【俳句新空間参加の皆様への告知】

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2022年12月23日金曜日

第195号

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救仁郷由美子追悼②  筑紫磐井 》読む

髙鸞石の鏡像を探る試み  竹岡一郎 》読む

■令和俳句帖(毎金曜日更新) 》読む

令和四年夏興帖
第一(9/30)早瀬恵子・辻村麻乃・大井恒行・仙田洋子
第二(10/7)池田澄子・加藤知子・杉山久子・坂間恒子・田中葉月
第三(10/14)ふけとしこ・なつはづき・小林かんな・神谷 波
第四(10/21)小沢麻結・小野裕三・曾根 毅・岸本尚毅
第五(10/28)瀬戸優理子・浅沼 璞・関根誠子
第六(11/25)鷲津誠次・木村オサム・青木百舌鳥・望月士郎・浜脇不如帰
第七(12/2)林雅樹・花尻万博・水岩 瞳・眞矢ひろみ・竹岡一郎
第八(12/9)渡邉美保・前北かおる・下坂速穂・岬光世
第九(12/16)依光正樹・依光陽子・佐藤りえ
第十(12/23)筑紫磐井


令和四年秋興帖
第一(12/23)浅沼璞・のどか・関根誠子

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■ 第30回皐月句会(10月)[速報] 》読む

■大井恒行の日々彼是 随時更新中! 》読む

俳句新空間第16号 発行 》お求めは実業公報社まで 

■連載

【抜粋】〈俳句四季11月号〉俳壇観測239 原爆俳句三題 ――被爆直後の俳句の諸相

筑紫磐井 》読む

【連載通信】ほたる通信 Ⅲ(29) ふけとしこ 》読む

北川美美俳句全集28 》読む

英国Haiku便り[in Japan](34) 小野裕三 》読む

澤田和弥論集成(第16回) 》読む

句集歌集逍遙 ブックデザインから読み解く今日の歌集/佐藤りえ 》読む

中村猛虎第一句集『紅の挽歌』を読みたい インデックス
25 紅の蒙古斑/岡本 功 》読む

篠崎央子第一句集『火の貌』を読みたい インデックス
17 央子と魚/寺澤 始 》読む

中西夕紀第四句集『くれなゐ』を読みたい インデックス
18 恋心、あるいは執着について/堀切克洋 》読む

渡邊美保第一句集『櫛買ひに』を読みたい インデックス
7 『櫛買ひに』のこと/牛原秀治 》読む

なつはづき第一句集『ぴったりの箱』を読みたい インデックス
18 『ぴったりの箱』論/夏目るんり 》読む

ふけとしこ第5句集『眠たい羊』を読みたい インデックス
11 『眠たい羊』の笑い/小西昭夫 》読む

加藤知子第三句集『たかざれき』を読みたい
2 鑑賞 句集『たかざれき』/藤田踏青 》読む

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11 鑑賞 眞矢ひろみ句集『箱庭の夜』/池谷洋美 》読む

『永劫の縄梯子』出発点としての零(3)俳句の無限連続 救仁郷由美子 》読む





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寒極光・虜囚の詠~シベリア抑留体験者の俳句を読む~㉜ のどか 》読む

およそ日刊俳句新空間 》読む
…(今までの執筆者)竹岡一郎・青山茂根・今泉礼奈・佐藤りえ・依光陽子・黒岩徳将・仮屋賢一・北川美美・大塚凱・宮﨑莉々香・柳本々々・渡邉美保 …
12月の執筆者(渡邉美保)

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…(主な執筆者)小野裕三・もてきまり・大塚凱・網野月を・前北かおる・東影喜子




筑紫磐井著『女帝たちの万葉集』(角川学芸出版)

新元号「令和」の典拠となった『萬葉集』。その成立に貢献した斉明・持統・元明・元正の4人の女帝、「春山の〈萬〉花の艶と秋山の千〈葉〉の彩を競へ」の天智天皇の詔を受けた額田王等の秘話を満載する、俳人初めての万葉集研究。平成22年刊/2,190円。お求めの際は、筆者までご連絡ください。 

【抜粋】〈俳句四季12月号〉俳壇観測239 原爆俳句三題 ――被爆直後の俳句の諸相  筑紫磐井

 句集『広島』

 上記句集が突然この夏手元に届いた。この句集は、原爆投下後10年目に当たる昭和30年8月6日、句集広島刊行会(近藤書店販売取り扱い)によって刊行されたものであり、広く公募され、670名1万句以上のの作品から545名1521句を選んだものだという。序文は広島大学学長森戸辰雄が書いたが、余りこの句集のことは知られていない。

 今回長い時間を経て手許に入った理由は、編集委員の遺族が最近500冊近くを見つけ、現代俳句協会関係者や関係団体に配布することとしたという経緯による。

 句集刊行が、社会性俳句の時期と重なるから、著名な俳人も投稿している。金子兜太も出ているが、「彎曲し火傷し爆心地のマラソン」の句が入っていないのはこれが長崎の句だからで、かわりに「原爆のまち停電の林檎つかむ」はある。三鬼には有名な「広島や卵食ふ時口ひらく」がある。佐藤鬼房には「戦あるかと幼な言葉の息白し」鈴木六林男には「鳥雲に死者の歌声かもしれず」もある。

 ただ驚いたのは高柳重信の『罪囚植民地』にある有名な

杭のごとく

たちならび

打ちこまれ

を見つけたことだ。『罪囚植民地』にある多くの句が『広島』に結びつけられている。こんな解釈をしている論者はいなかったように思う。果たして誰がこの句を原爆の句と理解できたであろうか。ここに新しい重信論がはじまるかもしれない。忘れられた句集には忘れられた真理があるかも知れないのだ。


「揺れる日本」

(中略)


『原爆の証言』

 原爆に因む不思議な話を続けて掲げておく。玉藻35年8月号に載っている話である。

 広島の増本美奈子と言う女性は広島で被災し、父母たちを亡くしている。戦後虚子を訪問した時、虚子に被爆の俳句を提出し、虚子は作品に基づき顛末の文書を書いている。震災や戦争など時事や社会的事件を俳句に詠むことは否定的だった虚子だが、この女弟子には勧めてみたのだった。文章は成りこれを転載する予定であったらしいが、結局誰も引き取りに現われず、原稿はそのままとなり、虚子の死後立子が顛末を含めて玉藻に掲載した。

 虚子によれば美奈子は海外から来た婚約者に会うのを心待ちにしており、結婚寸前であったという。美奈子が何故現われなかったのか、その後どうなったか。ミステリアスなまま文章は終わっている。

 その中で美奈子の俳句として、


眼窩潰えし裸列なしうめき来る

裸みな剥けるし膚垂れ襤褸のごと

肉塊の足もて西日中を来る


等のなまなましい句21句が並んでいる。この中に、被爆した父の句もある。


洞暑くはだへ爛れし父に会ふ

くちびるの血膿よけつつ瓜食ます

血膿乾き死体にへばりつく油団


 肉親であってもここまで描く鬼のような眼には少し引いてしまう。

 その中で不思議な句がある。


汗の手を握り死体の腕切らんと

片蔭に抱き来し掌焼くべく跼む

かの日わが切りし御掌埋む墓洗ふ


 自分の死んだ父親の手を切るというのはどんな状況なのか。よくわからない。非常の時には非常の事態が存在するようだ。

(この出典は、大久保武雄(橙青)『原爆の証言』による。)

髙鸞石の鏡像を探る試み   竹岡 一郎

 1 予知


 髙鸞石の連作「時空糞」に、非常に特異な句がある。

(この論における引用句は全て、髙鸞石・作)

コンビニで殴られ奈良の狙撃を懐かしむ   「時空糞五」              

 自分はコンビニで殴られ、そして過去に在った奈良の狙撃を追憶している。「懐かしむ」とあるから、その事件を妙な親しみを込めて思っている。社会的な大事件と、自らの個人的には重要な事件が同時期に起こった場合、こういう懐かしさが往々にして生じるものだ。コンビニとは、作者にとっては或る種の悪を孕んだ処だと、以前、

コンビニの世紀コンビニで母殺され     「灰燼乃地」

において論じた事がある。母なる者、母を思わせる細々とした手作り全てを葬り去るコンビニ、日常の物は全て揃う、便利な、お手軽な、量産の利く場所、現代の均一な生活を象徴するような場所、という意味で解釈したと思う。

 そのコンビニで殴られるという事は、作者自体はコンビニにとって異質な者、コンビニに相応しくない者、更には「コンビニの枠外の世界から来た者」という自覚さえあるのではないか。その殴打という屈辱に際して、懐かしく思い起こされる記憶が、「奈良の狙撃」であるというのだ。

 地名が冠せられる狙撃は、ダラスにおけるケネディ狙撃などを思い起こすまでもなく、重要な事件だ。一国を揺るがすような事件かもしれない。その重大な事件が、作者のような一市民が殴打された事と等質に語られるという不思議さ。

 いや、作者の人生における殴打事件の割合と、国の歴史における一狙撃事件の割合を比較するなら、等価ということになるのかもしれない。国にとっての一狙撃事件くらい、作者の人生にとって一殴打事件が影響を落としたという事か。その比較の仕方が、何とも鳥瞰的だと思う。

 だが、地名が動くのではないか。ここは京でも滋賀でも良い気がする。例えば新選組がらみの数々の血腥い事件等を思い起こせば、京の方が狙撃事件には相応しいのではないか。

 奈良は水原秋桜子の好きだった土地だ。白っぽい土の、少し寂びれた感があり、名刹や文化遺産が今も林立する、のんびりと奥ゆかしい観光地といったイメージで、狙撃という、世を震撼させる事件には凡そ相応しくない。

 地名は季語と同じくらい大事なもので、地名を入れるなら季語は不要という説があったと記憶している。だから「地名が動く」とは、「季語が動く」と同じで、句にとっては未だ練れていないに等しい。そういう理由で、句としては中々面白いが、取り上げるほどではないか、と看過していた。

 以上、掲句が、髙鸞石のブログ「悪霊研究」に発表された令和四年三月二十一日以後、おおかた四月くらいの感想だ。

 ところが、事態は一変する。安倍元首相が七月八日、奈良市の近鉄大和西大寺駅前で狙撃され、死亡した。「奈良の狙撃」である。ここに至り、この地名は動かざるものと化す。しかも「懐かしむ」。この句においては、作者は七月八日以降の何処かの時点にコンビニで殴られ、懐かしんでいる。そして、どんなに遅くとも、三月二十一日の時点で、安倍氏狙撃及びその後のコンビニ殴打事件を見ている事になる。

 「狙撃」そして「奈良」、この二つが句中にある事は、予知と言っても良い。俳句でこういう例は、寡聞にして他に知らない。これが七月八日以降に発表された句なら、時事句に良くある「後出しジャンケン」の句だ。

 だが、この句は、いわば「先出しジャンケン」で、しかもジャンケンに勝ってしまった句だ。三月二十一日の段階で、安倍氏の遊説日程が決まっていた筈はない。

 この句は一種の「有(う)の通力」の具現なのだろうか。昔風に言えば「妹の力」、今風に言えば「シャーマン」か。作者の作句傾向から見れば、こういう異能も、霊的なものが当たり前に肯定されるような世界も、作者自身は否定したいかも知れない。だが、現実に書いてしまった。そのことを、自らの深みからの「教示」と受け取る事も出来るのではないか。

 もう一つ言えるのは、作者が普段から日本の国の有様に対して強い関心を抱いている事だ。関心が無ければ、この種の出来事に関して予知は出来ない。ブログで発表する連作に、毎回、「日本人が日本人を滅ぼす時代に、われわれは何を発信できるのか。」と記されている事からも、その関心は明らかだ。

 その関心が如何なる立場からのものなのか。唯物論、無神論の立場か、それとも霊的な世界を肯定する立場か。それによって、自ずから観る領域は変わってくる。

 注意すべきは、その予知の異能を期待するのではなく、その依って立つ処の、業そのものを見つめる事だ。私自身の体験から、また親しく見聞きしてきた例から言えば、この種の異能は殆どの場合、血脈によって相続される。そういう血脈には善きにつけ悪しきにつけ、往々にして(神に関わる)強いモノが深く沈んでいる。

 その強さ深さを嚙み締めつつ、血脈の全体を鳥瞰しようと試みる事、自らの魂という樹を、その根の深くに至るまで見通してゆく、絶えざる努力が必要となろう。本人が意識して観照を試みるより他ない。

 そこから新たな句が開拓されるかもしれぬ。空中の観測点と言っても良いか。その観測点から見る風景は、この世の地上に縛られて観る景とは、別の様相を呈するだろう。


2 蛇または臍帯または根


 髙鸞石の連作、「東京虞輪」から次に挙げる。

目瞑れば

へそのお

ににるあ

おいへび      

 「目瞑れば」で一旦切れるのは、瞑想の長い沈黙だとして、その後の三行の切れは何であるか。沈黙の空白の後、「○○(という空白)へ其の尾」とも読める。尾と言えば、「尾を引く」という言葉が浮かび、それならば「○○から其の尾」となる筈だが、「○○へ」と記されれば、尾に関わる方向が反転する。

 「に煮る吾」または「に似る吾」とも読めて、煮る事が似る事に、似る事が煮る事に繋がるのであれば、煮られまた似るのは吾だろう。吾を煮詰めて何に似るのか。根に似るのだ、或いは臍の緒に。「蒼い蛇」は、「吾」が無くなることにより、「老い蛇」とも読めて、蛇の時間が反転する。

 臍帯は血が滞れば死の色に青ざめる事を考え、死は肉体を分解する事を思うなら、「目瞑れば臍の緒に似る青い蛇」を平仮名に至るまで分解し、様々な断片を映す鏡の砕片にしようと試みている、とも取れる。この世の鏡像ならば左右が逆転するだけだが、上下、深度、時間もが逆転するならば、その鏡像は、一人の魂と世界との関係を映していると言えようか。

 この句に表わされる「世界」は当然、人間が普通に知覚するだけの世界ではない。地祇をも含めた世界だ。蛇は「ハバ」或いは「ハハ」であり、地祇であるからだ。

 まなうらに観える蒼い蛇を、自らと母体、或いは自らと地祇を繋ぐ臍の緒と、一旦は感得する。それはそれで一つの推察だが、その推察を構成する直感を、更に分解してゆこうとする試みが多行句となって、一旦は表わされる。

 当然、全ての試みは「一旦は」に過ぎない。臍の緒を探る試みは幾度となく繰り返される筈だ。自らの根を探る作業は、このように自らを断片の集合と見做し、再構成して、臍の緒の依って立つ処の臍の緒、幾代幾十代もの臍の緒、即ち根に肉薄してゆく推察となるだろう。


3 鏡と糞


 髙鸞石の句には糞が良く登場し、そんな彼の句を論ずることは糞を摑むに等しいかもしれぬが、「行者は糞をも摑め」という言もある。糞は地を肥やすものでもあり、糞から生まれた神も在す。私は自分の似姿を論ずる如く、先ずここで髙鸞石の鏡の句を挙げる。

 髙田獄舎名義から現在の髙鸞石名義に至るまで、発表された句は全て保管しているから調べてみたが、「鏡」の語は、「痴霊記」以前には全く出てこない。獄舎名義の句群に「眼鏡」や「双眼鏡」は出てくるが、それらは鏡ではない。

菊枯れて鏡に白馬と菊と鏡         「痴霊記四」

盾持つ少女ら毛虫は鏡の上に震え      「痴霊記六」

 一句目、戦前、「枯菊」の季語を使ったことにより弾圧された俳人がいた事を思い出す。ここに菊の枯れを契機として、鏡と鏡が合わせ鏡となり、無限の迷宮の中に、鏡と菊と白馬、そして作者自身がいる。日本人である作者には答の出ない問いが、迷宮中に形作られている。

 二句目は作者の思春期の鬱屈を想像させる。「季語は作者自身」であるなら、毛虫は、少女らに盾もて激しく疎外される自身を象徴しているとも読める。

 鏡が何を映すためかと言えば、何よりもまず自分を映す。作者自身を映すのだ。外界の景や他者が映るとしても、それらの中心にあって外界を解釈するのは、作者自身ではないか。

解剖図の真中鏡を置き忘れ         「痴霊記六」

夏至の事務所に狂わず鏡の螺子を外し    「東京虞輪」

 この二句、そして次の句も作者の鏡に対する行動を詠う。解剖図(これは作者自身の心の解剖を期しているか)の真中に置き忘れ、一年で最も日の光続く夏至の日の、恐らくは職場に、社会に最も長く晒され続ける日に、自らを狂わずと認めて、鏡の螺子を外し(鏡自体を外し)、次の句においては自らを映す鏡を売る。

蕃椒(とうがらし)銜(くわ)え夜四枚の鏡を売る        「時空糞三」

 四枚の鏡は四方に配置される鏡だろう。天と地以外は全て自分しか映らない。だから、その世界の味は蕃椒の如くだ。蕃椒が作者自体の肉の味だ。そして夜であるから、四枚の鏡の映す基調は闇だ。

 川を見る時、天人には甘露と見え、人間には川と見え、餓鬼には炎の流れと映る。鏡は世界を映すが、その映っている世界が全て自分の似姿であるなら、世界に怒る時には自分に怒っている。

 髙田獄舎時代から作者は蜿蜒と糞の句を書き続けてきた。それらを一々挙げる労は省く。どれも佳句とはとても思えないからだ。私は自分が佳いと思った句しか取り上げない。糞の句の内実は、自虐の裏返しである憎悪であり、作者に激しく拒絶されているのは、作者の鏡像、自らの地獄の夢ではないかと思うばかりだ。しかし試しに幾つか挙げてみようか。

都市は糞吸い引用・削除が人の方法     「平成ギ史」

窓打つ霙糞流しつつ自由語れ        「毒存在紀」

庭園残暑そこに大便という問い       「灰燼乃地」

雨降る浜の橇裏返す脱糞せず        「痴霊記三」

乾いた糞踏みジンの壜割る日暮の階段    「痴霊記三」

糞塊の詩を書き鯨のようなくちびる     「痴霊記四」

湿地に糞白く錆びたポストの開かぬ口    「時空糞一」

銀のランナーの大便中の脳を診るな     「時空糞四」

虫ども複眼でとらえているか糞と教会(church)       「毒存在紀」

 私がかつて唯一評したのが「複眼」の句であり、あとは評を控えた。「複眼」の句をなぜ評したかと言えば、地獄と天国、露悪と偽善、唯物論と唯心論を同時に見ている処に惹かれたからだ。だが、この複眼は、教会の蔵している霊そのものを直接観てはいない事も、此処で指摘すべきだろう。

 改めて列挙すると、「糞」という語が、作者の怒りと絶望感を、端的に刺激臭として醸していることは認めざるを得ない。私にはこれらの「糞」が、社会批判を試みているようで、実は、社会の中に身を置く作者の意識を自己批判しているとしか見えないのだ。

 これら、一般には不快としか映らないだろう句を、作者が密かに感じている「原罪」の歪んだ表明と思う位には、私という怨霊は、己を鏡に映し観る事が出来るようになったのか。

(自殺が基督教で「地獄落ちの罪」とされるのは、原罪から道半ばにして遁走するからではなかろうか、と若い頃、よく考えた。自殺する程の気力も体力も、日々の終わりには残っていなかった頃だ。)

 ここに今のところ唯一、糞の佳句がある。悪罵の物質化であるような糞を、網膜を裏返すかの如く、己が深淵に転じれば、次に挙げる句、死の前の静けさとなるのではないか。

霧雨の四方(よも)の熊より糞香り        「時空糞四」

 熊の姿は、四方の景と同じく、霧雨に輪郭を溶かされている。糞の匂いとして感知されるばかりだ。熊は、作者の血が認識する恐怖の地祇だろう。その糞は「香る」、少なくとも芳しい。死の如く芳しい、と誤認される。

 先の四枚の鏡の句を思うなら、この熊達から作者が遁れる術はない。自分の血の深みから遁れることは出来ないからだ。香る糞は気配であるから、深読みすれば未来である。未来が、糞として香るのだ。もし作者が熊に食われた場合、作者は糞として排泄される。

 四方を囲まれて、天上か地下にしか遁れる処は無い。天は高過ぎ、地は硬過ぎ、顧みれば傲慢なる天も硬く拒む地も、自らの似姿であった。拒絶と不信に醸された脂がどんなに美味いか、熊達は良く知っている。

 これが佳句である理由は、作者が己の内なる傾向と、それが招き寄せる自らの未来を凝視しているからだ。熊の糞としての自身である。或いは糞の香に酔うのだろうか、拒絶の果ての自己破壊に酔うが如くに。

脇差を抜く四方の菊閉じてゆく        「時空糞一」

 先に挙げた菊と白馬と鏡の句を思うなら、この菊の示すものは明らかだが、まだ菊からは、戦う仕草によって遁れる事が出来よう。国の中枢にある菊は、菊を囲む砦の冷酷さに反比例して優しいからだ。熊は優しくない。きっちりと落とし前をつけに来る。正確には、熊の姿を写した別のモノだ。

 熊が全国にいるように、地祇もまた全国に在す。作者の根のある場所に(北海道とは限らない)、恐怖としての熊はいる。この「熊」を出してきた時点で、作者は自らの業と向き合う必然性を、意識下においては了承している。

土地なき我に蔓が尊く剥がれた鏡       「時空糞一」

 剝がれているのは蔓か、鏡の銀色の反射部分か。蔓が剥がれているなら、鏡は復活の途上にある。鏡の銀が剥がれているなら、鏡はもはや鏡ではない。

 「土地なき我」とは、言い換えれば、「地祇なき我」だ。地祇に追放された後の我、とも読める。その我に対する鏡は、今後どうなるのか。「尊く」の一語が、蔓に掛かるか鏡に掛かるかによって、希望があるか否かは変わる。

 鏡が、神道においては神の依代であり、同時に対面する自らを省みるものである事を思う。作者に一分の勝機があるとすれば、作者が調和していないのに調和する振りはしない事だろう。糞を糞と憚りなく言い放ち得る事が、逆説的に作者を救う可能性はある。

 なぜ自分が熊の糞と化すのか、その因縁果応報を解けるなら。熊の糞の中枢にある正体、魂の最奥にあって運命を形作る「絶対的に公平な意識」を自ら解析しようと志すなら。

 作者はもちろん、文学を志しているだろう。では、ここで尋ねるが、所謂「文学」が、魂の地獄との妥協を図る夢幻、ではない確証はあるか。「文学」の掲げる理想も批判も、実は血の深みに在る地獄の副産物であり夢であり、自らの業を覆い隠す幻の錦の御旗であると言われた時。

 地獄は外界にあるのではなく、己が血の深みに沈んでいて、思考と言葉を三毒で満たす。惨たらしい世界は、実は網膜の背後にある。「鏡」とは網膜の事だ。所謂「文学」として掲げられる理想も、己の魂が己の網膜に投影している地獄の夢だ、という現実を、如何にして噛み締めるか。

 では、なぜ髙鸞石の地獄の夢について、私は過去、幾つもの論を書いてきたのか。怨霊である私の、鏡像の一つとして、彼の地獄に憑依したのか。もっと単純な理由がある。髙鸞石が積み上げて来た句群は、後世に、独自の昏い鉄塊となって、読む者の胸にのしかかるだろう。その重さが、切れない鉄線のように語り継がれるだろう。その確信が、私にはある。

われらによく似た魚の臓燃え鼠自傷の戦車の内部   「時空糞一」

 極めて大幅な字余りだが、リズムの良さが救いとなる。本当は「魚の臓燃え鼠自傷の戦車の内部」だけで一句となる筈だ。だが、「われらによく似た」という一文あって、掲句は初めて、何とも言えぬ哀愁を醸し出す。「われら」の前に「あはれ」という語が隠されている、と私は観てしまう。そして佳句だと思う。その理由は、先に挙げた熊の糞の句と同じだ。

 戦車は攻撃する一方で、どんな悪路をも進んでゆく。その為の装甲であり、キャタピラである。鼠は戦車に棲んでいるのか。攻撃されない密室空間の中で自傷している。

 魚の臓物は戦車の内部で燃えるのか、外部で燃えるのか、判然としない。外で燃えると見た方が、戦車の密室性は保持されるだろう。もし戦車内部で燃えるなら、鼠は自傷するどころではない。この「魚の臓」の匂いを、作者の育ったふるさと、と読んでしまうのは深読みし過ぎだろうか。だが、この穿ち過ぎを強引に押し進めて読むなら、生臭く燃えるのは故郷であり、戦車の外部にあって戦車の侵攻を阻むものだ。

 この句は社会批判のように見えるが、批判する対象が表わされていない。敢えて言えば戦車があるが、戦争批判というよりは、何かの状況を喩えているように見える。これが戦争であるならば、一個人の戦い、一個人を取り巻く外界に対する戦いだろう。

 魚の臓の燃える音、自傷の音が、太宰治の言う「トカトントン」と響く磔刑の釘の音を表わしているかと問われれば、まだそこまでには至っていない。だが、その音を目指している途上ではあろう。

 「平和ではなく、剣を投ずるために来た」(マタイ10:34)は有名な言葉だが、意訳としてはむしろ「予期せぬ結果として、平和ではなく、剣を投ずることになってしまった」だろう。この戦車も「予期せぬ結果として侵攻する事になってしまった」と読む。そこに業のあわれさがある。

 「われらによく似た」という鏡像を示唆する如き形容に、全ての鍵があるように思われるが、この一文は何を修飾しているのだろう。「魚の臓」か、それとも「魚の臓燃え鼠自傷の戦車の内部」という状況全部か。

 どうも後者のように読む方が良い気がする。「われらによく似た」という形容は何にでもつくからだ。「魚の臓燃えわれらによく似た鼠自傷の戦車の内部」でも「魚の臓燃え鼠自傷のわれらによく似た戦車の内部」でも良い。「魚の臓」にも「鼠」にも「戦車」にも「われらによく似た」という形容は取り敢えず付く以上、この形容は状況全体に付くと読む。

では、なぜ〈われ〉ではなく、〈われら〉と、複数であるのか。連帯を信じているのか。

 「連帯を求めて孤立を恐れず。力及ばずして倒れることを辞さないが、力尽さずして挫けることを拒否する。」

《工作者宣言》を掲げた谷川雁の、この言葉を思い出す。そして連作「時空糞」以来、髙鸞石の発表する連作には「工作者・髙鸞石」と記されている。谷川雁の〈連帯〉は希み求められるのみで、決して約束されていない処が、特に美しい。

 だが、本当は〈連帯〉など、髙鸞石は信じていないだろう。信じたい振りをしているだけだ。信じたい振りをしている自身に気づかない振りをしているのか。もしも信じていれば、もっと既成の希望の言葉か、又は流行の断罪の言葉か、或いは陣営の主義主張に硬化した言葉を使う筈だ。鸞石句は、堅固ではあるが硬化してはいない。癒しや溜飲を下げる事に媚びてもいない。そこは物書きとして、とても良い。

 掲句は、己が魂の状況を、能う限り客観的に写生しようとしている、と読む。怨念は鼠を走らせる回し車だ。巡る円環に閉じ込める。巡る円環が、鼠の自傷を煽り立てる。怨念はその存続自体が目的だから、宥恕こそが禁忌だ。その禁忌を保持するために、己が鏡像を外界に、進む鉄塊の如く、或いは魚の臓物焼ける地獄の如く、緻密に投影しようと試みる。

 では、数多の怨念から構成されている私は、再び考えよう。なぜ「われら」と言うのか。この状況は作者の主観だとして、なぜ「われ」ではないのか。「われ」は鏡の部屋で無数に分裂するからではないのか。

 「燃えよドラゴン」はブルース・リーの遺作だ。最後の鏡の部屋の決闘シーンで、もしも滅ぼすべき悪役が幻なら、ブルース・リーは鏡を叩き割りながらも、鏡の砕片の数だけ増え続ける鏡像に向かって、力尽きるまで闘う事となる。ブルース・リーが倒れ、ぴくりとも動かなくなった後、無数の鏡が映すのは、心の暗黒であり深淵だろう。

 古い怨霊の集積体である私には、時代やその時々の立場によって変わる正義には興味が無い。不変の正義も普遍の正義も、そんな夢は存在したためしが無いから、正義を掲げる者が弱者であろうと強者であろうと、私は区別しない。所詮、此の世の流れにおける、うたかたの区別に過ぎないからだ。

 いずれ皆死ぬ。死んで、いわゆる「人権」は無くなり、生者の社会から切り離される。死んで各々孤立し、永い暗冥に赴く時、己が魂の地獄から目を背ける為の、如何なる正義も用を成さない。

 幼少時から私が絶えず見続けて、今なお興味を持つのは、生から切り離された以後の状況だ。各々の正義が破れ潰えた後に生じる怨念、肉体を持たないそれら怨霊の、相続や消滅の仕組みに興味がある。

 仏陀の言葉、「怨みを捨てよ。怨みを捨てぬ限り、怨みが止む事はない。」の可能性を、私は怨府の彼方でいつも考えている。私が髙鸞石に、仏陀のこの言を送るとすれば、その理由は彼の作品を惜しむからでも、彼の掲げる「文学」を惜しむからでもない。彼の魂を惜しむからだ。

 「文学」といい「詩歌」といい、それは何の為か。それ自体の為ならば、結局は博奕の高揚と変わらないのか。賭博中毒者の見果てぬ地獄の夢に等しいのか。

 では、何の為かと問われれば、私にとっては、怨霊である私自身の解体をめざすものだ。しかし、人の頭の数だけ「文学」の定義が可能な以上、この答もまた、私にとってのみ切実であるに過ぎない。


4 妙法へ


 ここまで書いて秋彼岸となった。先祖と共に極楽を思う日だ。この日、丁度、髙鸞石の新作「鹿縛り」が発表されたので、読んでみた。(次からの掲句、全て「鹿縛り」から。)

空の法へ帽子投げても癒えぬなにか 

 これは空(くう)の法と読んだ。神道の有(う)の通力に対する仏法の事だろう。そこへ帽子を投げるのは、一種の祝福である。「空」を「そら」と読むなら、上空へ帽子を投げるのは、やはり祝いとして自然だろう。

 それでも「癒えぬなにか」、この何かは我執であり因業であろう。それが癒える為には修練を要する。滝行一つ取った処で、冬の百日は辛い。それを一年、二年、三年終えても、目立って人間が変わる訳ではない。十年一単位として、心が漸く薄皮を剝ぐように変わってゆくのが、修練というものだ。

破(やぶり)の音(ね)未来に黒い幕が垂れ

夢は無に飴の鴉は伸び続け

とうめいな自分 石の戦(いくさ)もなんとなく

 此処に見える静かな絶望感、無力感は、六十年代の幻想破れた後の余熱ある絶望感、無力感とは異なる。これまで経て来た時代の、巡る円環の、その終焉を見るかのようだ。

 大袈裟な言い方をすれば、今後の人間の少なくとも半分が抱くだろう絶望感、無力感に沿っているのではないか。無抵抗に崖から落とされる羊の絶望感、無力感だ。

 尤も、「破の音」や伸び続ける「飴の鴉」や「石の戦」に、まだ抗う術は残されているようにも読める。

素となる山に碗置けば白・白のこころ

 ここに漸く一つの変化を見る。上五は山の魂に触れたような気がしたのだろうか。そこに置く碗は山の気を盛って頂くためか。木偏の椀ではなく、石偏の碗だから、白磁碗である。神事を思わせる。山気は「白」と認識され、対する自分にも「白のこころ」を感じる。

 「・」によって山と己は向かい合う鏡と化すだろうか。白は空白であり、素でもある。先に示唆した巡る円環のような惨たらしさから抜け出る道が示されるとすれば、ここに有るかもしれぬ。怨念に染まっていない心、運命を啓き直せる心だ。「こころ」と平仮名で表記されるから、幼子の如き素の心である。そして山もまた「素」であるというのだ。

凍る手紙巌からはがす中に種

 誰から誰に宛てた手紙だろうか。読まれぬままに巌に貼りつき、巌と共に凍り付いた手紙の中に種がある。何の種だろう。ここで巖が何を暗示するかを考えるのも必要だろうか。先の「素となる山」の句からは、作者が自然とだけ付き合いたい、一体化したいと願う気持ちは伝わってくる。

 その先に、巌に自らの心を観る事もあろう。この巌は俺だ、手紙は読まれぬまま貼りついている、と観て、読む気が無ければ手紙を剥がしはしない。ただ朽ちるに任せるだろう。

 だが、剥がしてしまった。開けてみた。読んだか読まないかは、どうでも良い。手紙は内容ではないからだ。手紙が到着して手中に在る事、それだけが重要だ。中に種がある。その種こそが手紙の内容であるなら、種は、作者の手か、魂に、芽吹くために来たのだ。

シンバルの間の砂漠 手を植えよ

 手を幾つ植えるのかは書かれていない。これが沢山植え、沢山生えるのであれば、中川信夫の映画「地獄」を思わせる。暗冥の地平に亡者の手が沢山生えているシーンだ。では、掲句の砂漠は夜なのかと言えば、どうも昼の印象が強い。金色のシンバルの音は、砂漠に注ぐ容赦ない光を思わせる。

 砂漠に生える植物はサボテンで、「仙人掌」と書く。下五の「手」はサボテンの如く、握手を拒む如く、刺だらけで、しかし裡には豊かな水を含んでいるだろう。

 シンバルは巨大な掌のように打ち合わさることにより大音響を出すが、その間にあった筈の砂漠は、音の生じた時には消えている。音に伴い、砂漠が一瞬に閉じられ、後には虚空あるのみなら、手は何処に植えられるのか。

 下五の手とシンバルを重ねれば、手は幾つも植えるのではなく、唯一つであるようにも思われる。白隠禅師の考案、「隻手音声」を思うからだ。「両掌打って音声あり、隻手に何の声やある。」

 作者がここまで考えて書いたとは思わない。だが、少なくとも作者の無意識は、作者の表面意識が認識する領域より、遥かに広く深い。作者の直感を掘り下げてゆくのが、解釈というものだ。砂漠の隻手の発する音を、髙鸞石が己の如く凝視する事を、私は望む。

鹿縛る縄濡れながら消えてゆく

二(ふた)剣(つるぎ)川に投げれば川は湯に

 最後に挙げる此の二句が一番良い。作者が無意識に感じた神に言及している、と私は勝手に希望を持つ。神と言っても、他民族への復讐と制圧と鏖殺を無慈悲に命ずる神ではない。常に調和を模索する日本の天神地祇、豊かな多神教の神だ。

 一句目、「鹿縛る縄」で切れるのか、「鹿縛る」で一旦切れるのか。前者なら縛るのは他者であり、後者なら作者自身だが、誰が縛ろうと縄は濡れながら消え、鹿を縛る事は誰にも出来ない。神の使いを縛ることは出来ないからだ。縄は神の通力により、水となって消えてゆく。日本であれば、鹿は、春日大社の神使である。

 二句目、「川は湯に」という表現に、スッタニパータの或る話を思い出す。仏陀が詩を以て説いた教えに対して、バーラドヴァージャが乳粥を捧げる。詩を唱えて得たものを私は食うてはならない、と仏陀は乳粥を退ける。では、この乳粥を誰に上げようか、との問いに対して、その乳粥は全き人(如来)とその弟子以外には消化し得ないから、青草の少ない処か生物のいない水中に捨てよ、と仏陀は教える。

「さて、その乳粥は、水の中に投げ捨てられると、チッチタ、チッチタと音を立てて、大いに湯煙りを立てた。譬えば終日日に曝されて熱せられた鋤先を水の中に入れると、チッチタ、チッチタと音を立て、大いに湯煙りを出すように、その乳粥は、水の中に投げ捨てられると、チッチタ、チッチタと音を立て、大いに湯煙りを出した。」

(岩波文庫「ブッダのことば 第一 蛇の章 四、田を耕すバーラドヴァージャ」中村元・訳)

 この一文は大悲神変の通力、即ち神通力の描写であり、一方、掲句では剣を投げる。不動明王の燃える剣は、一方では外界の難を斬り、一方では己の心を斬る。剣は二つに分かれる如く、己が内と外へと同時に振るわれるのであり、そうでなければ斬る意味が無い。作者は誰に言われて投げたのだろう。自ずと投げたのか、それとも仏典にある如く、大いなる者の言葉によったのか。いずれにせよ、投げた結果、川が湯と化したのなら、その神変は作者に教示する為か。

 神変とは、「測られざるを神と曰(い)い、常に異なるを変と曰う。」なぜ神変が必要かと言えば、教えによってのみ信じる者は少なく、教えによってのみ救われる者は更に少なく、教えによってのみ運命を変え得る者は末世にはいないからだ。

 作者がこういう句を提示したという事は、既に意識下では、怨念巡る円環、絶望と無力感と怒りと復讐の円環に対し、疑義が生じているのではないか。「時空糞」までにおいて、一旦、自らのレクイエムは奏でてしまったのではないか、と祈りを以て、そう思いたい。だからと言って、地獄の夢が終わるわけではないが。

 疑義が生じたのなら、止まって独り観るしかない。地獄の夢を破れるまで凝視し描写するのも一手だ。豊饒なる孤独こそが僥倖であり、連帯を支える欺瞞こそが陥穽であったと、いつか感得するだろうか。孤独に独自に独特に止まらぬ限り、自縛は解けない。

 「鹿縛り」という題にも拘わらず、先掲の句においては鹿が縛られ得ない、という矛盾を提示したのなら、作者はどこかで既に分かっている筈だ。「濡れながら消えてゆく」のは、自らの構えであり、斬る剣に映るのは先ず何よりも、自らの顔であるか。

 執着するな、と言っているのではない。「文学」に限らず、何にでも執着は必要だ。執着の無い人間など、残滓に過ぎぬ。問題は、執着の矢を、何処に向けるかという事だ。怒りと怨みが、その力は保持したまま、求道へと猛進すれば、どうなるか。古い怨霊である私は、その可能性を試み続けている。

※本稿はWe15号に転載予定

北川美美俳句全集28

 北川美美アルバム(2)

「面」の発行人である、高橋龍氏がなくなり弔問した時の写真。


2019/02/25 (月) 11:26

 ご連絡ありがとうございます。

 写真を送ろうと思いつつタイミングを逃していましたが、まだ初七日で生々しい高橋龍弔問で初めて高橋家を訪れたところいつも本人がいた6畳居間の身近な本棚に筑紫さんの「詩の起源」その他仁平さんや澤さんの本が並んで見えたので写真に納めて来ました。 

 周囲から見れば高橋龍は明らかに高齢者でしたが本人は死ぬ気など無くお迎えがきたという印象でした。

 現在その影響でその他高齢者ケアを一人でやっています。入稿遅延の理由が「死が近い」だから入稿させろというものです。次にくるのは「連絡したら死んでおり」そして

「問題はどう終わるかよ同人誌」....。

 なんだかこんなバタバタで時間が過ぎていきます。



【連載通信】ほたる通信 Ⅲ(29)  ふけとしこ

    ないしよ

曾祖母の杖狐火を走らせる

北風を眺めるだけのけふの窓

水占の手元へ寄つてくる落葉

ないしよないしよ落葉の下に鳥の羽根

ふはと降りすいと消えたる雪蛍


・・・

 大阪、天王寺界隈に七坂というのがある。小説の舞台になったり、吟行地に選ばれたりして、知られている所である。

 対してというのかどうか、大阪八低山というのがあるそうだ。実のところ全く知らなかった。

 八低山とは鶴見新山・真田山・御勝山古墳・茶臼山・聖天山・帝塚山古墳・昭和山・天保山のことだという。

 中でも天保山は一番有名だと思うが、まだ行ったことがない。大阪に十七年間住んでいるというのに……。

その癖

  小鳥来る大阪一の低い山  としこ

 「低」の席題で作ったように思うが、しゃあしゃあと句にしたりして、我ながら呆れてもいる。

 何回か登ったことがあるのは茶臼山と鶴見新山の二つしかない。茶臼山はその昔大坂冬の陣で徳川家康の、夏の陣では真田幸村の本陣となった古戦場。標高26mしかないのだが、ちょっと風格があるようにも思える。

 鶴見新山の方は標高36mで八山のうちでは一番高い。ここは大阪市鶴見区の鶴見緑地内にある山。北海道の昭和新山は火山活動によって畑が盛り上がったというが、こちらの新山は大阪市民の廃棄物や地下鉄建設の際に出た土を積み上げた人工の山だというから、早い話がゴミの山なのである。埋めた生ゴミが地中で分解、メタンガスや炭酸ガスが発生。噴き出して燃えていたとかいなかったとか。これは40年程前のことらしい。

 この緑地が有名になったのは1990年に「国際花と緑の博覧会」の会場になったことによる。その後は「花博記念公園」として整備され解放されている。博覧会の名残りの建造物もあるが、老朽化が激しく、撤去されたり立入禁止だったりという状況。植栽以外にも雑草、雑木の種類が多く、野鳥も昆虫も沢山いて散策にはいい所である。

 こんなことを書いていたら行ってみたくなった。

 春になったら出かけてみようか。そして、折角知った八低山の残る六つのうちの、せめて一山でも征服(?)してみよう。

(2022・12)

救仁郷由美子の回想②  筑紫磐井

  バックナンバー全てがある訳ではないので、手元にある「琴座」から選ばせていただく。追って追記したい。

●琴座 平成元年11・12月(454号)

這賊集

 大井 ゆみこ

薔薇園ノ少女が死ンダ夏が来ル

積木積ム室ノ白壁日ヲ止メル

空虚とロックスカートに赤い髪

踊らない十五歳彼岸ハイヒール

死にゆく口火の見やぐらは深く焼ゆ


琴座集

じゃんけんぽん曇った空に友他界 東京都 大井 ゆみこ

置きざりの生きてる不思議動かせぬ

闇惑う見ること聞くことかかえしも

星月夜マシュマロ含んだ秋を待つ

風さわぎ路面電車の白昼夢


●琴座 平成2年1月(455号)

這賊集

大井 ゆみこ

十代の夢はっながらぬ十字路赤信号

少年の皮膚に被さる母の夢

春風にへその緒切って未央あちら

赤まんま静かに思い染めあげし

鰯雲ただ泣きじゃくるつたなき日


琴座集

往路あり降り積む疲れ夜露あり 東京都 大井ゆみこ

ヤリ切レヌフルサトハナシステーション

往生に水底行きて挨拶す

月光が呼吸の谷問に挾まるる


●琴座 平成4年7・8月(477号)

這賊集

大井 ゆみこ

虚空にて面影たどる五月哉

洞はかの五月に死した男持つ

四ツ辻や解決不能回転す

朝な夕な引きさかれては燃ゆ山河

山肌に国是流せよ立つ緑


●琴座 平成5年7・8月(483号)

這賊集

大井 ゆみこ

月下の船天地水木櫓に交わす

川上に死の灰拒んだ絵看板

六月の闇に迷走笑い草

窓枠に山河見ばえし死化粧

白光や泥はね路地踏む祭かな


2022年12月9日金曜日

第194号

    次回更新 12/23



豈65号 発売中! 》刊行案内

救仁郷由美子追悼①  筑紫磐井 》読む

■令和俳句帖(毎金曜日更新) 》読む

令和四年夏興帖
第一(9/30)早瀬恵子・辻村麻乃・大井恒行・仙田洋子
第二(10/7)池田澄子・加藤知子・杉山久子・坂間恒子・田中葉月
第三(10/14)ふけとしこ・なつはづき・小林かんな・神谷 波
第四(10/21)小沢麻結・小野裕三・曾根 毅・岸本尚毅
第五(10/28)瀬戸優理子・浅沼 璞・関根誠子
第六(11/25)鷲津誠次・木村オサム・青木百舌鳥・望月士郎・浜脇不如帰
第七(12/2)林雅樹・花尻万博・水岩 瞳・眞矢ひろみ・竹岡一郎
第八(12/9)渡邉美保・前北かおる・下坂速穂・岬光世


■ 俳句評論講座  》目次を読む

■ 第30回皐月句会(10月)[速報] 》読む

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俳句新空間第16号 発行 》お求めは実業公報社まで 

■連載

【抜粋】〈俳句四季11月号〉俳壇観測238 伯楽たちの高齢化——沖積舎と深夜叢書社

筑紫磐井 》読む

英国Haiku便り[in Japan](34) 小野裕三 》読む

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澤田和弥論集成(第16回) 》読む

【連載通信】ほたる通信 Ⅲ(28) ふけとしこ 》読む

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11 鑑賞 眞矢ひろみ句集『箱庭の夜』/池谷洋美 》読む

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…(主な執筆者)小野裕三・もてきまり・大塚凱・網野月を・前北かおる・東影喜子




筑紫磐井著『女帝たちの万葉集』(角川学芸出版)

新元号「令和」の典拠となった『萬葉集』。その成立に貢献した斉明・持統・元明・元正の4人の女帝、「春山の〈萬〉花の艶と秋山の千〈葉〉の彩を競へ」の天智天皇の詔を受けた額田王等の秘話を満載する、俳人初めての万葉集研究。平成22年刊/2,190円。お求めの際は、筆者までご連絡ください。 

【抜粋】〈俳句四季11月号〉俳壇観測238 伯楽たちの高齢化——沖積舎と深夜叢書社  筑紫磐井

沖山隆久・沖積舎

 7月号で松尾正光氏、10月号で宗田安正氏を紹介したが、この他にも俳句界の伯楽の役割を果たした人は多くいた。松尾氏、宗田氏もそうだが単に俳句関係の出版にかかわったと言うだけではなく、俳句のあるべき姿に対する理念と(収益を越えた)義務感があることが伯楽の条件だ。今回はそうした人を若干紹介しておこう。沖山隆久氏と齋藤愼爾氏だ。松尾氏、宗田氏がそれぞれ東京四季出版、立風書房という中堅出版社の社主や編集長であったのに対し、沖山氏と齋藤氏は個人出版社と言う点が大きく違う。

 沖山氏は沖積舎の代表であり、昭和49年に創業し今年で50年となる。この夏その沖山氏から「沖積舎の50年」というパンフレットを頂いた。既に、43年目、45年目の節目でパンフレットを出している。沖積舎と言えば俳句関係の著書、特に全句集が有名であるが、実は文芸出版社と銘打ているだけあって、短歌、詩、小説など広範な分野のものを取り扱い、二千点近い刊行を行っている。

 俳句だけに限ってみると、渡辺白泉、西東三鬼、篠原鳳作、高屋窓秋、横山白虹、平畑静塔、日野草城、伊丹三樹彦、楠本憲吉、阿部完市、渋谷道、橋間石、永田耕衣、安井浩司、高柳重信、加藤郁乎らの全句集を出している。更に戦後世代の坪内稔典、夏石番矢、西川徹郎、攝津幸彦まで出している。こうみると、いわゆる新興俳句・前衛俳句系のものが多い。こうした前衛系や若手の全句集が目立つのは他の出版社では手を出せないからだ。これらの作家はとても結社の買取りや流通に乗りそうもないのである。とすればこれらの本は良書と言うしかないであろう。その証拠に多くの賞を受賞している。

 実は私も、『楠本憲吉全句集』『加藤郁乎俳句集成』『攝津幸彦全句集』『車谷長吉句集』などでお世話になったし、若い作家たちでも沖積舎のお世話になった人は多いであろう。ただ「沖積舎の50年」の資料を見ると45年以降の五年間でわずか九点しか出ていないのは寂しかった。パートナーである伊丹啓子氏によると二〇一九年頃から沖山氏は難病を発症しているらしい。それ以前はよくお会いしていたが最近会えなかったのはコロナのせいばかりではなかったのだ。

 

齋藤愼爾・深夜叢書社

 齋藤愼爾氏は深夜叢書社の代表であり、同社は昭和38年に創業しており、平成25年に創立50周年の会を開いているから沖積舎の大先輩に当たる。「深夜叢書」と言う名称はフランスのレジスタンスの拠点となった雑誌であり、齋藤氏の志のよく分かる名称である。刊行点数はリストから計算すると五〇〇点ぐらいで沖積舎に比べると多くはないようだが、刊行した著者の顔触れの中には、春日井健、塚本邦雄、高柳重信、清水哲男、寺山修司、三橋敏雄、楠本憲吉、唐十郎、吉本隆明、倉橋健一、島尾敏雄、大岡昇平、松村禎三、徳川無声、五木寛之、宗左近、鶴見俊輔等各界の多彩な執筆者を抱えているのが特徴だ。もちろん一方で、多くの新人の発掘もしている。

 この他齋藤氏は、深夜叢書社以外の多彩な出版社から自ら著書・編書を持ち、小説・対談・連載コラムで活躍していた。理由は、同業の人からも「深夜叢書刊行の本は全然といってもいいほど売れない」(田中伸尚)と言われており(深夜叢書社から本を出させていただいた私から見てもあながち間違っていないような気もするが。もちろん、瀬戸内寂聴などの大ブレークする本もあるのだが)、こんなこともあり、結局、社主自らが健筆を奮うのである。例えば、ゴルフ雑誌の編集を長いことしていたり(齋藤氏自身はゴルフが大嫌いらしい)、週刊朝日でレコード評をしていたりする(三一書房から『偏愛的名曲辞典』を出している)のは実に意外で面白い。そしてそれが決して片手間でないことは、特に評伝で定評があり、『寂聴伝』『続寂聴伝』があり、美空ひばりを論じた『ひばり伝ーー蒼穹流嫡』で芸術選奨文部大臣賞を、山本周五郎を論じた『周五郎伝ーー虚空巡礼』でやまなし文学賞を受賞している。ちなみに東京四季出版から出た『吉行エイスケの時代』も忘れがたい名著だ。

 俳句における業績としては「アサヒグラフ」増刊号の俳句や短歌の数次にわたる特集、朝日文庫「現代俳句の世界」16巻、三一書房の「俳句の現在」16巻、ビクターの「映像による現代俳句の世界」がある。昭和後期に俳句を始めた青年たち(いまでは70代になってしまっているが)に衝撃を与えた企画はこのようにみな齋藤氏が関与していたのである。最近の例で言えば、『20世紀名句手帳』全8巻があり、明治の子規以来の一万六千句を選した叢書である。伯楽の極めつけと言ってよいだろう。もちろん宗田氏同様齋藤氏も俳人であり、『夏の扉』『秋庭歌』『冬の智慧』『冬の覉旅』『永遠と一日』『陸沈』等があり一流の作家であることは言うまでもない。

 (中略)

 こんな齋藤氏であるが、最近体調が思わしくないのが気にかかる。俳句四季では「名句集を読む」対談シリーズが10年近く続いていたが最近これから退かれた。読者作品の「四季吟詠」の選者も降りられ、夏井いつき氏に交替された。また4年に一度の芝不器男俳句新人賞の選考委員は創設以来続けられていたが、今回は急遽欠席となった。深夜叢書社の出版物は、この夏にも井口時男『その前夜』、星野高士『混沌』と順調に刊行されているが、齋藤愼爾というコーディネータの見えてこないことが寂しいのである。

 考えてみると、俳句界――特に前衛的な俳句界を支えてきた伯楽の高齢化をひしひしと感じるのである。


救仁郷由美子追悼①  筑紫磐井

  8月10日に亡くなった救仁郷由美子(大井ゆみこ)氏は豈同人、俳句新空間メンバーでもあるが、その前後にいくつかの俳句雑誌に関係していた。


「琴座」~503号(終刊号1997.1)まで大井ゆみ子名で在籍

「未定」64(1994.9)~70号(1996.11)大井由美子名で参加

「豈」29号(1998.1)~59号(2016.12)に救仁郷由美子名で同人参加

「LOTUS」11号(2008.7)~39号(2018.8)同人、40号(2018.10)以降会友

「俳句新空間」2020.5~散発参加


 救仁郷由美子の評論活動――特に安井浩司論については「俳句新空間」17号にその目次を掲げておいたが、ここではそれ以外の活動について紹介しておこう。

 「琴座」では永田耕衣の選をする「琴座集」に投稿し、平成元年8月に巻頭を得て、「琴座の諸作」で耕衣の評(琴座の諸作)を受けた。耕衣の言う「北京事件」は天安門事件である。この直後、琴座同人となっている。

 この時期以前の「琴座」バックナンバーが手元にそろっていないので、巻頭以前のいくつかの例を掲げておく。


●琴座 平成元年8月(451号)


琴座集 巻頭

雨音や透いた傘打ち問いも消ゆ 東京都 大井ゆみこ

北京夏戦車に向かう歩幅幾つ

川の岸耳鳴り数える越境者

少年の柔かき耳吐夢吐夢止

満月に打つ大太鼓赤き耳


琴座の諸作

ネオ新風と言えるかどうか

               永田耕衣


無季も元より快認して、作り手の数少いワガ琴座人のなかに、ネオといえるかどうか、ヤヤ古びたカビの匂いもする野老耕衣のドタマ即髄脳、その或る細胞を並び変えさせて呉れるような句々が、散発的に現成してきた気配を、野老は長生し恵まれとして妙に快く思わしめられつつある即今だ。オク歯にモノがひっかかって除れぬような狂気に似たウレシイ物のいいかただが、正直な実感の震動だ。この実感の見えかくれする魔性―というのはチト逸りすぎだがー琴座集から先手を打つ。何といったって既成の完熟した、悪口を叩けばキレイゴト染みた一切手馴れた作法と感賞圏を、何ほどかドキンと覚醒させてくれる〈奇襲創造〉のダイゴ味を欣求しているのだ。そんな因子を持続する句々を、実はタレもが欣求している筈だ。積極的なネオ境環を拓いた、少くとも創造の場を第一義とするハナシに、いつもアタマを突っこんでいないと、チツともおもしろくない。謙遜の美徳よりも、作者の個々が〈新〉を拓いて見せようとするその迫力をば擬態でも構わぬ、嗅ぎ出す努力に〈出会の絶景〉を更新して行きたいのだ。

    (中略)

ゆみこサンの投稿をワザと発表月次をテレコにした。何れも北京事件にタッチした作品かと思われる主流を直感したが、掲上の一句を早くココで諸君にお目にかけたくて先稿の如く採沢裁量した。無季だが妙韻がネオ〈禅問答〉の如く切りこんでくるのだ。透いた傘を雨が打つ、ソレは傘の主に何事かの大擬団の〈間〉であったが〈答〉も聞かずに〈問いも消ゆ〉と断じた。〈雨粒〉の自問自答である。



●琴座 平成元年6月(449号)


愛語抄―田荷軒あて―

○易易と死なぬぞと囀る勿れ

 生は空死は無ウならぬ牡丹哉

 桃柳四大不尽の淋しさよ

 もう淋し女人も道も藻の花も

 逝く春や拾うに堪えぬ地や空


「田荷軒泥ん」何故か恐る恐る読み始めました。「易易と死なぬぞと囀る勿れ」の句より涙が止まらなく、あとは涙の中で読み終えました。田荷軒翁九十歳祝。    かしこ

              大井ゆみこ

琴座集

苦悩とて糞なればよし春の月   東京市 大井ゆみこ

軽薄なお茶会転がる卵たち

口経に空白空洞くもの糸

朝露に悲しきことが転るよ


●琴座 平成元年7月(450号)


琴座集

春うとく蕾は血色根元骨    東京都 大井ゆみこ

ひとひとり地図にない街遊歩道

隊列は彫塑なりえず花ふぶき


英国Haiku便り [in Japan] (34)  小野裕三


ファウンド・ハイク

 アートの世界に、「ファウンド・オブジェクト(found object)」という言い方がある。直訳すれば、見出された物、となるが、ガラクタやゴミも含めた日常的な物の中に作家がアート的な要素を見出し、それをアート作品に組み込む手法だ。

 そんな言葉にも似た雰囲気で、「ファウンド・ハイク(found haiku)」という視点を提示するのは、自らもhaikuを作る米国詩人のビリー・コリンズだ。前回も取り上げた『英語俳句〜最初の百年』という本の中で、コリンズはこの「見出されたhaiku」に言及する。

「あなたがその気になれば、意図せざるhaikuはどこででも見つけることができそうだ。私自身、学校の廊下やスーパーマーケットの通路など、いかにもhaikuなんてありそうにない場所で偶然にできたhaikuを見つけてきた」

 このような視点からコリンズは、やはり自身で優れたhaikuを多く作った米国の作家・詩人ジャック・ケルアックの次の指摘を引用する。「偉大なエミリー・ディキンソンの詩には無数のhaikuが埋め込まれている」。実はそのケルアックの作品についても、ビート詩人の盟友であるアレン・ギンズバーグは、彼の小説『ザ・ダルマ・バムズ』を「千のhaikuによって」書かれた小説だ、と評する。一見してhaikuの形式を取らない言葉やhaikuを意図して書かれていない言葉であっても、そこにhaiku的なものを見出せる。話者の意図を超えて世界中どこにでもhaikuは遍在する、というわけだ。

 実は僕も、英国にいる間に同様のことを考えて「英語の内なる俳句」という一文を書いた(『豆の木23号』)。きっかけはやはり、エミリー・ディキンソンの詩との出会いだった。ロンドンの書店で手に取ったその本は、彼女の手書きの草稿を写真集にしたものだ。19世紀中期の米国を生きた彼女がhaikuのことを知っていたわけもないが、細かな紙切れに鉛筆で流れるように記された彼女の詩は、どこか俳句めいて見えて心を動かされた。

 このような「ファウンド・ハイク」という概念を認めれば、あらゆる国境やジャンルや時代を超えて、haikuを見出すことが可能になる。ディキンソンも「俳人」として認識しうるし、究極的には、古代オリエントのhaiku史、といった概念すら可能になる。

 こうなるといささか誇大妄想めくものの、ケルアックやコリンズなど、英語圏の卓越した詩人たちが「ファウンド・ハイク」を語るのは決して戯れではあるまい。そこにあるのは、haikuに内在する本質的な何かは人類普遍のもの、という発想だ。彼ら自身が英語でhaikuを作り続けたからこそ、自分たちの言葉に普遍的に潜在するhaikuにも気づけたわけで、その事実は軽視できないと思う。

※写真はKate Paulさん提供

(『海原』2022年5月号より転載)

北川美美俳句全集27

北川美美アルバム(1)

北川美美は連絡のたびに写真を送ってくれた。人物写真もあれば身辺の風景写真もある。それぞれに短いコメントがついており、美美その人の人柄をうかがわせてくれる。


2020/02/07 (金) 0:08

ベストショットとは言えませんが2020年1月の思い出に。



[筑紫注]2020年1月27日(月)の角川賀詞交歓会にて。有馬朗人、小林貴子、筑紫のスナップ。北川からの最後の写真であった。


澤田和弥論集成(第16回)  地酒讃歌

 地酒讃歌

澤田和弥 


 「地酒ありますよ」

と言われると、ついついそちらに目が行く。ほお、たくさんありますなあ。しかしながら正直なところ、よくわからない。友人たちはあれが好き、これが佳いと言うのだが、私にしてみれば、旨ければそれでよい。あと、お値段。よくわからないので店員さんに「このくらいの金額で、辛口のおすすめはどれ?」と尋ねる。餅は餅屋。酒は酒屋。そうすれば、その日のおすすめか、早く空にしたい酒のどちらかが運ばれてくる。そこで店の心を見定める。というような舌はあいにく持ち合わせていない。出てくる酒はことごとく旨い。日本全国よい心のお店ばかりということだろう。旅先ではその地の地酒を、故郷では故郷の地酒を。そういう手もある。地酒という文字を目にすると、それだけで喉が鳴る。地のものと合わせ、今宵の一杯としたい。勿論一杯で済む訳はないが。

  初鱈に地酒辛きを佳しとして  辻田克巳

 おっ。辛口がお好きですか。気が合いますな。初物の鱈。鱈はたらふく食べてこそ鱈。鱈鍋がよろしいか。鱈の身はもちろんのこと、だしも旨い。熱々のところに地酒を常温で。コップでもらおう。きゅいいと飲んで、ぷは。旨すぎる。さてさて煮え過ぎる前に鍋、鍋。民宿で炬燵にでもあたりながら。外は激しく風の音。気の合う友と三、四人で。男ばかりでも。いや、そう言いながら、そりゃ女性がいていただけるなら。ねえ。 

  地酒得て夫にさよりの糸づくり  野辺祥子

 さよりは春が旬。地酒が手に入ったからと、さよりの糸づくりを用意して。春らしい光のある句。地酒もさよりの脂も光っているが、なによりも輝いているのが、この夫婦愛。このやさしさが愛らしい。せめて地酒とさよりだけでも分けてもらえないだろうか。

  蕗の薹貰ひ地酒の封を切る  林照江

 こちらは蕗の薹。まさに早春の悦び。蕗味噌にするか、天婦羅か。勿論どちらも。先ほどのさよりの句は地酒を得たからさより、という発想。こちらは蕗の薹を貰ったからにはこの地酒、遂に封を切りましょう!という流れ。よほどとっておきの酒なのだろう。蕗の薹のほろ苦さは白いごはんにも勿論合うのだが、二十歳をとうの昔に過ぎた身としては、地酒でキュッと味わいたい。静謐なほろ苦さに辛口の酒が素直に流れていく。至福のひととき。

  地酒酌む野蒜の玉のこりこりと  竹村和哉

 勿論こちらの野蒜もこりこりおいしくいただきます。こりこり、そう、こりこり。

  地酒よし秋刀魚の煙る店なれば  竹吉章太

 最近は空調設備等によって「秋刀魚の煙る店」もなかなか目にしなくなったように思う。しかし、このようなお店での地酒。確かに「よし」と言いたくなる。秋刀魚の表面に弾ける脂。箸を入れると、さらにジュッ。あのとろけるような味わい。そこに流す酒は熱燗というより常温。ぐい飲みや桝よりもビールグラスで。「煙る店」、至れり尽くせりでは味気ない。粗野な部分がほしい。グラスを持ち上げつつ、口を近付けつつ。グイと。荒ぶる秋刀魚の脂には、少しばかり野趣ある酒、クセのある酒がよい。上品な酒では秋刀魚に負けてしまう。口中にて、がっぷり四つを組むような。のこった、のこった、えい。両者、喉から胃の中へ流れ込み。いい勝負だった。さて、もう一口、二口。秋刀魚の煙る店の大将が、酒のようにクセも旨みもある方ならば、何度も通いたくなる。秋刀魚のジュ、地酒のグイ。

  うなじ迄地酒に染めて風の盆  二村美伽

 風の盆は富山市八尾町にて毎年九月一日から三日まで、盆に続いて行われる行事。徹夜で踊り歩き、暴風の災厄を送り出すというもの。うまじまで真っ赤に染める祭衆。これを他の酒にしてしまうと間が抜けてしまう。地酒だからこそ、一句の雰囲気が楽しい。地酒を分けてもらえるならば、なお楽しい。

 祭の地酒をもう一句。

  踊太鼓地酒ぶつかけ滅多打ち  岸田稚魚

 この祭の観光ポスターを作成するならば、間違いなくこのシーンを採用するだろう。ふんどし一枚の色気立つ壮年の男が、口にふくんだ地酒をぶっかけ、踊太鼓を滅多打ち。日本の祭の一典型とも呼ぶべき、ダイナミックな状景。この地酒を「もったいない」と思うようでは、いや、私もちょっとは思いましたけどね。

  直会の辛き地酒と納豆汁  山崎千枝子

 そうそう、お酒は飲みましょう。酒はゴクリと。直会は「なおらい」と読む。神事の最後に神饌を神職や氏子等でともに分かち合うもの。お供えしたのは辛口の地酒。やはり土地の神様にはそこの地酒が一番よいだろう。そして奥さん方が作ってくださった納豆汁。冬の拝殿はたいていの場合、かなり寒い。冷えた体に辛き地酒と納豆汁とはなんとも嬉しい。仏教やキリスト教の禁欲と対をなすように、神道は大らかだ。御神酒として日本酒があれほどある。全部飲むのだろうか。ぜひともお仲間に入りたい。肝臓の神様はいらっしゃるのだろうか。

  山眠る久慈の地酒のさくら色  平塚奈美子

 「山眠る」は漢文が出典の冬の季語。眠っているかのように静かな冬山の様子。「久慈」は岩手県北東部の地名。風の音が遠くに聞こえる冬に久慈の民宿。注いでもらった地酒はぐい飲みの中でほのかに紅をさす。さくら色。東北の雪という白いイメージにさくら色がなんとも美しい。春を待ち望む気持ちも感じられる。美しい酒は間違いなく旨い。酒自体も言うまでもなく旨いのだが、その雰囲気もまた旨い。地酒をその土地で飲むということは格段に酒を旨くする。地酒はその土地の神々と人々によって生み出される。風土を感じながら、魂を味わう、と言っては大袈裟か。雰囲気と飲む場、そして酒。この三つの味を一心に味わいたい。

  旅人となりきる春の夜の地酒  岡本眸

 地酒はその土地で味わわなければと、言うつもりはない。そうじゃなくても十分においしいんですもの。旨い地酒を口にしつつ、その土地を旅する気分になるというのも一つの味わい方。地酒ならではの悦楽。夏冬では寒暖厳しい。秋では眼前の寂寥感に負けてしまう。駘蕩とした春の夜だからこその、夢見るような楽しみ方。酔いもまた旅の春風。

  一合の地酒を分ち花の宿  近藤一鴻

 こちらは旅の最中。桜咲き誇る宿でのこと。熟年夫婦の二人旅。ゆかたで窓の外を溢れる夜桜を眺めながら、そこの地酒を一合、徳利で。それをちびちびと分かち合いながら。桜に酔い、地酒を舌に転ばせ、お互い「お疲れさま」の旅。窓の下には屋台が一軒。一人でコップ酒の私。夜桜と酒は人を狂わせる。「一合じゃ足んないの。もっと、もっと、ガバッと注いで」。

  ざる一枚風呂吹地酒小一合  黒田杏子

 冬の一景。蕎麦屋にて。注文はざるそば一枚に肴の風呂吹大根、それに地酒の小、一合徳利。以上。量から考えて、一人でのご来店。酔態を曝す訳もなく、さっと味わい、さっと店を後に。粋である。かっこいい。私であればまず最初に「地酒大」と注文する。一人なのに。風呂吹大根をつつきながら「お酒おかわり」。すでに体験済みかのように目に浮かぶ。粋とはほど遠い。結構。粋じゃなくてもよいので、もっともっと飲みたいのだ。

  地酒注ぐ猪口も徳利も今年竹  黒坂紫陽子

 これはなんとも旨そうな。かつなんとも贅沢な。今年生えたばかりの若竹を猪口に、徳利に。今年竹は夏の季語。ゆえに地酒は冷やで。筍から竹に成長したばかりの若竹の香りが涼やか。都会ではそうそうに味わえない。酒の妙。場の妙。雰囲気の妙。記憶がなくなるまで酔いしれたい。いやいや。冗談です。節度、節度。

 地酒の知識があれば、さらにおいしく飲むことができるのかもしれない。たとえば米の種類や水、地域性等。ただどうにもこうにも覚えられない。記憶力の問題はすでに自覚している。今、目の前の酒が旨い。友との語らいが快い。その場が楽しい。それで満足してしまう。翌朝には「銘柄は……」となっている。その時その場の酒がある。同じ酒でも場や雰囲気、体調や懐具合によって全く味が違う。その時その場とは即物的、刹那的かもしれないが、人は次の一秒を生きているとは限らない。ならば今、この一瞬をともにしているこの酒を心から味わい、楽しみたい。

※ 連載酒讃歌(澤田和弥)最終回