星釣る
雨ながら北の明るき青芒
令法の花褒めて六甲山下る
走り根の太きへ降りて梅雨の蝶
青柿を踏まねば行けぬ父の墓
夏風邪や星釣る猫に遇うてより
・・・
どの木にも生年月日ありて夏至 塩野谷 仁
現代俳句文庫『塩野谷仁句集』(ふらんす堂)の1句鑑賞を書かせて頂いた。多くの句の中から掲句を選んだ。私が初見の時に驚いたのは、それまで草木の「生年月日」など考えたこともなかったからだ。その印象が強くて、この一集に収められても、やはりこの句に立ち止まってしまったのである。
私自身は林を歩いていても、せいぜい「あら双葉! 可愛いね、どの木の子?」などと辺りの木を見上げるぐらいで過ごしてきただけだったから。
そして塩野谷氏が「生年月日」とする日はいつなのだろう? と気になってきたのである。多くの種は土の中にいる時にまず根を出してから、白い芽をちょっと出す。それから伸びて土から顔を出し、日を浴びて緑色になり、双葉を広げ、本葉を出し……成長してゆく。このどの段階が彼らの「生年月日」になるのだろう。人間の目で普通に考えれば、土からちょこっと覗いた時だろう。さらに言えば双葉になって初めて気付かれることが多いのだけれど。
移植できる程に育った時。花木なら花を咲かせる日。果樹なら実を結ぶ時。木にも色々と節目があるのだなあと改めて思う。「芽生え祝」も「初成り祝」も誰もしてくれなくても……。
当り前だが、樹齢を誇る大木にしても、誕生の日があったのだ。様々な木の有り様を見て物語を思いつく人があるのも解る気がする。
(2021・6)
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