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2021年3月26日金曜日

【なつはづき第一句集『ぴったりの箱』を読みたい 】14 魂の箱を探して  篠崎央子

 なつはづきさんと初めてお会いしたのは、2019年の「豈」の忘年句会の時だった。第5回攝津幸彦記念賞準賞をご受賞されたはづきさんは、お洒落な出で立ちで颯爽と現れた。華やかでありながらどこかクールな横顔を持つはづきさんは、お話してみるととっても気さくな方であった。

 2020年の夏、はづきさんと同じような時期に句集を出したこともあり、手紙の行き来があった。はづきさんの句集と手紙を拝見し、心の通じ合える方と出会えたかもしれないと胸が震えた。私が独身の頃に出会っていたら、きっと恋の相談をしながら毎晩飲み歩いたであろう。そのような経緯から、BLOG俳句新空間にて、はづきさんに私の句集『火の貌』の句集評の執筆をお願いした。大変な力作で、はづきさんの文章を読んで、ファンとなり『ぴったりの箱』を購入された方もいらした。私の句集も注文が増えた。心より御礼申し上げたい。

  薔薇百本棄てて抱かれたい身体

 何かを求めている身体の空白を幻想的なまでに高めた一句。句集全体に横たわる空虚なることの美しさがこの一句に集約されているのではないかと思う。誰かと触れ合うことで人は自分の存在を認識する。薔薇百本よりも価値のある絶対的存在の誰かにより身体が空白となっているのだ。

  ぴったりの箱が見つかる麦の秋

 猫が自分の身体に収まる箱を探して入るように、人はみな自分の箱を探しているのだということに気付かされる。金色の「麦の秋」が豊穣のエジプトを思わせ、箱は柩のよう。人は最後は箱に収まるのだ。句集の表紙の絵が切なく映える一句である。

 身体的表現が魅力の句集だが、それを大きく支えているのがストレートな恋の句である。

  花粉症恋なら恋で割り切れる

  音程のぐらぐらの恋夏帽子

  悪気なき木の実の落ちる初デート

  幻の鮫と寝相の悪い君

 目鼻を腫らし泣いているような花粉症の症状と恋。夏帽子も音程もぐらぐらで思い通りにはいかない。タイミング悪く落ちる木の実、寝相の悪い君。恋には付きもの滑稽さが明るく詠まれている。

  靴音を揃えて聖樹までふたり

  前髪と前髪触れて木の実降る

  黄落や明日はと言いかけて止める

  逢えない日闘魚は青を震わせて

 恋をしているがゆえの発見もある。目的の聖樹まで無言で歩く二人の揃った足音。触れ合う前髪に降る木の実。明日逢う約束を切り出せない黄落の街角。逢えぬ日の闘魚の青。季節の一秒一秒が恋とともに描かれてゆく。

  香水瓶時効はわたしから告げる

  君に電話狐火ひとつずつ消える

  ミモザ揺れ結末思い出せぬ恋

  思い出は嘘のかたまり葡萄吸う

 女性の恋はどこか残酷な一面を持つ。それは、繊細であるがゆえに得た強さでもある。恋人が好きだった香水が色褪せた時、恋の時効を自ら告げる。それは、自分の匂いが相手から消えてしまったことを察したからであろう。青白い情念の狐火がひとつずつ消えてしまうような電話。ミモザの花霞のように有耶無耶に終わった恋。相手は未練あったりして。そして恋する女は嘘を言う。葡萄が甘酸っぱい。

  夏あざみ二度確かめるこの痛み

  リストカットにて朧夜のあらわれる

  片恋や冬の金魚に指吸わせ

  塗り薬の円を広げて秋惜しむ

 恋によって生まれた身体の空白と苦しみを確かめるように、自身の身体に痛みを与える。それは、自身の存在を自身で確認するための行為なのだ。あざみの棘に指を刺し、二度も確かめる。リストカットしてもおぼろげな自分。冬の金魚の尖った口の感触によって埋める孤独。塗り薬の刺激を肌に広げて過ぎゆく秋を追いかける。

  ヒヤシンス小さじ二分の一悪意

  近松忌まだ生温いナイフの柄

  蟻の群れわたしは羽根を捥ぐ係

  造花という造花を焼いて冬支度

 一方でサディスティックな一面も。悪意も生温いナイフも怖いけれど切ない。羽根を捥いだり、造花を焼いたり・・・。自分を実感するために、時にはサドとなり、時にはマゾになる。身体に痛みを与え、他者を傷つけても埋められない孤独。それは、恋という狂おしい病魔であり、満たされないからこそ〈詩〉は生まれる。

  身体から風が離れて秋の蝶

 魂が自分という身体の箱に収まらず、風となり秋の蝶となり浮遊しているような一句。身体と魂が一致しないという繊細なところを詩に昇華し、箱を探す旅は続いてゆく。

  綿棒で闇をくすぐる春隣

 自分の耳の闇に綿棒を入れる。くすぐったいという感覚により浮遊する魂が身体の闇に共鳴する。魂を収める身体という箱が見えてきた。

あとがきには、

この句集でわたしがすっぽり入る「ぴったりの箱」を見つけた気がします。ただし「今のところ」と付け加えておきます。

とのこと。

  殴り書きのような抱擁花梯梧

 真っ赤な梯梧の花のような乱暴だけれども情熱的な抱擁もあった。抱かれたがっていた身体がこの句集によって満たされたのだ。

 最後に、文章に収まり切らなかった好きな句をあげたい。箱がいくつあっても足りない句集であった。

  夏の月静脈灰色にめぐる

  からすうり鍵かからなくなった胸

  鯛焼の芯冷め切っている重さ

  水草生う身体に風をためる旅

  昭和の日魚拓なまなましき鱗

  手のひらに火照り女滝に触れてより

  額あじさいもうすぐ海になる身体

  春の雲素顔ひとつに決められぬ

  夏あざみ父を許すという課題

  天の川ひかがみ人知れず微熱

  実印を作る雪女を辞める

  冬の幅に収まる抱き枕とわたし

  今日を生き今日のかたちのマスク取る

 はづきファンは今も増え続けている。箱に収まりきれなかった句を鑑賞する読者とともにぴったりの箱はこれからも製造され続けるに違いない。


篠崎央子(しのざきひさこ)「磁石」同人
昭和50年、茨城県生まれ。東京在住。平成14年、「未来図」入会。平成17年、朝日俳句新人賞奨励賞受賞。令和3年、「未来図」終刊により後継誌「磁石」創刊同人。令和3年、句集『火の貌』にて俳人協会新人賞受賞。同年、星野立子新人賞受賞。句集『火の貌』共著『超新撰21』

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