【俳句新空間参加の皆様への告知】

【ピックアップ】

2019年3月22日金曜日

第110号

※次回更新 4/5

特集・大本義幸追悼「俳句新空間全句集」

筑紫磐井編        》読む

■平成俳句帖(毎金曜日更新)  》読む

歳旦帖
第一(3/15)山本敏倖・曾根 毅・松下カロ・小野裕三
第二(3/22)仙田洋子・神谷 波・岸本尚毅・堀本 吟


冬興帖
第一(1/11)池田澄子・曾根 毅・山本敏倖・仙田洋子
第二(1/18)岸本尚毅・神谷波・松下カロ・飯田冬眞
第三(1/25)加藤知子・林雅樹・北川美美・杉山久子・夏木久
第四(2/1)望月士郎・前北かおる・小野裕三・仲寒蟬・田中葉月
第五(2/8)下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子・渕上信子
第六(2/15)井口時男・竹岡一郎・浅沼 璞・乾 草川・近江文代
第七(2/22)辻村麻乃・木村オサム・渡邉美保・ふけとしこ・水岩 瞳
第八(3/1)真矢ひろみ・堀本 吟・内村恭子・青木百舌鳥
第九(3/8)網野月を・小沢麻結・坂間恒子・佐藤りえ・筑紫磐井



■連載

【抜粋】〈「俳句四季」4月号〉俳壇観測195
俳人協会評論賞のあり方 ――句作ではない俳人の活動を振興するためには  筑紫磐井》読む

佐藤りえ句集『景色』を読みたい 
6 宇宙少女の地球観光――佐藤りえ句集管見/堀本 吟  》読む

葉月第1句集『子音』を読みたい 
7 生真面目なファンタジー 俳人田中葉月のいま、未来/足立 攝  》読む

寒極光・虜囚の詠~シベリア抑留体験者の俳句を読む~⑧ のどか  》読む

麻乃第2句集『るん』を読みたい
インデックスページ    》読む
12 赤コーナー/天宮風牙  》読む

大井恒行の日々彼是 随時更新中!  》読む

句集歌集逍遙  山田耕司『不純』高山れおな『冬の旅、夏の夢』/佐藤りえ  》読む


■Recent entries

「兜太と未来俳句のための研究フォーラム」アルバム

※壇上全体・会場風景写真を追加しました(12/28)

【100号記念】特集『俳句帖五句選』


眠兎第1句集『御意』を読みたい
インデックスページ    》読む

麒麟第2句集『鴨』を読みたい
インデックスページ    》読む
10.『鴨』――その付合的注釈   浅沼 璞  》読む

前衛から見た子規の覚書/筑紫磐井
インデックスページ    》読む

「WEP俳句通信」 抜粋記事  》見てみる

およそ日刊俳句新空間  》読む
…(今までの執筆者)竹岡一郎・青山茂根・今泉礼奈・佐藤りえ・依光陽子・黒岩徳将・仮屋賢一・北川美美・大塚凱・宮﨑莉々香・柳本々々・渡邉美保 …
2月の執筆者 (渡邉美保

俳句新空間を読む  》読む
…(主な執筆者)小野裕三・もてきまり・大塚凱・網野月を・前北かおる・東影喜子



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虚子は戦後俳句をどう読んだか
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ISBN 978-4-88032-447-0 ¥2700
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「兜太 TOTA」創刊号
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【佐藤りえ句集『景色』を読みたい】6 宇宙少女の地球観光——佐藤りえ句集管見  堀本吟

0 まえがき


 いよいよ終活段階に入った私には、発展途上の若い人たちの俳句については、わかったつもりでいても、既にわれわれは同じ穴にいながら互いに理解不能なあがきに陥っているのではないか、と感じ、かように必要とされることになってもちろんうれしくは思いながらも、同時に、この人(たち)の世界をうまく読み解けるかな、という不安(それほど深刻でもないが)がよぎる。
 しかしながら私は、句集をひらいてみて、じつはとても楽しい気分になったのである。
 作者の選んでいる俳句のスタイルはほとんどが一般につかわれている五七五・十七音である。無季句もあるが一応季語を守っている。しかしながら素直に四季の運行に従っているかと言うとそうではない、すこし奇妙な「景色」がひらかれる。素材が大胆であること、今の世には存在しないかなりの事物が現れる。それから主格主語がわかりにくい、わかっても妙に奇異であること、等である。しかもそれにしては、表紙がとても地味で落ち着いた(しかし、どこのものなのかわからない)風景画である。句集名は、ズバリ『景色ーLANDSCAPE』。なぜ、このタイトルを?
 というのは、私は、「景」という言葉にまつわることがずいぶん好きなのである。小説でも詩でも俳句でも、しばしばそこに「景」をみつけだしては喜ぶ。空いた時間ができたら、備前焼の湯呑に焼きしめた炎の痕をぼーっと見ている、そのときに浮かんでくる「景」。水に墨汁一滴、一回掻き回しひろがるマーブル模様の渦の「景」。もちろん、目を休めるためにながめる窓外の「景」、動かないようでいてとめどなく変わる雲の「景」。
 また、俳句に言われるいわゆる言葉の「景」で、記憶に残るものだけでもかなりある。
 例えば、以下のような句例はほんの一部である。
  元日や一系の天子富士の山    内藤鳴雪『鳴雪句集』
  阿部定にしぐれ花やぐ昭和かな  筑紫磐井『我が時代』
  いくつもの時間を束ね散るさくら 花谷 清『球殻』
 正岡子規の先輩なのに子規の弟子になった内藤鳴雪。富士山を焦点にして明治人の元旦のハレの気分が目に見えるようだ。おおらかな「大景」だ。戦争に勝っても負けても元号が変わろうと変わるまいと、天皇制においては依然「一系の天子」。「富士山」も変わらぬ、「元日」もしかり。現代の象徴天皇制下では、まだ、ミゴトな「景」として活きている。
 筑紫磐井のこれは、ハレの句とはとうてい言えぬのだが、時雨の中を大事そうに何かを抱え込んで小走りにゆく女は、切羽詰まっているように見えてどことなく艶である。「阿部定事件」という世を驚かせたスキャンダルを知らぬ読者には、この句でもって戦前の昭和の時代世相を、深くは味わえないかも知れない。それは仕方がないことだが、であっても、彼女にとってもっとも大切なものは何だったのか?それくらいは考えてほしい、その一物が「昭和の時代」を象徴する、と磐井は書くのである。食えない作家である、そして、この阿部定も食えない女である、この句は食えない一句である。これも一種の奇想だが俳句形式で時代を包括し得た「大景」というべきだ。
 花谷清の句には、科学の分野の専門用語がしばしば出てくる。かなり観念的な思索を要求されるものが多い。この「時間」にも物理学の概念が含まれているのかも知れない。(もっとも私は、そこまでは考えない。)
 眼前に散る「桜」は「時間を束ね」たように思え実際にそう見えるのである。「富士山」と同じ、日本人は様々の感慨をこの花に託す。古くからのイメージを背負ってきた花にぶつけて、その二物衝撃のなかであたらしい美の風景を作ろうとしている。われわれはその表現された詩歌の記憶(時間の累積)を抱いて、季節が来るとそんな「桜」を見上げる。  
 それでは、佐藤りえ句集の中の「景」は、先行するそのような景に何か新しい要素を加えているだろうか?
 句集には、そのような先行句にみられる「過去景」も無論収められる、しかし、むしろ「未来系」いや「未来景」というべき時制がチラチラと現れている。これはなんだ、といいたいのである。そういうところが、新しみとしておもしろい。
 また、むしろ、一歩進んで、到来していない未来に飛び、どこからか現在を過去とみなす視点を得ることもできるのではないだろうか?まるで、SF映画かテレビアニメのように
  うるはしき地球忘れてしまひけり 佐藤りえ 句集『景色』p121《望郷篇》
 たとえば、この句では、彼女は何処にいて地球のことを考えているのだろう。
宇宙飛行士にでもなりきって、地球を外から眺めているからこういうのである。人類はもう画期的な経験をはたしている。彼女個人はまだそこにいってなくとも、近未来的にはあるいは可能になることだ。いやその気になって、それを果たし得たときが、彼女の「現在時」でもあるだろう。
 俳句の景色に地球や宇宙が登場する例は、彼女が最初というわけではない。が、それら名句の多くは、いまだ地球に立つ人間の地上の旅人の感慨に沿っているものが多いのである。もちろん、そういう題材や光景もこの句集にはある。が、彼女が一章を立てていかにも当然のように描く宇宙や地球の風景は、いまだ現実ではないのにもう現実界のできごとのように進行している。しかも、それをぬけぬけと書いている。そして騙されやすい読者をともにひきずってゆく。俳句も立派な言葉の仮構で成り立つ世界なので、句集にはその種の牽引力がある。いつのまにか、引き込まれる宇宙人との交歓シーン。ひどく特異な(むしろばかばかしい)場面なのにそのような不思議な気持ちになってくる。
 閑話休題
 すこしずつ本書の琴線にふれつつあるのだが、もう少し、前置きを。
 景色(landscape)。風景(sightseeing)、景観(scenery)、光景(view、sight、spectacle)、と。これらはそれぞれ微妙に違うあらわれかたをする「景」の観念だ。英語でもどういう種類の「景」にどういう単語を当てるかは、あまりはっきりしていないようだ。いずれも、光にあたって浮かび上がる事物の輪郭、そのニュアンスに関わる語彙が「景」である。「景」の文字には「光」の意味がある。光をうけて輪郭や色彩が明らかになった外界の姿を「風景」と言う。ネット上の或る記述に従うと、「風景」と言われる場合はビジュアルな客観性が強く、「景色」といわれるときには精神的なニュアンスが強い、(はっきりこうと決めすぎるとまたわからなくなる)。「景観」はドイツの地理学の言葉からの翻訳「lands chat」であるが、地理学に用いられるときに、自然景観、文化景観などと使われる。この言葉を使ったドイツ語の文章が和訳されると、「景色」「風景」、「景観」、「田舎」などそれぞれの文章に会うような日本語が当てられている。と、こんなことが改めてわかったことも句集『景色』のおかげである。
 「景」のありようは、観るものの意識がふかく関わってくる、こちらがそう決めるから、風景は発見され、景色や景観になるのだ。

 ともかく、この句集では、それらを総合して、「景色ーLANDSCAPE」が発見され、ひとつの新鮮な近未来の風景が展開されている、というのが、私の読みの方向感覚である。

1 あだしのをはだしで・・


最初に例を挙げてみる。一種の過去景なのだが、どうも歴史時間の遠近が狂っているように見えてくる。望遠鏡をのぞいたときに入ってくる世界のように。
  化野ははだしで行くにふさはしい  p049《怪雨》
 りえには、京都嵯峨野の「化野(あだしの)念仏寺」の景色はこう見えている。この土地は、古くから広大な墓所で八千体の石仏や石塔がある。またおのずから、あの世この世の境を歩く人影がさまよう場所である。
 生と死の臨界に位置するとどういう句を読むのか、有名辞世句とされるものでは
  旅に病で夢は枯野をかけ廻る 松尾芭蕉(元禄7年10月8日作『笈日記』)
  人魂でゆく気散じや夏の原 葛飾北斎(嘉永2年4月18日(1849年5月10日)
 がある。りえもこの過去景に似た感慨をいささか引きずってはいる。しかしりえの俳句は妙にあっけらかんと無責任だ。
 「化野(あだしの)」から「はだし」が呼び出されていることを、鋭敏な読者はお気づきだろう。この連想ゲームから、放浪好きの少女のスキップのような軽い遊び感覚が生まれる。軽快にあの世の出入口をスキップするのである。明暗が入れ替わり、虚実の場面も入れ替わる。このようなちょっとした仕掛けが随所にある。そのため、彼女の場面設定やそこに時空にただよう気配を、像にまとめようとすればかならず視線の撹乱をきたす。八千体の石仏がならぶ化野にはだしで踏み込んだら、とんだ怪我をしそうである。大事なことをこともなげに軽くいうことに、人は抵抗を感じるものだけれど、死ぬってそんなに大したことではないのよ、と あどけなく少女はスキップで駆けさってゆくのである。そう考えると、芭蕉の「夢」も、北斎の「気散じ」も後世が持ち上げるほどのものではない、私達が人生の一瞬にちょっと出会ってしまう「あの世」の入口の景なのであろう。しかし、一歩でるか出ないか、視線の向きを変えるかどうか、で景色はガラリと違ってくるのである。

2 箱庭の大きなものが小さくなる


  箱庭も棲めば都といふだらう  p019《七人の妹たちへ》
先に望遠鏡の世界と私は書いた。掲句にはその遠近の感覚が働いている。或いは、写真の接写や老眼鏡を外した歳、焦点を取り戻そうとする虹彩の混乱。すなわち意識の混乱。
  しぼられてあはきひかりの世となりぬ  p115《柑子を掲ぐ》
 「箱庭」は、ミニチュアを用いて、小さな箱の中に一つの景色、人工の自然をつくるものである。イメージが自然の姿をなぞって作られるものであったとしても、本人にとっては自分なりの世界像のモデルの表現〈創作〉である。それは、江戸時代に流行った盆栽などに似ている。でき上がったそれは自分の理想郷なのだから、そこに思い入れして棲み着こうという奇特な少女や浮浪者がいてもそうおかしくはない。見方によればわが俳句ランドも箱庭みたいな夢見られた小宇宙だろう。あたかも花谷清が桜をもって形容したように、そこには「時間」が束ねられている、「空間」が折り畳まれている。ユング派の精神科医である河合隼雄は、それを精神医療の場に取り入れた。「箱庭療法」といわれている。
 意外に思ったことは、作者佐藤りえは、「棲めば都」という広く使われていることわざが活きる精神の深さを的確にまた楽しく受け入れているのだ。身の丈にあった環境に適応するための、過去から守られている庶民の生活美学を、俗世の重要事としてよく理解できる人なのだ。そこは、私が感心したところである。
 ともあれ、「箱庭」>「都」、「箱庭」=「都」、実際の寸法は「箱庭」<「都」である。遠近、大小、模型と実際の空間、頭の中で大小の置き換えがなされてくる。この入れ替え句の中で行われる入れ替えの動きが楽しい。
 よく見ると、この句は。文法的に見ると複雑な入れ子構造になっている。
 見えない「誰か」が主格であること、その動きに則って、「箱庭」世界をもう一度箱の外の界にもどしてゆく見えない主格の操作。「誰か」が棲む大きな「都」を、そこに嵌め込むのである。大から小へ帰るたびに世界の内部と外部は入れ替わり、次元の転換がおきる。
 もう少し考えてみる。まずこの俳句の主語は二つある。
 ◎主語を「私」と考えた場合、さらに二つ読み取れる。(この場合は身辺の風物詩、「小景」に近い。が、近景と遠景を圧縮した大景のスケールとなる。)
  ・(私は)、この箱庭に入り込んで「箱庭も棲めば都」と、(こういうだろう)。
  ・(私は、この「箱庭」を外から見ながら思う)。「箱庭も棲めば都というだらう」、(と。)
 ◎二つ目には、「箱庭」が主語だが擬人化されている。「小景」
 (箱庭は)新しい住人に、「棲めば都だよ」、といってくれるだろう。
 ◎三つ目に、いわゆる「It」。作品の外からの包括的叙述。(「大景」が生まれる)
 ・「箱庭」とはなにか。それは眼前に置かれたら、「棲めば都」と喋りだすような、ごく小さな場所のことである。
 誰が言っているのかけっきょくわからない。巨大な宇宙神の俯瞰のもとでは、地球もそういう箱庭にひとしい。それがまさに、佐藤りえが駆使している思考の詐術、あるいはレトリックの妙というべきである。

3 宇宙という環境→佐藤りえの「宇宙俳句」


 位置の置き換えによって結果的に生じてくる撹乱という例にはにこういうのもある。
  ロボットの手をふる庭や系外銀河  p024《夜伽話》
 地球は巨大な銀河系宇宙「天の川銀河」の中のさらにちっちゃな惑星。何千何百それを遥かに超えた星の集まりがぽこぽこ浮いているのが宇宙である。「系外銀河」とは、我が地球が属している「天の川銀河」ではない、その外側にある別の銀河系のことである。そして、その系外銀河の一つの星へ(あるいは星から)、ロボット〈がいたとしてもおかしくない〉が手を振っている。おたがい庭に立って手を振る。向こうから見たら(見えないはずだが)、「天の川銀河」もその中の地球も、ちっちゃな庭も、我々がいう「箱庭」より微小だ。この「庭」は、「系外銀河」のどこかにあるかも知れぬ「庭」でもある。
 しかし、じつはこの題材は根拠のないナンセンスなものではなく、天文学上の最近の発見からきている。系外銀河の一隅に、地球によく似た七つの惑星が発見され《七人の妹たち》と名をつけられた。メディアを賑わしたその話題からこの句集の一章が作られる。むしろこの句集のテーマともなっている。続く《夜伽話》の章も同じ着想、同工異曲のものであろう。りえが云う「景色」とは、二十一世紀の地球人と宇宙人が出会うあたらしい世界の「箱庭化」なのかも知れない。そして、系外銀河に棲む「妹たち」の庭もいずれは「棲めば都」になるのだ。
 ところで、私の先師、和田悟朗は科学者であった。そのせいか、地球とか宇宙、惑星の語彙をもちこんでたくさんの句を残した。理科系しかわからぬ専門用語ももふんだんに出てくるので、語彙の難解さから来る意味付けの難解さに閉口することがあった。
  地球儀にわが町見えず大晦日  和田悟朗 『風車』p046《Ⅰ 木 春の草》
  野に遊ぶ静止衛星から見られ    同   同  p058《Ⅱ 火 舞踏》
  なずな摘む太陽系のさびしさに   同   同  p126《Ⅲ 土 観覧車》
「地球儀」はまあいいとして、「静止」とは物質の「静止」に特別の学問的意味があるのか?「太陽系のさびしさ」などとくればやっぱり考えるし、敬虔で深遠な気持ちになる。日常ではあまり使われない専門用語と科学的な概念をふだんの自然体の生活感覚と融合させるレトリックである。というより、習性となった科学者の思考や感覚からくるのだから、そのずらし方に気がついたら、そう難解ということでもない。それに一人の市民として戦争体験、阪神・淡路大震災の体験など、彼はむしろ自分の日常を正直に俳句にしてきたのだ。
 ただし、俳句の中での宇宙的視野の堅持と開拓という意味では、和田悟朗は他の俳人に抜きん出ていた。テクノロジー時代の俳句のパイオニアでもあったと思う。私が思うに、りえ俳句は、科学という位置からではなく、その問題意識を引く「宇宙俳句」である、テクノロジーが一般に流通し広がってきた結果の現在の文化を吸収謳歌しているのである。このような学者風の日常詠で、地球の景色を描いているのではないとしたら、では、私は彼女のどこが宇宙的なのだろう?
 句集『景色』には、彼女独特の「フィクション」(?)の世界が現れる。高名な学者が俳人であった以上に、彼女の宇宙への関心は深く好奇心に満ちている。そのような新しい年代の俳人の登場には存在感がある。

4 小さなものが大きくなる


 位置の転倒や大小の入れ替え、それへのこだわりは、次の句にも現れている
  アリスほどに憂き妹のかひやぐら  p015《七人の妹たちへ》
  海市見てより絵のなかに潮鳴る   p023《夜伽話》
 この「妹」を無理にかの星の「七人の妹たち」のことだとは思わなくてもいいのだが、とすれば登場する妹「アリス」、この像はなんだろう。もちろん『不思議の国のアリス』が考えられる。まだ幼さが吹っ切れないのに、なぜか憂わしげに「貝櫓」(蜃気楼のこと)のなかにいて遠くはかない目でこちらを見ている。「妹」である異形の存在が「かひやぐら」なのか、そこにいるちいさな影が妹なのか?しかとはわからぬながら、遠くにいながらかくも親しく結びついてくる。そして、「海市」(貝櫓=蜃気楼)を見て家に帰ると、絵のなかに浮かぶはてしない海の風景、潮鳴りさえ響いてくる。壁の絵があの海市(蜃気楼)のようにも思える。様々な次元移動のきっかけの一つだ。
 これら、小さな小さなもの(この場合「妹」)は、自分の幼児体験への遡及とも言える。おおきな遠い世界への入口である。いやその中に既にはいりこんでいる。
  靴を縫ふ小人の針のクリスマス  p059《雲を飼うやうに》
 小人の小さな靴を縫う繊細な針。さらにちっちゃな針の目、そこを通る糸の道を通って。そのような存在をも救うために主は来ませり。クリスマスを扱った連作中の一句。
 さらに、小さなこの世界にもときに惨劇は起きる。
  りりやんの穴に落ちしは春の蠅  p010《犬を渡す》
 リリヤン編みには専用のツールがあり、子どもにも簡単に筒状の紐を編むことができる。その網状の紐のさらに細い煙突の輪の穴の真ん中に、早々と生まれてしまった蠅が落ち込むのである。たおやかで柔らかな羽と胴体が華麗な筒の檻の中でもがいている・・。美しい糸で編まれた細い牢獄。少女ならではのアモラルなありえない残酷な遊び。自分のある時期の状態をこのように回想しているのだろうか?りえさんは、喜ばしいことに有季無季を自由に自在に使いこなしていて、これは「春の蠅」、季語として効果的である。華麗な蝶などではないところもいい。こういう句の中に、俳句本来の形を感じ取ることができる。
 小さなものが、ありえない場所に蝟集する異様な光景がさらにあらわれる。
   生きてきてバケツに蟻をあふれしむ  p051《怪雨》
 何の理由なのだかおびただしい数の蟻をバケツにとじこめてあふれるほどなのだ。逃さないための苦労も偲ばれる。同時にこんな不気味なザクザクした光景を見せつけられると、今まで生きてきたものたちの存在の影も重く浮かんでくる。例に上げた幾つかの句では、身辺の微小な事物と、想像力の駆け巡る内面をむすびつけ、寓話としてのファンタジックな景色が開かれていることに気がつく。
  茫茫と遠出する蟻地球縮み  悟朗 『風車』 p116《Ⅲ 土-観覧車》
 また比較したくなるのだが、和田悟朗のこの句を読むと距離感や大小の認識が混乱して不思議な気分になる。人間から見ると数メーターの距離であっても、ひたすら獲物を目指して進むあの小さな小さな蟻の認識のうちには、遠近の自覚もない。が、蟻の実速から考えると、人間が地球をひとまわりする距離ではないか、と悟朗は考え、蟻のごとくぼうだいな距離を歩いた気になり、この地球の距離もずいぶん短く(すなわち地球が小さくなって)「地球縮み」と納得する。距離の単位を替えてゆけば、この種の科学的な推論と、非科学的に見える幻想の飛躍は、つまり和田悟朗と佐藤りえの認識世界は、すごく近しいものとなるのではないだろうか?

5 宇宙がだんだん近くなる


句集『景色』には、この悟朗の場合とはちがうのだが、百科事典やWikipediaで検索しなければわからない特殊な「専門用語」がかなり出てくるので、私は困惑する。SF小説やアニメのヒーローに通じていないからだ。
  星人に花冠のやうな木漏れ日よ  p008《犬を渡す》
 この「星人」てなんだ。「星の王子さま」の成人式だろうか?と一瞬オバアギャグもでてくるのだが、ともかく人間に似た姿をしているが地球人ではないいわゆる宇宙人のことだろう。(もっとも、「星人」は、周りの人たちと違い変わった地球人にも比喩的に使われる)。
「ウルトラマン」シリーズに登場する宇宙人のなかで、最強最悪とされるのが、メヒィラス星のメフィラス大魔王とその眷属や配下の獰猛な闘士達。伸長六十メートル、体重二万トン、IQは一万という剛のものもいる。これらメフィラス星人は地球制覇を狙う悪質星人である。彼らはつねに地球壊滅をねらって潜入しているのらしい。その星人が森の中に突っ立っている。高い枝から漏れてくるれる日差しが花の冠のようにかぶさっている。悪質宇宙人であってもこの姿は神々しい。メフィラス星人には「らっきょう」が好きな輩もいる。悪者であっても地球の食文化には馴染んでいるのだ。
 食材も開拓されて豊かになってゆくだろう。
  揚げ物にしてよしアラクニド・バグズ  p022《夜伽話》 
  アストロノート蒟蒻を食ふ訓練  p028《まるめろ主義》
 「アラクニド・バグズ」。これは、ギリシャ神話にアラクネーなる傲慢さ故に蜘蛛にされた人間の女が出ててくるので、そのアナロジーだろう。映画「スターシップ トゥルーパーズ」に出てくる邪悪な昆虫型宇宙生物、蜘蛛に似た容姿である。それは、海老フライやタラバガニの天麩羅よりも美味しいだろうか?老人食には向きそうもないが。佐藤りえ家の食卓の定番メニューらしい。
 平成が終わる現在、俳句の素材は宇宙規模に広がっている。山口誓子が「俳句素材の拡大」を主張し始めたときも似たような拒否反応が現れた、新興俳句の出発なのであるが、俳句の素材は宇宙規模に広がっている。現代は、あたらしい新興俳句の勃興期なのだろうか?平成が終わる現在、新しい素材の拡大が行われている。

6 さらに、ナンセンスになる地球の景色


 以上は宇宙生物キャラクターになりきりの俳句を紹介した。以下はナンセンスファンタジー。これらは取り合わせのセンスで良し悪しが決まってくる。
  かぎろひに拾ふ人魚の瓦版  p010《犬を渡す》
 「人魚の瓦版」とは、人魚の世界で流通している瓦版、または人魚について書かれてある瓦版。「瓦版」とは、江戸や明治の初期に版木で刷り増まして往来で立売した新聞みたいなものだ。「かぎろひ」は、私の覚えでは、春昼のあのゆらゆらした陽炎のことか?
 いまひとつは、万葉集に出てくる日の出のときに野原が赤く染まるあれか?
東の野に炎(かぎろひ)の立つ見えてかへり見すれば月傾(かたぶ)きぬ 柿本人麻呂〈万葉集。巻の一.八十四)
しかし、好みとして、筆者は、「かぎろひ=陽炎」でいただく。後者の「かぎろひ」でも悪くないが、山のなかの吉野郡大宇陀町の「かぎろひの丘」に人魚が出没するには少し無理がある。瓦版と云うなら、江戸市中での見世物小屋などのファンタジックな世界を喧伝していただろう当時のジャーナリズムのことを想像する。
 それから、こんなのはどうだろう。 
  花過ぎて檻に唐獅子居眠るを  p011《犬を渡す》
「唐獅子」はもともとは、中国で生まれた獅子に似た霊獣のこと。屏風絵、刺青の図柄に大変人気がある。「花」(ここでは桜花ではなく牡丹)の季節が過ぎれば、唐獅子だけではインスタ映えしない。侠客達が、次の牡丹の季節に仁義を切るための出番を待っている間、入れ墨の背中から取り外して檻に入れて飼っていたら、唐獅子も退屈して居眠りしているという光景。漫画的アイディアとなりゆきも、言われてしまえば理屈があう。筋の通すための説明を考えていると可笑しい。
 これら、奇矯な素材を頓智や機知に持ってくる書き方は、わかりやすいだけに、お笑いタレントばりに、笑いのツボをどのあたりにおくのか、という工夫が、良し悪しの分かれ目だ。

7 なんてことない説明や述懐につられて微妙な深みにはまる


  つぎの世へ何を連絡する係  p074《麝香》
 なんのために私は来世にタイムスリップするのでしょう? 確たる映像も羅針盤もない転生、妄想的使命感が次の世でいきるためのエモーションとなる。
  中空に浮いたままでも大丈夫  p079《大丈夫》
 敢然と宇宙旅行に乗り出したものの、ふと、無防備状態で中空に浮かんでいることに気がつき恐怖している。大丈夫大丈夫よ、たぶん・・。
  まるめろや主義があるんだかないんだか  p030《まるめろ主義》
 このようなずらし、彼女の得意のテクニックである。香りのいいマルメロを嗅ぎながら、いいよどっちにでもまるめこんでしまえ、と考えている。この句自体、批評性があるんだかないんだか。
  黄落やひとでゐるのもむづかしい  p088《空船》
 地球に帰化した宇宙人の戸惑い、若い女性、古希を越えた老女、みな似たような煩悶を抱いているものだ。「黄落」という季節の現象が華やかでわびしい風情を呼び出す。降りしきる黄葉のもとではいろんな感慨にふけることもうなずけるが、何も「ひと」である必要などないではないか、と物想うところ、いささか奇矯でありまた深刻なのだ。
 このような存在の不安を捉える感覚が繊細でするどい。不安定さや不安に耐えて、ここをもっとおさえて欲しいものである。

8 風景の発見 表現としての景色


  ここへ来て滝と呼ばれてゐる水よ  p084《大丈夫》
 川は流れて、ある地点にきてまっさかさまに落ちはじめる。途端に「滝」と呼ばれ、名勝の景観ともなる。地形の変化が水の状態を変える。そこに名を与えることで、あらたな「景色」がそれと自覚される。景色とか風景がそれと自覚されるには、地形や地勢の変化とそれに気がつく視線の革命が必要なのである。
  過激とは風景竹が雪折れぬ  p114《柑子を掲ぐ》
 よくしなる竹でさえ大雪のために折れてしまった、その激しい変化を「過激」だという言い方が面白い。「風景」それ自体はうごかない。しかし、ただの静止状態から「過激」に突出して存在主張をする。それはいわば自然現象に生じている差異の発見なのだ。自然体を逸脱するのも自然のことわり。その「過激」さを見つける視点こそ、とりわけ俳句には必要とされている。
 閑話休題
 佐藤りえの観る景色がリアリティを持つには、またしても悟朗の先行句がある。
  鏡薄し前に後ろの冬景色   悟朗 『風車』p082《Ⅱ 火-舞踏》
  冬景色歩き止むとき景終る   同  p178《Ⅴ 水 風来》
 実際は後ろにある景色が鏡にうつっているから眼前にある。鏡の中に入り込めそうに薄い。「鏡薄し」のところにこの人の、科学的理屈をこえようとする文学的理屈への志向がある。あるきやめる(見ることをやめる)と「景色」は何も主張しなくなる、こんな句をのこした和田悟朗は風景の虚実に身をおいた詩人だという気がする。対象世界が自分に帰ってくる瞬間をみつづけ考え続けている。
 そして、今もっとも新しい地上の風景句、大景句を見てみれば、私にいわせれば、それは高山れおなだと思うのである。(朔出版2018年12月7日)
  これがまあコンスタンティノポリスの夕焼けなる  高山れおな
       句集『冬の旅、夏の夢』  p010《イスタンブル花鳥諷詠》
  星月夜写真に撮れば渦を巻く  p063《乙未蒙古行》
    システィーナ礼拝堂
  宇宙劇寒暮口あけ仰ぎしは  p071《ローマにて》
  ルンバはたらく地球は冬で昼の雨  p101《みな死んでゐる》
  混じりあふ食魔の息の白き巷  p133《食魔たち》
 この旅吟集は、非常に優れている。
 しかし、彼にしても先に上げた風景を読む俳人たちも、地上の旅人だ。地球を出ないまま宇宙を見上げ、カオスを夢想している。
 いまのところ佐藤りえのみが、敢然作中の存在になりすまし宇宙に飛び出している。宇宙人の一人として、そとから地球を見ている。そのスタンスが特異である。アニメ世代が作り上げたアイデンティティというべきだろうか?そこのところは私にはまだわからない。

9 章立ての過激さ—ドラマチックな景色


 面白がっていてもキリがないことに気がついた。もう一度目次を読む。
   句集『景色』目次
犬を渡す・七人の妹たちへ・夜伽話・まるめろ主義・地球惑星・バスに乗る・怪雨・雲を飼ふやうに・団栗交換日記・麝香・大丈夫・空船・歌ををしへる女・替へ釦・銀を噛む・柑子を掲ぐ・望郷篇・ハッピー・エヴァー・アフター・あとがき
 全部並べてみるとどれも物語性がつよい。ここですでに短編小説集のように連作群の「景色」が展かれる。この目次中の一句一句がお互いに関連付けられてくる。その一句一句は奔放にドラマの世界を異星人のように動き回っている。舞台は紛れもなく地球をふくめた「宇宙」という場所だ。面白く読み終わると、
  その後の幸福といふ花疲れ  p125《ハッピー・エヴァー・アフター》
 とちゃんと落ちまでがつく。
 佐藤りえには、アニメやファンタジーで培われたユニバーサリズム(汎宇宙主義)というべき世界観があるのだろうか。好奇心が強くてかなりアモラルな現代のアリスがくりだす機知の氾濫、系外銀河の庭にもこの地球の箱庭の中にも、彼女のいう「過激な」風景がひそむらしい。
 だが、アモラルの根底には過激なほどの地球生命体の営みへの感傷や執着をみとめる。
彼女が、どんな景色を見たのか、ということも楽しんだが、それより、いまの日本の文化の一現象として動き回る「佐藤りえ」という若き女性俳人の存在というものに目を惹かれたのである。(了)

 筆者註
・引用句色分け(佐藤りえ句の引用句は橙色、以外の引用句は赤色で記入。)
・引用句出典
佐藤りえ句集『景色―LANDSCAPE』(発行:六花書院/発売:開発社2018年11月27日)
内藤鳴雪『内藤鳴雪句集』(博文堂1909年)青空文庫にて参照。
  (底本「現代日本文學大系95 現代句集」筑摩書房1973年9月25日初版第1刷発行)
筑紫磐井 筑紫磐井句集『我が時代 -二〇〇四~二〇一三-〈第一部 第二部〉』(実業広報社 2014年3月31日)
花谷清 句集『球殻』(藍叢書48 ふらんす堂 2018年5月24日)
松尾芭蕉の辞世句(元禄7年10月8日作『笈日記』)出典:山本健吉著『芭蕉三百句』(河出文庫)
葛飾北斎の辞世句(とされる。グーグル検索数箇所の結果、没年を採用)
和田悟朗 句集『風車』(角川書店 2012年3月25日)
高山れおな 句集『冬の旅、夏の夢』(朔出版 2018年12月7日)

【麻乃第2句集『るん』を読みたい】12 赤コーナー  天宮風牙

 辻村麻乃には句集の帯にあるように「詩人岡田隆彦を父に、俳人岡田志乃を母に」の出世は彼女が俳句を続ける限り付いてまわることになる。正岡子規は俳句の上位概念を「文学」とし、その文学の中に漢詩、短歌、俳句、その他韻文(西洋詩等)を並列に置いたはずだったがいつの間にか俳句の上位概念が「詩」となってしまった。俳句が文学として認められるためには既に文学として認められるている「詩」の一部となることが手っ取り早かったのであろう。そして、岡田志乃「篠」主宰が詩人でもある安東次男師系であることも含め、彼女は俳句を詩の一部としたい人にとっては格好の存在なのかもしれない。

 母留守の家に麦茶を作り置く 辻村麻乃

どうだろう、そんな思惑を彼女はあざ笑うかのようにも思える「俳句」ではないか。
 同じく上五に「母留守の」を置く、

 母留守の納戸に雛の眠りをり

 師系の作風に忠実なこちらの方が人気句だとは思うが「意味性」を読者に委ね(過ぎ)ているこちらよりも前者が遥かに好きである。俳句と詩(西洋詩)との明確な違いを論述できる程には掴めてはいないが、この両句から見えてきそうな予感がある。勿論、後者を十七音ポエムとは思わない、強いて言えば「詩性俳句」と呼ぶべきであろうか。
 『るん』においてその「詩性俳句」の占める率は高いが、このシリーズで既に何人かの方が指摘されているように彼女は冷静な目の持ち主である。

 夫の持つ脈の期限や帰り花
 春昼や徒歩十分に母のゐて
 アネモネや姉妹同時にものを言ふ
 をかしくてをかしくて風船は無理


 冷静でありながらも家族を想う優しい視線である。ここで掲げることはできないが、最近、同座させて頂いた句会での彼女の家族を詠んだ句は句集収録の句よりも更に一歩進んでいたように思える。羨ましいことに、まだまだ成長の途上なのだ。そして彼女の視線は人物以外の物へも向く。

 気を付けの姿勢で金魚釣られけり
 口開けし金魚の中に潜む闇
 雛の目の片方だけが抉れゐて
 午前二時廊下の奥の躑躅かな
 血痕の残るホームや初電車


 しかしながら、物と対峙するという写生の入口でしかない。あるいは「仕掛け」が見え過ぎている。それでもこのポテンシャルであり、

 ポインセチア抱へ飛び込む終列車

のような写生の入口から一歩踏み出した句も垣間見える。それは、

 隣合ふ見知らぬ人やホットレモン

と、

 爽やかや腹立つ人が隣の座

を比較してみれば明らかであろう。仕掛けが丸見えの後者からは作為を感じてしまうのだ。彼女は僕らがやっている吟行句会に時折参加してくれる。メンバーは僕を含め写生の入口に立った者ばかりだが、入口から一歩踏み出し始めた彼女が大いに僕らの刺激となっていて共に研鑽を積むことを切に願っているのだ。
 一つ心配な事がある。彼女は自身でもステージに上がるヘビーメタルフリークである。ヘビーメタル「俗」、俳句「雅」として自身の中で俗と雅のバランスを取ってはいないだろうか。言うまでもなく俳句の俳は俳諧の俳であり、俳諧の俳は俳言(はいごん)の俳である。俳言、すなわち俗語であり俳句とは俗な句と言い換えることもできる。俗語を用いて雅を表現することから始まった俳諧は雅を俗へと引きずり降ろす面白さ、俗の中の雅の発見と変化してきた。即ち、俳とは俗だけでも雅だけでも無く俗と雅のバランスではないのか。しかしながら、殆どの俳人から俗が消え俳句は俳の無い句の略語と化している。貴族の美意識である雅と庶民の美意識である風とが芭蕉により美は一つとして「風雅」に統一された。現代では知的エリートの美意識の象徴として俳句がある。このシリーズの前半にずらりと並んだブランド俳人達の名前を見るにつけ辻村麻乃もそんなエリート集団に取り込まれているのではと危惧していたのだ。

 春の菜がドアスコープの一面に
 夜学校「誰だ!」と壁に大きな字


 そんな心配は杞憂であったことはこの二句から充分に解る、彼女は俗を失ってはいない。これらの傑作を既にものにしている彼女ではあるがまだまだ成長の途上であり、このまま研鑽を積めば同世代のトップランナーとなる可能性を秘めているのではないだろうか。
 僕は俳句はプロレス、句会はリング、評論はマイクパフォーマンスと思っている。近い将来俳句結社『篠』を率い延いては俳壇を牽引することになるであろう彼女はプロレスで言えばベビーフェイスのチャンピオンである。メジャー団体のチャンピオンが決して絡むことのない僕のようなインディーズ団体(同人誌)の末端会員にマイクパフォーマンスの機会を与えてくれたことに感謝しつつ彼女が好きなヘビーメタルをテーマ曲に堂々と入場し、陳腐なマイクパフォーマンスも無く赤コーナーに佇む姿を一観客として観るのを今から楽しみにしている。

天宮風牙(塵風、里)

【葉月第1句集『子音』を読みたい】7 生真面目なファンタジー 俳人田中葉月のいま、未来  足立 攝

 俳句とは、俳句の形式で書かれた詩である。それ以上でもないし、それ以下でもない。ここは俳人であれば共通認識にできるのではないだろうか。
 そして俳句の形式で書かれるのだから、定形であれば17音。定形を無視する人にとっても、きわめて短い形式であることは間違いないだろう。俳句とはこの短さを欠点とせず、逆にその短さを武器にすることによって、短編小説以上の世界観を描きうる驚異の文学である。今風に言えば恐ろしいまでのコスパ(コストパフォーマンス)の良さ、圧倒的なお手軽さが身上である。
 アブラハム・マズローが規定した人間の最高位の要求としての「自己実現」が、俳句をすることによって、いとも簡単にできてしまう。(もっともマズローは自己実現の上に「自己超越」という、もはや要求とも言えない最高次の段階を位置づけた。興味のある人は心理学講座を参照されたし)
 自己を表現する手段として映画を撮れ、長編小説を書けと言われても、才能は別にするとしても、非常な力業である。とてもお手軽にはできない。老齢に近づけばますます難しくなっていく。ところが俳句は、映画や小説と同等の重さの世界観が100歳の老人にも描きうるのだ。
 今や若年層だけでなく老年層までもがインスタグラムやツイッター、フェイスブックなどのSNSに興じている。通俗的で歪な形ではあるが、最初の一歩とはそんなものだ。自己を表現しよう、発信しようという気運がかつてなく高まっていることは間違いない。わが国の文化的な度合いがやっと先進国なみになってきたということだろう。
 問題はこれらのブームが「俳句」と無関係のところ、手の届かないところで起こっていることである。アンテナを張り手を伸ばせば、俳句に関心を示す人がが大量に生産されているのに、俳句の楽しさ面白さ、──要するに俳句が自己実現のための最適なツールであることを、社会の深部にまで示すことができずにいる。私たちの側が一歩踏み出せば、バラエティ番組ではもの足りなくなった俳句愛好者を大量に私たちの側に取り込むことが可能になっているのに、である。
 「子音」の作者の知るところではないが、このような情勢の中で田中葉月氏の第一句集が上梓されたのである。
 子音は子音である。紫苑、四温、師恩、歯音、梓苑……などと駄洒落ごっこをすることに意味はない。自己の俳句と句集を母音でなく子音とした控えめなナイーブさが俳人田中葉月の魅力である。(しかもシインと読まれないように、「SHION」と控えめなルビが振ってある。シオンの発音に込められた温かさと膨らみ感が、それと意識させない「こだわり」である)

 もう一度抱っこしてパパ桜貝

 実は、私はこの句を平成28年の「九州俳句」183号で見て驚嘆したのだ。このときの田中葉月氏の句群の中で出色であるだけでなく、俳句界に新しい一石を投ずる作品だと思ったからだ。
 書いてあることは「もう一度抱っこしてパパ」だけ。それに「桜貝」を配合していると理解すれば、ありふれた普通の句に見えるに違いない。
 だがそうではない。「もう一度抱っこしてパパ」とは甘やかされたお嬢さまのわがままを超えて、少女が(女性が)父性にいだく永遠の憬れなのだ。父という現実を離れた普遍化がここにある。芸術の価値はその普遍性にあるが、この作家は安易な(しかし魅惑的な)エピソードで、やすやすとこれに到達している。計算されつくした表現でないところに、逆にこの作家の才能と可能性が感じられ、強く印象に刻まれたのであった。そうすると、下五の「桜貝」が単なる配合、取り合わせの言葉でないことが見えてくる。
 だいたい私は、俳句の作り方として「エピソード+ふさわしい季語」という配合(二物衝撃)論が好きではない。では、おまえはこんな作り方は絶対しないのかと問われれば、「お許しください。よくやります」と答えるしかないが、それは本来の俳句の作り方、感動の形象化とは違うはずだ。こんな安易な作り方をするから、怒りを表したいときには「冬怒涛」、かすかな希望を暗示したいときには「冬の虹」などというわざとらしい季語を据えて、感動を表現したつもりになっている。そしてこうした行為が俳句を芸術からますます遠ざけていることに気付かない。
 どんな作り方をするかは問わないが、五七五(便宜的にこう書いたが、定形を意味するものではない)のすべてに、作家の分かちがたい精神があり、そのすべてが全体を構成する単位であると私は信じている。
 こう考えるとき、葉月氏の「桜貝」は、後付けの「取り合わせ」でなく、「もう一度抱っこしてパパ」と分かつことのできない必然の言葉であることがわかる。直感的にそれが分からない人は、次の句と比べてみたらいいだろう。

 もう一度抱っこしてパパ桜草
 もう一度抱っこしてパパ桃の花
 もう一度抱っこしてパパ春の風

 そう、桜貝ということばには乙女チックな響きとは裏腹に、不要な質感が捨象されているのだ。それゆえ一句に濁りがない。すっきりと「もう一度抱っこしてパパ」というモチーフが浮かび上がり、「父性」という憬れにも似た郷愁を男性の胸にさえも響かせる。作意とは別の勘の良さで、この勘が偶然でないことは、たとえば次の作品を見ればよく分かる。

 春の日をあつめて痒しマンホール
 貧困や砂糖たつぷり養花天
 ありふれた時間でありぬ蝉の穴
 万緑や消した未来の立つてをり
 冷ざうこ全裸の卵ならびをり
 黒鍵に腰かけている月明かり
 マスクしてみな美しき手術台
 葱白し七つの大罪ほぼ犯し


 新しい時代の俳句作家にふさわしい力量を身に備えていると、つくづく感心したのであった。
 余談ではあるが、これらの句のどこに私が惹かれたかというアリバイを少し残しておきたい。手の内を曝すようで憚られるが、他の人の鑑賞と違うところをあきらかにする。

 春の日をあつめて痒しマンホール

 「痒し」で切れることは論を待たないが、痒しの主語は「私」ではなくマンホールの蓋である。痒いとはむずがゆいことで、陽光に照らされてお行儀良くしていることがじれったく感じられたのだ。切れで時間空間の視点が少しずれることで、それが強調された。

 貧困や砂糖たつぷり養花天

 何と上手いのだとうっとりする。「砂糖たつぷり養花天」と「貧困」が同等の質と重さで並べられている。養花天(桜の頃の曇天)が絶妙。勇ましい政治俳句作家がまっ青になるほどの出来である。

 ありふれた時間でありぬ蝉の穴

 生も死も生きている間の喜怒哀楽も、自分ではかけがえのない時間のように思うが、それは他人も同じであり、結局はありふれた時間に過ぎないという把握。蝉の穴を見て、その思いを深くする。

 万緑や消した未来の立つてをり

 これは複数の解釈が同時に成り立つだろう。私はこう感じた。
 万緑と言えば、草田男の「万緑の中や吾子の歯生え初むる」であろう。その湧き立つ命のラッシュの中で、自分の意思で消してきた過去に向き合うのである。たとえば「水子」を想像すると良い。

 冷ざうこ全裸の卵ならびをり

 これは「冷蔵庫イコール夏の季語」などとするとイメージが濁る。無季ではないから見せかけの季語だ。そこが新しい。冷えた卵の質感が見事。

 黒鍵に腰かけている月明かり

 葉月氏の十八番の世界。感覚に頼るだけでなく、きちんと制御できていることを評価。

 マスクしてみな美しき手術台

 医師や看護師がマスクするだけでなく、見方を変えれば手術台自体がマスクをしている。生死を見届ける手術台の冷徹さを「美しき」と感じた。耽美的な世界が広がる。

 葱白し七つの大罪ほぼ犯し

 「白し」でもちろん切れるが、大罪を犯したのは私でなく葱。人間もそうであるが葱には葱の「七つ」があるだろう。それをやすやすと犯し乗りこえてきたからこそ、はっとするほどの純白でいられるのだ。

 以上で余談を閉じる。

 私は俳句の作法(作り方、鑑賞のしかた)は、俳句村の掟に従うべきでないと考えている。少し乱暴に断定すれば、俳句村の掟は実よりも害の方がはるかに大きいように見える。「切れこそが俳句と散文を分かつ」などと言われれば、旧人類を見る目でその発言者を見てしまう。「滑稽と挨拶」「座の文学」……などなど、有害な俳句至上主義に侵されていると実感する。
 ここでその論議をするスペースはないが、私の主張は明確で、要するに俳句史と俳句は違うということである。「俳句は『俳諧の連歌』の発句が独立したものであるから、強い独立性、すなわち『切れ』が必要になり……」などと延々と主張する人がいて辟易するが、そんなことはどうでも良い。「日本語はもともと表意文字であり象形文字から発達したので、本来俳句は象形文字で書くのがふさわしい」という主張とどこが違うのか分からない。
 端的に「俳句」という容器が私たちの前にあり、その容器にいかに現代を生きる人間の精神を形象化できるかが、俳句に問われている唯一のことであると理解しても、もういい加減良いのではないだろうか。その容器がいかにしてできてきたかなどは、俳句ではなく俳句史で論ずればよいだろう。俳句と俳句史をいまだに分かつこともできないから、桑原武夫の第二芸術から抜け出せないのである。

 「切れ」は俳句の専売特許ではない。

 この川で泳ぐべからず/警視庁
 お土産は無事でいいのよ/お父さん

 のように、切れはもともと日本語の持つ機能である。短い俳句はこの機能を研ぎ澄まし、多用させてもらっているに過ぎない。

 だから田中葉月氏は、現代を生きる女性の感覚と、身につけた古い俳句作法との間でもがき苦しんでいるように見える。それでよいと思う。いや、それしかないと思う。なぜなら新しい感覚は、まだその感覚を盛るための器が用意されていないからだ。(いままでにない感覚なら、当然そうだろう。ありきたりの感覚なら、それを盛るためのありきたりの皿が山ほどある)

 さつきですめいですおたまじゃくしです(トトロが下敷きか)
 きのふがけふでけふがきのふ半夏生
 南瓜煮るふつつかものにございます(ふつふつと煮ると思って読むと裏切られる)


 田中葉月氏の言葉遊びはなかなか一流である。たぶん敬遠する大家が多いと思われる中で、自分の大事な第一句集にこれらの句を収録する遊び心に大きな喝采を送りたい。
 人はみな未完であり発展途上であるが、俳人田中葉月は、着実にこれまでの俳句の「殻」を脱ぎ捨て未来に伸びていくだろう。それを確信させる第一句集「子音」である。

寒極光・虜囚の詠~シベリア抑留体験者の俳句を読む~⑧ のどか

Ⅲ.シベリア抑留語り部の体験談(2)

(14)シベリア抑留体験者の体験談をまとめて

 シベリア抑留体験者の話を伺い体験談を関連する文献で補い紹介する中で、まず感じたのは、シベリア抑留に至るまでの、日露戦争、ロシア革命時代の日本のソ連出兵と干渉戦争、1941(昭和16)年の日ソ中立条約があるにも関わらず、ドイツの勝利を見込んで行われた、「関東軍特殊演習」(関特演)(かんとくえん)。ソ連と日本の間に生まれた数々の負の遺産を背負わされたこと及び独ソ戦でたくさんのソ連の男性が死んだことから、労働力の穴埋めとして、第2次世界大戦が終結しても、極寒のシベリアへ連行され、過酷な労働に使役された約57万5000人の日本人捕虜がいたこと。それは、ポツダム宣言の第9条に明らかに反する国際法違反であったこと。寒さと飢えによる栄養失調や発疹チフスの蔓延などにより、約5万5000人の人が命をおとされたことなどを知り、国と国との諍いは、戦争・支配・暴力(性暴力)などを生み出すということを改めて感じた。
 シベリア抑留の生活については、左官級以上の軍人とそのほかの兵士によって、労働や生活の質が違うこと。また抑留地が旧ソ連、外蒙古、欧露と広域にわたることから、それらのすべてを網羅することはできないが、基本的な事項を伝えることはできたと思う。
 シベリア抑留の生活では、政治教育から生まれた、「アクチブ」によって「反動」と見なされると「吊し上げ」にあう。戦友も信用できない、そして常に付きまとう「死の恐怖」。外からの暴力による圧力と内面に起こる葛藤や疑心暗鬼との闘いでもあったと思われる。
 その真実を筆者が確かめる術はないが、ヴィクトール・E・フランクル「夜と霧」p.2~5にこのような記述がある。


  カポーたちはすくなくとも栄養状態は悪くないどころか、中にはそれまでの人生で一番いい目を見ていた者たちもいた。この人びとは、その心理も人格も、ナチス親衛隊員や収容所監視兵の同類と見なされる。彼らは、今、罪を問われているこれらの人びとと心理的にも社会的にも同化し、彼らに加担した。カポーが収容所監視兵よりいっそう意地悪く痛めつけたことはざらだった。(略) 一般の被収容者の中から、そのような適性のある者がカポーになり、はかばかしく「協力」をしなければすぐさま解任された。(『夜と霧』ヴィクトール・E・フランクル著 新版 みすず書房2002年11月5日)
   ※カポーとは、囚人を監視する囚人のことである。

 なぜ、ヴィクトール・E・フランクル「夜と霧」の例をあげたかというと、カポーを収容者の中から選び出し「密告」させ「暴力」により支配する構造と、シベリア抑留に於ける政治教育によって養成された「アクチブ」の活動が、旧日本軍の慣習を保持した労働大隊の組織を破壊し、抑留者同士が互いに監視しあい、密告する構造が似ていると考えたからである。
 「アクチブ」になると食物や労働面で優遇され、「反動」と見なされれば、シベリアの奥地に送られることから疑心暗鬼に陥り、自分より優遇される人への妬ましさ等から「密告」「吊し上げ」が激化してゆく。シベリアの奥地に送られることや独房に入れられることは、ユダヤ人がアウシュビッツ収容所のガス室へ送られることと同じくらい、死を意味したのではないだろうか。
 極寒の地で重労働と飢えに苛まれ、極限状態にさらされたとしたら、どこの国にもどこの民族にもこのようなことは起きたのだろうと筆者は受け止めた。
しかし、このような逆境にあっても自らの尊厳を保ちえた人達も多くいただろうと思う。
 抑留体験者の中には、自己を喪失するような辛い体験を一言も語らずこの世を去ったたくさんの方がいる。それは苦しい体験を語ることで、その時の記憶が呼び戻されてしまうからである。 
 それを乗り越え、語り部の方たちは93歳になる現在も、平和を守ることの意味を問いかけ、再び戦争に巻き込まれないためには、戦争が引き起こす悲惨さを知ること、政治の上では知恵を絞ることが大切であると呼びかけている。
シベリア抑留体験談を伺う中で、「満州からの引揚げ」についても知らなければならないと思ったのは言うまでもない。
 シベリア抑留体験者のお話は、「新宿平和祈念展示資料館」や「戦場体験放映保存の会」の〝戦争体験者と出会える茶話会”などで聞くことができる。語り部の皆さんは現在93歳と御高齢なので、関心のある方は、是非体験談を聞いて欲しい。
 さて、8回にわたりお伝えしてきた、「シベリア抑留への歴史」及び「抑留体験語り部の体験談」を踏まえて、次回からは、シベリア抑留俳句を読み解いていこうと思う。

参考文献
『夜と霧』新版 ヴィクトール・E・フランクル著 みすず書房 2002年11月5日


【抜粋】〈「俳句四季」4月号〉俳壇観測195 俳人協会評論賞のあり方 ――句作ではない俳人の活動を振興するためには  筑紫磐井


(前略)
●俳人協会評論新人賞のあり方
 俳人協会評論賞があまりにも文句なく一気に決まったものだから、評論新人賞に議論が移った。これについては若干の意見が出た。しかも評論の選考委員会が終わった後の、全体会議にまで波及したのはやはり皆が少しづつ問題と感じている点があったからであろう。その意味で、賞のあり方を検討するためにはちょうどいい機会であった。
 第一の問題は今回も評論新人賞が出なかったことである(表参照)。候補そのものも少なかった。実は、俳人協会には別に公募で募集される新鋭評論賞があるのだが、この賞も今年は受賞者がなかった。のみならずこちらは、応募者がゼロだったのである。評論賞における根本的な問題があるように思われる。

受賞 年
×  30
×  29
×  28
×  27
○  26
○  25
×  24
×  23
×  22
×  21
○  20

 またほとんどの人が誤解しているのだが、実は評論新人賞は年齢で限定されない。俳人協会新人賞は五〇歳以下と規定されているのだが、評論新人賞はそうした制約はない。過去、五〇歳以上の受賞者もいる。しかし、五〇歳以上いくつまで許されるのか(六〇歳でもいいのか)はその時その場で審査員が決めるしかないシステムになっている。
 私が思うのに、どうやら評論新人賞は、俳人協会新人賞と違って独立の賞ではなくて、評論賞本賞に附属する賞のようなのである(だから評論新人賞は独立した回数で表示されていない)。言ってみれば評論新人賞は奨励賞に当たるようなのだ。だから厳密に条件を決めないで運用してきたのである。
 さらに問題は評論賞自体もはっきりした条件がないことである。俳人協会賞を会長や理事長が受賞することはありえないと誰しも思うだろうが、評論賞に関しては会長経験者が受賞している例もある。
 また、俳人協会賞はあらかじめ膨大な手数をかけて予選が行われているが、評論賞にそうした予選はない。俳人協会新人賞も同様である。俳人協会賞は膨大な数の候補作(句集)が上がってくるが、俳人協会新人賞、俳人協会評論賞、俳人協会評論新人賞には、選考に困るほど多数の候補作が過去上がってこず、今後も上がってくる可能性がないのである。あえて制約を設けることは、俳句文学の振興を害することになるというのも一理ある。
 色々問題をあげつらったが、私の最終結論は、――皮肉な結論であるが、きっちりした基準があると良い作品が選べるかといえば、そうしたことは決してないということである。妙な基準があると、かえって予想外の傑作を見落とすことにつながる。ルーズな基準は好い作品を選ぶためには都合がよいのである。
 ただ一つ、お願いしたいことがある。ネガティブな方の基準――例えば自句自解は候補にいれないとか、俳句に一切言及していない著書はいれないとか、入門書はいれないとか、エッセイ集はいれないとかは、毎年の恣意的な判断ではなく、協会のしかるべき責任者が明示してほしい。評論賞の候補となるかどうかは、毎年かなりぶれている気がするからである。応募者にしてみれば、受賞するかどうかは選考委員会が公平に決めてくれるから透明性があるが、候補となるかどうかはよく分からないという不満があるようなのである。
 実はもう一つの協会である現代俳句協会も現代俳句評論賞を募集し、昨年は第三八回目の授賞を行っている。応募者も順調らしい。俳人協会の評論顕彰活動と両輪相俟って健全な発展をして欲しいものである。

※詳しくは「俳句四季」4月号をお読み下さい。

2019年3月19日火曜日

【100号記念】特集『俳句帖五句選』


その1(飯田冬眞・浅沼璞・内村恭子)》読む
その2(神谷波・五島高資・小沢麻結)》読む
その3(坂間恒子・岸本尚毅・加藤知子)》読む
その4(木村オサム・近江文代・曾根毅)》読む
その5(田中葉月・北川美美)》読む
その6(小野裕三・ 西村麒麟・ 田中葉月・ 渕上信子)》読む
その7(五島高資・ 水岩瞳・ 仙田洋子・ 松下カロ)》読む
その8(青木百舌鳥・花尻万博・椿屋実梛・真矢ひろみ)》読む
その9(下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子)》読む
その10(前北かおる・林雅樹・望月士郎・山本敏倖)》読む
その11(辻村麻乃・渡邉美保・ふけとしこ)》読む
その12(佐藤りえ・筑紫磐井)》読む

2019年3月8日金曜日

第109号

※次回更新 3/22

特集・大本義幸追悼「俳句新空間全句集」

筑紫磐井編        》読む

【100号記念】特集『俳句帖五句選』

その1(飯田冬眞・浅沼璞・内村恭子)》読む
その2(神谷波・五島高資・小沢麻結)》読む
その3(坂間恒子・岸本尚毅・加藤知子)》読む
その4(木村オサム・近江文代・曾根毅)》読む
その5(田中葉月・北川美美)》読む
その6(小野裕三・ 西村麒麟・ 田中葉月・ 渕上信子)》読む
その7(五島高資・ 水岩瞳・ 仙田洋子・ 松下カロ)》読む
その8(青木百舌鳥・花尻万博・椿屋実梛・真矢ひろみ)》読む
その9(下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子)》読む
その10(前北かおる・林雅樹・望月士郎・山本敏倖)》読む
その11(辻村麻乃・渡邉美保・ふけとしこ)》読む
その12(佐藤りえ・筑紫磐井)》読む

■平成俳句帖(毎金曜日更新)  》読む

冬興帖
第一(1/11)池田澄子・曾根 毅・山本敏倖・仙田洋子
第二(1/18)岸本尚毅・神谷波・松下カロ・飯田冬眞
第三(1/25)加藤知子・林雅樹・北川美美・杉山久子・夏木久
第四(2/1)望月士郎・前北かおる・小野裕三・仲寒蟬・田中葉月
第五(2/8)下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子・渕上信子
第六(2/15)井口時男・竹岡一郎・浅沼 璞・乾 草川・近江文代
第七(2/22)辻村麻乃・木村オサム・渡邉美保・ふけとしこ・水岩 瞳
第八(3/1)真矢ひろみ・堀本 吟・内村恭子・青木百舌鳥
第九(3/8)網野月を・小沢麻結・坂間恒子・佐藤りえ・筑紫磐井


■連載

【抜粋】〈「俳句四季」4月号〉
創刊5年以内の俳誌アンケート (2号連続企画 創刊5年以内の俳誌に聞きたい!! 総力アンケート)  》読む

麻乃第2句集『るん』を読みたい
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11 句集『るん』祈りと希望の心象/干野風来子  》読む

佐藤りえ句集『景色』を読みたい 
5 〈食べてゐる〉人——佐藤りえ第一句集『景色』を読んでみた/飯田冬眞  》読む

葉月第1句集『子音』を読みたい 
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「俳句新空間」発売中! 購入は邑書林まで



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—筑紫磐井最新編著—
虚子は戦後俳句をどう読んだか
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【麻乃第2句集『るん』を読みたい】11 句集『るん』祈りと希望の心象 干野風来子

 辻村麻乃は、いま秩父巡礼の途にある。
カトリックの彼女からすればスペインのサンディアゴ・デ・コンポステーラやフランスのルルドを想起させるが、そういった現実的な巡礼とは違った意味での巡礼の途にあるのだ。秩父盆地の中心にある秩父神社には柞(ははそ)の杜があって、その杜から溢れる祈りと希望の風がいま彼女の純粋俳句を生みだしている。そこから『るん』という句集が生まれた。
 「ルン」はチベット仏教の言葉の概念「ルン」(rung・風)と呼ばれていると、あとがきにある。彼女がFBで交流のある市堀玉宗氏の著書『拝啓良寛さま』の中に作家・詩人の青木新門氏の北國新聞文化欄に触れて「チベットでは風のことを「ルン」と言い、古来より死んだらルンになると思われていた。先祖はヒマラヤの上空を風になって吹きわたってゆく。人々はパオや峠に旗を立て、その旗がなびく度に今先祖が通り過ぎて行ったと実感する。常に先祖と共に生きているという暮らしである。」さらに氏は「風のようなものを感じる宗教者として西行、良寛、親鸞、釈尊を挙げている。拘りのない、ひろやかな、執着を離れている在り様を「風のようなもの」と喩えるのならば大いに肯けるし、私もそのような生き方を望むところではある。「風性常住」風の本質は確かにある。」と市堀氏は述べている。山の好きな私は「ルン、ルンタ、タルチョ」などで俳句を詠んだし市堀氏の著書『拝啓良寛さま』は彼女も手にしていた。いつしか彼女は句集名を『るん』に決めた。
  第一句集『プールの底』から13年の月日が流れている。あれから13年。その間の俳句が収められている。しかし、ここ2~3年の俳句は明らかに変った。俳人岡田史乃、詩人岡田隆彦の血を引き摺って生きてきた彼女が。今漸く夕焼けを見ても平常心を保てるようになって句集『るん』を上梓したのだ。
 彼女の見る夕焼けは何時も決まって紫色の秩父嶺の先にひろがっているのである。明るい陽射しが降り注ぐ湘南の海を見て育った彼女が、父の翳の纏わりついた夕焼けを前にするには遠い哀しみが離れなかった。しかし漸くその西の空に「ルン」の風を見出して祈りと希望の巡礼の途に就くことが出来たのだ。それが句集『るん』となって、恰もそれは五体投地の姿にも見えてくるのである。

   鳩吹きて柞の森にるんの吹く

と詠んでおきながら

   海のなき月の裏側見てしまふ

などと詠む。

   ポインセチア抱へ飛び込む終列車

 これなどは芭蕉の「古池や…」の宇宙観とよく似ている。彼女の俳句は逃れられない血筋からくる『プールの底』に見られる(いのちの不思議)から、いのちに対する感謝と祈りの『るん』という句集の俳句へと進化していったのである。
 彼女はブルースもハードロックも歌う。俳句とは異なる表現者としての顔もある。表現の多様性は少年時代のニューヨークでの暮らしや父母の血統、学業としての美学の研究も影響しているものと推察される。それであるから表現形態は多彩であってその哲学や宗教観は「ひとすぢ」である。

   反芻し吐き出してゐる冬の海
   血痕の残るホームや初電車


 彼女は決して奇を衒う言葉を使うことはしない。ファッションでもトレンドでも彼女にはありえない。「今、此処、我」「実相観入」といった彼女の俳句観は句集『るん』によって十分に内包され「ルン」の風にのせて祈りと未来への希望を見出そうとしているに他ならない。彼女の美学はミケランジェロと芭蕉に共通する美意識と宇宙観にも近いものがある。そこにはアニミズム的な要素が根底にあって頼もしくも気持ちがよいのだ。

   おお麻乃と言ふ父探す冬の駅

 終列車、初電車、冬の駅、駅舎、改札など多いのは現実にしっかりと向き合って生きているからに他ならない。彼女は『るん』で父を探しあてたのだ。彼女は星祭りの行われる冬至に生まれた女子である。あの岡田忠彦の曾孫である。
 彼女の秩父巡礼はいまも続いている。彼女はかつて夕焼けの哀しみから逃れられなかった。しかしルンを見出し『るん』に記することによって克服したのだ。英文学者・登山家の田部重治は『日本アルプスと秩父巡礼』を著しているが、日本のアルピニズムを考察するに、ミケランジェロと芭蕉の美学、哲学、宗教観の相通ずる宇宙観があって、結局その根底にはアニミズムの精神性が存在すると述べている。彼女は単に哀しみの逃避としての「ルン」への祈りではなく、夕焼けの下に生活する秩父の人々の現実に身を投じ、大自然の存在に畏敬を備え俳句で生きる覚悟とリアリティによって句集『るん』が生まれたのである。
 句集『るん』は彼女の劇的なる精神に裏付けられた祈りと希望の現実的な心象風景なのである。

【「BLOG俳句新空間」100号記念】特集『俳句帖5句選』その12


佐藤りえ
旧道に人増えてゐる二日かな
しはぶいてあたまの穴のひろがりぬ
アントニーからウイルス削除の小鳥来る
茄子持つて地震速報見てゐたる
寝穢くゐつづけ春を待ちやがる


筑紫磐井
  北天に架かるあれが
かくも静かに二月の記憶 兜太星
  櫂未知子・奥坂まやさんへ
抱き合つて死んでゐるなり水中花
  玉藻一〇〇〇号記念祝賀会
諸兄諸姉祝辞は長し五月雨
  鷹五〇周年記念祝賀
法王になりたし夏至の魔女の夜
  俳句四季七夕会にて
七夕短冊 嘘がばれませんように

【抜粋】〈「俳句四季」4月号〉創刊5年以内の俳誌 アンケート (2号連続企画 創刊5年以内の俳誌に聞きたい!! 総力アンケート)

 表記のようなアンケートが来たので発行人の一人として回答した。創刊5年以内という数え方をしたことは無いので並べて見ると、「オルガン」「海原」(「海程」の後継雑誌)「奎」「航」「秀」「暖響」(「寒雷」の後継雑誌)とある。バラバラなのが面白い。本号では、24誌が回答しており、次号でも続くらしい。しかしこれらに共通の問題は見つけられるのだろうか。
 これよりは、同じ号で「今月の華」として、高山れおな氏が写真と「もがな考」という文章を発表しているが、これの方がよほど俳句新空間・豈の状況を語っているかもしれない。ご一覧を乞う。

俳誌名:「俳句新空間」

発行人:筑紫磐井・北川美美
 
1句:永遠はかりそめ。人もさくらも、さう。 筑紫磐井

質問①(創刊した動機)

 人気のあるBLOG(豈weekly等)を併行して運営していたので、これを活字媒体の雑誌に反映しようと考えた。結果的には、BLOGの記事を転載したもの(句会報に相当)が半分、独自に依頼した記事が半分の構成で出来ている。編集や校正の手間もかからず、印刷代、郵送代、ひいては会費も少なくて済む。今後、高齢化に対応して負担少なく雑誌を発行する方法はこれしかないと考えている。

質問②(感想ーーうまくいっている・困っている)
○勢い、メールが出来る人に限られる。高齢者でも結構能力のある人がいるのでそう困りはしないが、時々参加したいが出来ない人もいてそれらの原稿は代表が入力している。
○いい点は、BLOGは迅速なのでいろいろな状況に直ぐに対応できること。受賞とか同人の逝去とか。句集特集なども量の制限なく掲載できる。後はこれらを紙媒体に移すときに編集が必要となる。

質問③(目標・将来展望)
 人数が増えると秩序がなくなる(正しく言えば編集がしづらくなる)ので、限定会員方式をとっている。ただその都度参加者を募っているので、会員も自分の都合に合わせて参加できる。規模を拡大することは考えておらず、一度登録した会員を止めさせることは(人情として)ないが、逆に新しく会員に参加するのはなかなか難しい。俳諧の「連衆」の精神に一番近いと思っている。

【佐藤りえ句集『景色』を読みたい】5 〈食べてゐる〉人——佐藤りえ 第一句集『景色』を読んでみた  飯田冬眞

「食は人なり」という言葉がある。フランスの美食家ブリア・サヴァランの著書『美味礼賛』に「どんなものを食べているか言ってみたまえ。君がどんな人間であるかを言いあててみせよう。」(関根秀雄 訳)がその典拠という。18世紀のフランス人に言われるまでもなく、現代のわれわれもSNSや自身のブログなどに、その日に食べた料理の画像を載せている。たぶん無意識に。けれども、観るものは、その画像を通して発信者の好みや健康状態、交友関係、経済力などを推し量っている。画像の如何によっては美的なセンスや教養の度合いまでも露呈してしまうのだ。そういう意味で、何を食べているかを知ることはその人を知ることにつながるのかもしれない。そこで、「食」の観点から佐藤りえ氏の第一句集『景色』を読んでみることにした。

  アストロノート蒟蒻を食ふ訓練 28-1

本句集の帯文に大活字で載せられている句。「アストロノート」は宇宙飛行士のこと。宇宙飛行士が実際にそのような訓練をしているのかどうかは別にして、なんとも滑稽な景である。宇宙飛行士は無重力状態でふわふわと浮いている。緩慢な動きでコンニャクをつかもうとするが、弾力性のあるコンニャクはつるりと飛行士の手をすり抜ける。世界中のエリートである宇宙飛行士がコンニャクを必死に食べているという構図がおもしろい。〈訓練〉という、本人の意思とは異なる状況下を選択した切り口に不条理なユーモアがある。ちなみにコンニャクは腸の運動を活発化するため宇宙飛行士の健康維持に寄与できると考える農学者もいるようだ。コンニャクゼリーが宇宙食になる日もそう遠くはないのかもしれない。

  宇宙では液体ごはん食べてゐる 30-3

〈宇宙では〉と状況を規定したうえで、〈食べてゐる〉という日常を描く。その中心に〈液体ごはん〉がある。だが、宇宙航空研究開発機構 JAXA(ジャクサ)が認証している宇宙日本食34品目のなかに〈液体ごはん〉は見当たらない。そもそも〈液体ごはん〉とは何か。「おかゆ」や「離乳食」のたぐいだろうか。前者だとすると消化器官の衰えを連想させ、体調の不良を暗示しているとも考えられる。後者だとすると歯が生えそろっていない乳幼児の姿が思い起こされる。〈宇宙では〉という非日常性を考えると、後者の「離乳食」に軍配があがりそうだ。保護されなければ生存できない乳幼児。その心理状態に退行しつつ、宇宙空間に漂う孤独を素描したものだろうか。

  さうでない家のお菓子を食べてゐる 24-4

不思議な句だ。〈家のお菓子を食べてゐる〉だけであれば、単なる報告である。日常の幸せなひと時。親の庇護のもと「おやつ」を食べていた幼少期の記憶のスケッチとも受け取れる。しかし、〈さうでない〉と否定形があることで、句意は複雑になってくる。〈さうでない〉が〈家〉にかかっているとすれば、〈食べてゐる〉のは他人の家の〈お菓子〉になる。また、〈さうでない〉で文節が切れているとすれば、〈食べてゐる〉のは自分の〈家のお菓子〉ということになる。
前者の、〈さうでない家〉の〈お菓子を食べてゐる〉ときの作者の心理状態は、どうだろう。他人のお菓子を食べているのだから、決してくつろいだ気分ではないはずだ。後ろめたさ、緊張感、疎外感、閉塞感などが心中に渦巻いているのではないだろうか?そうした心理状態で〈食べてゐる〉〈お菓子〉は、おそらく、不安や孤独の味がするだろう。
後者だとするならば、自己の正当性を主張している句になる。〈食べてゐる〉のは、「他人」のお菓子ではなく、〈家の〉つまり自分の〈お菓子〉なのだからやましいところはない、という主張。他者からの疑いを否定するための〈さうでない〉という反論の言辞になる。
ふと、複雑な恋愛の心理を描いているのかもしれない、と思った。ともかく、不思議な句である。

  ひとりだけ餅食べてゐるクリスマス 58-3

大勢の人が集っているクリスマス会に〈ひとりだけ〉餅を〈食べてゐる〉という情景。ずいぶんと寂しいクリスマスである。周囲のバカ騒ぎに溶け込めない作者。人付き合いの苦手な内気な人物像が浮かんでくる。けれども〈食べてゐる〉のが、七面鳥やクリスマスケーキなどではなく、〈餅〉であるところがいい。周りから見れば、ずれているかもしれないが、実は「晴れ」の日の食べ物で、めでたいのだ。〈餅〉によって、芯の強さや粘り強さといった作者の個性が象徴化されているとも読める。新年の食べ物でもある〈餅〉を〈クリスマス〉に〈ひとりだけ〉で〈食べてゐる〉ことのそこはかとないおかしみ。先見の明がある人物とは、得てしてそういうものかもしれない。

  鬼の子の氷柱を食べてゐることも 114-2

〈鬼の子〉はミノムシの別称。枕草子の一節「蓑虫いとあはれなり。鬼の生みたりければ、親に似て」からという。この蓑虫は、親に疎まれて捨てられる。それでも親の「待てよ」の言葉を信じて、秋風が吹くころになると「ちちよ、ちちよ」とはかなげに鳴くというのだ。
そうした〈鬼の子〉が〈氷柱を食べてゐる〉こともあるだろう、という句意。温暖な地域においては、雪やつららはもの珍しく、楽し気に思われるかもしれない。筆者は冬季平均マイナス10度の厳寒地で少年時代を過ごしたせいか、親に捨てられた子供が飢えをしのぐために〈氷柱を食べてゐる〉、という凄惨な光景に胸が痛んだ。
この句の1ページ前には次のような句が並ぶ。〈ひとしきり泣いて氷柱となるまで立つ〉〈凍鶴を引く抜く誰も見てゐない〉〈皆死んでちひさくなりぬ寒苺
寒冷地で暮らしていると死は意外と身近なものである。作者の幼少期の体験なのか、あるいは、心象風景なのか。それを今、問うても答えは出ないだろう。作者の原風景としてこのような核が存在することに深く共鳴した。

  立子忌のサラダボウルに盛るひかり 28-3

ここまで〈食べてゐる〉句を取り上げてきた。食べたものは、〈蒟蒻〉〈液体ごはん〉〈お菓子〉〈餅〉〈氷柱〉。どれも特殊性を帯びている。時と場所をずらすだけで、滑稽にも、複雑にも、哀切にも見えてくる食べ物。こうした素材を季語や俳句の定石にとらわれずに独学で作ってこられたのだろう。失敗も成功も気にせずにこれからも新たな素材に挑戦していってほしい。

〈立子忌〉は、俳人星野立子の忌日で、三月三日。俳人高浜虚子の次女で、自由で明るく、柔軟な感性で新しい女性俳句の地平を切り拓いた先達である。その〈立子忌〉の〈サラダボウル〉に、サラダだけではなく〈ひかり〉を盛りつけた。即物的でありながら平穏で明るい日常が切り取られている。すなおに気持ちの良い句だ。
〈立子忌〉のような句は〈食べてゐる〉句とは趣が異なり、多くの人に受け入れられるだろう。季語の象徴性を上手に使いこなしていけば「うまい」と評価もされる。しかし、佐藤りえという俳人の根底にはもうひとつの〈食べてゐる〉句があることを忘れてはいけない。こうした宙づりにされている自己を省察する目をこれからも大切にしていっていただきたい。

※句の末尾番号は参照頁・句順

寒極光・虜囚の詠~シベリア抑留体験者の俳句を読む~⑦ のどか

Ⅲ.シベリア抑留語り部の体験談(2)

(13)引揚げ・帰還
  中島さんの復員の話に入る前に、ソ連管理地域の引揚げについての資料を紹介する。
 「引揚げと援護三十年の歩み」厚生省刊、第2章 陸海軍の復員及び海外同胞の引揚げ(6)外地部隊の復員処理の概況 「ソ連管理地域」(P.59)によると

 ソ連管理地域であった満州、北朝鮮、千島、樺太からの軍人及び軍属及び一般邦人の送還は、連合国軍総司令部とソ連邦対日理事会代表との協定により、他の地域の帰還がほぼ終了した昭和21年12月に至ってやっと開始された。

とある。
 引揚げについて「平和祈念展示資料館展示資料」(筆者書き写し2018年3月18日)には、
 終戦時、約355万人の軍人・軍属の復員は、終戦直後から連合国の管理の下で始まったが、満州・朝鮮北部のソ連の管理地域では、多くの人がシベリアを始めとするソ連領内やモンンゴル地域などの酷寒の地へ連行され強制労働に従事させられたため、他の地域に比べて復員が遅くなった。戦争が終わり暫くすると、シベリアやモンゴル等の地域で多くの抑留者が過酷な状況におかれているという情報が日本に届き抑留者の家族から、帰還促進運動が始められ、各地での集会やデモ行進、統治国アメリカへの請願が行われ、1946(昭和21)年12月から抑留者の帰国が始まった。(「平和祈念展示資料館展示資料」)

 「引揚げと援護三十年の歩み」厚生省刊、第2章 陸海軍の復員及び海外同胞の引揚げの「昭和25年の引揚げ」(P.98)には、

 4月22日引揚船信濃丸が到着した日、タス通信は、ソ連政府の発表として、「日本人捕虜の送還はこれをもって完了した。なおソ連側に残っている捕虜は、戦犯容疑者1487名と病気療養中9名である。」と伝えた。しかし、当時、連合国軍総司令部が公表していた在ソ同胞の数と比較して30万人以上の食い違いがあり、一日も早い帰還を待ちわびていた留守家族に強い衝撃を与えた。この問題については、後期集団引揚げに記述することとするが、ソ連本土に抑留されていた海外同胞の前期引揚げは多くの問題を残し、いわゆる後期引揚げの開始までここに中断されることとなった。(「引揚げと援護30年の歩み」から 厚生省)
   ※タス通信:かつてのソビエト連邦国営通信社(d.hatena.ne.jp から)
中島さんの話に戻ると、1948(昭和23)年6月11日、ソ連軍将校から「ユータカ・ナカジマ」と名前を呼ばれた。本当かどうか発表したソ連兵に確かめると「プラウダ(真実である)」と言われた。           
 復員船英彦丸のタラップを昇る。ソ連軍将校や日本人アクチブの連中が「反動」の者を引きずり下ろそうと目を光らせている。いつ呼び戻されて、再びシベリア奥地に逆送されるとも限らないと中島さんは思ったという。
 中島さんの「我が青春の軌跡 絵画集」から
 船が出航し三海里が過ぎるとソ連人将校も下船し港へ戻った。船尾のブリッジの階段に五~六人の日本軍将校が駆け上がり日の丸の旗を掲げ、「帰国したら祖国の復興のため頑張ろう。」という内容の檄を飛ばした。乗っていたアクチブの連中も大人しくなった。東舞鶴港に到着し、はしけに乗り換えて桟橋に向かう。
取材の中で、「戦場体験放映保存の会」主催の〝戦場体験者と出会える茶話会”に参加したのだが、その資料に幅員船での吊し上げについての記述があるので、体験者である依田さんの許可を得て、資料の中の「1946年6月幅員船で」を引用する。

 依田さんは、1924年(大正13年9月生まれ)1944(昭和19)年12月25日に独立混成第一旅団独立歩兵第74大隊に衛生兵として入営されたという。
 船は夕方出航し朝博多に着く予定だった。
 「今夜共産主義の学習組の中から7人の人間を袋叩きにしようという噂がある。7番目に名前があがっているから気をつけろ」と親しい友人が教えてくれた。夜になると実際にその順番で呼び出しが始まった。数十分ごとにグループの配下の者が呼び出しにくる。実際に7番目に呼ばれた。呼ばれたときちょうど「投げろ」と声がかかって6番目の人間が海に投げられるのをみた。自分も殴られ「投げろ」と声がかかったがリーダーの側近で「こいつは衛生兵で世話になった者も多いから勘弁してやれ」と言う者があり、リーダーもあっさり「そうかそれならばやめよう」と言って戻ることができた。戻ると心配していた学習組の仲間たちが「あとの6人は戻ってこない。よかったな~」と喜んでくれた。やった者もやられた者も全員敗戦前に中国の捕虜になっていた45人ほどのメンバー。殺されたメンバーは中国語が得意な者が多く、学習組の中で中国側に交渉の窓口として選ばれていた。実際には待遇改善に尽力していたが学習に参加しなかったグループにはねたまれていたのだと思う。

 帰還船の中で起こった「吊し上げ」による悲劇である。
 このようにして、日本海に消えていった人たち(乗船時の人数と上陸時の人数が合わない)のことを、「日本海名簿」として言い伝えられているという。

(14)シベリア帰りは赤
 シベリア帰りは赤と呼ばれた。
 1948年から1949年(昭和23~24年)にかけて、ソ連の思想教育はピークを迎えていたようだ。
 「引揚げと援護三十年の歩み」厚生省刊 第2章 陸海軍の復員及び海外同胞の引揚げ (6)外地部隊の復員処理の概況には、昭和二十四年の引き上げについてP.98にこう書かれている。
 これらの引揚者は、これまでのソ連からの引揚者とは全くその様相を異にしていた。すなわち引揚船中において船長や船員行動を共にしない同僚を吊し上げるなどの争乱事件をおこし、舞鶴入港後も船内に居座り上陸を拒否し、中には滞船116時間に及ぶものもあった。上陸にあたっては「天皇島敵前上陸」などと叫び、革命歌を合唱、引き上げ踊りを行い、全く引揚業務に協力しなかった。(略)
 引き上げ者がすみやかに、かつ秩序正しく帰郷できるようにするために
「引揚者の秩序保持に関する政令を公布し、国及び地方公共団体の引揚業務の円滑な遂行を計ることにした。とある。
 引き上げ者がすみやかに、かつ秩序正しく帰郷できるようにするために
「引揚者の秩序保持に関する政令を公布し、国及び地方公共団体の引揚業務の円滑な遂行を計ることにした。とある。
あいまって、シベリア帰還者への目が厳しくなっていった。
 中島さんも「シベリア帰り」ということで、就職に困り長く福島の常磐炭鉱で働いたという。

 参考文献
『我が青春の軌跡 絵画集』〝陸軍航空兵科特別幹部候補生第1期生のシベリア抑留記“中島裕著(戦場体験放映保存の会収蔵)
 ※この本は、中島裕さんの手作りの本で、1冊は中島さんご本人が持ち、1冊は戦場体験放映保存の会収蔵である。
『引揚げと援護三十年の歩み』厚生省刊 昭和52年10月18日
「戦場体験放映保存の会」主催の〝戦場体験者と出会える茶話会”資料「依田
安昌さん1946年6月幅員船で(収録日:2010年8月29日」
「平和祈念展示資料館展示資料」(筆者書き写し2018年3月18日)

【葉月第1句集『子音』を読みたい】6 「詩的言語の行方」 山本則男


 田中葉月さんと句会をご一緒するようになって、もう2年近くなる。句会は、月に1回であるが、10人ほどの人数で忌憚のない意見を述べ合う句会である。10句持ち寄りで記名式である。互選で何点とるというような句会ではないので、皆さん、右顧左眄することなく個性的な句を出されている。
 『子音』は、全般的に、作品に晦渋なところがなく、感性豊かな作風である。この句集の随所に、言葉の面白さ、発想の新鮮さが垣間見られる。さらに、言葉を丁寧に扱っているため、句柄に歯切れのよさがある。新しい表現の世界を求め、着実に句境を深めてゆくには、思いつきの言葉遊びではなく、自らの言葉の選択に信念を持たないと、詩的言語が私的言語に陥ってしまうであろう。しかしながら、色々な俳句表現を試みながら、彷徨のあげくに辿り着いた句集は、この『子音』であろう。

 鞦韆やうしろの余白したがへて

 なにげない日常の一光景であるが、怪しい雰囲気と不条理が感じられる。何事もなく詠んでいるが、不安を従えている句である。「鞦韆」のうしろは見ることが出来ないので、恐いような感じがする。「うしろの余白」は、何か、付き物が潜んでいるような恐ろしさがある。そして、鞦韆の揺れる反動で知らぬ間に余白を従えてしまっているところに、さらに恐さが倍加されている。

 陽炎へ吸ひ込まれゆく滑り台

 抑制の利いた言葉から豊かな連想の広がっていく句である。「吸ひ込まれゆく」は、滑り台ではなく、人間である。陽炎の中に人間が屈折して、溶けてゆくようである。「陽炎」は、はかないもの、あるかなきかに見えるものである。そこに、人間が重なつている。

 文明のおこりしところ亀の鳴く

 「亀鳴く」の季語が想像上のものであることから、文明がなければ、この季語は生まれて来なかったことを勘案すると、「文明のおこりしところ」に納得してしまう。

 それぞれの光の束を挿し木する

 新鮮な感覚を持っている句である。全身の五感を統一している趣がある。詩的な表現が生きている句であり、また、あたたかな眼差しが感じられる句である。「それぞれの」が、何なのか、分からないところに、この句の魅力がある。「光の束を挿し木する」に明るい未来がある。しかし、「それぞれの」であるから、それぞれに未来は変わってゆく。

 勾玉ものびをするらし茅花風

 小さなものに向ける眼差しが優しい句である。心の中の静謐な気持が、命というものに生き生きと向けられている。勾玉は胎児の形を模したと言われているので、「のびをするらし」の措辞に面白さがある。「茅花風」は、優しく、美しく光る風のように思われ、勾玉を静かに包んでいるようである。

 ふらここの響くは子音ばかりなり

 柔軟な発想力のある句である。子音は舌、歯、唇、顎などを使つて出す音であるが、日本語では子音だけの発音はn(ン)の音しかないそうである。子音には摩擦音というのがあるので、ふらここにひびく音は、「子音ばかり」と言っても間違いはないであろう。

 黒揚羽思はず呪文唱へたる

 「黒揚羽」は、喪に服しているようなイメージがあるので、密教的な感じで、「呪文を唱へる」に繋がるようである。あるいは、呪いやまじないをかけるような気がする。

 言の葉の一つたづさへ繭になる

 深い情趣を醸し出している句である。「言の葉の一つたづさへ」であるから、最も大切な言葉を携えているのであろう。そして、蚕は蛹になってから、蛾になるが、これでは詩的にならないので、「繭になる」と留めたところが、色々な想像が出来、詩的に感じられる。

 冷だうこ全裸の卵ならびをり

 この句に出会ったときの鮮烈な印象を、今でもよく覚えている。現代俳句の俳句大会の投句作品と思う。滋味な作品というのは、このような作品をいうのであろう。冷蔵庫の中の「卵」にのみ焦点を絞り、「卵」を即物的に把握しているところに、この句の新鮮さがある。中々に個性的な句である。「卵」の質感を「裸」という季語でうまく捉えている。「全裸な卵」が鮮やかな措辞である。

 虹生るわが体内の自由席

 作者の感覚の冴えが感じられ、透明な感性がある。「虹」というのは、希望に繋がるので、「わが体内の自由席」が利いている。指定席ではなく、自由席であるから、どんどん希望が膨れ上がっていく。

 月光をあつめてとほす針の穴

 一見ただごとのようであるが、句の奥底から不思議な言葉の美しさが漂ってくる。作者の肌理こまかな感覚が新鮮である。「月光をあつめてとほす」は、さりげないが、絶妙の措辞である。あの小さい針の穴にどのようにして通すのだろうかと思うと、色々と考え込んでしまう句である。月光を糸にして何を縫い上げるだろうか。ものすごく美しいものが縫い上がりそうである。

 海苔巻きに巻いてみようか花野風

 海苔巻きは、胡瓜、明太子など、色々なものを入れて巻くことが出来る。材料には、それぞれの色があるから、花野の色々な花の色に通じる。そして、「花野風」で包めば、鮮やかな海苔巻きが出来そうである。

 伝言は空に書きます秋桜

 句が時空の広がりを持っている。「伝言は空に書きます」という、スケール大きい句である。「秋桜」の季語が、雲ひとつない晴天を思わせる。空に愛情の言葉を書くのであろう。

 引力に逆らつてみる草の絮

 所詮、「草の絮」は軽いので、風に飛ぶしかない。「引力に逆らつてみる」といっても、どこまでも飛んでしまうであろう。しかし、逆らつてみることも大事である。人間の生き方に通じる。

 鍵盤をはみだしてみる秋の蝶

 自ずから詩質を持ち合わせているのであろう。独特な感性の賜物である。「鍵盤」を「はみだしてみる」のは、どのような旋律であろうか。「秋の蝶」のゆったりとした、味わい深い句である。「鍵盤」と「秋の蝶」の取り合わせが新鮮である。「春の蝶」「夏の蝶」「冬の蝶」と四季の蝶がいるが、「鍵盤をはみだしてみる」は、「秋の蝶」しかないであろう。「野山の色も変はり、風も身にしむようになり、ものさみしくあはれなる体が秋の本意」と言われているので、その本意に通じるからであろう。

 黒鍵に腰かけてゐる月明かり

 「月明かり」は何を暗示しているのであろうか。佐賀県鳥栖市のサンメッセ鳥栖に置かれている「特攻ピアノ」を想起した。この時、演奏したベートーベンのピアノソナタ「月光」の曲が「月明かり」として浮かんでくる。「黒鍵」は、特攻兵として最後に演奏した「月光」が鎮魂のメロディーとして内包されている。そして、「黒鍵」に暗くメロディーが「腰かけてゐる」ような思いがする。「黒鍵」と「白鍵」があるが、「月明かり」であるから、「黒鍵」であろう。「黒鍵に腰かけてゐる」という発想に感心した。そこから、「月光」のメロディーは今も聞こえている。この句から柔らかな詩情と自在な感性を読み取ることが出来る。

 ゴスペルや水底の冬浮いてくる

 ものの見方やものの切り取り方が独創的な句である。福音書により救われているというイメージがある。寒い、冷たい冬が水底から浮いて来て、あたたかくなる感じがする。とても面白い句である。

 埋火や避けて通れぬことのある

 眼前にあるさりげないものを詠んでいる句である。さらりとした表現の中に、繊細な感性を内包した句である。「埋火」はじっと埋まっていて、聞耳を立てているようである。誰しも決断しなければならないときがあるが、「避けて通れぬこと」もあるであろう。

 シャングリラ底より覗く銀狐

 理想郷を「底より覗く銀狐」は、どんな理想や楽園を望んでいるのであろうか。「銀狐」の毛皮になる哀れや化けて出るという昔話が思い出され、視野のひろい句になっている。

 風花す銀紙ほどのやさしさに

 この句集の掉尾に置かれた句である。静謐な目差しを感じさせる句である。何気ない言葉の中に、詩情と美意識が感じられる。「銀紙ほどのやさしさに」に本当の優しさがあるような気がする。

 まだまだ、触れてみたい作品は、たくさんあった。一様に作品は、すべて佳汁であり、洗練されている。これからどのような作品が生まれてくるのか、期待感がある。
 句会では、自らの表現に重きを置いて、広範囲に句材を求めて句作している様子が窺われる。日々の暮らしの中に、新しい詩情を探して、言葉に昇華し、新鮮な情趣を膨らませているようである。
 自分を客観的に他人の目で見る、「脚下照顧」のこころの余裕を持てば、もっと、作品の世界が開けてくるであろう。
 飯田龍太は、「短詩形のひとつの秘密は、作品の表面から一切の意味を去り、作者の姿を消すことだ。」と言っている。
 攝津幸彦は「表現というのは、一方で言葉の意味を消してゆく過程ということができる。しかし、まったく意味を消してしまっても、特に俳句表現はおもしろくなくなってしまう。消すことに賭けた努力の跡を少しだけ残しておかないと駄目だ。このことは簡単なようで難しい。」と言っている。
 飯田龍太も攝津幸彦も「言葉の意味を消してゆく」ことを、強調している。しかしながら、「このことは簡単なようで難しい」のである。
 俳句には、意味はいらないし、意味を求める必要性はない。また、常識を詠うものでもないので、言葉における自由な詩的表現を求めていった方がよいであろう。そうすれば、より新鮮な詩的言語の世界を構築出来るであろう。これから、どんな進化を遂げるであろうか。今まで以上に、より新しき表現世界を見せてくれるであろう。