【俳句新空間参加の皆様への告知】

【ピックアップ】

2022年8月12日金曜日

第188号

      次回更新 9/2


第45回現代俳句講座質疑(13) 》読む

【句集評】鶫または増殖する鏡像 赤野四羽句集「ホフリ」を読む《後編》 竹岡一郎 》読む

■令和俳句帖(毎金曜日更新) 》読む

令和四年花鳥篇
第一(7/15)仙田洋子・山本敏倖・坂間恒子・辻村麻乃
第二(7/22)杉山久子・ふけとしこ・岸本尚毅・花尻万博
第三(8/12)曾根 毅・瀬戸優理子・浜脇不如帰・小野裕三・小林かんな

令和四年春興帖
第一(4/29)仙田洋子・仲寒蟬・坂間恒子
第二(5/6)なつはづき・山本敏倖・杉山久子
第三(5/13)花尻万博・望月士郎・網野月を・曾根毅
第四(5/20)瀬戸優理子・鷲津誠次・木村オサム
第五(5/27)早瀬恵子・岸本尚毅・小林かんな
第六(6/3)眞矢ひろみ・竹岡一郎・ふけとしこ
第七(6/10)ふけとしこ・前北かおる・松下カロ・渡邉美保
第八(6/17)堀本吟・高橋修宏・小沢麻結・浅沼 璞
第九(6/24)下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子
第十(7/1)佐藤りえ・筑紫磐井


■ 俳句評論講座  》目次を読む

■ 第26回皐月句会(6月)[速報] 》読む

■大井恒行の日々彼是 随時更新中! 》読む


豈64号 》刊行案内 
俳句新空間第16号 発行 》お求めは実業公報社まで 

■連載

【抜粋】〈俳句四季8月号〉俳壇観測235 芝不器男俳句新人賞 ――新風登場の契機となって

筑紫磐井 》読む

【連載通信】ほたる通信 Ⅲ(24) ふけとしこ 》読む

澤田和弥論集成(第10回) 》読む

北川美美俳句全集21 》読む

英国Haiku便り[in Japan](32) 小野裕三 》読む

句集歌集逍遙 ブックデザインから読み解く今日の歌集/佐藤りえ 》読む

中村猛虎第一句集『紅の挽歌』を読みたい インデックス
25 紅の蒙古斑/岡本 功 》読む

篠崎央子第一句集『火の貌』を読みたい インデックス
17 央子と魚/寺澤 始 》読む

中西夕紀第四句集『くれなゐ』を読みたい インデックス
18 恋心、あるいは執着について/堀切克洋 》読む

渡邊美保第一句集『櫛買ひに』を読みたい インデックス
7 『櫛買ひに』のこと/牛原秀治 》読む

なつはづき第一句集『ぴったりの箱』を読みたい インデックス
18 『ぴったりの箱』論/夏目るんり 》読む

ふけとしこ第5句集『眠たい羊』を読みたい インデックス
11 『眠たい羊』の笑い/小西昭夫 》読む

加藤知子第三句集『たかざれき』を読みたい
2 鑑賞 句集『たかざれき』/藤田踏青 》読む

眞矢ひろみ第一句集『箱庭の夜』を読みたい インデックス
11 鑑賞 眞矢ひろみ句集『箱庭の夜』/池谷洋美 》読む

『永劫の縄梯子』出発点としての零(3)俳句の無限連続 救仁郷由美子 》読む





■Recent entries
葉月第一句集『子音』を読みたい インデックス

佐藤りえ句集『景色』を読みたい インデックス

眠兎第1句集『御意』を読みたい インデックス

麒麟第2句集『鴨』を読みたい インデックス

麻乃第二句集『るん』を読みたい インデックス

前衛から見た子規の覚書/筑紫磐井 インデックス

寒極光・虜囚の詠~シベリア抑留体験者の俳句を読む~㉜ のどか 》読む

およそ日刊俳句新空間 》読む
…(今までの執筆者)竹岡一郎・青山茂根・今泉礼奈・佐藤りえ・依光陽子・黒岩徳将・仮屋賢一・北川美美・大塚凱・宮﨑莉々香・柳本々々・渡邉美保 …
8月の執筆者(渡邉美保)

俳句新空間を読む 》読む
…(主な執筆者)小野裕三・もてきまり・大塚凱・網野月を・前北かおる・東影喜子




筑紫磐井著『女帝たちの万葉集』(角川学芸出版)

新元号「令和」の典拠となった『萬葉集』。その成立に貢献した斉明・持統・元明・元正の4人の女帝、「春山の〈萬〉花の艶と秋山の千〈葉〉の彩を競へ」の天智天皇の詔を受けた額田王等の秘話を満載する、俳人初めての万葉集研究。平成22年刊/2,190円。お求めの際は、筆者までご連絡ください。 

【抜粋】〈俳句四季8月号〉俳壇観測235 芝不器男俳句新人賞 ――新風登場の契機となって 筑紫磐井

 第6回芝不器男俳句新人賞

 令和最初の芝不器男俳句新人賞が決定した。芝不器男俳句新人賞は、4年に一度、愛媛県松野町出身の俳人・芝不器男にちなみ、今世紀の俳句をリードする新たな感性が登場することを支援することを目的とし、新鮮な感覚を備え、大きな将来性を有する若い俳人に贈る賞である。

 平成14年に第1回を愛媛県文化振興財団が主催し、第3回まで継続したが、平成26年、第4回から芝不器男俳句新人賞実行委員会によって継続されることとなった。

(中略)

 各賞は次のとおりであり、新人賞には賞状と賞金30万円、副賞が与えられ、奨励賞(選者名を冠する賞)及び特別賞には賞状と賞金5万円が与えられた。

第6回芝不器男俳句新人賞 田中泥炭

第6回芝不器男俳句新人賞選考委員奨励賞

   城戸朱理奨励賞 櫻井天上火

   対馬康子奨励賞 浅川芳直

   中村和弘奨励賞 本人辞退

   西村我尼吾奨励賞 藤田哲史

第6回芝不器男俳句新人賞特別賞 早舩煙雨

※今回、選考委員齋藤愼爾氏が病気のため参加されず、新人賞の選考には参加されなかった。また齋藤愼爾奨励賞も授与されなかった。

 新人賞田中泥炭の作品と奨励賞・特別賞受賞作を紹介する。


フリージア母は今祖母となり  田中泥炭

団栗や迅重と沼穿ちたる

狼の屍を分ける人だかり

オリオンをなぞりて嫁と姑は

型録の世に古歌留多美しき

落椿色欲忘れかけたるも いなくなり白雲木にいたような

蜩や誰も笑ってはいない

なにをたがやしてきたのだろうか くちなわの口より双の犬生れる 櫻井天上火

白ばらへ雨の垂直濁りけり   浅川芳直

降る雪が記憶の雪に掏り替わる 藤田哲史

化石にしてあげるそしてやさしくしてあげる 早舩煙雨


松山宣言と新撰21

 芝不器男俳句新人賞は平成11年の愛媛県の企画した松山宣言に始まる(有馬朗人、芳賀徹、金子兜太、宗左近らの発案)。ここで国際俳句賞の創設が提言される。翌年には正岡子規国際俳句賞が創設(四年ごとの大賞受賞者は、第1回がフランスの詩人イヴ・ボンヌフォア、第2回がアメリカの詩人ゲーリー・スナイダー、第3回が金子兜太)、平成15年に21世紀えひめ俳句賞の四賞(石田波郷賞(受賞ハルオ・シラネ)、河東碧梧桐賞(夏石番矢)、富沢赤黄男賞(加藤郁乎)、中村草田男賞(長谷川櫂))が創設された。こうした流れの中で芝不器男俳句新人賞も創設されたのである(最初の選考委員は、大石悦子、城戸朱理(詩人)、齋藤愼爾、対馬康子、坪内稔典であった。特に参与として愛媛県理事であった西村我尼吾の努力がなくては実現しなかった)。いずれも俳句のメッカ愛媛県の協力によって行われたものであるが、その後首長の交代によって途切れたのは惜しまれる。しかしそうした中で、芝不器男俳句新人賞だけは関係者の必死の努力により継続したことは冒頭に記したとおりである。

 芝不器男俳句新人賞の影響は大きく、若い作家の百句という大作の発表とそれが句集刊行につながることを実証したことで、平成21年には『新撰21』という選集が刊行され(編者は筑紫磐井、高山れおなと芝不器男俳句新人賞の中心人物であった対馬康子)、注目されるとともにビジネス的にも成功し、『超新撰21』『俳コレ』と続編企画が続き、これにより句集を持つ若手作家が登場することとなった。

 以上は私が知る経緯である。現在の若手たちの活躍の初期にはこうした運動があったことを知っておきたい。今回の受賞に当たっては、選考委員の欠席や奨励賞の辞退者、関係者の不適切発言などがあり公開形式による問題も出てきているが、今後も何とか工夫して芝不器男俳句新人賞の継続して行くことを期待している。

※詳しくは「俳句四季」7月号をお読み下さい


【連載通信】ほたる通信 Ⅲ(24)ふけとしこ

   月桃

明易や垣に月桃咲かす家

薄暮なる青パパイアの実をひとつ

ミストシャワー蝉が潜つてゆきにけり

夏が逝くきれいな皿にきれいな種

モンステラの葉の隙間より秋の風

                 ・・・

 整理をしていたら、キスリングが描いたミモザの絵葉書が出てきた。バックのブルーが鮮やかである。すっかり忘れていたが展覧会に出かけた時にでも買っていたのだろう。ミモザのことをあれこれと思い出すきっかけになった。

  私にはかつてミモザの花に憧れていた頃があった。早春に咲き始めると遠くからでも目立つ。街路樹になっている一角があって、その時期には遠回りしてもその道を歩いたものだった。庭に咲かせている家があると、どんな人が住んでいるのだろう…と想像したりした。

 大倉陶園にミモザ柄のティーカップがあることを知り、どうしても欲しくなって取り寄せたことがあった。大切にしていたのだが、平成7年の阪神淡路大震災で他の物と同様に割れてしまった。残った1客は今や思い出の品となってしまった。時々紅茶を淹れて楽しんでいる。  

 ある時、黄色の刺繍糸と生成り木綿を買ってきた。ミモザのいっぱい咲いた枕カバーを作ろうと思ったのである。六本取りにして緩めのフレンチナッツステッチで埋めてゆけばミモザらしくなるのではないだろうか……。葉は緑色の濃淡。アウトラインステッチで、と、頭の中ではああしてこうしてこうなって“細工は流流”であった。葉の方はさっさと刺せたが、花の方は結構根気のいる仕事だった。しかし、やり始めたら最後までやらねばならない。出来上がりを想像して頑張った。

 仕上げまでこぎつけていそいそと枕に掛けた。ミモザ色の夢でもみるつもりだったのだが、そうはいかなかった。目覚めたら頬っぺたがボコボコのブツブツ、穴ぼこだらけになっていたのである。何ということ! 結局カバーの上にタオルを置いて寝るという情けない顚末に終わったのである。ああ、サテンステッチにでもするべきだった。

 そんなミモザに対する我が執着もいつの間にか薄れてしまっていた。それが、つい最近地下街で少し迷って、迷うのも偶にはいいかな……とそのまま歩いていたら雑貨屋に行き当たった。そこで、麻地にミモザを刺繍したコースターを見つけた。3枚しか残っていなかったので、その3枚を買った。ささやかな物ではあるが、まさに衝動買いであった。

(2022・7)

北川美美俳句全集21

 面123号「目と手」(2018年7月)


花筏途切れ千切れた空となり

形なき棘のありけり春憂ひ

花曇り遥かに生きて足らぬもの

春の野や雲に追はるる雲のあり

そもそもに我らの在りて蜃気樓

紫陽花や明日は未来と言えまいか

地球儀の海の波音半夏生

西瓜かな丸く大きくもの悲し

烟るごと雨となりけり椎の花

三択のふたつを捨てし梅雨の晴れ


面124号「修羅の渚(渚のY子へ)」(2019年4月)


結ぶ手を開きて蝶のかたちかな

玉の緒よ絶えなば絶えね蛸になれ

旅立ちに文字を手向けむ夜光貝

背の肉に沈む背骨や秋暑し

眠り姫に加へる睫毛秋の朝

花すすき柩車傾きながらゆく

  山本鬼之介さん「水明」主宰就任

鬼赤く水の面を明るくす

砂浜は文字であふれむ月の冴え

身と蓋を組み立ててゐる睦み月

皺くちやの袋の中はあたたかし


澤田和弥論集成(第10回) 

焼酎讃歌

 芋に麦、米、蕎麦、トマト、栗、ピーマン。何の話かと言えば焼酎である。焼酎は夏の季語。プレミアムのものを除けば、比較的お手頃な値段ですぐに酔える。カロリーも低く、痛風を恐れることもない。サワーにすれば飲み口もすっきり。焼酎ブームはまだまだ続くだろう。私は芋か麦。お湯割りかロック。緑茶で割るのもよい。最近上京していないので疎いのだが、十年ほど前は「お茶割り」と頼むと東京ではウーロンハイが出てきた。静岡では緑茶割りである。たいがい冷たい。寒いときなどはメニューになくとも、頼めばあたたきお茶割りが飲める。あたたかいお茶割りはよほどに飲まなければ、悪酔いもしないし、次の日もつらくない。好む所以である。もっと普及してほしいものだ。焼酎の個性を楽しむならば、お湯の方がよいけれど。

 焼酎は個性が強い。或る人には「臭い」と思えても、別の人には「佳い香り」ということがよくある。味の好みもいろいろ。ただしクセを抑えた焼酎は、それこそ味気ない。人とて同じこと。クセのある人は、そのクセが魅力である。そこにはまるか、毛嫌いするか。はまってしまえば、あとはズブズブ底なし沼。

 焼酎の一銘柄を偏愛す  中島和昭

 悦楽の底なし沼にはまっている。なにせ「偏愛」なのだから。そのくらいに愛するということは、よほどクセの強い焼酎なのだろう。個性が強くなればそこまではまることはない。別の似たような酒に浮気してしまう。「きみじゃなくちゃダメなんだ。きみしか愛せない。愛せないんだよ」という状態。そんな焼酎に出逢えたことは、まさに酒飲みの本望であり、至福である。他の酒では満足できない体になってしまったことは少々残念かもしれないが。

 米の香の球磨焼酎を愛し酌む  上村占魚

 「愛し」がいい。偏愛とまで行かずとも、「愛し」がやさしい。句から、米の香りがふわっと鼻をくすぐる。「球磨焼酎」と限定したことにも愛を感じる。香りを楽しむためにもぜひロックでいただきたい。旨さは鼻腔にも口中にも。

  汗垂れて彼の飲む焼酎豚の肝臓(きも)  石田波郷

 夏の酒場。冷房ではなく、開けっ放しの戸口からの風。壁に据え付けられた扇風機。あと、カウンター下の棚に何枚かの団扇。焼き場の熱気もあって、みな汗を垂らしつつ。焼酎をグイ。この焼酎は酎ハイか。あえてお湯割りか。九州の酒飲みは一年をとおしてお湯割りと聞いたことがある。この状況にお湯割り。熱気過剰、汗が垂れるのも当然。そして肴は豚のレバー。モツ焼きではなく「豚の肝臓」と限定しているので、私はあえてレバ刺しと考えたい。お湯割りにレバ刺し、活気ある下町のパワーを感じる。ビールではこうはいかない。焼酎の力強さと個性のなせるわざ。

  市場者らし焼酎の飲みつぷり  上野白南風

 市場で働く方々と酌み交わしたことがないので、体験からの具体像は描けないが、わざわざ「飲みつぷり」と言っているぐらいだから、よほど豪快なのだろう。市場の活気を思い浮かべれば、ちびちび啜りつつというのはイメージしがたい。グイっと。グイグイっと。濃いめの水割りを喉に流しながら、乱暴であたたかい言葉の応酬。多少うるさくもあるが、見ているこちらの酒も旨くなる。影響を受け過ぎて、自分までグイグイ呑むのは禁物。お酒はあくまでも自分のペースで。

  火の国の麦焼酎に酔ひたるよ  大橋敦子

 「火の国」と言えば熊本。本場九州の麦焼酎。なんとも旨そうだ。「火の国の麦焼酎」という存在感に「に酔ひたるよ」という軽いフレーズが相まって一句をなしている。火の国の「火」と焼酎の「焼」により、麦を炒ったこうばしい香りまでただよってくるようだ。ちなみに焼酎の「焼」は酒を焼く、つまり蒸留をさす。火の国の麦焼酎。今すぐにでも味わいたい。

  馬刺うまか肥後焼酎の冷やうまか  鷹羽狩行

 今度の肴は馬刺しである。それはそれはうまかろうねえ。最高じゃろねえ。方言を用いることで、対象への親しみが伝わる。高級な店ではなく、常連さんが突然「あんた、どこから来たね」と声をかけてくるような大衆酒場を思い浮かべた。「焼酎の冷や」とはロックのことであろうか。それとも焼酎自体を冷やしてストレートか。それも旨そうだ。焼酎のイメージにも合う。くいくい飲んで、楽しい一夜。なにとぞ飲み過ぎには皆様、ご注意を。

  焼酎に死の渕見ゆるまで酔ふか  小林康治

 危ない、危ない。そこまで呑んじゃダメですよ。なんとも凄味のある一句。ドキっとするような、中七下五の強さと鋭さを受け止められるのはやはり焼酎だからだろう。試しに他の酒の名を入れても、この凄味には到底敵わない。

  甘藷焼酎過去には触れぬ男達  塩田藪柑子

 「過去には触れぬ」をどう解釈するかで、凄味も出るし、明るさも出るだろう。私は明るく読みたい。だって「甘藷焼酎」だもの。暗い過去には触れず、明るく今を楽しく。今の自分を偽るのではない。それに触れぬのも酒の席の礼儀。寺山修司の詩に

ふりむくな

ふりむくな

後ろには夢がない

というフレーズもありますし。

 焼酎は庶民の酒である。「下町のナポレオン」という有名なキャッチコピーもある。ただ、その庶民の中でも立身出世とはあまり関係のない方々の酒というイメージがあるようだ。そのような句をざっと紹介したい。

  焼酎が好きで出世もせざりけり  中丸英一

  焼酎に慣れし左遷の島教師  夏井やすを

  焼酎や出世にうとき顔ならぶ  臼井治文

 私、焼酎好きですが、何か。まあまあ、落ち込まず。こんな句もある。

  焼酎に甘んじ人生愉快なり  細見しゆこう

 甘んじている訳ではないけれど、人生愉快なら、まあいいか。それだからこそ、酒も旨い。いいじゃないのよ、幸せならば。さあ、焼酎をもう一杯。

  桃の日や焼酎飲んで産院へ  田川飛旅子

 いやいやダメダメ、飲んじゃあ。三月三日の腿の節句に産院へ。遂にわが子の誕生。わざわざ「桃の日や」と言っているのだから、おそらく女の子。待望。だが緊張する。落ち着け、落ち着け。どうしよう。そうだ。焼酎を一杯。グイと。ふう。よし、肝が据わった。さあ、行くぞ。なんだかミニコントのようになってしまったが、男という生き物の一特性が垣間見える。酒のにおいがしても、なにとぞおゆるしを。

  焼鳥焼酎露西亜文学に育まる  瀧春一

 新宿の名店ぼるがであろうか。歴史を感じさせる、蔦に覆われた外観。多くの文学者などが集い、今も意気軒昂なにぎわい。俳句仲間に何度か連れて行ってもらった。「ボルガ」はロシア西部の大河の名。ぼるがの思い出は確かに、大河のごとき悠久の中に今も流れている。じゅんさいを食べた記憶が不思議なくらいに頭にのこっている。

  形見にと湯守の呉れし蛇焼酎  小原山籟

 形見と言われても。焼酎にマムシ等の蛇を漬け込んだあれである。湯守とは湯本や湯屋の番人。どういう関係なのだろうか。形見を渡されるぐらいだから、浅からぬ仲だろう。

 マムシ焼酎を口にしたことが一度だけある。学生時代によく通った居酒屋でのこと。閉店時間が近づき、残っているのは私を含め常連グループが一組だけ。大将が「おい」と呼ぶ。「そろそろ閉店だよ」ということか。振り向く。「俺の元気の素を見るかい」。何だろう。「これだよ」と取り出したものに驚いた。薄い琥珀色の液体の中に蛇がいる。思わず全員で「えっ!」。「仕事が終わったらショットグラスで一日一杯。これが元気の素さ」。テレビ等では見たことはあったが、現物ははじめて。しげしげと眺めていると「飲むかい?」と。好奇心。こういうことを「毒を喰らわば皿までも」と言うのか。少し違う気がする。とはいえ、こんな機会は滅多にない。一杯いただく。鼻を近づけると、鼻腔をかきむしるかのようなにおい。口にする。飲んだのではなく、少し口が触れたぐらい。うぉぉぉぉ。なんという個性の強さ。思わず膝の力がガクっと抜けた。ショットグラスとはいえ、これを一杯飲み干すには勇気と度胸が足りなかった。あれ以来、蛇焼酎は口にしていないし、お目にもかかっていない。卒業してからお店にも伺っていない。今も蛇焼酎片手にお元気だろうか。学生たちに親しまれる、明るくやさしい、べらんめえ調の大将であり、お店だった。あの焼酎を形見に。いや、貰ってもやっぱり困るなあ。

  焼酎のたゞたゞ憎し父酔へば  菖蒲あや

 私の父は料理人である。母と二人で料理屋を営んでいる。へそ曲がりで気難しく、いつも無口だ。酒が入ると怒りやすく、喧嘩っ早くなる。最近酒量が減ったが、私が幼い頃には大酒を飲んでいた。父が苦手だった。酔った勢いで母につらくあたるときなどは、子どもながら心底腹が立った。料理人としての腕前はわが父ながら一流である。しかし父・夫としては、わが父ながら三流であった。父は最初にビールを一瓶。そのあとはずっと焼酎。そのため、夜の父からはいつも焼酎のにおいがした。そのにおいが嫌いだった。今となっては「生きることや愛することに不器用な人なんだ」と思っている。苦手でもなくなった。一般的な父と子の関係である。ただあのにおいが憎かった。焼酎を「いい香り♪」と言っている現在の自分が信じられない。信じられないながら実際にいい香りであり、すこぶる旨いのだから仕方がない。実家にて父と同じ焼酎を酌み交わすこともある。会話はほとんどないが、それが男親と息子の普通の姿と思っているのだが、いかがだろうか。

 なんだかしんみりしてしまった。締めに力強い一句を。

  黍焼酎売れずば飲んで減らしけり  依田明倫

 「売れずば」という豪快なフレーズ。呆気にとられてしまう。そうか。飲んじゃえばいいんだ!いやいやいや、売らなきゃ。この句のパワーに黍焼酎がよく似合っている。クセがあるほど愛してしまう。さてさて、ちょっと夜の街に消えるとするか。

■ 第26回皐月句会(6月)[速報]

投句〆切6/11 (土) 

選句〆切6/21 (火) 


(5点句以上)

10点句

夏帽子転がる方に海がある(中村猛虎)

【評】 陸風だったのですね。青春性を感じます。──仙田洋子

【評】 何でもない景ですが、「転がる方に海がある」という捉え方をしてみると、意志を持って帽子が波打ち際へ転がっていったように思われます。そこに詩情を感じました。──前北かおる


9点句

蘭鋳をビルの夜空に放ちおく(真矢ひろみ)

【評】 高層階に置かれた水槽を想いました。夜空を背にした透明な水の中に「蘭鋳」が浮かんでいます。輪郭のくっきりした蘭鋳の姿が想像され、余韻に憐れさがありました。──青木百舌鳥

【評】 ビル街の夜空に蘭鋳を放つ。実景的にはあり得ない構図だが、金子兜太の青鮫の句のように、シュールな絵画的詩的新感覚の一句として頂く。ビル、夜空、蘭鋳の三角構図がそれを支えている。──山本敏倖


海からの風にねじれて滝の水(仲寒蟬)


7点句

叱られて団地の黴を見てゐたる(近江文代)


夏蝶を閉じ込めておく自習室(松下カロ)


6点句

昼の月あおむけに蟻に運ばれて(望月士郎)

【評】 蟻の死体を蟻たちが運んでいくところ。彼方の昼月の無表情が蟻の定めを写しているようです。──小沢麻結


炎昼に平均点が落ちている(山本敏倖)


りんりんと麦茶鳴らして配りけり(青木百舌鳥)

【評】 りんりんが臨場感がある。──依光正樹


5点句

黄ばみつつある山梔子の匂いかな(小林かんな)


飛ぶもののぢぢと音立てキャンプの火(近江文代)

【評】 虫は明るいところが好きである。間違えて火の方に来てしまい燃えてしまう。その時の「ぢぢ」という擬音語が面白い。──辻村麻乃

【評】 やや既視感がありますが、「ぢぢと」の臨場感がいいと思いました。──仙田洋子


(選評若干)

ゆんゆんと日月流る草清水 2点 田中葉月

【評】 「ゆんゆんと」のオノマトペに惹かれました。日月も流れ、湧いた水も流れる。──仙田洋子


兄いつも真つ先に言ふ父の日と 4点 内村恭子

【評】 兄と父の間柄、さらに作中私=本人(妹か弟)と兄の相性、本人と父の関係や如何に などと──真矢ひろみ

【評】 きょうだいの中で、やはり兄(長子、だろう、つまり次世代の「父」)が一番、その現実的な苦労や地味な家族愛を知っている。この家には家族制度の良いところがまだこわれていない。そのことをさりげなく語っている句です。


一歩入れば楳図かずおがゐて涼し 3点 依光陽子

【評】 楳図かずおが路地だか部屋だかにいたならさぞびっくりするだろう。むかし彼の「半魚人」とか「蛇女」を読んで恐い思いをしたものだ。この場合の「涼し」とは「百物語」や「怪談」と同じ気分でやはり夏のものなのだ。ぐわし!──仲寒蟬

【評】 楳図かずおの漫画は、日本人なら、ぞくっとするかもしれないが涼しくはないだろうと思う。しかし、考えるとそもそも「涼しい」のと「ぞっく」とするの違いは何であろう。「涼し」と「怪談」は何れも夏の風物だ。掲出の句に違和感を感じるのは、ことによると日本人の微妙すぎる感覚だからではないか。だって、恐怖で鳥肌が立つのと冷気で鳥肌が立つのとはなぜ違うのか、外国人には不思議に思えるかもしれない。いや外国人は怪談(例えばゾンビやキョンシー)に(絶叫しても)ゾックとすることはないかもしれない。「涼しい」のと「ぞっく」とするの違い以上にこうした感覚は国境を越えられないのだということを考えさせてくれる。──筑紫磐井


夏空を大きく切つてフリスビー 2点 渡部有紀子

【評】 「大きく切つて」がいいですね。素直な表現で、スカッとします。──水岩瞳


リュック背負ひ立夏のルート66 2点 内村恭子

【評】 若々しい!ヒッチハイカーでしょうか。安全にだけ気をつけて!──仙田洋子


麦酒飲むヒトは賢しサルよりも  2点 渕上信子

【評】 当代切っての有名人や女優さんを起用してビール各社が競う「うまい!」「うんまい!」ぷはー顔のCMには辟易。挙げ句、サルと比べられて台無しに褒められてしまったのはヒトの方。──妹尾健太郎


十薬の花や昨夜の明晰夢 2点 青木百舌鳥

【評】 私もよく明晰夢を見ます。覚めたくて、川に飛び込んだりしても覚めなくて、そんなときは多分うなされていることでしょう。──渕上信子


十字架を弄る雨や花石榴 1点 田中葉月

【評】 人が指に弄るのがロザリオならこの場面では、雨が、屋根だか壁面だか或いは墓碑だかの十字架を〈弄る〉。この表現一つで一句に気韻が具わりました。〈雨〉と〈花石榴〉との組合せは似つかわしく据わりが宜しいですね。──平野山斗士


しやがみこむ人人人の汐干かな 4点 辻村麻乃

【評】 空間の広がりがよく見えます。多分「人人人」がしゃがみこんでいるからでしょう。──仙田洋子


団欒に父ひとりゐる浮巣かな 2点 真矢ひろみ

【評】 この句の父は団欒の中に居ながらどこか寂しい。それは「浮巣」の働きに拠るのだろう。季題斡旋が田中裕明的でとても静かな句と思った。──依光陽子


マティスならどう描くかこの香水瓶 2点 仲寒蟬

【評】 だれの描く香水瓶が良いか。ゴッホ、ピカソ、マチィス、シーレ・・・ 3音の名前なら、やはり私もここではマティスを選びます。──渕上信子