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2019年3月22日金曜日

【麻乃第2句集『るん』を読みたい】12 赤コーナー  天宮風牙

 辻村麻乃には句集の帯にあるように「詩人岡田隆彦を父に、俳人岡田志乃を母に」の出世は彼女が俳句を続ける限り付いてまわることになる。正岡子規は俳句の上位概念を「文学」とし、その文学の中に漢詩、短歌、俳句、その他韻文(西洋詩等)を並列に置いたはずだったがいつの間にか俳句の上位概念が「詩」となってしまった。俳句が文学として認められるためには既に文学として認められるている「詩」の一部となることが手っ取り早かったのであろう。そして、岡田志乃「篠」主宰が詩人でもある安東次男師系であることも含め、彼女は俳句を詩の一部としたい人にとっては格好の存在なのかもしれない。

 母留守の家に麦茶を作り置く 辻村麻乃

どうだろう、そんな思惑を彼女はあざ笑うかのようにも思える「俳句」ではないか。
 同じく上五に「母留守の」を置く、

 母留守の納戸に雛の眠りをり

 師系の作風に忠実なこちらの方が人気句だとは思うが「意味性」を読者に委ね(過ぎ)ているこちらよりも前者が遥かに好きである。俳句と詩(西洋詩)との明確な違いを論述できる程には掴めてはいないが、この両句から見えてきそうな予感がある。勿論、後者を十七音ポエムとは思わない、強いて言えば「詩性俳句」と呼ぶべきであろうか。
 『るん』においてその「詩性俳句」の占める率は高いが、このシリーズで既に何人かの方が指摘されているように彼女は冷静な目の持ち主である。

 夫の持つ脈の期限や帰り花
 春昼や徒歩十分に母のゐて
 アネモネや姉妹同時にものを言ふ
 をかしくてをかしくて風船は無理


 冷静でありながらも家族を想う優しい視線である。ここで掲げることはできないが、最近、同座させて頂いた句会での彼女の家族を詠んだ句は句集収録の句よりも更に一歩進んでいたように思える。羨ましいことに、まだまだ成長の途上なのだ。そして彼女の視線は人物以外の物へも向く。

 気を付けの姿勢で金魚釣られけり
 口開けし金魚の中に潜む闇
 雛の目の片方だけが抉れゐて
 午前二時廊下の奥の躑躅かな
 血痕の残るホームや初電車


 しかしながら、物と対峙するという写生の入口でしかない。あるいは「仕掛け」が見え過ぎている。それでもこのポテンシャルであり、

 ポインセチア抱へ飛び込む終列車

のような写生の入口から一歩踏み出した句も垣間見える。それは、

 隣合ふ見知らぬ人やホットレモン

と、

 爽やかや腹立つ人が隣の座

を比較してみれば明らかであろう。仕掛けが丸見えの後者からは作為を感じてしまうのだ。彼女は僕らがやっている吟行句会に時折参加してくれる。メンバーは僕を含め写生の入口に立った者ばかりだが、入口から一歩踏み出し始めた彼女が大いに僕らの刺激となっていて共に研鑽を積むことを切に願っているのだ。
 一つ心配な事がある。彼女は自身でもステージに上がるヘビーメタルフリークである。ヘビーメタル「俗」、俳句「雅」として自身の中で俗と雅のバランスを取ってはいないだろうか。言うまでもなく俳句の俳は俳諧の俳であり、俳諧の俳は俳言(はいごん)の俳である。俳言、すなわち俗語であり俳句とは俗な句と言い換えることもできる。俗語を用いて雅を表現することから始まった俳諧は雅を俗へと引きずり降ろす面白さ、俗の中の雅の発見と変化してきた。即ち、俳とは俗だけでも雅だけでも無く俗と雅のバランスではないのか。しかしながら、殆どの俳人から俗が消え俳句は俳の無い句の略語と化している。貴族の美意識である雅と庶民の美意識である風とが芭蕉により美は一つとして「風雅」に統一された。現代では知的エリートの美意識の象徴として俳句がある。このシリーズの前半にずらりと並んだブランド俳人達の名前を見るにつけ辻村麻乃もそんなエリート集団に取り込まれているのではと危惧していたのだ。

 春の菜がドアスコープの一面に
 夜学校「誰だ!」と壁に大きな字


 そんな心配は杞憂であったことはこの二句から充分に解る、彼女は俗を失ってはいない。これらの傑作を既にものにしている彼女ではあるがまだまだ成長の途上であり、このまま研鑽を積めば同世代のトップランナーとなる可能性を秘めているのではないだろうか。
 僕は俳句はプロレス、句会はリング、評論はマイクパフォーマンスと思っている。近い将来俳句結社『篠』を率い延いては俳壇を牽引することになるであろう彼女はプロレスで言えばベビーフェイスのチャンピオンである。メジャー団体のチャンピオンが決して絡むことのない僕のようなインディーズ団体(同人誌)の末端会員にマイクパフォーマンスの機会を与えてくれたことに感謝しつつ彼女が好きなヘビーメタルをテーマ曲に堂々と入場し、陳腐なマイクパフォーマンスも無く赤コーナーに佇む姿を一観客として観るのを今から楽しみにしている。

天宮風牙(塵風、里)

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