【俳句新空間参加の皆様への告知】

【ピックアップ】

2023年6月30日金曜日

救仁郷由美子追悼⑩  筑紫磐井

 ●LOTUS13号(2009年4月)

  緑星はるかにⅢ

書くと句書き書かぬと句書きヨウ泥鯰(どろなまず)

伝えたきこと無き春は伝えがたき日

紅葉(もみじ)手形ふるえる背中発熱す

歩行より想える空のあけぼのや

ダダダダッダ眠気に寒気影叫び

蓮の実や父置き去りし母の家

紅椿触れぬ母の白き手の動線

ヨタヨタと爪先立ちで交差路や

八百(よろず)神奇人となりしも御燈明

旅反旅困難一字と鳥追い人

変化(へんげ)記憶ふぬけはぬけて湯めぐりや

鳥追いて黒クッキーの家の灯よ

進むべき苦あり蓮華あり世は(すえ)未満

音はずれ半音さがすは死の床か

シャツ・カバー裏返した夜記憶組む

眠りへとまぶたのうらの洗水盤

捨て子だった五つ又辻岐路消えし

さざんかの見知らぬ笑顔祝祭や


●LOTUS14号(2009年9月)

  風の宿(やどり)

台風一過畳十枚一家あり

春月やまどろむ身体静止せり

蓮池の端の泥にて芽ぶく青

病身のいたどり噛みき少年期

せり洗う泪の記憶洗う池

さざんか道捨て子恐き道咲き巡る

ひとりまた「青物」へ走る端境期

歩く夜やひとりのふたり風の宿り

日輪や首と手首とひまわりと

眼底の黒色混濁光の粒子

永遠や生死の境夜鷹燃ゆ

彼岸へと渡る橋板の下人柱

陽降る世や黄泉路の小石も温かき

今は昔吾子喰らう山婆よ

枯蓮やあるはずもない愛しみ金輪際

奥の屋双(おくそう)の鏡も現われき


●LOTUS15号(2009年12月)

  物狂い

神話食う紙魚いっぴき蛇の尾へと

無なしの森の物語(はなし)など夏なつかしき

萩野原さまよう老婆よ翁面

夏萩や殺しそこねた日神我が子

青野走る殺しかけても児は走る

旅立つ日の黒白混濁光の粒よ

窓枠の光の帝国黒き樹々

背に触れたホラ父の骨忙しき冬

枯野原しゃがむ背後の岩鏡

虐待の光の国の聖母踏む

紅ほんのり髪つややかになじる母

アーフラよ愛などあげぬ山あざみ

詩人の名は北の根に眠る詩の明り

雪野原ナロード根っこへひた走る

『シベリアに逝きし46300名を刻む』書物

眼底や波紋となりし落つ涙

添い寝るは汚れ書物と天道虫

死の灰の赤きカンナも色音色

黒泥に飢餓やさしき男よろめく目

自殺などありやなしやと麦畑