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2018年5月11日金曜日

【新連載・西村麒麟特集2】麒麟第2句集『鴨』を読みたい7 水熱く――西村麒麟『鴨』の一句/堀下翔

 澄江堂芥川龍之介、明治二五年東京市に生まれ、関東大震災を挟んで昭和二年にみずから毒を含んで死するまでの僅々三五年間に、専ら短編小説をものし、また我鬼を自称してしばしば発句を吐いた。

 わたしの座右には澄江堂の第三の短編小説集である『傀儡師』(大正八年、皇都新潮社開雕)の復刻版がある。ただし、いまこうして「短編小説集」と書いてしまったのは迂闊なことである。近代日本文学で短編小説という領域を先導したのはほかならぬ澄江堂であって、ましてやそれを一冊の本にするに際して、発表年月日に随わず、作品の趣向に沿って配列するなどという配慮にいたっては、そうした配慮の存在自体、ながらく発見されずにいたことにすぎず、いったいこの一冊のすごみを往時の読者はいかようにして看取していたのか、思うだにただ立ち尽くすのである。

 『傀儡師』には「枯野抄」(大正七年九月)という作品が収められている。芭蕉臨終に立ち会った弟子たちの内面を描いた名品で、漱石の葬儀を模したともいう。古典を題材にすることの多かったこの作家のこと、ご多分に漏れず「枯野抄」も、芭蕉終焉のありさまを門弟どもの手記によって再現したという文暁の「花屋日記」に想を得ている。「枯野抄」の執筆時期に相前後して「花屋日記」は偽書であるとささやかれるようになり、かつ澄江堂は偽書と確信していたとも考えられているが、それはささいな問題である。「花屋日記」には記述のない立会人たちの席次にあっても、いざ筆をふるうや、木節以下、治郎兵衛、其角、去来、支考、丈草、乙州、惟然坊、正秀、之道と手際よく、そして意味深長に座敷に並べてしまうさまには、陶然たるものがある。

 彼が「花屋日記」という珍しい典籍に関心を持ったのは当然、自身が東洋城の「渋柿」や虚子の「ホトトギス」に句を投じた俳人であったからだろう。〈鉄條に似て蝶の舌暑さかな〉という我鬼の句が「ホトトギス」(大正七年八月号)に載ったあと、当時、主観尊重の旗手として虚子に称揚されていた蛇笏はこれを評して「無名の俳人によつて力作さるる逸品」としたそうだが――むろん、蛇笏は我鬼の正体など知っていたのである――、件の句がのちに〈蝶の舌ゼンマイに似る暑さかな〉という名句に改作されるという事情を差し引いても、蝶の舌なるものと発条との繊細な相似をこともあろうに「暑さ」という大味な季題にべっとりと取り合わせる手腕には、この無名の俳人の感覚の鋭さを思わざるを得ない。

 なんにせよ、澄江堂の名前を聞けば、わたしはすなわち才気煥発といったたぐいの言葉を想起することになる。

 芥川龍之介忌か水熱く 西村麒麟

 『鴨』(平成二九年、文學の森)収載のこの句とは、初出の句会で出合って、心中アッと叫びながら特選に取った。

 澄江堂の忌日である七月二四日、その頃の水が熱いのだという。そしてまさにその水の熱気に、この句の主体は、今日が秀才澄江堂の命日であったことを実感し、あるいは思い出したのだ。この「か」は詠嘆の終助詞の「か」。

 そのへんの甕や盥に汲んであった水が夏の太陽に晒されて熱を帯びている。これを俳句ではふつう「日向水」というが、作者とてもちろんこの言葉を知らなかったわけではあるまじく、しいて言うならば「日向水」を芥川龍之介忌の熱い水と言い換えているということになる。いくら忌日季語は季節感が薄いから季重なりにしていい、したほうがいいと世の人が言うとはいえ(もっとも、わたしはこのような考え方をいっさい信じていないのだが)、〈芥川龍之介忌か日向水〉では、「か」を挟んで名詞が二つ並んだだけで平坦だから、ちょっとさまにならない。それに、「日向水」というと、あたたかく、またぬくいといった印象になるだろうが、掲句は熱いというのだから、まったく同じというわけでもない。ふつふつと沸かんとするかのごとき気配さえ一抹ある。何気なく手を差し入れてみたら瞬間その熱にやられて驚いている景を想像する。あたかも、聡明で神経質そうな澄江堂がいざ筆を執るや鋭い才をたばしらせ、周囲の人々がそれに遇して唖然とする様子を思わせるではないか。熱い水がフックとなって一句の主体が芥川龍之介の命日を連想したのと同時に、メタ的には、水と主体との関係が澄江堂と周囲との関係と二重写しになって読者の目には映る。

 俳句は象徴詩であるという、言い出しっぺが誰なのかはいまひとつ判然としないながらも、根強く、そして正鵠を射た言説があるが、掲句などはその言に随うといっそう読み甲斐が出てくる代物なのである。

 ついでにいえば、澄江堂の忌日は、河童忌とか我鬼忌と称され、特に俳句の世界では彼の俳人としての功績を重んじて我鬼忌と詠むことが多いようだが、西村は優雅に「芥川龍之介忌」と詠んだ。長々しい言葉が意表を突くという狙いもあるのかもしれないが、なにより、この句の核は「水熱く」という五音に尽きているという判断があるのだろう。河童忌や我鬼忌と詠めばどんな水だったか描き出す余裕もあるが、澄江堂の姿をしのぶには「水熱く」で充分だと考えたのである。そしてここには「俳句はこれくらいでいいんだよ」という西村の傍白も潜んでいそうだ。

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