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【ピックアップ】

2023年7月14日金曜日

芸術論の出来?  竹岡一郎

1.

芸術論の出来をアウシュビッツの林檎が隔つ

 櫻井天上火


  「芸術論の出来」とは何だろう。先ず詩作があり、その積み上げられた詩作の遠い延長線上に、いつの間にか副産物として論が出来るなら良い。先ず書かねば明日を、いや今日を生きられないという切迫した思いがあり、そして書く。そこには芸術論も方法論も無い。

 「暴力の核」から、つまり己が深奥の地獄から、或いは暴虐さの中に未だ昏睡している神性から、詩は飽和して湧きのぼり立ちあがる。そこに傲慢さが介入する余地などはない筈だ。それ以前に正義や理想が介入する余地も無い筈だ。つまり「()」が入る余地はない筈だ。例えば餓え例えば凍え例えば果てしない殴打例えば惨たらしいトラウマから生き残るための詩作の衝動があるばかりだ。

 これに対比するものとして、ナチスの「退廃芸術展」が挙げられよう。エルンスト、クレー、カンディンスキー、シャガール、多くの優れた芸術家の絵画が、退廃の刻印の下に展覧され、絵画の横には嘲笑の文句が書かれ、晒された挙句に焼かれた。芸術に対する傲慢さが極まった結果だ。

 外山一機の評論を思い出す。かつて外山が数多の評論中で繰り返し「傲慢さ」という語を使い、あらゆる種類の傲慢さに用心深く目を配っていたのは、こういう意味でもあったか。外山の様々な評論を読むたび、何処に「傲慢さ」という言葉が使われているか、彼が何を以て「傲慢さ」と観ずるか、そこに一番注意していた。

 なぜなら傲慢さこそが陥穽であり、傲慢さが一定限度を超えた時、詩には一瞬にして鬆が入る。鬆は密かに詩を侵蝕し、詩を構成する語はいずれ交換可能の緩さに堕す。事に依ると一行の存続さえ危うくなる。そして私は、鬆の入ってしまった詩については論ずることが出来ない。

 若きヒトラーは、ウィーン美術アカデミーの第一次選考は突破しているから、客観的に正当な評価は受けている。二度受験して二度とも落ちた理由は「肖像画が少なかった(又は未提出)」と言われている。自信家だったヒトラーは、不合格に納得がいかず、アカデミーに直談判、もちろん不合格が覆る訳はない。(同じ頃、合格したのがエゴン・シーレだ。)

 その時の「屈辱」が(ヒトラーが勝手に「屈辱」と思い込んだだけだが)、後の「退廃芸術展」という傲慢極まる反撃と他者の芸術への軽蔑に繋がり、ウィーン美術アカデミーも徹底的な弾圧を受けた。(エゴン・シーレの絵も無論「退廃芸術」扱いされた。)

 己が正義を決して疑わず、内省も自己批判も惻隠の情も無い、自分のプライドだけが後生大事な、そういう者に大衆が権威を与えると、芸術はどれほど凄まじい被害をこうむるかという例である。

 「芸術は自分の信じるものでなければ堕落、腐敗、退廃である」とする糾弾が、「退廃芸術展」だった。炬火の振りをして焚書坑儒を望む者達は、芸術それ自体よりも、己が名誉や理想や正義の方が、要するに己が傲慢さを保持し続ける事の方が、(他者の、芸術における尊厳をどれほど貶めようが)遥かに大事なのだ。

 落ちている林檎を拾うだけで罪とされた強制収容所の事例を聞いた事がある。では、あらゆる糾弾はアウシュビッツに通じる危険を孕むのか。いや、これは正確ではない。傲慢さから生じる狭量なる正義や理想は、アウシュビッツへと通じるのか、と言うべきだろう。

 アドルノの「アウシュビッツのあとで詩を書くことは野蛮である」という有名な言葉を思う。掲句は、「芸術論」という精神の高みにまで洗練された領域にしてなお、「効率的な大量殺人」という西洋文明の極北にして野蛮の極致(それは必ず正義と理想の主張を伴い、逆に惻隠の情は欠如している)に包含されてしまう、その危険を、「アウシュビッツ」という比喩によって表わしたものか。

 (いや、アドルノの言葉を、私自身はそんなに手放しに肯定してはいけない。)


 アウシュビッツに対応して、ヒトラーの演説、如何に効果的に観客を煽動するかという演出がある。幾つものスポットライトを空に向けて光の柱を演出したのはナチスが初めという。現在でもロックコンサートには良く使われている。簡単で且つ非常に効果が高い演出だからだ。人を感情的に煽るには効果が高いのであって、人の理性に対しては勿論マイナスに働く。そしてあらゆる怨念は感情に乗るのであり、理性に乗るのではない。人を感情的に煽るとは、即ち人から怨念を引き出す事、怨念に(表に出ても容認されるような)正当な理由を与える事だ。

 (更に演出次第では、演説を全て語る必要すらない。或る単語を言う。スポットライトと大音響を挟む。又新たなフレーズを叫ぶ。又スポットライトと音楽。演説は、観客の想像力によって完成する。各々の観客が勝手に補完し有難く妄想した演説は、観客が演説の暗部を解釈し理解しようとすればするほど、呪詛を観客に喰い込ませる。観客は自らの思考を以て、呪詛を作り出し、自縛される。そして呪詛というものは例外なく、作った者へ、いつか必ず返る。此の場合は、演出者が観客を巻き込んで作る呪詛と言えるだろう。)

 (同じような効果の例として、80年代の大学の立看板を思い出す。新左翼の生き残りが大事にしていたその看板は、あちこち剝落していて、全体としては何が書いてあるか分からない。しかし妙な懐かしさがあった。彼らの果たせなかった呪詛の懐かしさ、過去の栄光を見つめている懐かしさだ。その懐かしさは、演出の効果に過ぎないのだが。)

 (バブル時代とは、その実体よりも相当誇大な泡だったのだが、その泡の儚さは、もしかしたら60年代の革命の夢の儚さを或る部分で受け継いだのかもしれない。そんなことを考えさせる看板が、バブル時代の片隅に崩れつつ置かれている、その哀れさが感慨深かった。)

 (しかし私は看板それ自体よりも、看板に陶酔している彼の方に、むしろ興味が湧いた。その立看板は、既に呪詛の力を失くした抜け殻であり、その抜け殻を保存している彼は抜け殻と同化して、或る廃墟と化しているようだった。しかし、廃墟自体は自らが廃墟だとは気付かない。気付かないからこそ、くずおれながら未だに建っている。更地にもならず、従って新規巻き直しも出来ない。)

 (だが、その抜け殻の呪詛は、廃墟が壁や土台だけは保っているように、呪詛としての外形だけは保っていて、未だに何処かに伝播し、廃墟の増殖をそそのかしているのかもしれない。抜け殻としての呪詛は、己が正義への偏執と、その結果として惻隠の情の欠如を伴って、70年代のあさま山荘事件や連続企業爆破事件として顕現した後も、更に数多の通り魔事件として噴出しているのかもしれない。71年に早逝した高橋和巳が、せめて後十年生きて、更なる発言を築き続けていたら、もしかしたら新左翼過激派の暴走は無かったかもしれないと、「わが解体」を読みながら夢想する事がある。)

 ヒトラーの演説は、言語による勝負ではなく、視覚と聴覚を刺激する演出だ。詩人がそれをやったらおしまいである。なぜなら、詩人は一行に命を懸ける。明瞭なる一行が詩人の勝負である。俳人、歌人なら、この意味が良く判る筈だ。演出をするのは、観客を高揚させる舞台監督でなければ、例えば人を煽ってナンボの活動家であって、一行を地道に積み重ねてゆく詩人ではない。文学とは演出効果ではないし、煽動でもない。自分の正義や理想を傲慢に振りかざすための便利な道具でもない。そこを弁えているかどうかが、文学者と煽動者の最大の違いだろう。


2.

芸術論の出来をアウシュビッツの林檎が隔つ

 櫻井天上火


 掲句には「林檎」の語が置かれる。創世記に登場する禁断の果実、人間から「原罪」を引き出した物だ。(実際に林檎であるかどうかは定かでない。無花果の説もあり、葡萄の説もある。しかし、欧米と日本では林檎と見做すのが一般的であるようだ。)

 この「原罪」とは全てのトラウマの(原因ではなく)結果と結び付いて(結果の理由付けとして)立ち上がるものだろうが、トラウマに強迫される者がなぜ書き続けるのか。取り敢えず今日を生きのびる為だろう。何としても生きのびなければならない。そういう者にとっては、詩作とは、そのサバイバルを支える衝動の結晶だ。今、衝動と言った。これを広義の「怨念」と言い換えても良い。

 私が初めてパウル・ツェランの詩を読んだのはもう40年近く前、まだ学生の頃で、その頃勉強したドイツ語も殆ど何も覚えていない。

「ドイツ語もやつたが株式会社と金という言葉しか覚えていない」(西脇順三郎「最終講義」)

 詩集「豊饒の女神」の此の箇所ばかり浮かんでくる始末だ。だが、ツェランの詩で未だに思い出す箇所がある。


あなたがまだそうであるものが、

ななめに身をおこす。

あなたは高度を

得る。

(パウル・ツェラン「迫る光」飯吉光夫訳、思潮社、1984年)


原詩は

was du noch bist,legt sich schräg.

du gewinnst

Höhe.

 (Shurkamp Verlag版,1971年)


逐語訳してしまうと

was du noch bist,legt sich schräg.

(何か)(あなたが未だ居る),(斜めに横たわっている)

du gewinnst

(あなたが獲得する)

Höhe.

(高さ)


 ツェランの詩で難しいのは、例えば

legt sich schräg.

をどう訳せばよいのかという処だ。

legen sich(横たわる、〈勢いが〉衰える、〈嵐・風が〉静まる、〈霧が〉覆う、〈心配事が〉のしかかる)

schräg(斜めの、傾斜した、対角線の、筋交いの)

 legenがlegtに変化するのは三人称単数か二人称複数の時であり、du(あなた)という二人称単数の場合はlegstになる筈で、となるとlegt sich schräg.「斜めに傾いて横たわる」ものを、複数のあなた(ihr)または彼(er)か彼女(sie)あるいは物と化したそれ(es)と読んでしまう。

 wasは英語のwhatに当たる関係代名詞だから、もっと単純に「あなたが未だに居るところの何か」「あなたが未だにそう在るところのもの」が「傾いて横たわる」と読んで良いのかもしれない。しかし、あなたから派生する「数多のあなた方」つまり「収容所の彼、彼女、そして物と化した死体」が、どうしても脳裏に浮かんで来てしまう。legen sichの別の意味として「覆う」「のしかかる」「衰える」「静まる」を想起すれば猶更である。

 「一人のあなたが未だに在る処である何か」が即ち「斜めに傾ぎつつ横たわり静かに衰えている者達」と重なり、「あなた」は「その者達」をいわば放射し、同時に「その者達」の収斂の結果として「あなた」がいる。

 生きのびた自分とは筋交いに在る死者達、或いは斜めに倒れかかりながら苦しんでいるとしか脳裏には浮かばない者達、収容所における時間が未だ終わっていないツェランの絶望と、それを超えようとする「あなた」、同胞の斃れかかる斜めの姿勢がそのままあなたの斜めに起き上がる姿勢に置き換えられて、あなたという存在は人間を指しているのか、それとも私たちを収容所から救わなかった神を指しているのか、あなたは(私がこいねがうように)勝利と共に高さを獲得する。

 収容所の沈黙から「あなたが獲得する高さ」に至るまでの、この恐るべき広がり或いは距離を三行の中に含んでいて、これは恐らく意訳しか出来ない。飯吉光夫の訳は意訳の要素を多分に含んでいると思うが、ツェランの生きている限りは叶わないであろう希みを、日本語しか分からない読者に何とかして伝えたいと願うなら、このような意訳しか方法が無いだろうと思う。

 訳詩と原詩の全編及び逐語訳を挙げておく。


この出立も

解きはなたれる。


光冠(コロナ)とともにうたう

船首の巻き揚げ機(ウインチ)の歌声。


夜明けの舵が語りかけることば ―

ちぎられてめざめたままの

あなたの静脈は

縺れをとかれる、

 

あなたがまだそうであるものが、

ななめに身をおこす。

あなたは高度を

得る。

(パウル・ツェラン「迫る光」28-29p、飯吉光夫訳、思潮社、1984年)



FREIGEGEBEN auch dieser

(解放された)(~もまた)(この)

Start.

(≪英語の≫出発)


Bugradgesang mit

(船首 車輪 歌) (~と一緒に)

Corona.

(≪英語の≫光冠)


Das Dämmerruder spricht an,

(薄明  舵)(話す)

deine wach-

(あなたの)(目覚めている)

gerissene Vene

(引き裂かれた)(静脈)

knotet sich aus,

(ほどく)


was du noch bist,legt sich schräg.

(何か)(あなたが未だ居る),(斜めに横たわっている)

du gewinnst

(あなたが獲得する)

Höhe.

(高さ)

(Paul Celan,Lichitzwang,17p,Shurkamp Verlag,1971)


 冒頭のfreigegeben(〈奴隷などを〉自由の身にする、解放する;〈捕虜を〉釈放する、の過去分詞形)から想起されるのは、収容所からの解放のありさまであり、それを出航に喩えていると読んだ。全体に光輝に満ちており、だからこそlegt sich schräg.を「ななめに身をおこす。」と訳す必要があったのだと思う。身を起こすと観たのは、ツェランの希求に訳者が寄り添った結果であろう。

 この出立は、収容所内で亡くなった死者達のものだ、と思う。そのようにツェランは書いたのではないか。なぜなら、生き残った者は解放に際して、このような光は持ち得ない筈だ。只ひたすらの放心があるばかりではないか。息をしている、周囲の広がりをただ見ている、それが精一杯ではないか。声も出ない、涙も出ない。涙は二度と出ないかもしれぬ。


3.

芸術論の出来をアウシュビッツの林檎が隔つ

                     櫻井天上火


 掲句においては「芸術論」に対峙して「アウシュビッツ」と置いている。だが、ユダヤ人ではなく日本人である者は「広島」「長崎」「シベリア抑留」の語は使い得ても、「アウシュビッツ」の語は使い得るだろうか。つまり、掲句で用いられる「アウシュビッツ」は正確には「アウシュビッツ的なるもの」であり、実際のアウシュビッツでもビルケナウでもない。

 だから、この「アウシュビッツ」を他のあらゆる惨劇に、更に、無数の個人的なアウシュビッツに言い換えても良いのだろうか。実に乱暴な言い方になるが、例えばネグレクトに言い換えても良いのか。なぜなら幼児にとっては、ネグレクトは極私的なアウシュビッツだ。

 ネグレクトと言えば、私が知る身近な例では真っ先に関悦史が浮かぶ。彼はなぜ書き続けるのか。心がネグレクトのトラウマから生きのびる為だろう。

 関悦史がその第一句集の中でツェランについて詠った句を思い出す。ツェランが最期、セーヌ川に入水した事を踏まえた句だ。


流れゆくツェランの靴の黒ゆたけし    関悦史


 「ゆたけし」が皮肉である。その黒が寂しいとか悔しいとか悲しいとか惨いとか言ってしまえば、そこで詩は終わりだ、というよりは、「ゆたけし」と肯定しなければ生きてゆけない関悦史の心情、それは痩せ我慢と言ってしまうにはあまりに切実だ。


多くの死苦の引掻傷(エクリチュール)のある夏天      関悦史


 「引掻傷」に「エクリチュール」とルビをつけたのが関悦史の内省のあり方と観た。このエクリチュールを、社会的な「書き言葉」と個人の「文体」の間にあるもの、「個人の内面と外界の現実との軋轢の結果であるもの」、更に「その軋轢から生じる生きざま、そして運命に対する姿勢」と解釈する時、掲句の「引掻傷」とは、国家でも政府でも社会でもない一個人、歴史の繰り返す悲惨さに対して徹底的に無力でしかない一個人が、その希求を天に刻もうとする痕跡か。

 エクリチュールである引掻傷を特定するフレーズは、「多くの死苦の」だ。自らの経験から生じる惻隠の情を以て、他者の多くの死苦に思いを馳せる。(そうしてこそ、経験は初めて真の経験となろう。)それら他者の死苦が、僅かに引掻傷としてでも、天に残れ、と希む作者である。夏天は容赦なく炎えているから、引掻傷は忽ち燃え尽きるだろう事も、作者は経験から了解している。自らの怨念を、文学によって凝視し、曝し、夏天の濾過を受け入れる覚悟、と掲句を読む。

 怨念を直視する処から、地獄がその引力はそのままに内実は光と化す奇蹟が、いや、必ずあるとは言えない、奇蹟とは殆ど無いものだから。だが、怨念を他者に向けず、代わりにエクリチュールを以て、怨念それ自体を夏天の光と化すための、言い換えれば、怨念が高度(Höhe)を得るための苦闘。

 サバイバーは、時に自己乖離し、時に自嘲し、時に自傷し、時に自らの心さえも自分とは関わりない物のように物象化しなければ、生きてゆけない。あらゆる希死念慮に抗して、何が何でも生き残る事。

 アウシュビッツとネグレクトを同等に論ずるのは、アウシュビッツをあまりに矮小化していると思うだろうか。もしもそう思うのならば、逆に、ネグレクトをあまりにも矮小化しているのだ。魂の危機という点において、それは同等である。詩人が寄り添うべきは最大公約数的な悲劇にではない。あくまでも、独りの個人的な悲劇であり、ツェランの詩を読んで先ず思いを馳せるのは、アウシュビッツという外界の膨大な悲劇ではなく、その中から生き残って来たツェランという一個人の内面の絶望である。そこに先ず寄り添わねば、どれだけアウシュビッツ批判をしたところで、それは政治家あるいは社会活動家の最大公約数的な批判だ。

 (独りの死にゆく者の目の光、その光が徐々に失われてゆくその過程を、反芻する記憶の中で凝視し続け、時間を捲き戻そうといつまでも試みる事、それが生き残った者の僅かに書き得る誠実さであるならば。)

 (死にゆく者が抱く、いつか自分たちの神が復讐を遂げてくれるという希み、そしてその死後の怨念を、ナチスが如何に無化しようとしたか。収容所における、死者を物として徹底的に再利用しようとする冒瀆は、ナチスが死者達の怨念から全力で目を逸らそうとした結果ではないか。だが、死者の怨念を無化する事など、どれほど発達した科学力にも出来はしない。)

 そして詩人であるならば、用心し忌避すべきは、最大公約数的な見方ではないか。なぜなら、それは「個人を、一つの群に括って糾弾する事」へと直ぐに繋がるから、ヒトラーの例を挙げれば、民族浄化というおぞましさへと直結するからだ。だからこそ、ツェランの詩は極めて個人的であり、いかなる政治性からも能う限り遠く離れている。ツェランの詩に悉く「題」というものがない理由も、そこにあるのではないか。


「超弩級の軍艦が溺死者の(ひたい)にふれて砕け散らない限り、正義について語っても無駄である。」(ツェラン『逆光(1949)』、「パウル・ツェラン詩論集」26p、飯吉光夫訳、静地社、1986年)


 ツェランの此の言葉を、私は何十年も考えている。詩が、(それがサバイバーの書くものであればあるほど)、正義について語れない理由であり、糾弾者の資格を持ち得た筈のツェランが、糾弾の代わりに詩を選んだ理由でもあろう。

 正直に言おう。アドルノの「アウシュビッツのあとで詩を書くことは野蛮である」、この言葉について解説したものをどれだけ読んでも、私はアドルノの意味するところが分からない。アドルノは「アウシュヴィッツ以降、文化はすべてごみ屑となった」とも言っている。「詩を書くこと」「文化はすべて」、この最大公約数的な言い切り方は、煽動的な演出であるとさえ感じる。

 アウシュビッツ以降ドイツ語で詩を書き続けたツェランの前で、アドルノは此の言葉を言い得るのか。慣れ親しんだ言語で、それがナチスの用いた言語であっても、その言語を用いて詩を書き続けること以外に生き残る術がないツェランの前で、「詩作が野蛮だ」と言い得るのだろうか。「文化の発達が、虐殺に関わる効率と表裏一体になっている」という言訳は、「詩作が野蛮である」と断罪する理由にはならない。アドルノの乱暴とも思える言い切りに、どうしてもある種の傲慢さを、そして言訳と取り繕いを嗅いでしまう。

 だが、アドルノの此の言葉は、どうやら一人歩きしてしまった感が否めないとも思う。アドルノはもっと大雑把な意味で言っただけなのかもしれない。アドルノの言う「詩」は、現在われわれが認識するような意味ではなく、もっと安穏なるもの、その極北さえも戦前のシュルレアリストのそれであるようなものを指していたのかもしれない。アドルノの言葉に対して好意的に解釈すればそうなる。

 だが、現在我々が、いや、我々などという誤魔化しの連帯を思わせる人称はもういい。サバイバーである私が認識する詩は、もっと切迫した、映像でも音楽でも舞台でも表現できない事、直ぐに散り散りに破れてしまう言葉を、何とか形ある一行に固めて、白紙の中にでも紛れてしまう一滴の叫びを、掬い上げようと試みるもの。

 置き棄てられた物体としての己、例えば飢えと寒さの美しい雪の上で果てしなく撲られている最中、脳裏のレコードに針を落とせば、忽ち心は田園交響曲と化して月夜の高みを漂い、遥か地上の惨めな無抵抗な少年の肉体、もはや物体に等しいそれを冷酷に計測しつつ、音楽が果てればその肉塊に否応なく戻される時を密かに怯えて、だがその肉体自身もいずれ暴力を潜在させ、如何なる正義も理想も画餅としか認識しなくなる。従って如何なる糾弾にも興味が持てなくなる。なぜなら胸底に真に望むのは正義でも理想でも糾弾でもない、直截な復讐であり、その復讐の血泥への希求を如何に滅ぼし切るか、それがサバイバーの日々の課題だからだ。

 だが、単に生きのびる為だけではない、光を得る為、孤独の只中でいつか、死者の救済の為には不可欠な高度を得る為に、地上の復讐を諦め切るまで先延ばし続け解析し解体し続ける事、「復讐するは天にあり」の戒めを、日々、心の皮膚に刃物で、ケロイドと化すまで刻み続ける事、それは即ち地上における己が実体を失くす事であり、死者と、そして神との対話を続ける事でもある。神はともかく、死者達が対話のために昼夜集まって来る、その重量に耐え続ける日々。

 地上に生きのびた者が、地上の幸福を、心のどこかで絶えず思い切る、その矛盾を神に対して曝す事こそが詩であると、仮に詩をそういう暴露、自らの血と内臓と骨すなわち、地獄にある筈の無い光、を曝す事であると定義したなら、詩作とは野蛮の領域など遙かに超えて自らの「暴力の核」との、削られゆく鎬の火花だ。

 確かに、詩作とは野蛮などという言葉では生ぬるい。今日をそして明日を生き残り続けようとする衝動、林檎としての原罪意識、その交合から生じる詩作は。

 (関悦史が私の句について評した言葉を思い出す。曰く、「御霊信仰だ」。私は一寸笑った。関悦史の評言が身も蓋も無く或る的を突いたから、思わず自嘲したのだ。だが、御霊信仰のもう一歩先に行きたい、と本当はいつも願っている。御霊が祟り神ではなく、誠の正神にまで高まってゆく、その過程を目撃し続けたい。)


神でないものが祈りを聞きにけり   櫻井天上火


 この句は神というものに対する絶望というよりは、祈りという行為に対する絶望であろう。その気持ちはわかる。だが、それでも私は毎日祈っている。なぜなら、私はまだ(概念ではなく実在としての)光を、如実には知らない。そして知りたいと思わぬ日は無いからだ。


 この句の対極にあるのが

天使は斥力を凝視するひたすらのくれなゐ  櫻井天上火

であり、この句については週刊俳句5月28日号に於いて既に書いたので、もう書かない。


 この二つの句の間に有るのが、

昇らないその七をどこに隠すのか  櫻井天上火

であろう。

 「すべてを常に七と三とのめでたい数で所有していた高貴な一族が、その紋章である星の光芒の十六の数に負けて、遂に亡び去った遠い昔の遺跡」(リルケ「マルテの手記」252p、岩波文庫、望月市恵訳)の七、ド・ボオの一族の七である。


7は今ひらくか波の糸つらなる   鴇田智哉

 かつて鴇田智哉の「凧と円柱」を論じた時に、私は次のように書いた。


 《「7」、即ち聖性が「今」、即ち、過去でも未来でもない一点の状態で「ひらく」、つまり溶け広がり、啓示される。同時に、「波の糸つらなる」という認識が顕われる。全ては「波動でもあり粒子のつながった状態である糸でもあるもの」が連なっている、と認識されている。ここに作者が可能な限り正しく世界を認識しようとした一つの結果を見出すのだ。》


 この句を得た時、鴇田は或る神性を垣間見たのだ、と今では思う。

 鴇田の句と天上火の句とで明らかに違うのは、算用数字か漢字かという事だ。漢字の七ならば、欧米における7ではない。日本の七、少なくとも漢字圏における七だ。

 仮に七を聖性の七だとすれば、「昇らない七」とは、未だ錬成されていない状態の七ではないかと思う。天上火においては、己が裡なる聖性は、純化した顕現を未だ起こさない、と感じているのだろう。そして「どこに隠すのか」と、七の居場所を定めあぐねている。

 (日本には「七代祟る」や「七人みさき」などの不吉な七がある一方で、「七倶胝仏母」「過去七仏」「無財の七施」等の究極の聖性の言葉がある。)

 七は六とは違い、不安定でありながらも強い数であるから、矛盾を含むのではあるまいか。聖性と魔性、恵みと呪い、そういう表裏一体のもの、対極にあるものが表裏一体であるのは、一神教ではなく多神教である東洋の特徴だろう。


 私は冒頭の掲句をすっかリ置き去りにしてしまっただろうか。


芸術論の出来をアウシュビッツの林檎が隔つ


 この林檎が出来不出来を隔て選択する、という意味ではあるまい。一方に出来不出来を云々される芸術論がある。もう一方に芸術論など考える余地が無い切迫した詩がある。その間を隔てるのが「アウシュビッツの林檎」と解釈する。罪の果実、智慧の果実、アウシュビッツにおいては切迫した餓えと、ナチスが無辜の民たちへ不当に刻印した罪と関わるもの、だが林檎自体はどんな煽動も糾弾もしない。

》週刊俳句 Haiku Weekly: 竹岡一郎 天上火という始点 櫻井天上火を読む(23/5/28)