【俳句新空間参加の皆様への告知】

【ピックアップ】

2023年9月8日金曜日

【抜粋】〈俳句四季7月号〉俳壇観測246 アイドル大石悦子の死——師系の靄化  筑紫磐井

 大石悦子の活躍

 大石悦子が4月28日に死去した(85歳没)。一昨年、句集『百囀』で第55回蛇笏賞を受賞し、昨年コロナで1年遅れで行われた小野市詩歌文学賞受賞式に出席し、本年版角川俳句年鑑では「2022年100句選」という、前年度の全作品を読んで選出するという膨大なエネルギーを要する作業を発表していただけに、亡くなる予兆すらも感じていなかった。

 もともと、昭和59年に第30回角川俳句賞、61年に第10回俳人協会新人賞、平成17年に第5回俳句四季大賞、25年に第53回俳人協会賞、30年に第10回桂信子賞、令和3年に第13回小野市詩歌文学賞及び第55回蛇笏賞と、軒並み受賞を重ねた人であった。

 大石は、石田波郷の「鶴」出身だが、後藤綾子の「あの会」、澁谷道の「紫薇」にも参加していたというから、比較的自由な立場に立ち、これだけのキャリアを持ちながら雑誌を主宰せず、しかし人気は高かった。その意味では私は俳壇で稀有なアイドルに近いと思う。80代の大石をアイドルというのもどうかと思うが、一方で99歳の兜太もそうしたアイドルに近かったから許されそうだ。

 以前は色々な場で頻繁に会っていたが、お互い活動が自粛されて遠出もできず(大石は高槻市在住)、誌面で活躍を拝見する程度になっていたが、冒頭に述べたような活躍でまだまだ元気だと思っていたのだ。

 実は、私にとって印象深かったのは平成14年より26年まで、第1回から第4回まで芝不器男俳句新人賞選考委員会の委員長を務めていたことである。大石が、今日の芝不器男俳句賞を支えた一人であったことは間違いない。他の選考委員が、城戸朱理(詩人)、齋藤愼爾(俳人・出版)、対馬康子(俳人)、坪内稔典(俳人)であるから伝統俳人を代表するただひとりの委員であった。実行委員(愛媛県)が選出したこの顔ぶれもなかなか乙であると思う。しかしこの顔触れでの委員長はなかなか簡単に務まるものではない。

 ちなみに芝不器男俳句新人賞には本賞のほかにそれぞれ選者の奨励賞が授与されるが、大石悦子奨励賞の受賞者には、第1回小田涼子、第2回ことり、第3回成田一子、第4回西村麒麟とならぶ。その後の活躍の不明な人もいるが、成田一子、西村麒麟は今や雑誌を主宰し、マスコミでも売れっ子の若手俳人である。大石氏の鑑識眼は間違いないものであった。大石はその作品だけではなく、若手を見出す伯楽としての役割も果たしていたということができるだろう。

 直近の句集『百囀』は池田澄子『此処』と様々な賞を争奪しあった。私も何回か紹介したことがあるが、その中から次のような句を選んでいる。


野宮の春のしぐれにあひにけり

夜桜や花の魑魅に逢はむとて

双六の大津に三日とどまりぬ

冬うらら遺言書くによき日なり

羅や遺品少くしておかむ


 これらの句は、表現も巧みだが、古典的というか、非現実的な感じの作品が多い句集となっている。年齢的に死を詠む句も多いようだが、死を切実なものとして詠んでいるかというと切迫感はあまりない。死を一つの素材として美しい流れで詠んでいるような気もする。俳句四季の座談会で、大石『百囀』と藤本美和子の句集『冬泉』を並べて取り上げたことがあるが、表現ぶりは似ているけれど、対照的だという意見となり、可否をとったところ二対二で分かれたのが興味深い。評者の趣味によるところが大きいのだ。

 ただ最後の二句は、今回の突然の訃報を予告するような趣がなくもない。静かに華麗に、思いを深く去っていったのが大石悦子であったのだろう。


師系の靄化

 大石の活動を眺めていると、石田波郷の「鶴」出身ということが大石という作家にどれだけ影響しているのだろうか、という気がしてならない。

 実は戦後もしばらくは、師系が歴然として語られることが多かったように思う。戦後一家を成した作家について考えるとき、高浜虚子―星野立子・稲畑汀子、水原秋櫻子ー能村登四郎、加藤楸邨―金子兜太、中村草田男―香西照雄、山口誓子―鷹羽狩行、飯田龍太―広瀬直人・福田甲子雄などがそうだ。あれほど峻烈な批判を下した高柳重信にしてもその影響力を否定できない。勿論、あまりにも師系を引き付けすぎてはいけないと思うのだが、それでもそれぞれの作家論を書いてゆくときどうしても師系がふっと頭に思い浮かんでしまうことがある。実際これらの第二世代の作家の言説にはしばしば第一世代の言及が頻繁に登場する。第二世代は第一世代を乗り越えようとして、結局第一世代を無視できていないようだ。

 ところがある時期からこうした師系から自由になった作家が増え始めた。勿論それがいいことか悪いことかは別だ。現象として見えてきてしまうということだ。そんな作家の比較的初期に大石悦子もいるのではないかと思う。おそらく、これらの世代の成長は師系という垂直の関係から、同世代という横の関係、場合によると下の世代からの影響、もっと茫漠とした時代からの影響の方が強くなっているのかもしれない。

(以下略)

       *詳しくは俳句四季7月号をご覧下さい