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2024年6月14日金曜日

【急告】鷹羽狩行氏逝去!

5月27日、俳人協会名誉会長の鷹羽狩行氏が逝去されました(93歳)。

謹んで哀悼の意を表します。


(略歴)1930年10月5日 、山形県出身。本名・髙橋行雄。山口誓子と秋元不死男に師事。第1句集「誕生」で俳人協会賞、その後芸術選奨文部大臣新人賞、毎日芸術賞、蛇笏賞、詩歌文学館賞、日本藝術院賞等を受賞。毎日俳壇選者、日本芸術院会員。2002年、俳人協会の会長に就任、17年に俳人協会名誉会長に。18年には「狩」を終刊し、19年に「香雨」の名誉主宰に就任した。


【作風・評価】三省堂『現代俳句大辞典』(筑紫磐井執筆)より(Wikipediaに引用さる)

《作風》社会性俳句の過ぎ去った後の建設的な時代にふさわしい俳人として狩行は登場した。だから、生命力、外光性、自己肯定、ユーモアとウイット等の賛辞が呈せられているように、伝統派ながら占い俳句臭を脱ぎ去った、いかにも戦後俳句らしい世代の代表として期待を受けたのである。この本質は70歳を越えても変わらない。

《評価・研究史》『誕生』に寄せられた山口誓子の序文で「心が優遊し、言葉もそれに伴って優遊してゐる」と的確に述べられているように、狩行俳句の積極性・明解で安定した情緒性への評価は一貫して変わらない。これに対し、理知的側面から見た評価、詩的操作や技法は、ややもすると狩行俳句を機知俳句ととらえようとする方向に向かう。この結果は、狩行には思想がないという主張(古舘曹人「自律の遍歴―鷹羽狩行鑑賞」/平井照敏「鷹羽狩行―幻想派の明と暗部」等)に至ることとなる。しかし近年、狩行のこうした衣現技法にこそ新しい思想性への道筋がみられるという主張(高橋悦郎「狩行俳句の象徴性―句またがりの意味」/片山由美子「鷹羽狩行の軌跡―その作家論を追って」/筑紫磐井「〈狩行の思想〉を読む―言葉の彼方に」等)が強まっている。

《代表句鑑賞》

みちのくの星入り氷柱われに呉れよ(『誕生』)   

◆狩行の若々しさを象徴する句。のちの狩行の設計されたような句に比べると未熟のようにみえるが、むしろそれだけ青存性を訴えている。篠原鳳作の〈しんしんと肺碧きまで海のたび〉が無季だからこそ強く訴えるように。青春には欠落が必要だ。【氷柱・冬】


摩天楼より新緑がパセリほど (『遠岸』)

◆狩行初期俳句の代衣作。ニューヨークの摩天楼からの眺望として見ればまことに的確だが、さらに「摩天楼の中の新緑」と「西料理皿の中のパセリ」が対比されて、狩行独自の構成的な技法がよくうかがえる。【新緑・夏】


一対か一対一か枯野人(『平遠』)

◆「一対」と「一対一」は似た言葉であるが、味方対敵者のようにそのベクトルが向かい合っている。ここにはただイメージだけではなく、物の考え方まで俳句の対象としている狩行独自の方向性がみえる。【枯野・冬】


若き日と同じ明るさ麦の秋 (『第九』)

◆五〇代後半を迎えた作者にとって「若き日と同じ明るさ」ということ自身がものがなしい。余りの明るさにかえって浮かび上がる作者の微妙な気分、それが心理的な対比からき彫りとなる.【麦の秋・夏】


天と地と昼夜のあはひ牡丹焚く(『十二紅』)

◆同句集では《人の世に花を絶やさず返り花》が作者にも読者にも評価が高いが、むしろこの句を挙げたい。人・地・昼・夜という時空の交錯は、狩行俳句を一層深め縹緲たる世界に導く。【牡丹焚く・冬】

《参考文献》角川書店編・『鷹羽狩行の世界』(2003・8/角川書店)は119人の狩行論167編を収める画期的な狩行研究の必見資料。


●最新の鷹羽狩行論

筑紫磐井『戦後俳句の探求』(2015年ウエップ刊)

   ――兜太・龍太・狩行の彼方へ

「鷹羽狩行論・・・狩行の思想」 を収録