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2020年5月15日金曜日

英国Haiku便り(10) 小野裕三


俳句でコンセプチュアル・アートを作る

 僕が今いるのは芸術大学なので、しばしば学内での美術展がある。いろんな人が「あなたも俳句を出して参加しなよ」と誘ってくれるので、参加してみることにした。とは言え、単なる俳句の展示では芸がない。そこで、俳句を使ってコンセプチュアル・アートを作ろうと考えた。それであれば、作品に内在する考え方をアートとして捉えてもらえるので、高度や絵や彫刻ができない僕にも制作可能だからだ。
 最初に作った作品では、グーグルの自動翻訳機能を活用した。それを使って、芭蕉の古池の句を英語に翻訳し、そこから英語以外のさまざまな言語にリレー式に翻訳していく。いくつかの外国語を経て、また英語に翻訳しなおす。その最終形は原句とは似つかぬものとなり、しかも違う順番でリレーするとそれぞれに違う翻訳結果となった。ダダイズムの自動筆記にも似たこの過程自体がどこか詩的でもあり、一方でデジタル技術に依存する未来社会への警鐘にもなると思えた。
 第二作目は、「奥の細道」を辿って俳句を作るのが趣旨。ただし、イギリスにいてそれを実現するため、パソコン画面上のグーグルストリートビューで芭蕉の道を辿った。東京の千住を出発し、三週間に渡り十数時間をかけてパソコン上での旅を続けた。途上で日光を訪れ、街道沿いの杉並木の雰囲気を味わい、寺社の境内でバーチャルな参拝もできた。そこから福島県に入り、芭蕉のルートを少し外れて、福島原発の跡へと向かった。芭蕉の時代と比較することで原発事故を抱える現代の時代を照らし出す、というメッセージ性を意図したものだ。近隣の地域に近づくと、海へと向かう道はみな閉鎖されていたが、なぜか、ストリートビューではその閉鎖フェンスを越えて先に進めた。さらに進んで原発が近づくと、バーチャルな旅にも関わらず緊張して心臓が高鳴った。だが、そのストリートビューもさすがに原発目前の地点で続行不能となり、「デジタル版・奥の細道」はそこで中断となった。だが、簡単には立ち入れない地域をパソコン画面上で歩き回って俳句を作る(つまり吟行?)ことができたのは特異な体験だった。この旅を簡潔な文章にまとめ、途上で作った俳句とともに英文のボードにして展示した(写真)。
 幸い一作目も二作目も、少なからぬ人に「印象的だ」と言ってもらえたので、現代アートの作品の構成要素のひとつとして俳句を組み込むことは可能性のある方法論なのではと感じた。俳句の持つ歴史性、世界的な知名度、短文ゆえの情報濃度や微かに漂う神秘性、などの要素は現代アートから見ても魅力的なはずだからだ。
(『海原』2019年11月号より転載)

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