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2015年6月26日金曜日

【追悼】澤田和弥を悼む~多面性と屈折感 /竹内宗一郎



句会場に少し遅れて到着した主宰が「澤田和弥君が亡くなったよ」と口に出したとき、耳を疑った。筆者以外も皆そうであったようで、一瞬はっと無言のまま互いに目を合わせた後、全員の視線が宙を泳ぎ、次の瞬間、会場は真っ白になった。

ちょうどその日その直前に、「最近、和弥の投句がないね」「和弥の句がないと物足りないね」「どうしているかね」などと話をしていたところだったのだ。

 澤田和弥は、平成18年に天為に入会、平成22年に同人となり25年には、新人賞を受賞した。筆者が彼と初めて会ったのは、彼が入会した翌年の平成19年5月に開催された天為200号記念式典だったと思う。そう昔のことではない。脚の具合が悪く車椅子を利用している有馬ひろこ副主宰のその車椅子を押している、人の良さそうな青年が彼だった。髪を短くして、童顔でぽっちゃりとした感じ、それでいててきぱきと動く好青年の印象が残っている。ぺこっと頭を下げ「どうも浜松の澤田和弥です」と挨拶された。

 昨年1月には、彼から吟行の誘いがあって出かけた。場所は茅ヶ崎。彼と交友関係のあるメンバーで構成された句会で、超結社の豪華なメンバーが集まった。

事前にどんな人が集まるのかメールで問い合わせたところ「宗一郎さんの好きな女子大生、独身女性、若妻も各々数名ずつ来ます」と返信があって苦笑した。もちろんその句座の中心は彼だ。彼は、結社にとどまらず極めて顔が広く、その幅広い交友関係の中で、いつも中心的な存在だった。
 また、同じく昨年の8月に、武州御岳山で開催された天為の鍛錬句会にも彼は元気に参加していて、よく話をした。筆者は運営側のスタッフとして参加したが、彼はスタッフでもないのに書類のコピーなど一緒に手伝ってくれた。明るいキャラクターの彼だが、会場の御師の宿の二階から覗くと雨の中、玄関の前で寂しそうな表情で空を見ている彼に気が付いて、おやっと思ったことがあった。

澤田和弥作品 第一句集「革命前夜」(平成二十五年邑書林)より

このなかにちりめんじやこの孤児がをり 
プール嫌ひ先生嫌ひみんな嫌ひ

 これらの句には、彼の感受性、それもどちらかと言えば鬱屈感が垣間見える。後でみる屈折に繋がる思いだ。

時の日や寿司屋一代限りとす
この句は師の有馬朗人が「家業を継がないことへのコンプレックス」と書いている。彼の実家はお寿司屋さんである。

味噌汁の味噌沈みゆく余寒かな 
号泣の親の肩抱く卒業子 
冷麦のあとの単なる氷水
おおらかな詠みっぷりだが、実によく見ている、鋭い目を持った写生句だ。皆の目にも入っているのに見ていないところをズバッと切り取る。

咲かぬといふ手もあつただらうに遅桜 
蟷螂の鎌振り上げて何も切らず
これらの句からは、擬人化の中にユーモアが感じられる。でも真面目な視座だ。

松茸をマッシュルームと呼ぶカナダ 
長き夜の店主べろべろにて閉店
このあたりは、あっけらかんとしたユーモアあふれる句。

風船を割る次を割る次を割る 
羽蟻潰すかたち失ひても潰す
これは、どうだろう。相当な屈折感である。筆者が特に着目したのはこの屈折感である。

 師である有馬朗人は、「革命前夜」という句集名を「青年らしい大きな意欲がこめられている」と書いた。一方で、出版当初、評者からは、内容がタイトルに負けているのではないかというような指摘があったことを思い出す。筆者自身、その指摘は当たっている部分もあると思っていた。それは、自分自身の思いをねじ込む野心的な作品はある一方で、配慮を欠かすことのできない彼の心優しく繊細な面が全体を覆っているからであり、また、失敗を恐れぬ実験句が結局成功しなかったような句も混在しているからなのだ。しかし、一貫性よりも多面性こそが彼の句の特徴であり、また最大の魅力なのである。

 人間と言うのは多かれ少なかれ様々な面を持ち合わせている、多面的な存在である。その中で彼の多面性は異彩を放っていた。それは、鋭いまなざしを一つの面に持ち、ユーモアが別の面を構成し、また感受性豊かな心が別の面を見せ、優しさと他人への配慮がまた別の面を見せる。加えて、内部の屈折感がダイヤモンドのようにそれら多面を輝かせているのだ。

内部の屈折率が高いほど、その輝きは増すことになる。彼は、その兆しが顕著な原石だった。そういえばダイヤモンドの石言葉は、「永遠の絆・純潔・不屈」。澤田和弥は「革命前夜」のあとがきの中で「僕はもっと強くなりたい。十七音の詩型の中で、僕は僕であることを、そして今、ここに生きていることを表現していきたい。僕の句は僕自身にとって、常に奇跡でありたい」と書いた。

この「革命前夜」が上梓された時、筆者は、「親一匹蝌蚪万匹の反抗期」「風船を割る次を割る次を割る」「プール嫌ひ先生嫌ひみんな嫌ひ」「冷麦のあとの単なる氷水」などなど、とっても変で好きな句が沢山あります。誰にも似てない魅力的な和弥句をもっと読みたい…というようなことを葉書にしたためた。彼から直ぐに返事があり、「これからも宗一郎様を驚かせ続けるよう精進いたしたく」とあった。

そうなんだ、誰にも似ていない和弥俳句でこれからも驚かせ続けて欲しかったんだよ。こんなに急に亡くなってしまうなんてことで驚かせて欲しくはなかった。

もうあの無邪気な笑顔も時折見せた寂しそうな表情も、屈折多面奔放な作品も見ることはできない。どうにも無念。寂しすぎるぞ。


【執筆者紹介】


  • 竹内宗一郎(たけうち・そういちろう)
「天為」同人 「街」同人・編集長

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