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【ピックアップ】

2019年2月22日金曜日

句集歌集逍遙 山田耕司句集『不純』高山れおな句集『冬の旅、夏の夢』/佐藤りえ

『不純』は山田耕司の第二句集。装幀は山口晃の挿画を画面いっぱいに使い、そこにピンクの箔文字で題名と著者名があしらわれている。浮世絵のタッチで現在の風俗に江戸~明治などの事物をまぜこぜにして描く、画家の真骨頂ともいえる構図が、この句集にぴたりとはまっている。

それにしても、これほど「裸」という文字が目にとびこんでくる句集は他にないのではないか。実際は「裸」という言葉そのものが詠み込まれた句は数句なのだが、あまりに濃厚なその気配が一集全体を桃色に染め上げている。

眼の球は濡れつつ裸ふきのたう
秋すだれまぶたは割れて目は濡れて

あまた詠み込まれた人体の部位。句に人体を詠み込むということは、人体を新たに参照している、ということでもある。古来より人は星々と人体の照応を試みてみたりなどしてきた。(印刷博物館で「天文学と印刷」を観覧して只今かぶれております)「からだ」を参照し、認識を更新する試みがここでもなされている。眼球はいつもむきだしであること、しかもまぶたという割れた(とじたりひらいたりする)場所からのぞいているということ、こうした事実を言葉でもって赤裸々にしてしまうこと。説明をすればするほどただいけないことを書いているような気がしてきた。

服を着て逢ふほかはなし宵桜

なぜ人は服を着なければならないのか、宗教的、衛生学、犯罪学、羞恥心、公共の概念などを抜きにして真面目に語り仰せるひとはなかなかいないだろう。仕方が無い、服を着ていこう。こんなによい宵桜だというのに。

このレヂと決め長ネギを立てなほす

「からだ関係」外で特に好きな一句。スーパーで会計を待っている景だろうか。どこも同じように混んでいるのだろう、とりあえずこの列に並び続けることを決めた。ネギを「立てなほす」というのが、泣かせる。ちいさな決意の塔として、剣としてそびえるのだ、長ネギは。

焚き火より手が出てをりぬ火に戻す

いわゆる「物の怪」のひとつになるだろうか。火から出ている手を火に戻す。残酷さとやさしさがないまぜになったような描写に思えるのは、簡潔さのせいだろうか。

卵黄は背泳ぎなりや春深空

生卵をなにか平らな場所(バットか、フライパンの中央か)に割り入れた景と思う。卵黄はたしかに中央に浮き上がっていて、卵白はその下と周囲を占めている。卵黄がその中を泳いでいるとは、なんたるあえかな見方だろう。おおっぴらには言わないが、あっちこっちの句からして、全裸を推奨しているとしか思えない、そんな著作のうちに、このような繊細な句がひそんでいることは、かえって不可逆的なことに思えて仕方がない。

以下、好きな句を挙げます。

座布団は全裸に狭しほととぎす
股をくぐれ花の萩野をゆくと思へ
人出づるこの毛皮より湯槽より
跳び箱よ虹は橋ではなかつたよ
春それは麦わらを挿す穴ではない
恋おとろへ柚子に湯舟の広きこと
まんなかに狼を吊る人の秋
冬の日やもの食ふときに箸は濡れ
榾は火を豪雨は街を得たりけり



『冬の旅、夏の夢』は高山れおなの第四句集。Ⅰ部は旅吟からなる。

これがまあコンスタンティノポリスの夕焼なる

コンスタンティノポリスは現在のイスタンブール、かつての東ローマ帝国の首都「コンスタンティノープル」のラテン語名。1453年、オスマン帝国による陥落を迎えるまで一千年以上の長きに渡り栄華を誇る、難攻不落の都市だった。掲句ではイスタンブールの地に立って、その東ローマ帝国の夕景を偲び、かつ一茶の「これがまあ終の住処か雪五尺」の感慨―陥落都市の寂寞と、華やかな江戸を去り、揉め事の待つ郷里に決着する失意―が重ね合わせられている。
このように、旅吟の其処此処に時間と空間を超えた感興が呼び覚まされ、詠み込まれ、眼前の景を借景として、重層的に参照されていくさまが愉しい。

エザーンに鷗(かまめ)たちたつ明易き
  ※イスラムの礼拝の呼びかけをアザーンと云ふ。
   トルコ語にてはエザーンとなる。

早朝の礼拝に鷗をみる図となるが、鳥と「明易き」の取り合わせから落語の「明烏」を彷彿とさせられる一句。支配者、言語、宗教も一様でなく、混濁を経たであろう地の「信じる人」の姿と「明烏」の主人公・時次郎を二重写しに見てしまうのは深読みであろうが、踏み込んでみたくなるものがある。

こうした詠みぶりが誓子の『黄旗』、青邨の『雪国』を参照している、とは著者自身が句集刊行の折に版元の句集紹介で明かしているところである。なるほど、

碧き眼の露西亞乗務員の眼に枯野  誓子『黄旗』
火酒は水かと澄めり氷る夜を
青高粱(あをきび)は夜を朝としぬ展望車  青邨『雪国』
樽前に日は落ちてゆく花野かな

「枯野」を季感としてのみでなく、「文化の挿入」のように呼び寄せる点、屈折しながら格助詞で終わる文体、「夜を朝としぬ」から「夏や春」のような急激に反転する展開の仕方など、照応を見たい点が散見する。
以下、旅吟から好きな句を挙げます。

毛皮着て王いき〳〵と醜けれ「ふらんす物語」
最高の無法の蝶を見しはうつゝ「富士山記」
〈あはれにすごげ〉須磨のガストといふ処「Family Vacation」
宇宙劇寒暮口あけ仰ぎしは「ローマにて」
寺々や殉教(マルチル)〳〵寒夕焼
孵りたる赤さに一の鳥居秋「はるひ、かすがを」
秋冷の起伏を呼べり飛火野と

Ⅱ章は日常詠。以下に好きな句を挙げます。

ルンバはたらく地球は冬で昼の雨
そのこゝろ歌に残りて実朝忌
唐津これ陽炎容るゝうつはもの
ひねもすの春愁のガムみどりいろ
はつなつの皿に映りて生き急ぐ
我が汗の月並臭を好(ハオ)と思ふ
秋のうみゝひらいて皆さまよへり


『不純』(左右社)2018年7月31日刊
『冬の旅、夏の夢』(朔出版)2018年12月7日刊

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