【俳句新空間参加の皆様への告知】

【ピックアップ】

2026年1月16日金曜日

【新連載】名俳句鑑賞へのラブレター 2『伊丹三樹彦の百句 解説と鑑賞』(伊丹啓子&青群同人、2021年刊、ビレッジプレス)を再読する。 豊里友行

 元祖・写俳の伊丹三樹彦俳句と伊丹啓子&青群同人の解説と鑑賞を秋の夜長に堪能する。

 せっかくなので私も俳句鑑賞にて俳句をいくつかピックアップした。

 伊丹啓子&青群同人の解説と鑑賞は、伊丹三樹彦俳句をより深めてくれている。

 カバー写真の故・岩崎勇氏も伊丹三樹彦俳句とマッチしていて素晴らしい。

 独自の分かち書きも俳句界で異彩を放つ。


  あとがきによると「俳人であり、私の父である伊丹三樹彦は二〇十九(令和元)年九月二十一日に永眠した。満九十九歳七ヶ月の大往生だった」(伊丹啓子)とある。

俳句や写真をささえにされていたのを私の句集・写真集献本の返礼の葉書を読んで溢れるほど感じとれた。

 俳句の眼と写真の眼は、釈迦の開眼のごとくの感さえ覚えていた。


なお生きて 生き抜く朝の 蟬声浴

生き残り生き残りして 絵双六

死ぬまでの句作 尺取虫歩む

句作以て しぶとく生きねば 紙風船

命果つまでの日々詠む 白木槿

朝日 夕日 浴びて この世にまだ生きて

 生きる力は、意思の強靭さ。

 生きることと死ぬことの表裏のどれも俳句に支えられていたようだ。

 どの俳句にもそのしなやかで逞しい意志が溢れている。


椰子割って 汁吸う 実剥ぐ 喝采浴ぶ

 海外詠ならではの鮮やかな映像を俳句から喚起させる。

 Lee凪子解説によると写俳集『隣人 ASIAN』所収。シンガポール詠。「現代俳句に一生を捧げた亡き父にエールを送りたい。」


抱けば子が首に手を纏く枯野中

 矢野夏子解説によると「昭和二十八年作、『人中』所収。掲句のモデルは三歳の頃の私である。」とある。首に手を纏く。その素晴らしい描写力で植物の命が枯れた野原のなかに子の生命力を鮮やかに感受させている。


秒針のふるえまざまざ 妻 往生

 鈴木啓船解説によると「青群」第三十五号「慟哭哀句」より。「私のような末端の弟子に対してさえ、結婚の折や妻や母との死別の際には、心に染み入る俳句作品を贈って下さったのだから、生涯に書いたこの種の作品の数は推して知るべしである。」

いただきに立つ俳人たちの惜別の句の多さにも注目すべきだと感じた。


白足袋の裏も無垢にて 花見の歩

 兼田京子解説によると「三樹彦先生が私をモデルに詠んで下さった思い出の一句です。その時先生は吟行する着物姿の私の後姿も撮影されていて、その写真と小色紙に記した掲句を写俳作品にしてプレゼントして下さったのでした。」とある。

 白足袋の裏まで詠める俳人の心遣いに感服した。

 生涯、俳人であること。私は、この俳人の、その覚悟にたじろがされる。

 これら伊丹三樹彦の百句に添えられた思いは、大切な出会いの財産でもある。

 いろんな思い出を添えて下さる俳句仲間や御遺族の方々にとってかけがえのない財産。

 天まで届いているんでしょうね。


共鳴句をいただきます。


長き夜の楽器かたまりゐて鳴らず

樹懶ぶらりとひとりものの前

ピカソの胸毛消えて梅雨蒸す地下シネマ

古仏より噴き出す千手 遠くでテロ

好日の 虻溺れきる 枇杷の花

風が沁むから抱き合う 波止場の突端で

折からチャイム はらら はららと 麦蒔く指

筆圧を強める 文通の友への今

一碧の天を戴き 彼岸花

杭打って 一存在の谺 呼ぶ