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2022年4月8日金曜日

英国Haiku便り[in Japan](29) 小野裕三


 

コンセプチュアル・ポエトリー

 「(この詩集は)遊びと楽しみとしての言語に、嬉々として捧げられている。いつの日かそれは、haikuよりも人気のある、詩のモダンな形式を生み出すだろう」

 最近僕が出合った印象的な英語の詩集を、ある批評家はそう紹介していた。イギリス在住の詩人ナサー・フセインのその詩集『空の書き物』(写真は抜粋)には、ある仕掛けがある。世界中のすべての空港は、三文字のアルファベットで簡易的に表された「空港コード」を持つ。例えば、東京の羽田空港ならhanedaから三文字を取り出して「HND」となる。そしてこの詩集は、世界中の空港コードのみを使って詩を書いた実験的な一冊なのだ。例えば、たった一行のこんな詩がある。

 PET ALS ONA WET BLA ACK BOW

 まるで暗号のようだが、つなげて見ると、意味のある文が浮かび上がる。

 Petals on a wet bla(a)ck bow. 黒い濡れた枝に花びら (bowとboughは同音)

 それは、以前の回でも紹介したエズラ・パウンドの英語のhaikuを意識した詩と思える。あるいは、「イスラム嫌い」と題された詩では、「USA」の文字(空港コードだが「米国」の意味にも)が羅列された後、こんな一行が挿入される。

 MAK EAM ERI CAG REA TAG AIN

 ここには、トランプ大統領の唱えたこのスローガンが浮かび上がる。

 Make America great again. アメリカを再び偉大に

 BBCラジオの番組では、この詩集は「コンセプチュアル・ポエトリー」という潮流の一環として紹介された。美術の世界で二十世紀に一般化した「コンセプチュアル・アート」の考え方を詩や文章の世界にも適用したもので、それゆえにどこか詩とアートの中間的な雰囲気も持ち、作品としての言葉の意味自体よりもその言葉が生み出されたプロセスや視点・思考が重視される。二十世紀にも既に類似の試みは散見されたが、そんな呼称が現れたのは今世紀のようだ。

 この運動も含め、西洋詩では今世紀に入って〝二十一世紀の前衛詩〟を作ろうとする潮流が現れた。例えば、スパムメールの表題を並べ変えたりGoogleででたらめに言葉を検索したりした結果から詩を作る。逆説的に「反創造的執筆(uncreative writing)」とも呼ばれるそんな手法の根底には、インターネットが言葉を取り巻く環境を変え、さらには言葉の質自体を変えたという洞察がある。

 そんな中で、前述の詩集への評文がhaikuをライバルのように名指ししたのは、haikuが西洋詩においてしばしば前衛詩の文脈で語られてきた歴史を踏まえたものか。ともあれ、西洋で再び現れた前衛詩への活気は、羨ましくもある。

(『海原』2021年11月号より転載)

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