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2016年10月28日金曜日

【抜粋】「俳句通信WEP」94号(10月刊) 中村草田男の現代性・社会性  その2 / 筑紫磐井


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「第二芸術」への対応

桑原武夫の第二芸術論に対する対応は大きく二つあったと思う。山本健吉「挨拶と滑稽」に代表される俳句の固有性に逃げ込もうとする伝統的な考え方と、第二芸術論をある程度肯定し(そう表明したかどうかは別とし)、俳句は文学であり、従って現代を詠むべきであるとした考え方である。まさにその後の社会性俳句は後者の路線であるが、実は草田男も現代的・社会的であるという意味で第二芸術論の影響を深く――強くではない、もっと沈潜して自己の内部から生まれてくるという意味で「深く」である――受けたのである。草田男にとって俳句が芸術でないなどということはあり得なかったからである(これに対し、第二芸術論迂回派の山本健吉や石田波郷は俳句さえ残れば芸術である必要はなかった)。その意味で、社会性俳句作家たちと草田男は、その初期にあって蜜月を保ち得たのである。

それでは、草田男の社会性は、社会性俳句作家たちの社会性にどう影響を与えていたのだろうか。それぞれの論評を簡単に紹介しよう。


①沢木欣一「草田男の場合」

表題どおり、俳句における社会性・近代性の論証について草田男の句集『銀河依然』および跋文を上げる。特にその中で草田男の社会性俳句がかつての難解性を解消させていることを指摘している。

②能村登四郎「俳句の非社会性」

社会性の問題をまず『銀河依然』跋文を長々と引いてはじめ、具体的な作品を、草田男、加藤楸邨、中島斌雄、石田波郷、秋元不死男の作品を上げ丁寧に解説する。この特集の中で草田男に最も忠実に従っていると言えるかも知れない。

③原子公平「狭い視野の中から」

 社会性俳句の議論の見取り図を示した上で、草田男の作品と『銀河依然』跋文を肯定しつつ、草田男そして楸邨を論じ、香西照雄と金子兜太の論争を紹介する。

⑤細谷源二「俳句の社会性の吟味」

社会性の必要性を指摘しつつ、社会相を詠んだ無名の俳句と草田男の俳句を比較しながら、社会主義リアリズムも草田男の社会的批判的憤懣も成功し得ず、俳句の骨格のままに社会性を活かして行く豊富と認識が必要であると述べる。

社会性俳句は「俳句」昭和二八年十一月「「俳句と社会性」の吟味」の後、大きな関心も持たれず過ぎてしまった。これが再評価されるのは金沢から発行されている沢木欣一が編集をする同人誌「風」のアンケート(昭和二九年十一月)であるというのが通説になっている。「風」に属する戦後派の二四人の同人の回答がその後社会性俳句論争を主導していったとされるのである。特に沢木欣一の「社会性のある俳句とは社会主義的イデオロギーを持った俳句」、金子兜太「社会性は作者の態度の問題」という回答が余りにも有名であり、その後、社会性俳句は戦後派作家たちの論争として展開して行く。だから、草田男の出番は次第に少なくなって行く。

しかし、忘れてならないのは同じ時期に「俳句」昭和二九年十一月が行った特集「揺れる日本」で戦後俳句二千句を項目別に分けて紹介した特集であった。「風」の論争が一部の論争に終っていたのに対し、「揺れる日本」はあらゆる世代、あらゆる傾向をまとめた選集なっている。玉石混淆から批判もされたが、現代から見るとこれに匹敵するデータベースは存在しない、ファクトに基づいた歴史研究の重視の中で極めて重要な資料となっている。そしてこのデータ集の中で、草田男の有名無名の作品が掲載されているのである。


【インフレ】

高値の靴かにかく買へり祭笛 万緑 22・1 

【終戦】

戦争終わりただ雷鳴の日なりけり 『来し方行方』20 

カーキ色の世は過ぎにけり夏の蝶 俳句研究 21・9 

【朝鮮動乱―戦火】

戦雲よそに妄執夏雲の句を作る 俳句研究 26・1 

【平和】

いくさよあるな麦生に金貨天降るとも 『銀河依然』 

【冷戦―二つの世界】

蝶々の横行コールド・ウォーアの中 『銀河依然』24 

【原爆展――原爆図】

毛糸編む気力なし「原爆展見た」とのみ 『銀河依然』 27 

【浮浪児】

浮浪児昼寝す「なんでもいいやい知らねえやい」『銀河依然』

【雑炊】

共に雑炊喰するキリスト生れよかし 『来し方行方』21 

【パン】

冬の仏像麺麭は一と日の生物にて 俳句 27・6 

【飢餓】

永き日の飢ゑさへも生いくさすな 『銀河依然』 

【焦土】

人も夏荒れたる都八雲立つ 俳句研究 21・9 

【焼跡】

焼跡に遺る三和土や手毬つく 『来し方行方』20 

【焦都】

荒都遠しここ秋雲の母郷たり 『来し方行方』 22 

【戦後】

ラグビーのせめぐ遠影ただ戦後 『来し方行方』22 

あたりは案山子こけても泣かぬ戦後の子 俳句研究 26・1 


作品の善悪については評価しない。まさにその時代にあって社会性俳句たりえていたかどうかを知ることができればいいと考えたからである。社会性俳句以上でも、社会性俳句以下でもないものをここには見ることができる。矢張り、草田男は社会性俳句の先頭を切っていたのである。だから草田男にとって俳句は「生活」であり「人生」「いのち」であり、「思想的」であり「社会的」であり「現代的」なのであった。草田男なかりせば、社会性俳句が勇気づけられることもなかったのである。


※詳しくは「俳句通信WEP」94号(10月刊)をお読み下さい。









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