手だまにもとろや出羽の初茄子 上田五千石
第三句集『琥珀』所収。平成元年作。
「羽黒山」の前書があり、「出羽」には「いでは」のルビがある。
「手だまにもとろや」は、「手玉に取る」の活用を俳句の韻律に載せて変形させた表現だろう。ルビの通り、「出羽」は「でわ」ではなく、旧国名の「いでわ」と読ませるリズムとなっている。
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『琥珀』の掲出句の前には、
象潟へ
翁追ふ旅寝みじかし合歓の花があり、さらにその前には、
立石寺門前 高砂屋女将に
涼しさの山寺蕎麦のしなこさよが収められている。それぞれの前書、「立石寺門前 高砂屋女将に」「象潟へ」、掲出句の「羽黒山」からも、山形、秋田を訪れた折の一連の作であることがわかる。
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前書にある「羽黒山」は鶴岡市にある出羽三山のひとつ。標高414mで、山岳信仰の山。
「おくのほそ道」で芭蕉も訪れており、当地には芭蕉像が建てられ、「涼しさやほの三日月の羽黒山」などの句碑もある。
五千石には芭蕉に似た表現や、型の句があることは「41回テーマ:夜」「42回テーマ:も」で触れた。掲出句は実際に「おくのほそ道」を辿る旅で詠まれた句になる。
「翁追ふ」の句では文字通り、芭蕉を追う気持ちがそのまま詠われており、「旅寝みじかし」も芭蕉の旅を意識したつくりになっている。
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掲出句。「手玉に取る」は辞書によれば「手玉をもてあそぶように、人を思いどおりにあやつる」の意。「手玉」とはいわゆる「お手玉」のこと。
この「手だまに取る」という強い言葉にしても、「とろや」の表現、「いでわ」という旧国名などを見ても、古めかしい表現であり、芭蕉への憧れが感じられる。
一方、「初茄子」はどんな茄子か定かではないが、「手だま」からは、まるまるとした“丸茄子”が想像される。
「羽黒山」のある鶴岡市には、民田茄子(みんだなす)という地域伝統の丸茄子があるようだ。手のひらに乗るくらいに成長したところで収穫、卵型で果皮が堅く、果肉のしまりが良い、という。手のひら大の丸茄子というから、この民田茄子は「手だまにもとろや」にはぴったりな気がする。
「初茄子」はその年はじめて取れた茄子。「手だまにもとろや」はその初々しさを表わした措辞だろう。
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