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2025年7月11日金曜日

【鑑賞】豊里友行の俳句集の花めぐり 32 句集『夜蟻』(赤野四羽著、2018年刊、邑書林)を再読する。

 赤野四羽さんの怒涛のパッションに圧倒される。

 本書のあとがきから彼の言葉を拾ってみる。


  富澤赤黄男は「針」と言い、寺山修司は「鍵」と呼んだ「俳句」。

  第34回現代俳句新人賞の言葉のなかで、私はそれを「沈黙のつぎに美しい詩型」と呼びました。


 この賞は、孤高に俳句創造し続ける赤野四羽を大いに励ましてくれていたのだろう。

 現代俳句の優れた俳人たちのエールに呼応するように赤野四羽は、俳句創造への試行錯誤、四苦八苦の険しい道を着実に切り拓いてきた。

 赤野さんの言葉をもう少し引用したい。


   もちろん、俳句には「季語」「切れ」「五七五」など、いろいろな特徴がありますし、それぞれに重要な役割があるものと思います。ただ、どれか一つ、というなら、私は俳句の「短さ」にこそ本質があるのではないかと感じています。

   切り裂く「剣」ではなく「針」、打ち破る「棒」ではなく「鍵」、それは小さく短いことが強みだということでもあります。


 前置きがながくなりましたが、俳句の形式は強みにもなり、呪縛のように表現の縛りにもなる。

 俳句とは何かを問いながら俳句創造のいばらの道を切り拓く赤野四羽の俳句の飛翔は、地を這うように地道な俳句実験が果敢に成されている。

 先ずは、その刃の切っ先とでもいおうか、平成28年度第34回現代俳句新人賞受賞作「命を運ぶ」は、この句集の軸を成して現代俳句作品の独楽が、無数に回転しているので御堪能あれ。

 俳人・赤野四羽の飛翔は、この俳句の省略を埋めるだけの強靭なバネを巻き、俳句文学の「何か」を爆発させるように弾く。


 置きどころ困るくじらの処刑台


 水の惑星には、鯨(くじら)の処刑台なるものがある。

 それは、置きどころに困るくらいの大海原にあるのだ。

 鯨の生命の讃歌ともいえる巨大な鯨のブリージングを処刑台と捉えた秀句。

 それを置きどころに困ると捉え直すことでさらに人類の所業によるのか。地球温暖化による地球の異変や人類の埋立や航路などによる海の過密化も暗示されているのかもしれない。


 茄子の馬とうとう姉の夜がきた


 茄子(なす)の馬は、お盆の茄子(なす)と胡瓜(きゅうり)で形作る「精霊馬」(しょうりょううま)のことだろう。日本では、お盆の時期になると、胡瓜や茄子に割りばしなどで足をつけた精霊馬を飾る風習がある。ご先祖様の霊が家に戻ってくるときは、できるだけ早く家に帰ってきてもらいたいので胡瓜で作った足の速い馬を使い、あの世に帰るときは少しでもこの世にいてほしいので茄子で作った足の遅い牛を使うとされている。

 誰しも誕生があるように死へと歩みを進めているのだが、「とうとう姉の夜がきた」とここで暗示している惜別の死とも読める。


 真っ青な海に倫理が滴れり


 真っ青な海がある。そこに倫理が滴るとは、何だろうか。

 倫理とは、人として守り行うべき道。善悪・正邪の判断において普遍的な規準となるもの。道徳。モラル。「倫理学」の略。

 海の波のひと波ひと波のベクトルは、無数なベクトルを包括する。

 それらの無数のベクトルは、ひと塊の倫理となって滴っている。


 花野蹴って蹴って転ぶそんな昼


 花野を蹴って蹴って駆け抜けたいけれど転んじゃった。

 そんな春の昼の青春讃歌もいいもんだ。


 葱つるししろき怒りを分かちあう


 葱の青々とした葉の部分とは裏腹に吊るされた葱のはっとするような根っ子の白さ。

 その白い怒りとは、何だろうか。その怒りを分かち合える友よ。教えてくれまいか。


 団塊の愛国蛙の目借時


 団塊とは、「団塊の世代」のことを差していて第二次世界大戦後に生まれた人々のこと。

 団塊の世代は、1947年から1949年に生まれた世代のことで、日本の第一次ベビーブームにあたる。

 それらの世代と蛙(かえる)の目借時の春の季語との組み合わせに批評眼が光る。

 団塊世代の愛国心を問えば、蛙の目借時は、春暖に蛙が鳴きたてて眠気をもよおす時期のことだが、此処には団塊世代の愛国心の眠りについたままの批評性のない無風な時代を嘆いているようだ。しかし国家よりも大事な個性の開花も団塊世代には、あった。さまざまな違いを多様な個性の開花と感受する感性のアンテナを磨きたい。単眼の批評性の深化が鍵になるだろう。


 2011年からの591句の赤野四羽の怒涛の俳句パッションに今後も期待を込めて。

私性を軽やかにしなやかに現代俳句として詠ってほしい。

 感性の原石の絶え間ない研磨は、この俳人たちの努力を裏切らない。

 社会的な題材を丸呑みする蛙のような詩的昇華を期待して止まない。

 現代俳句の岩をずるりっと動かす期待の俳人の共鳴句たちをいただきます。


 ホットドッグ頬張り赤い花種蒔く

 鍵かけてともに無言の夏蜜柑

 合歓の花終わりの日にも咲いている

 黒猫の目玉万緑みつけたよ

 サキソホン絶唱夏の五体かな

 人体に無花果ありて愛らしき

 蟋蟀や快楽がなにより大事

 目と目があう秋雨の夜の手術台

 いっせいの曼珠沙華とし戦えり

 缶詰に未来があった春でした


【読み切り】赤野四羽の怒涛の俳句パッション 豊里友行(2020年10月16日金曜日)

https://sengohaiku.blogspot.com/2020/10/146-003.html