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2019年2月22日金曜日

【佐藤りえ句集『景色』を読みたい】4 『景色』鑑賞  椿屋実椰

 佐藤りえさんは多才な方だ。豆本作家「文藝豆本ぽっぺん堂」として活躍されている傍ら、短歌もたしなみ、2003年に第一歌集『フラジャイル』を上梓。豆本では一流の仕事をし、歌集では高い評価を受けている。俳句や短歌、詩は10代から書き始めたという。1973年生まれだから現在45歳。俳句の世界では若手の部類に入る。句集『景色』は第一句集だ。

 本句集を読んで、筆者がまず感じたことは、りえさんは見たものすべてを俳句にできる人なのだな、ということだ。

 揚げ物にしてよしアラクニド・バグズ
 春雨や都庁の窓は暗すぎる
 わかつたと叫ぶ警部と探偵と
 乾電池銜へたやうな油照り
 灰皿に画鋲混ざつてゐる良夜

 
一句一句、掘り下げていきたい。

揚げ物にしてよしアラクニド・バグズ
 アラクニド・バグズとは昆虫型宇宙生物のことだそう。辞書で引くと、英語で、アラクニド=蜘蛛型類節足動物(の)。バグ=虫。『スターシップ・トゥルーパーズ』というSF映画に出てくるようだ。
 この句で、「蝗(いなご)捕り」を思い出した。蝗は農家にとっては害虫。大量発生するその蝗を捕獲するのが蝗捕り。その後、佃煮等にして食卓に出される。佃煮の甘い醤油味しかしないから、見た目グロテスクでも案外食べられる。海外でも蝗を素揚にして食べる国があるそう。蝗が食用としてオッケーなら蜘蛛に似ているアラクニドバグズ(昆虫型宇宙生物)も食べていいはず。見た目的には不自然でない。ユニークな感性がひかる句。

春雨や都庁の窓は暗すぎる
 春雨のしずかな休日。都庁も閉庁日で、明りもなく、窓は真っ暗。そんな何気ない情景をきっちり捉えている。休日でなくとも、春雨の日差しのない日には、ビル群に陽が入らず、窓が暗く見える。都庁は、バブル期に巨額の建築費を投入して建設された巨大なビルで、聖書の「バベルの塔」をもじって「バブルの塔」と揶揄されたこともあるようだ。1300万人もの都民を支える基幹となる組織。都庁で働く人々は十数万人もいるらしいが、中でいったいどんな仕事をしているのだろう。
 近年は、様々な問題が解決されないまま、オリンピックの開催に巨費を使うことに、首をかしげる人々も少なくない。
「都庁」を象徴的に考えると、そんな様々な薄ぼんやりした疑問も、この句から湧き上がってくる。

わかつたと叫ぶ警部と探偵と
 往年の角川映画の金田一幸助シリーズ。劇中、等々力警部役の俳優、加藤武が「よし、わかった!」と、十八番のように言うシーンが、ほぼ全シリーズに一回は出てくる。CMでもこのセリフはパロディで使われていたほど。季語がない句であるが、昭和の郷愁を誘う。映画ファンにはうれしい一句であることだろう。

乾電池銜へたやうな油照り
 「油照り」は、薄曇りで風すらなく、薄日がじっとり照り付けるような天気のこと。ぬめり気のある脂汗が肌にまとわりついて心地悪い。「乾電池銜へたやうな」で、そんな油照りの肌感覚を上手く喩えた。

灰皿に画鋲混ざつてゐる良夜
 なぜこんなものが? というような変なモノが灰皿に捨ててあることがある。画鋲というのはシュールだが、確かにありそうな光景。良夜と錆びかけた画鋲が詩的。

 上記のように、句の題材が幅広く、偏りがない。句のつくり一句一句をみても、変化に富んでいる。同じ季語や同じ言葉を何度も使っていないことからも、読み手に対する配慮を感じる。一句の完成度はもちろん、一冊の本、という全体でみても、飽きない。ここはやはり作者の豆本作家としての美意識がなせる業なのだろうか。

 豆本づくりはおそらく相当の繊細さが必要だと思う。小さな本をきれいに作るには、1ミリ単位の誤差が完成度に大きく影響する。りえさんのホームページの豆本作品を見ると、その細やかな仕事ぶりがうかがえる。星形のオブジェを閉じると一冊の豆本になる作品は、とても見事。ちゃんと中に文字も書いてあって、本として読めるようだ。豆本作家としてのそんなデリケートな感性が、下記の句にも現れている。

 ランドリータグにコートの替へ釦
 太陽でいつぱいだつた髪洗ふ
 しはぶいてあたまの穴のひろがりぬ
 火をつけるまへのまなこのさゆらぎよ

ランドリータグにコートの替へ釦
 日常的によく見かけているのに意識せず見逃している光景を、切り取っている。この替え釦は大きくて重たそう。この句で、釦の重さで千切れそうになっているコートのタグを思い浮かべた。細やかなところまで気を利かせていないと出来ない句であろう。

太陽でいつぱいだつた髪洗ふ
 昼の夏の日ざしを燦々と浴びた髪を洗いながら、今日という一日を反芻。この日はきっと楽しかったのに違いない。

しはぶいてあたまの穴のひろがりぬ
 くしゃみをした後の、しばらく頭がしびれるような感覚。なかなかうまく言えない感覚を的確に言語化。

火をつけるまへのまなこのさゆらぎよ
 火をマッチやライターでつける前には、集中して手元を見るのではないだろうか。その時の黒目の揺らぎを自分でも感じている。あるいは、火をつければ炎が揺れることが経験でわかっているので、行動の前に炎の揺れを感覚で思い出しているのだろうか。いずれにせよ、とても繊細な句。目は不思議な器官で、光や運動の残像効果が起きたりする。脳と網膜の関係はどうなっているのだろう。「まなこのさゆらぎ」の表現が冴えている。
 
下記、好きな句をあげる。

盗賊A盗賊Bと風下へ
 映画や舞台などのワンシーンであろうか。悪党面の役者たちが目に見えるようだ。盗賊A、Bの記号の表記で実際の出来事ではないとわかる。

ロシア帽みたいな鬱をかむつてる
 ロシア帽、の比喩が簡明。ロシアの厳寒さ並みの鬱。この鬱は手ごわそう…。

去年より大きな熊手売つてない
 それは困った。一番小さいのからまた始めなくては!

ひよこ固まりぼうろのやうに揺れてゐる 
 子どもの頃によく食べた、たまごボーロというおやつ。丸くて小さいので、袋の中やお茶うけの中で転がる。ひよこのあたたかみのある丸さと、このおやつを合わせたのは凄い。この句を読む瞬間まで、このおやつの存在をすっかり忘れていた。心なしかかわいいひよこたちもおいしそうに見えてくる。

生存に許可が要る気がする五月
 五月の季感や本意を捉えて、素直に気持ちを詠った。

蛇衣を脱いで二重に整形す
 風刺のある句。新宿や渋谷の整形外科付近にはこういう句の人がよく歩いている…。

 どの句もユニークな感性が光っている。他にも取り上げたい句がたくさんあるが、わたしのつたない鑑賞文を読むよりは、ぜひ本句集を手に取って、実際にお読みいただいたほうが話が早いので、この辺で失礼させていただく。
最後に。装丁が大変綺麗である。カバーを見て、旅先のローカル線の窓に流れていく景色を見ているような感覚になった。素敵な句集だ。

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