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2024年9月13日金曜日

【鑑賞】豊里友行の俳句集の花めぐり14 『金魚』阪西敦子句集(2024年刊、ふらんす堂) 豊里友行

 ラガーらの目に一瞬の空戻る


 稲畑汀子の言葉として「見るから観るへ」というのがある。これはただ眺めるだけではなく、その奥にある季題の本質を探ることが大切であるという意味だが、まさにそれを実践した素晴らしい作品群である。

                 稲畑廣太郎

スクラムといふ枯芝の塊に

スクラムに射す視線とも冬日とも

マフラーに皆声援をくぐもらせ

一度だけトライの後の白き息

ノーサイド枯野へ人を帰しけり


 帯文の秀句だけでなくラグビーの俳句にも良い俳句があるので御紹介しますね。

スクラムを枯芝の塊に喩え方が面白い。

 またスクラムを組んでいく中でラガーらの視線が飛び交う。其処には冬日も零れている。

ラグビーの観戦者も闘志で温まりたいところだがマフラーに埋もれた顔からくぐもった声援が飛び交う。

 たった一度だけのトライの後に見たラガーの彼の白い息が印象的だ。

ラガーらの夢は走り続けたいところだが、夢の続きは枯野へ。ノーサイドが鳴り響きば、人々は帰る場所へ帰っていくが、夢野は思い出すたびにラガーらの疾駆を鮮やかに蘇らせる。


 どれも選びがいのある俳句ばかりで丁寧に読んで楽しんで欲しい。


焼藷の大きな皮をはづしけり


 焼藷の大きな皮を鎧のように「外す」と捉えた処にこの秀句の慧眼が冴える。

 他にも沢山の秀句がある。

 その中でも主眼の俳句に私は、魅了された。

 丁寧に生きることの大切さを噛み締めるように俳句に結実させていて脱帽です。



燗熱く出番を待つてをりにけり

煮凝をとらへて匙のたのしさよ

団栗の光を奪ふやう握る

柿剥いて夜の電話を待つてをり


 「燗熱く」は、熱燗と捉えてみるといい。擬人化された熱燗は出番を待っている。

もちろん作者の丁寧な心遣いと御もてなしが待っているのですよね。

 煮凝を匙で丁寧に掬い取る料理の所作も愛情燦燦と楽しいことよ。世の男性らは、其処まで想像できなくともこの俳句で一目瞭然ですね。

 団栗の光を奪うように掌(てのひら)に握る。この独自の感性の開花をもっともっと大切にして欲しい。

 夜の電話を待っている御相手は、さておき。柿を剥いて夜のお喋り舞台は満月の受話器のテーブル上で柿をおつまみにしながら夜も更けていく。

 「また人に抜かれ春著のうれしさよ」とあるように句友の開花も喜び、「お先にどうぞ。」と、にこやかに俳句の座を温めているひとりひとりも大切だが、独自の感性の開花も丁寧に向き合うことでさらなる俳句の昇華があり、俳句の座をさらに切磋琢磨の座にするのだから、ゆうゆうとだけれども丁寧な一歩一歩は、確かな秀句をもたらしてくれる。そんな自己の開花も並々ならぬ嬉しさでしょうね。


東京に友人多し絵双六


 東京に友人が多いという。まるで絵巻のように双六を振って楽しい花詣でにでも出かけるようだ。


またひとり近づいてゆく春の海


 またひとり近づいていく春の海を眺めている作者がいる。春の海を鷲掴みした秀句。


いい服を着てとてもいい枯野行く


 好きな服を着てテンションを上げてみる。人生と深読みする必要もなく素敵な枯野を行く。

 人生は、楽しんだもんがち。そんな歌もあるけれど俳句にしてくださる人生の先輩たちは、そうそう。俳人の先輩たちには多くいらっしゃる。この方もですよね。


身につけて動きの速きちやんちやんこ

落椿水へませて流れけり

黴びてゐて心当たりの形かな

柄よりも大きな口や初浴衣

振り向きて水着の中の水動く

窓広く夏の終わりとなつてゐる

桃の毛と眼の映るナイフかな

夏牡蠣の一皿大いなる白さ


 ちゃんちゃんこの動きの速さを鮮やかに身につけた者への愛燦燦と俳句にしたためる。

 落椿の重さが水を凹ませながら流れている。

 黴(かび)具合にうっとりするくらい。だけれどもその形具合からその黴の主に心当たりがある。ユーモラスに捉えてみないと口惜しい作者なのかもしれない。

 浴衣の金魚よりも大きな歓喜の独楽のように口を大きく開けた笑顔は、初浴衣のお孫さんでしょうか。

 振り向いたら少女の水着を絞るように肢体を捩じらせて水着の中の水もまた動く瞬間をこの俳人は見逃さない。

 窓は伸び縮みすることは無いのだが、この作者は夏の終わりを空の深さが増してくる中で窓をキャンバスのように眺めた秀句だ。

 桃の産毛とナイフに映る眼を意識して見せるところに写実を超えて不思議な世界をパズルのように創造している。

 観察眼。写生の大切さを日々精進の中で養いながらも独自の瑞々しい感性を盛り込んで慧眼の秀句を夏牡蠣のお皿に盛りつけている。


 観察眼の徹底した共鳴句をいただきます。


白鳥の重き加速ありにけり

鉦打つて風呼んでをり阿波踊

牡蠣買うて愛なども告げられてゐる

葉先みな風へ向けたる落葉かな

すぐ果つる街でありけり朝の雪

菫すみれいつも走つてゐるわたし

青梅をくぐりて少女歌ひだす

むかし川見えたる蛍袋かな

熟れながら風を呼びたるバナナかな

簡単な腰掛ありて梅見かな

初花の下を運ばれゆくピアノ

パンプスはあを草の花踏みたがる

電話に出る声豊かり熊手売

枝揺らし春の鴉となりにけり

桜さくら空の見えない桜かな

いつまでも冬日の中の鴉かな

涼しさの魚と鳥と木の話

鰻食ひ終へ足早に帰られし

夏蝶の雨のあひだを昇りけり

空豆の皮ていねいに皮の上

肩と肩触れて青葉をくぐりけり

うそ寒の吊り広告の真下なる

山茶花の増えつつ町もはづれかな

クリスマス市の人形歯白し

こはくないひとつひとつの桜かな

鬼灯の内なる日差なりしかな

東京のどの渋滞も黄落す

ジャズはソロへ移りぬ暖房の匂ひ