逃げ切ってしばしの「間」を縁側の端っこに坐っている。この「間」の出し方も面白い。「端」という線状の場所に、狭いけれどゾーン(地帯)の広さをあたえるものである。家屋(内)と庭(外)の境を、このように抽象的に言い換えたのは作者の機知でもある。逆に、このはざま(間)が廊下や縁側が、二つの世界の分岐になる。
 作者の心情の裡では、縁側に坐って向きあう世界はきっと箱庭、文字通り「方形」の世の際(キワ)に坐ってゐる、という想像である。
 現実の世と箱庭の方形の世の際、せり上がってくる「箱庭」と「端居」の句を集めると、まさしく大人のファンタジーの在りどころが、見えてくる。
 くつろぎのときではあるがおそろしい。窮屈だ、恐ろしいとは思うことも何と大袈裟な。(二の①-ロ)の含みは、「端居」の句などに具体的な姿を表している。
 一見くつろいでいる姿勢で居ながら、「窮屈」「恐ろしき」「逃げ切つて」という感情のつよい措辞に、個人的な私的な情感が生のまま吐露されている。「夕方」「端居」「間」、という時間や場所はマージナル(境界的)であり、それゆえ、人は昼間の「窮屈さ」から逃れて憩うことができるのである。先述引用した文章では、全く自分だけの思いに浸ることのできる時間帯「夜」にゆくために、こんな想像をしている。たしかに、箱庭遊びは昼間の労働の時間帯には不可能なことなのである。
 そして、夜への入り口、夕方、昼と夜が入れ替わるこの時間帯は、あの世とこの世、自分と他人の境がわからなくなり、人間ではないあやかしのモノの影も見える。ここがまさに「私」のやすらぐ「極地」なのだろう。ぼんやりと庭を見ているのが平凡なサラリーマンであろうが詩人であろうが、ともかくこの世の端で、箱庭を他界としか見据えることが出来ないものとして、語られる。
 日常生活者が別の世界を求める願望の揺曳がじつにうまく掬い挙げられている。それが句集の雰囲気を決めてゆくのである。けれども、それが客観写生でもなく日常詠でもない、まったくの観念劇でもない。強いて言えば、自分が今ここに居ることの不思議さの感覚の映像化と言えようか。
 この句集は、そういう自己探求のキワ(際、極)にあらわれている。奇異であり、稀有であるが、あり得るものだ、と思えてくるのであった。こうして、キーワード「箱庭」の意味やその形態からは、いくつかのイメージの転用や発展につながるのである。

【3】快活と恐怖
 作者の想像力の動きに、いくつかのパターンが在ると思い始め、作者も無意識にしろそれに従って、作句していることを感じ取った。目次の整序の仕方がユニークであることも気になったが、それは、締めくくりのあたりで後述するとして、私は、最初まず、印象付けられた記憶したのは、次のような、柔らかで抑制が効いている作品群であった。とてもナチュラルな感慨を與える。これらは、安心して読める例句だ。

 ① 昼間の俳句ー生活時間の書き方
 
 イ) 菜の花や汽笛は遠くぼうと鳴る  (第一章認知) P012
 ロ) 牡丹雪ほのぼの耄けてみたいもの (同)     P014 
 ハ) 浅春のオムライスの天破れゐる  (第二章決意) P046
 二) 浮き沈む豆腐のかけら冬銀河   (同)     P072

  
 なんとはない場面が、まさに、最初にでてきた「大袈裟」こととしてデフォルメで面白さを醸している。
 句柄はしずかだ。技法的も季語と内容が自然な感じで付いていて、俳句として破綻をみせない。人為的な関係はでてこないが、それをあまり出さないかたちで、「物」に託して心情の機微や人間の生活を掬いとっている。
 イ)。童謡ではみかんの花咲く丘で汽笛を聴くのだが、作者が住む愛媛県の瀬戸内海の小島か海辺の村だろうか?菜の花畑の広がりが目に浮かぶ。「汽笛が鳴る」ときの音「ぼお」には、自分のいま在る時間の流れがかむさる。既視感も計算済みだろうが、感情を汽笛が流れるとおさにダブらせるだけの、広い菜の花畑も必要だ。
 ロ)。どういう老い方、死に方をするのか?疾風怒涛の若い日を過ぎた年代が持つ思い。それが「ほのぼの」と言う副詞のなかに込められている。「認知症」などと無粋な言い方ではなく、昔はやった小説の「恍惚の人」である。微苦笑をさそうこの感興が、誰でもおちいる普遍的なものであるところが、この句の共通観念、ポイントである。
 ハ)。「浅春のオムライス」。これは取合せがいい。くわえてオムレツの形状から「天が破れる」と突拍子もないイメージの飛躍。句集にはおなじような機知が随所に発揮されるユーモラスであるとともに雄大。
 二)。この句もその宇宙規模の大袈裟な機知で成功している。銀河の冴える冬の夜に鍋を囲む地上の食卓がいつのまにかこの逆転劇。「冬銀河」との取り合わせは、遠近法を狂わせ、大小の比較も混乱する。鍋料理の「豆腐のかけら」は、「浮き沈み」している星のかけらを想像させた。銀河系の全貌は、誰も見たことがないのに、すべての星が、ホッカホカであるかも知れない。そうとうのユーモアセンス。このように、どこにでもある日常性そのものの素材であっても、突然別の世界に飛ぶ。この感覚の動きが幅広い、また、それを俳句に組み込むときの作者の気持ちが、日々生きてゆくかけがえのなさ、という温みの在る身近な動機から発している。

② 在ることの重さ 美しさ
 この作者は端正さが好きだ、抑制も見事だ。背景にあるはずのギトギトした俗事はここには出てこない。素材も詠み方も美しい。それは、存在の美しさへの発見とオマージュである。というような、絵画のような風景句。
 
 ホ) 秋の水光の粒を塗しけり    (第一章認知)P031
 へ) 瑠璃空を滲ませのぼる花辛夷  (第二章決意)P051
 ト) 在ることのはかなき重さ遠花火 (第三章追求)P101
 チ) あかつき闇の漆紅葉の気高さよ (第四章賛美)P150


 ホ)。水のかがやきを「光の粒に塗れる」と形容質感の表現。印象派の極点に生まれたシュールリアリズム絵のようでもある。「月蒼し質量生むといふ粒子・(第一章認知)P030」と言う句も、それ自体のカタチを持たない「月光」に物質の性格をあたえる。
 へ)。「花辛夷」が「瑠璃空」を「滲ませ」る。花と空の境の輪郭をぼやかせるのである。線の動きに目をつけて描いたところが非凡である。高々と木の先まで咲くさまを「のぼる」と形容したのは、風の動きが花を左右に揺らすさまに縦の動線を持ち込んだのである。空と花辛夷が一枚の平面上にならび、しかもそれが絵の中で動いている。辛夷の花に瑠璃色の空が接し、滲んで、それは花びらの端から滲んでくるのだろうか。高いところに風が吹いているから花びらが揺れて、その花の揺れかたを見つめていると、視線が上方に移動するのである。このうごき、境界が滲んでゆくありさまがうつくしい。じっと観ている作者の執心が(こうなるはずだという願望)が伝わる。「はくれんの碧空ずらす力かな」(P133)も同じところを見ているのだろう。
 ト)。これも興味深い。光の尾を引いてはかなく消えてゆく花火の火。その火自体に重さがある、と言う。大空で火花が消えるという現象にも、あるかなきかの「重さ」がある。遠い「花火」の光や音についても、それ自体が「重さ」を持ってる、という。その重さについて、どこか断定の強さがある。
 この句では、現象すること、「在ること」を突き詰めようとしている。しかしあるいは、「在ることのはかなき重さ」は、自分のことだろうか。存在をいかなる自覚のもとに、自分で納得するのか、この内省の句は句集には散見する、作者の実存的な自問につながるものとしても読める。
 チ)。「あかつき闇の漆紅葉の気高さよ」。私のイチオシの一句。この句でも「気高さよ」が唐突であるゆえに句が活きている。「あかつき闇」はまだ夜の色が濃い時刻、しかし、全くの闇ではなく、かすかに明けの光や色をまじえてはんなりしはじめた闇であるときに、ふと漆の木(大きなまっすぐした大木)の見事な紅葉が浮かんでくるのに眼を止めた。闇の中の赤い木に出会ったときに、彼は「気高さ」を感じた、これは絶対的な主観である、その紅葉の立つすがた全体の景色を「気高い」とおもってそう表現した。それは、自分だけの感動ではあるが、自然が自らを追い詰めて極点に達したときのすがたを、人間の感性が全身でうけとめて発された表現である。
 漆は、木も美しいが、漆器になるともっと美しい。「japan」と呼ばれていたこともある。日本の漆器の塗りの光沢には玄妙な「あかつき闇」の形容がぴったりかも知れない。
 この「漆紅葉」をえらんだことで、作者の他の俳句の「産土」や「まほろば」への憧れにかすかにつながってくる。仮の意見でるが、こういうところに「英語俳句」から出発した俳人の「日本発見」への模索を感じ取る。以上の例句。掲出の句は、どれも、感興の高まりを直接に形容することで詩的な存在に浄化されている。どれも、眼前の現象をその感動のままに書いてるようだが、喚起する世界が幅広い。いろんな方から視点を当てると、句が表す以上のものがなにかの境界を越えて現れる。使われる言葉の輪郭にそれが滲み出ているのであって、読者がなかなかそこに気が付かないのである。

③ 閑話休題ーここで一休み
 この句集は、私には最初に読んだときの感想がつぎつぎとひろがってきており、このようになぜ表現するのかとその動機をつぎつぎ尋ねたくなるような魅力的な句集である。私の手持ちの言葉では指摘し得ぬところにも、作者の触手がのびているような気がしてきた。 ◯父と母(妣)。◯他界の生き物(鬼)。◯われー在ること。◯うぶすなとまほろばの輪郭。◯音や声の登場、などにかかわる不安な魅力的な句がみられる。しかし、句例などを十分に整理してみるにはもう少し時間がほしい。本文も、すでに予定以上に長くなってしまったので、ここで一段落して、ひとまず筆を置きたい。(続く)2020年12月末日

【篠崎央子第一句集『火の貌』を読みたい】6 あるいは「時間の花」について  鈴木大輔

※『火の貌』はこの度俳人協会新人賞を受賞しました

   魚の皮残す家族よ秋の虹

 食というのは、その人が生まれ育った家庭環境やその家族の歴史や文化を色濃く反映しているものだと思う。毎日欠かすことなく繰り返される食事を通じて人間の心身は文字通り形作られていく。作者篠崎央子氏自身による句集のあとがきに、

 夫と一緒に暮らし始めて二年後に北海道で暮らしていた夫の父母を引き取り、在宅介護をすることとなった。フルタイムで働き、俳句の原稿を書きながらの介護は、苦しくも楽しかった。

と、ある。よって、この句で「家族よ」と、呼びかけている「家族」とは「夫の父母」を含めた、篠崎氏にとって新しい「家族」であることが推測される。「在宅介護」が必要な義両親の嚥下を助けるために、あえて「魚の皮」は「残」されたのか、それとも、元々「夫」の「家族」は「魚の皮」を残す食文化の中で生きてきたのか、そこはわからないが、一方の篠崎氏は「魚の皮」を「残」さない「家族」のなかで育ってきたのであろう。そういった差異がなければ詠まれることのない句である。親しい人との生活のなかで感じる小さな差異に、小さいからこそ埋めてはいけないような、小さいけれども到底埋められそうもなく感じるような、そんな他者との差異を知ってこそ、人はそこに自分自身だけが持つ色彩を見つけるのであろう。氏は「秋の虹」にいったいいくつの色彩を見出したのであろうか。

 実際、篠崎央子第一句集『火の貌』は絵画的な色彩感覚に満ちた句集である。

  血族の村しづかなり花胡瓜
  開墾の民の血を引く鶏頭花
  鮎跳ぬる血より濃き香を放ちては
  血の足らぬ日なり椿を見に行かむ
  血の通ふまで烏瓜持ち歩く
  火の貌のにはとりの鳴く淑気かな

 
 赤色は人間のいのちにとって、もっとも根源的な、それでいて、だからこそというべきか致命的なものにもなりかねない色だ。句集『火の貌』には、タイトルの「火の貌」も含めて、「血族」、「血」、「火」など根源的な赤色を連想させる言葉があまた散りばめられている。「花胡瓜」は黄色い花だが花弁はそう大きいものではなく、花自体は「胡瓜」の葉や茎の緑色に埋もれてそっと咲いている印象がある。「花胡瓜」の咲く「万緑」の季節に、「血族」という「血」の、赤色のメタファーを「しづか」に対比させることで、一句のなかに赤と緑という補色の関係にある二つのイメージが拮抗し、さながらフォービスムの絵画を前にしているようである。ここに〈さざなみや凍つる絵の具を絞り出す〉という句まで加わると、これはもうフォービストのアトリエにまで迷い込んでしまったかのような錯覚を覚える。そして、床に散らばっているマゼンタやヴァーミリオン、カドミウムレッドの「絞り出」された「絵の具」のチューブを幻視して気が付く。これはひとつのたたかいなのだ、と。
 句集『火の貌』は俳人篠崎央子氏の魂の色彩を写した画集であると同時に、現代という時代を生きる一人の人間の、たたかいの手記でもあるのだ。

 では、いったい氏は何とたたかっているのか。「血」が「足らぬ」という作者の叫びにも似た思いは、いかような「日」々のなかで発せられたものであったのだろうか。

  東京の空を重しと鳥帰る
  東京は玻璃の揺りかご花辛夷
  新社員昼餉の風に透けてゆく
  透明になれる街なり聖樹の灯

 モノトーンの、あるいは透明な、都市の描写は「血族の村」の「絞り出」されたままの「絵の具」の荒々しい原色の風景とは対極にあるような静かな都市の景である。ほとんど色彩を持たないこの都市の景に、作者は「血の通」わぬものというイメージを与えたかったのだろうか。「血より濃き香」を「放」つ故郷の「村」と「血の通」わぬ「透明」な「東京」。この鋭い対比に、作者は何を託そうとしたのだろうか。。
 「東京」の灰色の「空」は「重」く、それでいて、都市自体は「玻璃」のように「透明」で、そこにいる人々も「風に」「透けてゆく」ほど「透明」で、この「街」にいれば、クリスマスに「聖樹」のきらびやかなイルミネーションを見上げていれば、私自身も「透明になれ」てしまう。でも、私は本当に「透明にな」りたかったのだろうか。いや、「透明にな」りたいはずがない。私は「血より濃き香」を知っているのだ。それは、生活の為に削られるべきでない、本当の〈いのち〉の色彩とでも呼ぶべきものなのだ。
 新自由主義の時代の「東京」のようなメトロポリスでは、人々は自らが持っていた〈いのち〉の色彩を知らぬ間に失くしてしまっているのかもしれない。それは、ミヒャエル・エンデの『モモ』のなかで、人々が〈灰色の男たち〉に自分たちの〈時間〉をすっかり盗まれてしまっているのに、そのことに誰も気が付くものがいないのと同じように。篠崎央子氏のたたかいは、人々の盗まれた〈時間〉を取り戻すべくひとり〈灰色の男たち〉に立ち向かった〈モモ〉のそれとよく似ている。人間にとって〈時間〉と〈いのち〉とは同義の言葉なのだから。

  石のこゑ木のこゑ蝌蚪の生まるらむ
  あかときの夢の断片蝌蚪の紐


 〈モモ〉は不思議な亀〈カシオペイア〉に導かれて〈時間の国〉へ行った。どこに行くにも入り口は必要なのだ。篠崎氏は「石のこゑ」や「木のこゑ」に耳を澄ます。そこには無機物や植物の深い眠りが流れており、そのまどろみの浅瀬に「蝌蚪」の「生ま」れる場所がある。そして、その透き通った川底の、ずっと底のほうに、今とはちがう時代の「血族の村」が「しづか」に沈んでいるのを見つける。

  青胡桃決起せし日は遥かなる
  蜂起する民よ土筆は袴着て
  籠城の山へぶつかる青田風
  筑波嶺の夏蚕ほのかに海の色
  切腹の相して蟇の控へをり
  幕末の土蔵を喰らひ蔦紅葉
  脱藩をしさうな松を菰巻に

  
 あとがきによれば、篠崎氏は、〈茨城県つくば市の片隅にある小さな村で育った〉のだという。とすれば、「幕末」に「筑波嶺」にて「蜂起」し、その後、悲劇的な運命を辿らざるを得なかった水戸天狗党の乱の話も、幼い頃から繰り返し聞いて育ったことだろう。さかのぼれば篠崎氏の「血族」のなかにも天狗党の乱に関わった者が少なからずいたのかもしれない。これは「血族」の記憶であり、その土地に深く浸み込んだ土地の記憶なのであろう。日本が近代の夜明けを迎える、そのほんの少しだけ前の、夜明け前の群青の空気のなかを、夜明けを待ちきれなかった人々が躍動している。しかし、体制に反旗をひるがえした者たちは、ある者は「切腹」させられ、ある者は捕らえられ真っ暗な「土蔵」に閉じ込められてしまった。その人たちはとうに死んでしまっていて、一瞬の、その魂の光芒だけを残して歴史の古層へと吸い込まれていってしまったのだけれど、作者にはいまなお、その人たちの流している真っ赤な「血」が見えるのだろう。だからこそ手当てをするように「松」に優しく「菰」を「巻」いてやるのだ。遠い歴史の地層に、今も流れるおびただしい「血」を悼みながら。
 それにしても「血」とはいったいなんなのだろうか。句集全体に最初から最後まで通奏低音のように流れるこの鮮烈な赤さ。それは篠崎央子氏にとって、どういったものであるのか。「血」とは「詩」のことなのか。それとも「詩」を欲して止まないやはり「血」そのもののことなのか。

  有給休暇鴨の横顔流れゆく
  欠勤の背に増やしたる赤とんぼ
  時給得る足の踏みゆく雪の蒼


 「有給休暇」も「欠勤」も「時給」も普段何気なく使っているこれらの言葉たちはみな、その言葉を使うことによって、人間が本来自分のものとして持っていた〈時間〉を何の躊躇いもなく、自分でないものたちに明け渡してしまう言葉だ。それぞれの人の心のなかにあった〈時間〉は均され、切り刻まれて、最終的には必ずお金に換算されてしまう。お金に換算されない〈時間〉は無駄なものとされてしまう。篠崎央子氏は、この現代社会のイデオロギーとも言える、人間の〈いのち〉を均し「透明」にしていく言葉たちに生身の身体を包囲されながらも、その無機質な言葉にさえ俳句という「血を通」わせようとしている。これが、氏のたたかいの本質である。そして、戦線は今日も開かれているのだ。

  寒牡丹鬼となるまで生き抜かむ

鈴木大輔 
昭和五十八年  静岡県生まれ。
平成二十二年 「松の花」入会 
令和元年    松の花新人賞 

【なつはづき第一句集『ぴったりの箱』を読みたい】10 疎外の美を俳句で捉える 山科誠

 はつなつや肺は小さな森であり

 この句の魅力は、比喩の巧さ(だけ)ではない。たとえ比喩だとしても、「森」の文字を見れば我々は森を思う。初夏の静かな森にひとりたたずんでいる、そんな景が頭に浮かぶ。この景の美しさをまずは素直に、文字どおりに鑑賞することが大切だ。
 そして次に、句が「であり」で終わっていることに我々は気付く。つまりこの句はなにかを言いかけている途中なのだ。「肺は小さな森であり……」この続きはなんだろうか? もちろん「森は大きな肺である」だ。森の中にぽつんと立っている自分の、呼吸している身体の中で肺は森となっている。そして同時に、いま自分のまわりに広がっている森が、その肺なのだ。
 自分の体の中に森がある。その森の中に自分がいる。そんな無限の入れ子構造を内包している点こそがこの句の魅力である。

 なつはづきの句集『ぴったりの箱』には、肉体の持つ官能性を繊細にすくいとる句が多く収録されている。これらはいっけん日常や、等身大のリアルを詠んでいるようにも感じられる。しかし句集をめくっていくと、収められている句たちは「日常」や「等身大」をときに逸脱し、超越している。

身体から風が離れて秋の蝶

 この句では身体ではなく、身体から離れた風の方こそが重視されている。秋風も秋の蝶も身体の外にあり、残された身体はむしろ抜け殻のようだ。

蟻の群れわたしは羽を捥ぐ係

 ここでも、自分(わたし)がどこにいるのかが曖昧になっている。蟻の群れを高みから観察していたはずの「わたし」が、いつの間にか蟻に混ざって蝶の屍体から羽を捥いでいる。ちょうど、自分の内部にあった肺がいつの間にか自分の外部(森)になっていたように。
これらの句において描かれている身体感覚は奇妙だ。共通しているのは、自分の肉体が自分でなくなっていくような疎外感である。
 身体だけでなく心も同様だ。

ひょんの笛心入れ忘れた手紙

 自分の心が、まるで一個の物体のようによそよそしく見えてくる。「心入れ忘れた」が文字どおり、物体としての心(臓)を封筒に入れ忘れたかのように感じられる。なぜだろうか。季語「ひょんの笛」があるからだ。ひょんの笛の形は心臓を彷彿とさせ、また「ひょん」という音は鼓動を思わせるからである。

 自分から「自分」という意識が遠のいていく、そんな静かな実感を『ぴったりの箱』は描いている。自分の身体も心も不如意になり、他人のように感じられることがある。その瞬間を俳句で捉えている。

【連載通信】ほたる通信 Ⅲ(6)  ふけとしこ

 
   握手の形
新年を皇帝ダリアが見渡せる
ジオラマの人に影ある寒の入
道頓堀宗右衛門町雪こんこん
甘露煮の魚の眼抜けて久女の忌
手袋を握手の形に置いてみる

   ・・・
 晩年の父母が夕食の後向かい合って日記を書いていた。父は日記を付けることを習慣にしていたが、母にそれはなかった。おそらくボケ防止という意味もあって父がすすめたのであろう。二人とも十年日記を使っていた。書くことがあるとか無いとか言い合いながらペンを動かしていたものだった。母が先に逝き、三年後に父が逝った。最後の十年日記は父母共に使い切ることができなかった。
 私の今年の初日記はまさに名の通り、真新しい日記帳だった。十年日記を使っていたが、七十歳になった時に五年日記に替えた。それを使い切って五年日記も二冊目になった。
つまり、私は今年の誕生日をもって後期高齢者になるということだ。

 ためらはず夫は十年日記買ふ  ミドリ

  思い出した一句である。まだまだ生きるつもりらしいわ、とは作者の弁であった。

 穏やかな日と記しけり初日記   愛子

  昔の句会で出された句だが何故か憶えている。作者の愛子さん、今もお元気だろうか。
 今年の目標は? と聞かれた。「とりあえず新型コロナウイルスに感染しないこと」と答えた。本当に感染せずに一年間過ごしたいものである。
  それにしてもコロナとは……言葉が先行して今やウイルスだけのことのように言われている。
  理科の教科書に載っていた日食の写真、そして実際に皆既日食を見た時のあの感動、それだけでよかったのに……。

(2021・1)

2021年1月8日金曜日

第152号

   ※次回更新 1/29


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筑紫磐井著『女帝たちの万葉集』(角川学芸出版)

新元号「令和」の典拠となった『萬葉集』。その成立に貢献した斉明・持統・元明・元正の4人の女帝、「春山の〈萬〉花の艶と秋山の千〈葉〉の彩を競へ」の天智天皇の詔を受けた額田王等の秘話を満載する、俳人初めての万葉集研究。平成22年刊2,190円。お求めの際は、筆者までご連絡ください。 

【抜粋】〈俳句四季1月号〉俳壇観測216/目から鱗の落ちる本 ――阿部誠文・蒲原宏の見えない努力  筑紫磐井

『沖縄の涙』
 阿部誠文の「従軍俳句・人と作品」シリーズの『沖縄の涙』(二〇二〇年九月青嶺叢書)が出た。阿部にとって、このシリーズは『戦場に命投げ出し』(一九九五年。二四冊の従軍句集を紹介)、『ある俳句戦記』(二〇〇〇年。二〇冊の戦争詩華集に見る従軍俳句を紹介)につづく第三冊目に当たる。『戦場に命投げ出し』に続き、再び従軍句集で、前集に盛り込めなかった一六冊の句集を含んでいる。阿部のライフワークである。標題は『沖縄の涙』とあるが沖縄の句集だけではない。『沖縄俳句総集』を収録しているが、様々な従軍句集である。戦前に刊行されたものは四冊、あとは戦前に準備をされたものも含めて戦後の句集である。未完原稿から起こされたものもある。
 この中の圧巻は、田中桂香『征馬』(昭和一五年)の発見であろう。阿部は「従軍句集の白眉とされる名句集である」というが私は寡聞にしてこの句集の評価を他に聞いたことはない。しかし、今回読んでみて確かに刮目するところがあった。それはこの句集が日本で最初の多行句集でもあるからだ。発行所は、吉川禅寺洞の「天の川」であり、「天の川」は当時多行表記が試行されていてその影響もあるだろうが、恐らく戦場の緊迫を伝えるために多行表記は最適であった。大半が二~四行の句となっている。無季の句が多い。

馬は征く
腰骨高く
枯地ゆく


 田中桂香は「天の川」に属し、元々獣医であるが、応召して昭和一二年から一四年まで中国北部を転戦した記録である。題名『征馬』通り馬の句も多い。阿部によれば「腰骨高く」はそれ程に痩せているのである、食糧も十分ではなく、過酷な労働、病気があるのかもしれない、という。頭韻、脚韻が効果的である。

たふれたる馬を
草地にはなしゆく


 阿部は、戦傷を負って動けない馬は、草地に放す、放牧ではない、捨てるのである、いずれは死ぬ馬かもしれない、という。

耕せる農夫と見しが
重機撃つ
  *
一村を火にして
朝をひきあげたり


 私も沢山の従軍俳句を見てきたが、そこには戦争を賛美する句、反戦の句、戦場でこともなく花鳥諷詠を詠む句とあるが、僅かにリアルな描写句もないわけではない。掲げた句は最後の傾向で、戦争の真実を描く。農夫はゲリラ兵なのであり、報復として日本軍は村を殲滅させる。これでもまだ、戦争の前期であるから、残酷さは少ないかもしれない。
阿部は、田中桂香は掲げた軍歴以外解らないというが、私の調べたところでは、昭和四〇年代末まで存命していたらしい。

『畑打って俳諧国を拓くべし』
 次に紹介したいのは、ブラジルの俳句王国を実現した佐藤念腹(明治三一年~昭和五四年)の評伝である。蒲原宏が主宰する雑誌「雪」に連載した評伝をまとめたもので七百頁に及ぶ大冊である(大創パブリッシング令和二年六月刊)。念腹は新潟の出身で、高浜虚子に師事し、中田みづほ、高野素十(いずれも新潟医専の教授)らの指導を受けたこともあり、新潟俳壇との関係が深い。昭和二年にブラジルに移植し、開拓と同時にホトトギス俳句の指導に当たった。入植に当り、虚子からは〈畑打つて俳諧国を拓くべし〉を頂き蒲原はそれを書名とした。入植後は〈雷や四方の樹海の子雷〉〈ブラジルは世界の田舎むかご飯〉などでホトトギスで五回の巻頭を得ている。
 念腹がホトトギスの支援を受けて順調であったかと言えば必ずしもそうではなかったようであり。当時すでに新興俳句はホトトギスを敵として活動していた。領事館の支援を受けて俳誌「南十字星」が創刊されたのだが、ホトトギスと新興俳句の対立から念腹は不参加の態度を決める。本土の虚子・素十と新興俳句の代理戦争の趣があったようだ。
 戦争が始まると、念腹はさらに大きな影響を受ける。ブラジルは日本を敵国と見なし、昭和一六年から移民中止、一七年からは国交断絶、日本語禁止(家庭内教育ですら!)、日本人の集会禁止の措置を受けることとなる。日本語で笑ったといって検挙されたという。とても俳句どころの状況ではなかった。念腹も、収監はされなかったものの書物の押収を受けた時の句を残している。
 やがて敗戦を迎えた。戦後の勝ち組・負け組の争いは殺し合いにまでなり熾烈であったようであるが、意外に俳句の復興は早く、昭和二〇年から念腹は次々と句会を起こし、新聞俳壇選者となり、ブラジルでは本国に先がけて俳句ブームを招来したようである。
 やがて昭和二三年に俳句雑誌「木蔭」を創刊し多くの俳人を育てた。「木蔭」のピーク時会員は八百人という。念腹は昭和五四年に八〇歳でなくなったが、弟の牛童子が「木蔭」を承継した「朝蔭」を創刊した。大冊を駈足で通り過ぎてしまったので著者には申し訳ないが、実に波瀾万丈の生涯であった。
(以下略)
※詳しくは「俳句四季」1月号をお読み下さい。

【篠崎央子第一句集『火の貌』を読みたい】5 篠崎央子句集『火の貌』を読む その場所/視座  田島健一

 句集にタイトルがあるのは、不思議です。
 篠崎央子句集『火の貌』は、このタイトルこそ読まれるべきです。

 ひとつの視点。

 句集の帯に書かれた、角谷昌子さんの跋文。

「央子さんは、中村草田男、鍵和田秞子のいのちを詠み、俳句の可能性を探るという志をしっかりと継いでいよう。」(P210)

 このような〈師系〉というものが、この句集に関わっているということ。それは決して曖昧なものではありません。
 
 動もすると、この跋文の「いのちを詠み、俳句の可能性を探る志」という言葉は、具体的なイメージを結ばないままに読み流されてしまう可能性があるのではないか、と危惧します。

 この言葉は、句集『火の貌』を読むことで、具現化されるものです。句集を読む好奇心の眼が、その先にある〈主体〉に出会うために必要な道しるべになるでしょう。

 このことは、中村草田男の第二句集『火の島』、鍵和田秞子の最晩年の第十句集『火は禱り』、そして篠崎央子氏の『火の貌』。この師系で〈火〉のモチーフがまるで聖火のように受け継がれていることに現れています。これは、おそらく偶然ではないでしょう。

 この草田男の師系で受け継がれる〈火〉とは何か。それについて論じるのは俳句史家の仕事として、ここでは一旦、措いておきます。

 逆にこれは、句集『火の貌』を読むためには、この『火の貌』というタイトルこそを読むべきだ、ということを示しているとは言えないでしょうか。

 『火の貌』こそが、この句集を読むための亀裂なのです。

 つぎなる視点。

 この亀裂となる『火の貌』を「読む」というのは、いったいどういうことなのでしょうか。この「読む」という語が、何かの「解釈」を行うことを意味するのだとすれば、ここに何か「解釈」すべきものがあるのでしょうか。

 著者によるあとがきによれば、この『火の貌』というタイトルは、集中の一句

 火の貌のにはとりの鳴く淑気かな    (P200)

 に拠ったということです。

 「朝という刻を告げる鶏は、火のような形相を持つ。鍵和田秞子師もまた、火のような情熱を持ち、私達の俳句を明日へと導いてくれている。師の燃え上がる俳句精神に接した弟子の一人としてこれからも邁進してゆきたい。」(本書「あとがき」より)

 集中の一句に含まれる語が、その集全体をつかさどる「タイトル」として昇華するとき、そこでは何が起きるのでしょうか。

 特にこの『火の貌』の「貌」という語は、句中の「鶏」のものから、より大きな、こちらを見つめ返してくる「貌」として、この句集全体を象徴し始めます。これは、人間的な「顔」ではなく、動物的とも言えるような「貌」です。

 問題となるのは、この『火の貌』は、〈どこから〉見つめ返しているのか、ということです。

 これこそが『火の貌』を、「火のような形相」という一句の分析的な意味から、この句集が〈表現し得なかった意味〉として、逆説的にこの句集の性格を決定しているのではないかと考えます。

 では、それはいったい〈どこから〉なのでしょうか。

 その場所を示す、ひとつ目の視座。

 残雪や鱗を持たぬ身の渇き(P144)

 言うまでもなく掲句における「鱗」は一度も現実化したことのない、作者個人の自己認識のための補助線に過ぎません。

 「鱗を持たぬ身」は、そうした自己を生まれつき「鱗」が欠落している主体として認識することで、逆説的に「鱗を持ちえた身体」という主体の〈ゼロ〉ベースを規定しています。

 この句が書かれた動機があるとすれば、この主体の〈ゼロ〉ベースを提示することだとは言えないでしょうか。
 
 かはほりや鎖骨に闇の落ちてくる(P64)
 己が色まだ知らずしてかへるの子(P152)
 指先より魚となりゆく踊かな(P175)


 これらの句にも見られるように、句集『火の貌』における主体は、このニュートラルな〈ゼロ〉ベースからの欠落や差異として把握されます。

 蚊に刺されたる膝裏のまだ若き(P64)

 この句は無垢で傷のない「膝裏」を〈ゼロ〉ベースとして、それが「蚊に刺された」ことで、「まだ若き」と言わざるを得ない何かが作者の内面に生まれたとしか言いようがありません。

 「蚊に刺された」ことが、なぜ「膝裏」の「若さ」を喚起するのでしょうか。
 
 この「若さ」が喚起される原因の分析はここでは措きます。

 ここで言いたいことは、〈ゼロ〉ベースを基準とした、ニュートラルなものとして想定された主体が、そこに止まることのできない欠落あるいは過剰の方向へと引き裂かれつつある、ということです。

 それが、この句集の性質のひとつの側面を定めています。
 
 一つ触れておくと

 ヒステリーは母譲りなり木瓜の花(P52)

の句は、こうした句集の性質に、作者なりの根拠(物語)を与えているとは言えないでしょうか。

 この「母譲り」が示すように、角谷昌子さんが跋文で触れている「血族」という主題が、この句集に与えられたひとつ目の視座を根拠づけることで、〈ゼロ〉ベースの欠落や過剰から主体を守っている、とも言えるでしょう。
 
 ふたつ目の視座。
 
 さらにこの句集は、ひとつ目の視座とは反対方向へ向かうもうひとつの視座があるのではないかと考えています。

 エプロンは女の鎧北颪(    P88)

 この句では〈ゼロ〉の主体は、社会的要請としての「エプロン」という「鎧」で覆われています。「鎧」という武具で象徴されるように、この社会的主体は「闘う主体」です。

 この主体は、いったい何と「闘う」のでしょうか。

 どくだみ干す二人の主婦の眠る家(P111)
 無花果を夫に食はせて深眠り(P126)
 職業は主婦なり猫の恋はばむ(P143)
 流灯会女は家を二つ負ふ(P175)

 
 ここで主体は「主婦」であり「妻」であり「女」として振る舞います。

 ただし、この主体が闘う相手は、社会的要請そのものではありません。

 そうではなく、まさに主体を反対方向へ引き裂こうとする、〈ゼロ〉の主体からの欠落や過剰こそが、その闘争相手だとは言えないでしょうか。

 そして言うまでもなく、〈ゼロ〉の主体を覆う社会的要請は、句集中の「介護」の句として結実しています。

 太股も胡瓜も太る介護かな(P117)
 熱帯魚眠らぬ父を歩かせて(P118)
 うなづくも撫づるも介護ちちろ鳴く(P122)
 芋刺して死を遠ざくる父の箸(P124)

 
 この〈ゼロ〉の主体からの欠落/過剰(ひとつ目の視座)と、それが纏う社会的要請(ふたつ目の視座)によって引き裂かれていること──その引き裂かれた場所にこそ、句集タイトル『火の貌』が顕現しているのではないでしょうか。

 これはつまり、草田男のことばを引用すれば、

 「創作の振子というものはたえず作者の内輪で創作の各瞬間に、俳句の「私」という固有性のほうへいき、また俳句の「公」の務めというほうへいくというふうに、一作一作のなかで振幅豊かにたえず動きつづけてゆく、そうして振子の根っこのところに「時」を示す円盤の針があって「時代の俳句はかくのごとく一秒一秒タクタク生きて動いているぞ」という成果を示すようなものにならなければいけないのであります。」(中村草田男『俳句と人生』─「俳句の「私」と「公」」)

ということになるでしょう。

 句集のタイトルの元となった

 火の貌のにはとりの鳴く淑気かな    (P200)

の句のふたつ後、句集『火の貌』の末尾の句、

 寒牡丹鬼となるまで生き抜かむ(P201)

この句が草田男の意志を継ぐ意志ように見えるのは、この『火の貌』の位置に由来するのだと思います。

 最後に、個人的な感想を付け加えれば、この句集は前述の「寒牡丹」の句で完結したように見えますが、むしろ次の句によって、『火の貌』の彼方への志向性を残しているのではないかと感じました。
 
 死ぬ前に教へよ鰻罠の場所(P166)

 この「鰻罠の場所」こそが、〈ゼロ〉の主体が、文字どおり〈ゼロ〉に戻る場所──その欠落を満たし、句集『火の貌』を生んだ起点となる倫理的な場所だと思うからです。

了 

プロフィール
・名前(ふりがな):田島健一(たじま・けんいち)
・生年、出身地:一九七三年生・東京都
・所属結社:炎環
・俳句歴:平成元年「炎環」入会。現在同人。同人誌「豆の木」「オルガン」参加
・句集:『ただならぬぽ』(2017年)

【なつはづき第一句集『ぴったりの箱』を読みたい】9 句集紹介『ぴったりの箱』なつはづき  川崎果連

  遠藤周作の作品で映画化されたものは大体見たが、私がいちばん好きなのは潜伏キリシタンへの弾圧を題材にした『沈黙』。そして登場人物で私にとってもっとも魅力的なのが「裏切り者」の象徴のような存在、「キチジロー」である。どうも他人のような気がしない。(笑)

 カナリアや踏絵に美しき光沢

 作者の眼差しの深さが伝わってくる。踏み絵を踏んだ「キチジロー」が重なり強い共感を覚えた。「光沢」には鳥肌。恐ろしい人だ。(笑)
 
 日向ぼこ世界を愛せない鳩と

 梅雨寒や戦争反対最後尾

 憲法九条蟹の大皿来るまでは


 人は自分の「生」を肯定しながら生きていく。それはとりもなおさずこの「世界」を肯定することでもある。しかし、「世界の現状」が「自分の生の肯定」と矛盾するとき、あるいは衝突するとき、人はどちらかを否定しなければならなくなる。全部か一部か。いずれにしても、そのことを明確に言語として発信したり行動で示したりすることは簡単なことではない。その境目に立ったことのある人間は、作者の思いが痛いほど理解できる。3句とも季語に新しい生命とエネルギーが吹き込まれている。梅雨寒の句の「最後尾」がたまらん。(笑)

 暇そうな有刺鉄線みどりの日

  草取や聖地メッカに背を向ける


 みんな何かにすがりたがる。理由は簡単。その方が楽だと思うからである。しかし、実際は何かにすがって生きていくのも結構しんどいのではないだろうか。
 かのニーチェは『ツァラトゥストラ』の中で、「神は死んだ」と書いた。「神の加護によって幸福がもたらされる」という考え方でずっと生きていると、自分自身についての価値観もしくは肯定感が希薄となり、人間は残りかすのような存在になってしまうので、人間としてもっと自分の力を信じるべきだ―というような意味なのだろう。句からは「日常のなりわい」の重さがひしひしと伝わってくる。

 少女にも母にもなれずただの夏至

 婚期かな前歯隠している兎

 実印を作る雪女を辞める


 こういう世界を「ニヒリズム」などという言葉で片付けることには反対である。まあ、一言で言えば、「視座」なのだ。俳句でもつくろうかという人が、誰でも思いつくようなことを書き並べて作品でございますなどとうそぶいていることがあるが、そういうレベルとはまったくちがう。さらに言えば、こういう句は「文学少女のなれの果て」(笑)が詠みたがる世界に隣接している。しかし、そのようでいてそのようでないところに作者ならではの「視座」がある。「技術」だけでは到達できない峰だと思う。

 春の雲素顔ひとつに決められぬ
 
 ぴったりの箱が見つかる麦の秋


 はじめの句と2句目はどういう関係なのだろう。なかなか興味深い。「箱」でふと思ったのだが、私が最後に入る箱は多分他人がつくる。(笑) せめてぴったりの箱にしてほしい。 (笑)
 とにかくこの句集、どこへ行っても、相変わらず「優等生の絵日記」のような俳句が幅をきかせている現状に、一石を投じる硬派の句集である。読み応えがある。観念論との距離感も清々しい。

(自由俳句誌「祭演」61号より転載)

【眞矢ひろみ第一句集『箱庭の夜』を読みたい】9 箱庭の夜に寄せて  西村我尼吾

 天為主宰の有馬朗人先生が亡くなって、無性に松山のことが懐かしくなった。眞矢ひろみがしまなみ海道99のinternational haiku conventionの国際俳句コンテストで衝撃の最優秀賞を獲得したのが1999年の松山宣言を発出した年であった。有馬先生は当時文部大臣であり科学技術庁長官でもあった。国際俳句コンテストの審査委員長であり、この会議で―俳句よりハイクへーという歴史的基調講演をおこない松山宣言の基本的方向性を示された。受賞者の眞矢ひろみが愛媛県庁職員井上さんであることは不覚にも知らなかった。そのあと眞矢ひろみと西村我尼吾は運命共同体の一員として、松山宣言の実現に向けて正岡子規国際俳句賞ほかの幾多の賞を作り、加戸守行知事の愛媛県の新政策を猛烈に推進していった。最優秀作品は次の通り。


  reflected                                  映っている橋の明かりが
      bridge lights share the calm sea    クラゲと分けあう
      with jellyfishes             凪いだ海面

 世界各国からの多くの英語の俳句の応募の中、日本人が最優秀賞を取ったことが画期的であり、その内容も日本人にしてやっと理解できる花鳥諷詠や、伝統的な俳句の世界とは一線を画した、世界で通用する普遍性を備えた優れた短詩形文学作品であった。なんとも言えないリリシズムがただよい、まるでアメリカのある街の風景のように心に迫ってくる作品であった。
 当時はライトバース全盛時で、虚子の客観写生などが王道のように語られていた時代である。その本家本元である愛媛県が、国際俳句 などという怪しげなものを掲げ、シュールリアリズム宣言以来の文学宣言を出すなどということは狂気の沙汰であると考えらていた。そのような破天荒な新政策を、愛媛県の改革を行うという観点から、加戸知事は許し、県の若手たちから形成される特定重要新政策遂行委員会に委ねたのである。それまでは愛媛県が新政策を行うことは極めてまれなことであった。眞矢ひろみはまさにその中核的メンバーであった。「箱庭の夜」に同じ青年将校であった我尼吾が「無駄なことはするな」とひろみに言ったとされているが、当時余りに多くの罵詈雑言をだれかれとなく浴びせていたので、いまならパワハラでとうに免職されているであろうが、思い出せない。ひろみはシュアでシャープなひとなのでとても無駄なことをするとは思えないからである。デビットバーレイさんを正岡子規国際俳句賞選考のための調整委員に推薦したのも眞矢ひろみであったと思う。
 それからもう20年以上が立ってしまった。そのうち2008年以来、東アジアの経済統合を実現するための国際機関であるERIA(東アジアアセアン経済研究センター)を設立し、事務総長としてアセアンサミットのシェルパ機関として議長国を支え、世界で13位にランクされる国際経済政策シンクタンクに育て上げるために13年の歳月をインドネシアのジャカルタで費やしてしまった。コロナの猖獗する世界で若き日の熱い文学的記憶が呼び起こされたのは、眞矢ひろみの「箱庭の夜」を康子に知らされたからであった。この20年以上の時間の果てに眞矢ひろみの俳句はその時の姿のまま、まるで時間が止まってそのまま我尼吾の前に現れたかのような鮮烈な印象を与えた。ジャカルタでは完全に英語の生活である。www.eria.orgを見てもらえば、我尼吾の生活は推測できると思うが、眞矢ひろみの句集のチャプターがRecognition,Resolution,Pursuance,Psalmと洒落ている。こちらでは俳句を共時的に東洋哲学の立場からdeconstructionする作業に没頭し、高野山の幾多の高僧に教えをいただいた。空海の真言哲学や井筒俊彦から多くのものを学んだが、それ等の視座から箱庭の夜を眺めてみると、実に若々しい句集である。Rrecognitionとは自心の源底に俳句認識を至らせることである。Resolutionとは俳句的に即身することである。Pursuanceとは井筒の言葉を借りれば、有本質的分節をさかのぼり、自信の源底に到達した後、禅の目指すようにそのレベルでもう一度現実世界に戻ってくる無本質的分節のことである。そしてPsalmとは瑜伽の状態で存在の第一原理を感じ取ることである。つまり空海の声字実相義の世界、ちょうど私が愛媛にいたときに出版した処女句集「官僚」のあとがきに書いた世界をその時の同志である眞矢ひろみが実践してくれていたことを感じたのである。官僚は眞矢ひろみにも読んでもらったが、その時のわれわれの共有した時間が突然蘇ってきたのである。

     屈折光掬えば海月かたち成す
  炎天や一人ひとつの影に佇つ
  読初の闇墜ちのことエヴァのこと
  春曙光二度寝の夢に妣の坐す
  幾千代の腐乱の裔や白牡丹
  逆張りのミセスワタナベ明易し
  かげろふの無方無縁の海に翔ぶ
  補助線を跨ぎこれより枯野人
  哲学を愛す霜夜に母の香す
  大袈裟なことばかり箱庭の夜
  玉虫になると退職挨拶状
  灯は遠く鬼火か終の団欒か

 眞矢ひろみが退職の年を迎えるとは信じられない。自分も年を取っていることを忘れていた。

【読み切り】加藤知子句集『たかざれき』鑑賞  竹本仰

  加藤知子さんを見る限り、句の中の作者像と実際に接した目の前の作者がこんなに食い違うことは稀であるとよく思う。句の中の顔と、日常の顔が、別人であると常々、そう思ってきた。なぜであるか?それは、俳句という表現手段が、彼女にとってどれだけ意義深いかということと無関係ではない。他の俳句作者のスタンスとは明らかに違うものを感じるのである。

 この第三句集について、私なりに三つのキーワードを感じた。それは、女、闘い、劇場である。一見語りがたいこの作家について、一応のコースを設け、その地図を順に追ってみたい。

1.加藤知子と女という性
 小生が或る通信句会で彼女と知り合ったころ、鈴木しづ子に傾倒していたと記憶する。その後、やや過激とも思える彼女の句に接しながら、その頃はまだ面識がなかったので、勝手にこんな顔だろうと想像していた。
 少女期をひきずった、どこか少し翳りと痛々しさがあると。

すみれ咲くカラシニコフの発情

 この句がその頃の第一印象として残った。ここへ来るか?という風に性的な表現が乱射されることがある。
 だが、少し注意して読んでいくと、性的な表現にはまったくといっていいほどエロティシズムがなく、むしろ、これは彼女が闘うための通行手形なのだと分かってきた。つまり、女性の性が無ければ何事も始まらないという出発地点をちゃんと見定めていたということなのである。
 高橋新吉の詩「断言はダダイスト」の一節を思う。

〈DADAは一切のもの出産し、分裂し、綜合する。DADAの背後には一切が陣取つてゐる。何者もDADAの味方たり得ない。DADAは女性であると同時に無性欲だ。だから生殖器を持つと同時に、凡ゆる武器を備へてゐる。〉
 

 加藤知子と性。抜きがたい言葉である。
 

2.闘い
 したがって、彼女の誠意は、この生=性への忠誠で、闘う、否、闘わねばならないということであった。
 石牟礼道子というしるべ、そこには憑依のような演じ手の文体があり、世界があった。水俣という宇宙から現代社会を見返している闘いの記録があった。
 

3.劇場
 そして、闘いは純潔する憑依、いわば観察者を抜け出した演じ手となり、その劇のクライマックスは、そこにキーワードを当てはめれば、抱きしめる、であると思う。

鵜を抱いてわたし整う骨の冴え

 傷んだ鵜の魂を抱きしめることによって一体化され自分を感じる、そんなカタルシスが成り立つ。究極にはこの詩人はここをめざしていると、筆者なりに思っている。

 加藤知子の出発点を想定してみると、

白桃の傷みはじめを旅はじめ

 青春という自覚、それは傷みはじめを感じてからだろうか。
 それがシャッフルすれば、

心中に似合う家あり大西日
稲光るたび人妻は魚となり
目隠し取ればここがさいはて衣被


と、こういう、たびたび、その青春回帰の願望が新たな現実と激突している句があり、独特の詩境をかたちづくる。

月光に袈裟斬りさるる目覚めかな
ちちははへ返す骨肉したたらす
金魚また死んで時計の逆回り


 死生観をうかがえば、こんなところか、日常の安定というものへの志向はさらさらなく、むしろ志士の奮闘の如き烈死をこそ想定せねばならない、このきまじめな生の姿とは何なのか。

脳の襞さわぐ鏡の間の万緑
ふらここを漕いで手放す家を焼く


 不思議な譬えになろうかと思うが、弘法大師空海に若き日、『三教指帰』なる青春の書がある。讃岐の一地方の豪族の倅として、官の立身出世の道を志すべく都の大学に入るものの、仏道に大きく方向転換し、多くの地縁血縁をうらぎることに至る、言わば出奔の所信表明のようなものであるが、平安時代当時としては類を見ない戯曲形式の構成を試みている。儒、道、仏という三教の区別はともかく、その生涯の大転換をうながすにふさわしい魂のゆえなきざわめきと揺れが、この作者の作句の衝動にも等しくうかがえるのである。
 また、俳句の世界であれば、高柳重信の

船焼き捨てし
船長は

泳ぐかな


の如き身振りだろうか。句境よりも苦境、つねにその苦境を基にした衝動こそが彼女の句をかたどってきた。

けしからんヌードのるーる天高く
おしろいを吸いつくす肌冬銀河
だんご虫丸まり人に恥骨あり


 一見挑発的に見えるかという性的表現も、作者にあっては星座愛好者が星を食卓上にあるごとく見るように、実は愛すべき日常性でありそれを全幅信頼する信念の如きものがあろうか。作句する材料や手段ではなく、むしろ目的地であり聖地をその日常の性の向こうに想定しているのである。

初旅や戦死者の歯をそろえむ
鷹鳩と化し生真面目な引きこもり
菊人形柩に入りてあたたかし


 ここでは死さえ抱きしめるものとして、一体化する対象である。
 もちろん、この作者の志向は次々と対象を変え、自身の存在感をたしかめようと格闘はつづく。だが、私はひとり、何をしているのだろうという自己の孤への問いはない。むしろ、問い続けることでつながりを探し続けているのである。

鎮まれば水の祭をクラムボン
抱き合い殴り合いけり鬼やんま


 水没した五木という或る原郷へ近づくのは、水没の向こうにある村とのつながりを欲するためである。

衣や姫や倭の工人の勃起せる
刈るほどに下萌えてゆく王墓かな
万緑の壺のそとなる人の声


 失われた古代国・伊都国に近寄り入っていく、もはやその国のキャスト、スタッフとなり、劇化してゆく、一見ミッシェル・ビュトールが小説『時間割』で見せた、理想を追うが故の時間の迷宮への旅、そんな手法を連想させる。
 そして、卑弥呼にはその性を問いかける。もちろん、卑弥呼であり、作者である共通の性へだが。

すかあとのなかは呪文を書く良夜

 こういう飛び込み型の問いのゆくえにあらわれるものとして、憑依と原郷、そして女性の性への接近と融合があったろう。
 そこへ石牟礼道子が示す「高漂浪(たかざれき)」、つまり「身体は現の世界にいるにもかかわらず、魂が抜けだしてどこかに行ってしまって、行方不明になる」体験に惹かれ、原郷回帰の思いを核として水俣病の運動と連動し、その芸術を深化させてゆく石牟礼道子の論を組み立てていくのは、実にむべなるかなの道行きだったという他はない。
 しかも、表題になっている常少女(とこおとめ)とは、万葉集の十市皇女の〈河上のいつ磐群に草むさず常にもがもな常処女にて〉から来る、言わば永遠の少女性のことであるが、この言葉そのものが筆者加藤知子自身の来し方の行為の姿に他ならない。
 実は石牟礼道子を論じながら、紛れもなく自身の文学という行為を語っており、石牟礼道子に加藤知子を演じさせているのである。この俳句と評論の表裏一体となったのが加藤知子なのであり、この評論が俳句の解説にもなっていることを心して読むのがよいと思える。

海に降る風花ならば抱きしめる

 ああ、石牟礼道子を抱きしめているなあと思う。
 ニーチェに「深淵を覗き込むものは、また深淵に覗き込まれる」の名言があった。
 だが、加藤さん、あなたの覗き込みたい深淵、まだ足りていないのでしょうね。
 あらためて、常少女の詩人・加藤知子の道行きのここからの再出発に注目している。

【連載通信】ほたる通信 Ⅲ(5)  ふけとしこ

 
   タオル
わたくしの塩分濃度冬紅葉
歳晩の畳めば膨れくるタオル
マルセイユよりの石鹸冬の虹
落柿舎の柿たわわなるまま師走
冬落暉竹がさやさや実を揺らし

   ・・・

  虹二重神も恋愛したまへり   津田清子
という句がある。
  虹の根を千年抱いてげいとなるか 大石悦子
という句もある。
 何かの講演を聞いた時、その講師の方が、「この中に虹に雌雄があることを知っている人はないでしょう」と宣った。「おやおや」と思ったが黙って聞いていた。虹が男性、霓が女性だということなど、誰も知らないだろうとは聞き手も見くびられたものだ。「ご存じの人もあるでしょうが」と何故言えないのだろうか…と思ったことだった。
 二重に架かった虹を見ると何かいいことでもありそうな気になる。何度か見たことがあるが、外側の虹は薄っすらと架かっていることが多くて、二つともくっきりと見えたのは今迄に一度しかない。セキトウオウリョクセイランシ(赤橙黄緑青藍紫)と子供の頃覚えさせられた虹の七色。外側の虹は色の並びが逆になる。副虹と通常は呼ばれるけれど、特に外側の虹を指して霓と呼ぶこともあるようだ。が、俳句で見かけたのはこの大石さんの句が初めてだった。このことに限らず、大石さんの俳句からは色々な言葉を教わることが多い。
 大阪住みの場合、冬の虹を見たくなれば時雨模様の日に湖西道路を北へ向いて走ればいい。私の場合専ら助手席の人であるから単純に喜んでいられるのだが、出ては消え、また現れる……、そんな虹と追いかけっこをしている気分になり、さらに落葉時雨が加わるということもある。
 その湖西の小さな田にくっきりと架かった低い虹は今も忘れられない。
  マフラーを投げればかかりさうな虹  としこ

(2020・12)

【中村猛虎第一句集『紅の挽歌』を読みたい】7 中村猛虎句集『紅の挽歌』 松原君代(ロマネコンテ理事)

ボケットに妻の骨あり春の虹

 何も申し上げることが出来ず心よりお悼み申し上げます
ロマネコンテの大会で語り、飲み、楽しく歌った日
あの無邪気だった日がつい昨日のことのように思えますのに、もう何年の月日が流れたのでしょうか
元号も平成から令和に変わりました。
 そんな中、この度の「紅の挽歌」という真の魂の句の数々に触れてまさに感動の渦の中にいます。
 命の儚さとその永遠を想っています。

 最愛の奥様への愛の絶唱はびんびんと心の琴線を弾き、慟哭しています。

順々に草起きて蛇運びゆく
卵巣のありし辺りの曼珠沙華
逝きし君の最期の言葉卒業す
手鏡を通り抜けたる蛍の火
この空の蒼さはどうだ原爆忌
天の川賢治の電柱歩きゆく
雪ひとひらひとひら分の水となる
蕗味噌やだんだん土に還る君
春の昼妻のかたちの妻といる
蛍を放つ男の懐に
水仙や少年鏡ばかり見て
殺してと蛍の夜の喉仏
へその錯とつながっている春の夢
ボケットに妻の骨あり春の虹


 ずっとずっと永遠の奥様とご一緒なのだと感動の渦の中で筆をおきます
珠玉の魂の俳句に出達わせて下さいまして本当にありがとうございました。


【中西夕紀第四句集『くれなゐ』を読みたい】9 句集「くれなゐ」を読んで  桜木七海

 中西先生のもとで勉強を始めて早や十二年の歳月が過ぎた。今回の「くれない」は先生が満を持して出された意欲的な句集だと思います。テーマ別の章立てがそれを物語っているのですから。「青嵐」では季節ごとに色が見え「桐筥」の発想には柔軟さが伴い「野守」「緑陰」の旅吟にあっても人生を凝視する姿勢を感じます。「墨書」における鎮魂の圧巻、思い入れの激しさをしみじみと感じ、最終章「冬日」の平明さ、穏やかさ。各章を貫いているのは先生の現在の立ち位置の確かさではないだろうか。冷静に対照に真向かう真摯な眼からは、きっぱりとした一句が生み出され続けることでしょう。そして季語。季語が一句の中で自然体で使われ、それが一句をより引き立てているというとらえ方の上手さ。その詩心に惹かれます。そういえば先生は、季語の選び方によって作者の度量が分かるということを、句会で度々口にされるのです。
 10月30日の松野苑子さんの文章が忘れられません。傾向の異なる二人の師から学んだ夕紀俳句が、これからも深く耕され、二つの土壌が芳醇な実りをもたらすだろうという言葉に深い感銘を受けました。これこそが「くれない」の真髄であり自信ではないかと思っております。
 好きな句を5句選びました。

 花びらの水くぐらせて魚捌く

 「花びらの水」のひとことで魚屋の店先に置かれた水桶のきらめきが見えてきます。大きな桜の木があるのでしょう。花吹雪が店の中にも入ってきます・一枚のがっしりした俎板で魚をさばく主の鮮やかな手の動き。花びらの浮いた水をさっと流す。捌いているのはきっと黒鯛。

 逢ふよりも文に認め西行忌

 芭蕉は西行を崇拝し、その500回忌にあたる元禄二年に奥の細道の旅へ出立
したと言われています。厖大な西行の和歌を思う時「文に認め」が納得できるし何よりも便箋に文字を書く日常でいたい。

 桐筥に涼しく納め藩政誌

 江戸時代の大名の領地、藩。そのまつりごとを記録したのが藩政誌。例えば戊辰戦争の時には東北の諸藩が結んだ反維新政府同盟の記録や領民の一揆もあっただろう。「桐筥」に「涼しく」納まったことで、その後の安泰の様子にホッとする。

 「序の舞」といふ絵に戻り涼みけり

 序の舞といえば勿論、上村松園の不朽の名作。能の仕舞のひとつ序の舞を舞う女性を描いています。凛とした表情や姿勢からは松園が理想とした「女性の姿」を描ききっていると言われています。晴れやかな大振袖がくれなゐ色なのに、その凛とした緊張感が涼しさを運んでくるのです。

 日の没りし後のくれなゐ冬の山

 松園の画像が残っています。誰に媚びることのない立ち姿。句集最後の一句にこめられた先生の深い想いが感じられることを幸せに思います。

【新連載・俳句の新展開】第8回皐月句会(12月)[速報]

投句〆切  12/11 (金)
選句〆切  12/21 (土)

(5点句以上)
9点句
榾といふ榾の炎のつながれる(岸本尚毅)

【評】 よく判ることをよく判る表現で云っているだけなのに面白い… という姿の句には常常ついつい惹かれます。この句に於ては「榾といふ榾」に積極的な旨みと申しますか滑稽に近いような妙味が醸されていましょう。これからますます火勢が強まるぞっという嬉しさもあります。 ──平野山斗士
【評】 榾を詠むのは難しいが、なんといっても炎を詠み、そのつながりに着目した点が佳かった。 ──依光正樹
【評】 「つながれる」の「れる」によって炎に命が吹き込まれた。 ──依光陽子

8点句
この辺が虚子のその辺かも寒し(渕上信子)

【評】 虚子は近代俳句の巨匠であり怪物。俳句の指導者、経営者を兼ねていて、それが二面性や矛盾を生みました。「この辺」が「その辺」かもしれません。季語の「寒し」が効いています。 ──水岩瞳

7点句
消灯後いきなり枯野現れる(松下カロ)

6点句
冬の日を物理学者は起きて来ず(筑紫磐井)

【評】 有馬朗人先生の追悼句と思いました。お悔やみ申し上げます。 ──北川美美

5点句
スケータードレスに肌色の部分(渕上信子)

【評】 何度も見て何度も同じ感じを持ったが、ここまで言い切った句は無かったように思う。中年おじさん(おばさん?)のねっとりとしたいやらしい視線が少女の肌にまとわりつくようだ。怪作! ──筑紫磐井
【評】 脚も含めて背中や胸元を覆うフェイク肌。この美しさと過酷の虚実皮膜。 ──望月士郎

冬館ソナチネのまた同じ箇所(内村恭子)
【評】 冬館からピアノの曲が流れてくる。ピアノ教本の「ソナチネ」の中の一曲、その曲がいつも同じ個所で間違えるているのだろう。同じ個所、としかないが、そんなことを思わせる。作者は恐らく建物の外からその個所をいつも確かめているのだ。 ──なつはづき

綿虫のふつと空気になりにけり(仙田洋子)
【評】 綿虫のふっと舞い上がる瞬間を、空気になったと捕らえた、感覚の冴え。 ──山本敏倖

風呂吹の湯気の向こうの都市封鎖(中村猛虎)

温め酒白磁の底に鳥のゐて(内村恭子)
【評】 白磁の杯なのであろう。釉薬の加減なのか底の模様が鳥に見えた。酒に酔って自分も鳥になれれば幸せだ。 ──篠崎央子

芒より老けて粟立草枯るる(前北かおる)
【評】 アワダチソウが芒と隣り合って枯れていた。アワダチソウの方が華やかさも逞しさもあるが、枯れてしまった今ではアワダチソウのほうが老けてみえたという。かつて荒地を埋め尽くすような勢力を誇っていたアワダチソウが今や衰えを見せていることなども想起された。表記は「泡立草」の方が一般的か。 ──青木百舌鳥
【評】 草本系植物学上、芒と粟立草のどちらが老けやすいか、草木類が老けることの具体的特徴とは何か、老ければ枯れるのか、老けても枯れないことだってあるだろう、そもそも異なる相の老化現象を比較することにどういう意味があるのか、比較による成果に人はにどういう価値を見出すのか、見出すべきなのか、などと熟考一週間。結論出ず。 ──真矢ひろみ

狐火に呼び止められてしまひけり(田中葉月)
【評】 そんなことってあり?と思いつつも、怖い。 ──仙田洋子

(選評若干)
十二月八日来し方を問ふ机 2点 水岩瞳

【評】 今年も迎えた開戦日。自分の来し方を考える日でもある。 ──松代忠博

川底を流るる影の紅葉かな 3点 妹尾健太郎
【評】 せせらぎは無くゆったりと運ばれて行く。影の主を探し当てたか、それとも枝に残る紅葉を見上げたか。 ──千寿関屋

木枯らしの果てのかたちは河馬に似て 4点 真矢ひろみ
【評】 木枯らしの行き着く先の吹きだまりは確かにそんなものなのかもしれない ──中村猛虎

十二月七日、九日みみぶくろ 3点 望月士郎
【評】 十二月八日が抜けている。真珠湾攻撃の日であり、ジョン・レノンの命日である。その日に何か思うこと、それを俳句にすることは多い。しかし、消失させるのはどうだろうか。当日の八日よりもその前後がとくに寒い。何か、聞こえますか。 ──中山奈々

日に翳し古地図の色の朴落葉 2点 渡部有紀子
【評】 ぱりっと乾いた音で破れてしまいそうなところも確かにそうですね。 ──小沢麻結

綿虫の綿を撫づれば頭を逸らし 2点 小沢麻結
【評】 浮遊している綿虫を捕まえたのではなく、何かの拍子に掌へ落ちてきたのだろう。その可愛い綿を思わず指先で撫でてしまう。小さな魂が大きく反応する様を描いており楽しい作品。 ──妹尾健太郎

2021年1月1日金曜日

中西夕紀第四句集『くれなゐ』を読みたい インデックス


1 句集『くれなゐ』   馬場龍吉  》読む
2 句集『くれなゐ』を読む   涼野海音  》読む
3 「くれなゐ」の夕紀   柳生正名  》読む
4 『くれなゐ』を読む   松野苑子  》読む
5 『くれなゐ』賛歌   松下カロ  》読む
6 無題   北杜 青  》読む
7 射程の長さ   山中多美子  》読む
8 大鍋に牛乳の沸いている景とは・・・。   嵯峨根鈴子  》読む
9 句集「くれなゐ」を読んで   桜木七海  》読む
10 句集『くれなゐ』を読む   大木満里  》読む
11 五七五で描く西鶴の世界   加瀬みづき  》読む
12 ~闊達と気品と~   田中聖羅  》読む
13 時間の中を飛ぶ鳥   鈴木牛後  》読む
14 対象の芯を詠む   山崎祐子  》読む
15 「小さなものたち」への共感   吉川わる  》読む
16 他者の光景~やさしさと共感力に支えられて   菅野れい  》読む
17 ゆとりの句集   永井詩  》読む
18 恋心、あるいは執着について   堀切克洋  》読む


中村猛虎第一句集『紅の挽歌』を読みたい インデックス


1 中村猛虎第1句集「紅の晩歌」を読んで   原英俊  》読む
2 「紅の挽歌」を読む   矢作十志夫  》読む
3 中村猛虎句集『紅の挽歌』   栗林浩  》読む
4 無題   ほなが 穂心  》読む
5 「紅の挽歌」より10句選評   小川蝸歩  》読む
6 中村猛虎句集選評   草深昌子  》読む
7 中村猛虎句集『紅の挽歌』   松原君代  》読む
8 中村猛虎「紅の挽歌」を読んで   辻村麻乃  》読む
9 中村猛虎句集選評   太田よを子  》読む
10 心地よい裏切り感   佐藤日田路  》読む
11 私生活を織り込む醍醐味   山田六甲  》読む
12 中村猛虎第一句集『紅の挽歌』   大井恒行  》読む
13 中村猛虎句集『紅の挽歌』   杉原青二  》読む
14 生と死と   林 誠司  》読む
15 中村猛虎句集『紅の挽歌』   鈴木三山  》読む
16 句集 紅の挽歌について   永禮能孚  》読む
17 「紅の挽歌」読後評   滝川直広  》読む
18 中村猛虎「紅の挽歌」を読んで   谷原恵理子  》読む
19 中村猛虎「紅の挽歌」を読んで 辛口十句選   内海海童  》読む
20 中村猛虎句集『紅の挽歌』   中野はつえ  》読む
21 中村猛虎句集「紅の挽歌」より20句   中嶋常治  》読む
22 「紅の挽歌」を読んで「宿命」   井上はるひ  》読む
23 中村猛虎句集『紅の挽歌』   河内壮月  》読む
24 中村猛虎句集『紅の挽歌』   福永虹子  》読む
25 紅の蒙古斑   岡本 功  》読む


なつはづき第一句集『ぴったりの箱』を読みたい インデックス


1 『ぴったりの箱』を読む   赤野四羽  》読む
2 ぴったり感―『ぴったりの箱』を読む   小松敦  》読む
3 愛すべき雪女—私を超えて「私」へ   柏柳明子  》読む
4 箱を開けてみたい   金子 敦  》読む
5 指先から   木村リュウジ  》読む
6 雪女三態―なつはづき句集「ぴったりの箱」鑑賞   岡村知昭  》読む
7 ときめき   辻村麻乃  》読む
8 『ぴったりの箱』を読む   小林貴子  》読む
9 句集紹介『ぴったりの箱』なつはづき   川崎果連  》読む
10 疎外の美を俳句で捉える   山科誠  》読む
11 なつはづき第一句集『ぴったりの箱』の触感     杉美春  》読む
12 自分を「更新」する俳句   瀬戸優理子  》読む
13 無題   夏木 久  》読む
14 魂の箱を探して   篠崎央子  》読む
15 等身大のわたし   津久井紀代  》読む
16 「ぴったりの箱」に詰まっているもの   瀬間陽子  》読む
17 「なつはづきワンダーランド」巡り ―句集『ぴったりの箱』の世界―   武馬久仁裕  》読む
18 『ぴったりの箱』論   夏目るんり  》読む


眞矢ひろみ第一句集『箱庭の夜』を読みたい インデックス


1 「平成の微光」―眞矢ひろみ論―   松本龍子  》読む
2 『箱庭の夜』鑑賞   朝吹英和  》読む
3 夢幻の虹の世界   藤田踏青  》読む
4 時空を超えたドラマツルギー   山本敏倖  》読む
5 青の印象   前北かおる  》読む
6 人とこの世への恩愛に満ちた句集『箱庭の夜』について   神谷波  》読む
7 『箱庭の夜』雑感   藤岡紙魚男  》読む
8 「箱庭の夜」読んではみたけれど・・・~俳句初心者が読むために~   佐藤均  》読む
9 箱庭の夜に寄せて   西村我尼吾  》読む
10 書評 眞矢ひろみ句集『箱庭の夜』(前編)   堀本吟  》読む
11 鑑賞 眞矢ひろみ句集『箱庭の夜』   池谷洋美  》読む