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2024年2月9日金曜日

【抜粋】〈俳句四季12月号〉俳壇観測251 黒田杏子さんを偲ぶ会 ――『証言・昭和の俳句』の真実  筑紫磐井

偲ぶ会

 9月17日(日)、東京千代田区の如水会館で、「黒田杏子さんを偲ぶ会」が開催された。黒田杏子がもう一つ深く関係していた「件の会」の偲ぶ会はすでに6月に行われており、今回は藍生の主催ということで圧倒的に藍生俳句会会員が多かったが、故人の交友の広さから俳壇他各界からつどい、主催者によれば400人近い参会者があったという。

 午後1時から藍生会員岡崎弥保氏が司会を務め、主催者を代表して藍生会員の深津健司氏から挨拶があった。

 来賓として、俳人の横澤放川氏、フリーライターの中野利子氏から挨拶があり、平凡社会長の下中美都氏による献杯の発声があった。

 その後食事、懇談が進み、故人と親しかった者からのスピーチとして、ワシントンから来た藍生会員のアビゲール・フリードマン氏、筑紫磐井、エッセイストの下重暁子氏が壇上で黒田杏子の思い出を行った。

 最後にご夫君の黒田勝雄氏が、言葉に詰まりながら感謝の言葉を述べられた。8年前脳梗塞で倒れて以来何処へ出かけるにしろ二人で行くことになり濃密な時間を過ごされたらしい。

 黒田杏子がこれからどう評価されるかは難しいものがある。たとえ「藍生」の後継誌ができても、黒田杏子の活動の総てを引き継ぐことは難しいはずだ。「件」の会でも難しいかもしれない。その意味で黒田杏子の全活動を後世の人に知ってもらうためには、志を同じくする支援者が協力し合うことが必要だろう。少しそうした動きも出始めているとは聞くので期待したい。


『証言・昭和の俳句』

 黒田杏子の生涯を振り返った時、多くの作品、様々な活動が万華鏡のように脳裏に浮かぶが、一代の事業として挙げられるのは、この『証言・昭和の俳句』(角川書店平成14年)をまとめたことに尽きるのではないか。『証言・昭和の俳句』は黒田杏子が金子兜太などの戦後派作家13人にインタビューした企画である。13人の顔ぶれは、桂信子・鈴木六林男・草間時彦・金子兜太・成田千空・古舘曹人・津田清子・古沢太穂・沢木欣一・佐藤鬼房・中村苑子・深見けん二・三橋敏雄であり、至極納得できる顔ぶれであった。あくまで杏子は聞き役に徹し、13人が思うがままに語ったオーラルヒストリーのようだが、戦後俳句を作り上げた13人の人選は杏子が行い、話の流れも杏子が作ったらしいから単にインタビュアーに止まらない。

 この事業に自負を持った杏子は、絶版となったその本の復刻を20年後に企画し、さらにその対象となった作家たちを自分よりも若い世代に論じさせた付録をつけた『増補新装版 証言・昭和の俳句』(コールサック3年8月)として刊行し、戦後俳句への再発見を促したのだ。宇多喜代子・下重暁子・寺井谷子・坂本宮尾・山下知津子・中野利子・夏井いつき・対馬康子・恩田侑布子・神野紗希・宮坂静生・齋藤愼爾・井口時男・高野ムツオ・横澤放川・仁平勝・筑紫磐井・五十嵐秀彦・関悦史・星野高士である。これは自分の事業を拡散させたいという意図があったからであろう。

 杏子の自分の事業への自負は、しかし発刊直後からあったようである。実は「藍生」15年3月号で、雑誌全体を使って特集を組んでいる。今回と同じように、多くの識者に批評を求めているのだが、この時執筆しているのは横沢と中野以外重複していない。20年間に知り合った多くの人に自分がまいてきた種子を配ったのだ。

(以下略)