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2020年6月12日金曜日

【読み切り】「輝ける日々の橋本喜夫俳句」(句集『潛伏期』より) 豊里友行

 帯文の俳句と中原道夫先生の読み解きにハッとする。

まだ融けぬ二人使(ふたりづかひ)の唇の雪

 二人使(ふたりづかひ)とは、何だろう。
 広辞苑によると第六版によると「死亡の通知にゆく人。二人が一組になって行く。」とある。
 私は、この言葉から共に生きている二人の唇を、連想して誤読していた。
 二人の掛け合いは、この唇から生まれる。
 その会話の言葉の一語一語は、シャボン玉みたいにキラキラと儚くも美しく宇宙(そら)を輝かす。
 だがこの俳句の上五には、「まだ融けぬ」があり、そして最後の「唇の雪」で、ふっと現実に引き戻される。
 唇に焦点を当てたクローズアップ手法。
 この句の世界は、死を告げるための二人の使者の唇の雪が、まだ融けずに刻々と未来の死へと歩んでいく。

やや寒し橋本喜夫妻由美子

 二人の会話(掛け合い)は、いうなれば花。
 花やかに風と戯れ、月や太陽の光を一身に浴びている二人の人生の惜別の使者がひたひたと忍び寄るようだ。
 降り注ぐ雪は、まばゆく世界を真っ白な未知の地球(ほし)の白いページへ誘う。
 宮沢賢治の妹への惜別の詩「永訣の朝」が、静寂に二人の会話を永遠にとどめたのを思い出す。
 体からしだいに熱と光を奪うはずの雪は、静かにめぐりめぐる日々の回想の翼を剥ぎ取り、読み手を白いページに佇ませる。

問診は相聞に似て百千鳥

 愛するってなんだろうっ。
 万葉集の相聞。
 相聞(そうもん)とは、互いに安否を問って消息を通じ合うという意味の言葉。
雑歌・挽歌とともに『万葉集』の三大部立を構成する要素の1つ。
 橋本喜夫さんの医師としての気遣い。
 俳句にもその真摯な姿勢が、終始、垣間見れる。

 共鳴句の中にも日々の日常が日記のように綴られている。
 観察眼が詩的表現の言葉に磨きをかけて光る。

天眼をとり落としたる雪達磨
さみしくて死ぬことのあり白兎
寒蜆かすかに動きたる銀河
青蜥蜴緑(アク)柱石(アマリン)の中に死す
美しき日本でありしころの羽子
ふらここの月夜に弦を垂らしけり
新聞に巻かれ新巻鮭しづか
放置自転車春光を放つなり
寒昴燈さねば家なきごとし


 あとがきで橋本さんの言葉が感謝しきれない感謝を綴る。

「今回第二句集を纏めるにあたり、自分の句を俯瞰的に読むと、なんでこんなに暗くて深刻な俳句が多いのだろうとすこし呆れてしまいます。ただ、この期間になんとか正常な精神状態で仕事をこなし、生きて来られたのも、俳句が生身の私の身代わりになって、慟哭してくれたお陰かもしれないと思うようになりました。そういう意味では俳句という文芸、そして俳句を通じて知り合った友人たちには、感謝しても感謝しきれません。」

 句集『潛伏期』の妻への橋本喜夫俳句は、まだ心の中でも融けずに二人の唇の雪があるのかもしれない。

春暁や運河のやうに眠るひと
海明や妻の口歌(くつうた)みな挽歌
着ぶくれて喪主はあたふたするものか
去年今年燃費の悪いひととゐる
病む妻に泪拭かるる明易し
食べられぬ妻に新米すすめたる
葱を切る女をけふの神とする


 新型コロナウイルスの感染拡大防止のため私も冬籠りをするようにウイルス籠り(ステイ・ホーム)の日々を過ごしてみて日々を丁寧に生きたいと思えた。
 句集『潛伏期』(橋本喜夫)の愛に触れて、この橋本喜夫俳句に忍び寄る死は、誰もが抱えている心の奥底に潜む二人の使者なのかもしれない。
 やはり1人者の私には、愛とは何なのか答えが解けないでいる。
 俳句のというか人生の先輩は、真摯に人生に向き合い、愛に向き合い、死に向き合う。
私には、二人使の句を誤読してしまうくらいに死は漠然としたものだった。
 誕生も死も私たちの出会う人間交差点で大切な人生の財産になる道程にある。
 人生は、いつも何かの潛伏期なのだろうか。
 それが死というものへの結末だとしても人類は、愛という果実を成しながらめぐりめぐる生きていく道を歩み続ける。
 この句集に流れている死への不安を乗り越えていくための道程は、やはり橋本喜夫俳句という生きざまだ。
 喜びも悲しみも共に生きてきた橋本喜夫さんの愛は、出逢うならば惜別までも俳句の果実と成す。
 橋本喜夫俳句に出会えて良かった。
 花のある俳句だけでなく落花の余韻まできちんと詠める愛は、輝ける日々が宿し、悩み苦しみ、そして喜びを噛み締めて成長してきた人間にしか見えない世界なのかもしれない。
 共鳴句をいただきます。

薔薇匂ふいつも何かの潛伏期
母泣かすことのたやすき花御堂
彗星の尾にゐるごとく涼むなり
菜虫とりNASAの研究費をけずる
かまいたち綺麗に縫って泣かれけり
春暁やいつか遺品となる眼鏡
告知して下さいますか春の月
父の日や代はりに犬が叱られる
春の夜の折鶴胸に置き飛ばず
こころとは顔のなきもの心太
藤椅子やどこへも行かぬことも旅
湯冷めして何やらレトルトの気分
口を出て毬歌われのものならず
リラ匂ふなかを黒衣の列すすむ
わが死後を廻りつづける扇風機
嫌われてしまへば無敵なるカンナ
螢烏賊ほどの肉欲ありにけり
手花火のこんな近くにゐてはるか
深雪晴こんなしづかに列車混む
人間に生き腐れある春炬燵
白酒やひとりの声を肴とす




2 件のコメント:

  1. 豊田さん
    こんばんは、
    良い作品をご紹介くださり、ありがとうございます。大関博美

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  2. 読んでくださり、ありがとう。

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