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2021年6月25日金曜日

英国Haiku便り[in Japan]【改題】(22) 小野裕三

それぞれの国の短詩型

 日本は俳句や短歌など短詩型の盛んな文化だが、もちろん他の国にも短詩型がないわけではない。俳句の話をイギリス人にしていた時、こう言われた。

 「イギリスにもね、リメリックっていう短い詩があるのよ。調べてみるといいわ」

 リメリック(Limerick)は、まさに英語の中で成立した短詩型だ(以下の説明はMatthew Potter『The Curious Story of the Limerick』に多く依拠する)。それは五行で書かれる詩で、だから三行の詩とされる俳句よりは少し長い。各行はそれぞれ、厳格ではないが、九・九・六・六・九の音節が基本らしい。その他、各行の韻を踏んだりと英語詩らしいルールも加わる。リメリック専門の詩人は日本の俳人ほど多くはなさそうだが、ルイス・キャロル、キップリング、ジェイムス・ジョイス、など多彩な英語圏の作家が(必ずしも多作したわけではないが)リメリックに手を染めている。

 十九世紀に活躍した詩人のエドワード・リアは、「リメリックの父」と呼ばれる。ただし、彼は自身の詩を「ナンセンス詩」と呼び、だから、彼はキャロルなどとともに二十世紀まで続く「ナンセンス文学」の文脈で語られることも多い。彼の作品を引用する。

 一人の老人がいて彼は小さい頃に / よく薬缶の中に落っこちた / でも逞しく育ったので / そこから二度と出られなくなり / 生涯をその薬缶の中で暮らした

 このようにリメリックには起承転結的な展開があり、そこでの滑稽さに重きを置く。その意味ではむしろ川柳に近い。滑稽だけでなく卑猥な題材が多いのも特徴らしい。英文学者の柴田元幸氏曰く、「飲み屋で誰かが即興でリメリックを作り、最後の一行を口にするとともにみんながプーッと吹き出しついでに鼻からビールも吹き出してしまう」(『英日狂宴滑稽五行詩』)みたいな雰囲気の存在らしい。二十世紀初頭には新聞等で盛んにコンテストが行われるほど人気となり、リメリックの専門誌も登場した。

 ある英語圏のリメリックの詩人がブログで、俳句とリメリックを比較していた。彼曰く、「あなたはいつ頃からHaikuを書いているの?」とよく人から聞かれるそうで、リメリックを生み出した英語圏の人の間ですら、今やリメリックよりは俳句の方が知名度が高いのかも知れない。また彼は、仮に俳句の短さで書こうとすると、「気の利いたことをもっと言いたい」誘惑がどうしても出てくる、とも語る。とすれば俳句とは、英語の最短詩型が超えられなかった起承転結が成り立ちうるぎりぎりの短さの壁をあっさりと超えてしまった存在とも思える。ロジックによる思考形式の限界点がリメリックの短さだとすると、俳句はその限界点の先にある。それが俳句の本質だと考えると面白い。

(『海原』2021年1-2月号より転載)

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