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2017年9月22日金曜日
【新連載】前衛から見た子規の覚書(2)子規言行録――いかに子規は子規となったか① 筑紫磐井
子規の逝去の後は追悼である。追悼の本として有名なのは『子規言行録』であるがこれが実は間違いやすい。『子規言行録』には2種類の本があるからである。
(1)小谷保太郎編『子規言行録』日本叢書,吉川弘文館 明治35年11月
(2)河東碧梧桐編著『子規言行録』政教社 昭和2年12月
子規逝去直後の本は小谷保太郎の方だが、我々が追悼本として知っている標準的な体裁を採っているのは河東碧梧桐の方の本だ。小谷の本は誠にあたふたと編集した痕跡が残っている。しかし、碧梧桐の本も、一部小谷の本の記事を採録したりしているから、両者の間はまんざら無関係ではないようだ。
こんなことを言うのも、再度言うが小谷の本は誠に変わっているからだ。その内容を紹介しよう。
①陸羯南序文
②古島一念の識語
③君が漢詩、和歌、新体詩、叙事文論、紀行
子規の作品集の一部だが、不思議なことに俳句はない。
④君が病室、室内の什物、家の什具、病牀、病牀の語、庭前、写真
『病牀一尺』などの随筆で有名だから子規の身辺の詳細は事欠かない。
⑤君が絶筆(河東碧梧桐記)、君が終焉の記(高浜虚子記)
子規の二人の高弟の記録だからこれほど貴重なものはない。
⑥新聞(日本新聞を除く)39誌及び13雑誌に載った子規の死亡記事・論評
⑦日本新聞に載った追悼文16編
⑧日本新聞に載った追悼の漢詩と和歌18編
これも何故か俳句がない。
⑨古島一念の子規回想
子規が日本新聞に入社したときの上司だから秘話に満ちている。
何のことはない、殆どが子規の旧作(日本新聞に掲載したものが多い)と新聞雑誌の追悼記事をまとめただけのものなのだ。安直といえばこれほど安直なものはないが、子規没後2か月で追悼号をまとめたのはやはり奇跡に近い。一方で、これは見方にもよるのだが、現在では逸失して手に入りがたい地方新聞まで含めてリアルタイムで子規の死をどのように見ていたかを知るには誠に貴重な資料である。平均的日本人が子規をどう見ていたのかはこれ一冊で十分分かるのである。
参考に再録した新聞名を掲げるが、日本の地方にはこんなに新聞が溢れていたのだ。この中には、末永鉄巌、徳富蘇峰らの錚々たるジャーナリストの執筆記事もあったのである。
[新聞紙名]毎夕新聞・東京朝日新聞・二六新報・国民新聞・万朝報・報知新聞・東京日日新聞・東都日報・やまと新聞・横浜貿易新聞・大坂毎日新聞・日の出新聞・神戸又新日報・大坂新報・九州日日新聞・山形新聞・近江新報・東北日報・讃岐日日新聞・秋田魁新報・山陰新聞・東奥日報・富山日報・静岡民友新聞・濃飛日報・奈良新聞・島根新報・新大和・いばらき・北海新報・福岡日日新聞・河北新報・門司新報など
また、後に河東碧梧桐編著『子規言行録』に再録される陸羯南序文、河東碧梧桐絶筆記、高浜虚子終焉記、母八重の聞き取り、古島一念の子規回想などは、こうした場で書かれたものであることを知っておくと一層の臨場感も増すのである。実際、連載の前回の「子規の死」はこの2つの記事によりまとめた。
繰りかえし言うが、いずれの記事の内容も不思議なことに、漢詩、短歌はふんだんに掲載されているが、俳句はほとんど見ない。日本新聞に掲載された作品を上げるとこういうことになるのだろうか。つまり公器としての日本新聞に子規は、俳句の論を発表しているが、俳句を作品として発表していないことになる。また、同僚たちの追悼作品も漢詩、短歌ばかりであり、俳句はない。日本新聞と子規と俳句の関係は非常に分かりづらいのである。
あるいは、ホトトギス発行所や俳書堂などに対する遠慮があったのだろうか(短歌はまだこの時期子規派の機関誌「馬酔木」「アララギ」は出ていない。)
* *
この本を出した吉川弘文館(吉川半七)は教育関係の新興出版社であったが、子規とは縁は薄かったにもかかわらず子規が亡くなるやいなや、子規関係の出版を立て続けに行っている。明治35年9月に子規が没するや、10月に『子規随筆』、11月に『獺祭書屋俳話』そして『子規言行録』を刊行している。そしてこれらの出版の中心となったのが、小谷保太郎であったようである。小谷保太郎もどういう人物か分からないが、子規のこれら本の編集でジャーナリズムにデビューした文筆家であるようだ。或いは、最初は吉川弘文館への小谷の持ち込み企画であったかもしれない。なぜならこの一連の企画は吉川弘文館にはやや馴染みがたい企画であったが、その成功に味を占めたのか、以後、36年、37年には小谷保太郎の出版が続出している(子規関係ではない)。ただ、歴史ものではあるが、まとまりのない雑文集が多い。中には開成学校の教師の品評録まである。
『子規言行録』全編を上げてもきりがないので、次号では古島一念の子規回想を紹介しよう。現代のジャーナリズムと異なる異常な環境を知ることが出来るからだ。
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