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2015年3月6日金曜日

上田五千石の句【窓】/しなだしん



開けたてのならぬ北窓ひらきけり  五千石


第二句集『森林』所収。昭和五十年作。

著書『上田五千石』(※1)の冒頭に収録された、村上護氏との対談「わが俳句を語る」の中で、以下のように述べている。

(『田園』で俳人協会賞受賞のあとの)大スランプのころ、静岡県の富士市にいました。身延線に乗るとすぐ山の中に入れるので、甲州の山地をずっと歩きました。(中略)あるとき、峠を越えると蚕を飼っている二階家がありまして、上の北窓をベリベリと剥がしているところにぶつかったんです。そのときサッと句ができちゃった。そのまんま、拾ったんです。 
初めて物を見たまんまが言葉になった」んです。何か会得するものがありました。 
(中略)第二句集『森林』では、「森林は私自身である」なんてキザなことを書いているんですが、やっと自分の俳句に自信を持ち得ました。

また、著書『俳句に大事な五つのこと 五千石俳句入門』の第一章「俳句こそ青春」の中でもこの句を挙げ、「物の見えたるひかり、いまだ心にきえざる中にいひとむべし」(『三冊子』)などという芭蕉の言葉が、観念でなく、実体験として私が納得したのは、このときでした。

と記しており、この句が五千石のひとつの転機であったことが分かる。

     ◆

これらの掲出句に関する記述に、ほぼ同時に扱われる句に、

竹の声晶々と寒明くるべし 上田五千石
がある。この句について、著書『上田五千石』の対談で、掲出の「北窓」の句を得たあと、
さらに、もう少し歩いていくと竹藪があって、サァーッと竹がなるわけです。「ああ。明日は節分かな」と思った瞬間、句になりました。即座にできたんです。身体を使って、足を使って、頭が空になっているんですね。そうすると物が向うから入ってくる。それで非常に大きな自信をつけました。
と語っており、掲出の「北窓」の句も、「竹の声」も実は節分の前日のほぼ同時作であったことが分かる。

ちなみに、この二句は『森林』の収録では、季の順通り、「竹の声」が先で、「北窓」が後に調整されている。また先に触れた『俳句に大事な五つのこと』の中でも、句集同様「竹の声」、「北窓」の順に触れられている。

なお、著書『上田五千石』の村上護氏との対談「わが俳句を語る」は、「平成四年七月十三日、東京世田谷の自宅にて」と記されている。一方『俳句に大事な五つのこと』改訂前の『上田五千石 生きることをうたう』(日本放送出版協会)の刊行は平成二年五月で、対談の方が後年である。

この二句を得た場面を昨日のことのように語っているのは、よほど嬉しい出来事であり、その後何度もこの時の事を語っているからだろう。

        ◆

さて、掲出句についてである。「開けたて」は開けたり閉めたりすること、あけしめ(開け閉て)。「開け閉てならぬ」は文章として成り立つが、「開けたてのならぬ」と「の」を入れるのは正しい用法と云えるだろうか。五七五のリズムに収めるための俳句独特の表現と云うことになろうか。

一方、意味の側面では、開け閉め可能な窓だが、建付けが悪いなどの理由でそれが出来にくい窓ということだろうか。蚕農家の二階の窓は引き戸だろうか、それとも観音開きの扉だろうか。実は分かったようで分からない。

「北窓開く」の逆は冬の「北窓塞ぐ」。歳時記には「窓を板で塞いだり目ばりをしたりする」とある。先の五千石自身の解説に「北窓をベリベリと剥がしているところ」とあるから、窓を塞いだ板を剥がしているということだろう。板で塞がれた内には引き戸か扉があるのだろう。その窓が開け閉てならない窓であるのかを、五千石は知り得たのだろうか。

        ◆

こういう単純な俳句があることを知らないで、抒情詩まがい、思想詩まがいのものを俳句としていたのが、はっきり誤りであったことがわかったのは、私にとってなによりでありました。

著書『俳句に大事な五つのこと 五千石俳句入門』のこの句についての記述はこのように結ばれている。この句は、五千石自身が云うように率直ではある。だが、単純な、もしくは正しい写生句とは言い切れないようにも思える。



※1) 『上田五千石 自選三百句』俳句文庫 / 平成五年四月二十五日 春陽堂書店刊

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