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2014年4月11日金曜日

「俳句空間」№ 15 (1990.12 発行)〈特集・平成百人一句鑑賞〉に纏わるあれこれ(続・7、 阿部完市「ねぱーるはとても祭で花むしろ」) /大井恒行


 阿部完市「ねぱーるはとても祭で花むしろ」


 阿部完市(1928〈昭和3〉1.25~2009〈平21〉2.19)の自信作5句は以下通り。 

海猫(ごめ)群集大ぶりの島でありけり     「‘89俳壇年鑑」  
ほんとうにやまめかるくてかくれてくに     「  〃  」  
ねぱーるはとても祭で花むしろ         「  〃  」  
北京昼月鵲のゆくところかな          「’90俳壇年鑑」  
舞うという淡青ありて野原只中         「  〃   」 


一句鑑賞者は上田玄。

その一文には「固有名詞をひらがな書きするとき、それは指定された対象の存在の核を純粋抽象する効果を期待されたり、逆に対象の現実性を希薄化する効果を期待されていたりする。そうしたプラス方向、マイナス方向を、現実の対象との間にあくまでも維持する書き方とは別に、組みたてた句の方が呼びおこす何ものかに、現実上存在する名詞が付与されるという場合もある。上五に地名が置かれ、あたかもこの地の本質規定が宣言されているかのようなこの句も、実は花むしろで区切られた祝祭空間に呼びこまれてきた名前であるのだろう」。

また、評文の後半には次のように記されている。「『ねぱーる』は、現実の日常相の凝縮に通うものをもっているかもしれない。たとえ、この春、その地が民主化運動で騒然としていたとしても。そこにチベット密教の秘儀的で祝祭的な宗教性や、清浄で乾いた高山国の空気が呼びこまれているわけだから。だから、いくら太平楽のつづくわが日本国とはいえ、『ひのもとはとても祭で花むしろ』では、しゃれにもならないのだ。ただ、平成のどこか間のびした明るさ、それでいて非日常的なものへと強く憧れる空気は、たしかにこの句に流れ込んでいるだろう。その明るさが表面だけで、その薄皮の下にゾクッとする無機質の冷たさがひろがっていることまでは掬いあげてはいないが」。


そして、現在、平成時代も四半世紀を過ぎてみれば、薄皮の下どころか、およそ何も希望もない空気だけが拡がっている。その空しさを埋めようとするように、声高に叫ばれる絆などは、最初からそのような絆がないということを、むしろあからさまに認めているようなものではないのか。かつても今も、そういう意味では、無限定に希望は与えられてはいない。だからこそ、ありもしない何かを望むという反転が起こっているのかもしれない。 そういえば、阿部完市ことアベカンが現代俳句協会初代青年部長だった頃、よく「俳句の神様がぼくに俳句を書かせてくれているんです」と言っていたことを思い出す。

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