【俳句新空間参加の皆様への告知】

【ピックアップ】

2013年4月12日金曜日

文体の変化【テーマ:「揺れる日本」より⑤~基地~】/筑紫磐井

【アメリカ兵】
萩の花アメリカ兵に落ちこぼれ 浜 21・1 小林あきゑ
米兵と我れ無表情猫の恋 曲水 28・5 宮下塔山
梅雨の舗道に米兵降ろす人力車 俳句 28・9 吉田潔
米兵とはなれて彼女初詣 ホトトギス 24・4 宮本公彦
【異国語】

雛深き日焼異国語迸る 風 29・8 浅野長江
【内灘】

明日より試射場馬鈴薯の花蝶舞へり 俳句 28・8 西東三鬼
熱砂上異国旗給水塔に萎え 俳句 29・2 沢木欣一
乳飲子に弾道唸る合歓の丘 俳句 29・2 沢木欣一
星条旗巻きつく暑さ安息日 俳句 29・6 柏禎
青野へだて内灘はただ光る砂丘 浜 29・7 大野林火
※昭和27年から32年まで、朝鮮戦争におけるアメリカ軍の砲弾試験のため内灘砂丘に試射場が設置されたことにより、反対運動が展開された。我が国の基地反対闘争の最初にして代表的なものである。多くの俳句作家が内灘をテーマとした俳句を詠んでいる。むしろ「揺れる日本」の方が少ないぐらいである。補足として加えておく。

《補足》

東西南北星の流るる夜なりけり 高浜虚子
白蓮白シャツ彼我ひるがえり内灘へ 古沢太穂
ヤロビの土地をまもれ内灘と決議いま 栗林一石路
鉄板路隙間夏草天に噴き  沢木欣一
座り込む筵はみ出て合歓に乳児
硝煙と熱砂の匂い裸身搏つ
裸身より涙と汗と砂に沁み
異国旗の下異国めく合歓咲けり 能村登四郎
しづかなる怒りの海よ砂も灼く
ありありと戦車幾台日覆かけ
基地以後の嬰児か汗に泣きのけぞり
   漁夫の大半は基地の職員として働く
柵中に汗の黄裸の俘虜めける
【M・P】

夏野にテントM・P女を追ひて問ふ 寒雷29・8 井上宗雄 
※MPとは英語のMilitary policeの略称で、軍隊内部の秩序維持と交通整理を任務とする。『軍警察(ぐんけいさつ)』とも呼ばれる。日本では憲兵(けんぺい)と呼ぶ。

【かまぼこ宿舎】

水鳥を言ふはかまぼこ宿舎の婢 俳句研究 22・8 幡谷東吾
※米国が持ち込んだ、断面が半円形の細長いかまぼこ型の兵舎。

【艦砲】

艦砲や家に一匹冬越す蟻 俳句苑 27・9 秋元不死男
【基地】
赤とんぼ流るる後よ軍事基地 道標 26・7 小倉ます代 
髪洗ふ少女や射程距離内に 俳句 27・6 宮武寒々 
放課後の酸素片手に基地の子ら 寒雷 28・7 原子順 
拡がる基地へ南風の青麦ひたに押す 浜 28・7 石渡飛龍子 
基地一千さあ唐辛子赤くなるぞ 俳句 28・9 加藤楸邨 
壁に巨大な蟷螂の影基地ひろがる 俳句 28・9 加藤楸邨 
基地の夜や白息ごもりにものいうも 俳句 28・10 古沢太穂 
羽蟻たつ基地盛んなりいくさあるな 曲水 29・4 佐藤文六 
基地の灯の向ふ岸にも雪降り積る 石楠 29・4 長谷春潮 
赤ん坊の片言基地の芽木黒し 青玄 29・8 蛯名啄花
※戦前の陸軍及び海軍施設は占領軍に接収され、基地となった。現在専用基地数は83件であるが、昭和27年は2824件、29年は728件であったという。加藤楸邨の「基地一千」は決して過大ではなかった。

【グラマン】

秋の湖翔ぶグラマンと航き違ふ 石楠 28・1 丸山夢外
※米国航空機メーカーグラマン社の開発した代表的シリーズ戦闘機。戦中は海軍で採用されたF6F(ヘルキャット)により日本軍を苦しめ、戦後は初のジェット戦闘機F9F(パンサー)が朝鮮戦争に投入され活躍した。ちなみに、グラマンは代表的な戦闘機メーカーであったが、後にノースロップに吸収合併される。このほか、爆撃機の部門ではボーイング社があり、爆撃機B29(愛称スーパーフォートレス(超空の要塞))で有名、ダグラス(輸送機Cー54で有名)を吸収して世界最大の航空機会社として現在も存続。

【軍艦】

船のなかゆく軍艦西日うけつけず 浜 26・1 菊池龍三 
軍艦見つふかく座したる車窓に呟く 浜 29・2 下田稔 
軍艦を眼で汚し麦の鎌振れり 季節 29・8 長谷岳

【軍隊】

秋海棠こぼれ軍隊移動せり 浜 28・12 西川秋蘿
【軍用車】

夜の白地軍用車つづく埃浴ぶ 浜 25・9 潮速見 
軍用車水打つ少女の頭上過ぐ 浜 28・9 樽砂洞
【軍用路】

砲積む貨車と雁行雪の東京去る 浜 29・5 塚原世史朗
【黒人兵】

夏雲や黒人兵出目勝ちに 曲水 23・9 斎田栖渓
黒人兵一倭婦を抱きクリスマス 太陽系 28・1 伊丹三樹彦
【ジープ】

枯園にジープ点となり現れうごけり 浜 21・2 榎本青猪 
臍出してジープ見てゐる基地の子よ 風 28・11 北市都黄男 
ジープ避くるとき烏瓜踏みつぶす 鼎 青池秀二
※クライスラー社の四輪駆動車で軍用に開発された。

【ジェット機】
冬空をバリバリ剥がしジェット機消ゆ 石楠 26・3 小谷野秀樹 
ジェット機がキューンと低し仰臥の天 青玄 28・10 日野草城 
ジェット機が屠蘇を酌む手にひびきけり 俳句 29・5 藤江涼星 
ジェット機の音去り木の芽よろし 俳句 29・7 芥川冬麦 
ジェット機の影なく過ぎぬ水馬 俳句29・9 近藤馬込子
※グラマンF9F(パンサー)などの戦闘機が投入された。

【G・H・Q】

G・H・Qの正午春愁の旗を垂れ 暖流 24・8 田中小春日
※連合国軍最高司令官総司令部のことであり、G・H・Qは総司令部(General Headquarters)の頭字。9月2日に締結された降伏文書の中では、日本政府は連合国最高司令官の指示に従うこととされ、諸命令が発出された。

【陣地】

高射砲陣地新雪の丘に子ら指すは 道標 28・7 古沢太穂
【進駐軍】

米兵しきりに覗く練炭の赤き穴 石楠 23・5 栗原県々子 
進駐兵によろめかされて暮るる春 曲水 24・7 斎田栖渓 
女と米兵尾のある蛙草へ草へ 浜 28・8 戸川朝人
※一般的には、自国以外の国に駐屯している軍のことだが、日本においては、第二次世界大戦後の連合国軍を指す

【潜水艦】

潜水艦湾内にあり夏蜜柑 浜 28・6 川島彷徨子
【占領地】

植民地風景の中睡蓮はときいろに 石楠 25・9 石原沙人
※他国の領土を軍が占有することで、政府を認めず直接国民を統治する方式と、政府を認めて占領軍の監督下に置く場合がある。日本は後者。戦争の終結と主権の回復のためのサンフランシスコ条約が昭和26年9月に調印、27年4月に発効した。沖縄小笠原諸島についてはアメリカ統治の継続が認められ、また調印当日日米安全保障条約も調印され、アメリカ軍の駐留継続を認めた。

【占領兵舎】

白椿占領兵舎へ花背向く 万緑 29・7 香西照雄
【戦車】

コスモスのおののくひびき戦車過ぐ 道標 27 上村塔波 
戦車陸続過ぎて枯野は死の色に 氷原帯 28・10 黒川俊子 
月に駛る貨車のタンクをふと数える 道標 27・1 茂木辰次 
祭暑し戦車のおもちゃ子が欲りぬ 季節 29・8 町原木◆?
【弾丸】

炎天の果うつ弾丸か祖国打つ 浜 28・9 宮津昭彦
【トレラー】

トレーラーもて錨を運ぶ不信の日 俳句苑 27・9 鈴木六林男
※運転席と荷台が分離できる構造の貨物自動車で、前者をトラクター、後者をトレーラーと呼ぶ。

【爆音】

春の闇日本防空軍飛ぶ音 俳句 27・6 日野草城 
咲いて散る桜しんとしづまり爆音に散らすよ 俳句 27・7 橋本夢道 
爆音がびりびりと蝌蚪真黒し 俳句苑 27・9 秋元不死男  
爆音が来て野の虹をきり落す 俳句 27・11 寺山修司 
爆音多しはや五六匹蝿湧き初む 寒雷 29・6 青池秀二
【バズーカ】

蝦夷はまた雪バズーカかつぐ二世なり 寒雷 27・11 秋山牧車
※携帯式の対戦車ロケット弾の発射器のこと。
【兵舎】

額に汗坂に来て横浜と兵舎見る 道標 29・8 太田まもる
【飛行機】

梅雨雲のすれすれ飛機の相次げり 石楠 26・9 岩倉玉兎
【ヘリコプター】

空と花ヘリコプター光捲きて撒きて 寒雷 28・6 和知喜八 
  
梅雨夕焼ヘリコプター仰ぐ少女らよ 寒雷 28・8 青池秀二
 
人を無視の蜻蛉の空をヘリコプター 俳句 28・10 北山河

※第二次世界大戦でドイツで開発され、後に米軍が配備し朝鮮戦争で活用した。

【フリゲート】

フリゲート艦見し車窓春雨横なぐり 浜 28・6 納漠の夢
※船団護衛を目的とした駆逐艦より小型・低速の艦。

【ブルドーザー】

ブルドーザーが来る葱坊主おののけり 石楠 29・6 夏目操
【砲音】

砲射音おののき耐えし昼顔か 馬酔木 29・10 能村登四郎 
砲音に馴れ明易き雨の合歓 風 29・8 林徹子
【砲車】

砲車が行く秋風の誰も顔黙す 石楠 28・10/11 三ヶ尻湘風
【機銃音】

凍る地へ松の空より機銃音 浜 28・4 小熊五郎
【防潜網】

神父白服防潜網の沖睨む 浜 28・10 堀田政弘
※潜水艦の侵入を防ぐため海中に張る鋼製の網。

【メイド】
基地の蝉先づメイドの頭を焦がす 麦 28・10 赤座串
【レーカー】

重貨車(レーカー)過ぐ口を噤みて薄暑の子 寒雷 27・7 岸田稚魚
【レーダー】

レーダに富士があらはれ冬の雨 ホトトギス 27・3 青山千童
この章は戦争や政治経済、社会に比べると素材主義的な俳句が多いようである。素材に思想性がなく、風俗化したり題詠化しているものが多いため社会性というには躊躇されるものがある。例外は、【内灘】や【基地】などのテーマであるが、これはこの章に入れるよりは、「戦争」や「社会」の中に再分類した方が問題意識が先鋭化したと思われる。「社会性俳句」と「戦後風景俳句」の違いはこのあたりから次第に分化して行く。特に第6章以下の、衣食住、年中行事、人事、風俗流行あたりは「戦後風景」と言うにふさわしく、こういう俳句は素材さえ変化があるものの現代俳句でもしばしば詠まれているものである。

第2に、主題と素材の違いはこれを編纂した編集者の恣意によることが多い。例えば、【砲音】に挙げられている次の句、

砲射音おののき耐えし昼顔か 馬酔木 29・10 能村登四郎
これはむしろ【内灘】に分類されるべきであった(『合掌部落』参照)が、表面的に「砲射音」からのみ分類されるとこのように切迫感の伝わらない写生俳句のように見えてしまうことがある。注意が必要である。


0 件のコメント:

コメントを投稿