著者を思わせるスレンダーなショートカットの女性が、自身の姿形にジャストサイズの箱の中に納まっている。そんなイラストが描かれた句集『ぴったりの箱』の表紙は、なかなかにインパクトがある。
女性は、笑っても、泣いても、安らいでも、不安そうでもない。表情と言える表情はないのだけれど、これから「魂」を入れて動き出しますよ、とでもいうような準備万端な視線を読者に向けている。
「あとがき」で触れているように、なつさんは、「俳句で自分自身の『寸法』を確かめる作業」を続けているという。そして、この第一句集で自身が(今のところ)ぴったりとおさまる寸法の箱を見つけた、と。
俳句十七音も、「箱」と一緒だ。言葉を盛り込み過ぎても、スカスカすぎても、おさまりが悪い。伝わらない。「箱」に過不足なく収まることで、いわゆる佳句となる(と思われている)。
ただ、句集を通読すればわかるが、なつさんが目指しているのは、そういう俳句ではない。誰かが、「なつはづきの俳句」という「箱」を開けてくれた時、その中にぴったりおさまった「私」がきらきらした瞳で「あなた」を見つめ返す。あるいは、真剣な眼差しで訴えかける。もしくは、あえて視線を逸らす。そんなサプライズを仕掛けたいというチャーミングな野望が見え隠れする。その野望実現のために、大きすぎず、小さすぎず、その都度「ぴったりの箱」を見つける作業が必要だったのだろう。
自身の寸法がわからない中での確認作業は、時に体当たりである。
夏あざみ二度確かめるこの痛み
春の雲素顔ひとつに決められぬ
毛糸編む嘘つく指はどの指か
紺セーター着ていい人のふりをする
驚くほどストレートな自己表出に、一瞬たじろぐ。一句目、「痛み」とわかっていながら、二度もその感覚を味わいに行って自身に刻む自傷行為。これが自傷しながら自身を愛するという逆説的ナルシシズムでないことは、上記に挙げた他の3句や句集後半に配置された「リストカットにて朧夜のあらわれる」でよくわかる。闇の底に沈むのではなく、朧夜があらわれるまで目を凝らす凛とした視線。
2句目の「素顔」をひとつに決められないことへの居心地の悪さ。3句目の気づかずに「嘘」をついているかもしれないと自問する内省。4句目の「いい人のふり」をしてしまう自身へのちょっとした罪悪感。自分を起点として世界と関わり合う時に「不誠実」を犯しているのではないかという、うしろめたさに付きまとわれているかのようだ。しかし、そんな自分から目を逸らさない態度は「誠実さ」でもあると、読者である私には感じられる。
「春の雲」「毛糸編む」「紺セーター」。季語と心情を配合させるシンプルな詠み方だが、ネガティブに傾こうとする心情から一歩進んだ「明るい抜け道」を予感させる飛躍のさせ方が、なつ流の「寸法」を確かめる作業の成果だろう。
ストレートな感情を隠さない一方で、なつさんは含羞の人でもある。
君に電話狐火ひとつずつ消える
泣くときはいつも横顔リラの花
夢二の忌冗談まばたきで返す
無花果やアルトの音域で生きて
猜疑心をゆっくり消していくためにかける何気ないふりの電話、涙がこぼれるのを見せまいと横を向く所作、冗談を言う相手に咄嗟にどう反応していいかわからなくなる戸惑い、本当はもっと声を張れるのに敢えて「アルトの音域」に留まる奥ゆかしさ。心を揺らしつつも、客観的な視点で自身を捉え直し、十七音に表現する。寸法を再確認するための真摯な作業を繰り返す。
あちこちに身体の一部をぶつけて傷をつくり、時に慎重に縮こまり、膝を抱えて静かに涙し、もう大丈夫と再びそろそろと立ち上がる。そうして見つけた、自身をとりまく世界と自分との「心地よい距離感」。自然体にのびのびと言葉が躍動していると感じさせる次のような句群が眩しい。
はつなつや肺は小さな森であり
ゲルニカや水中花にも来る明日
図書館は鯨を待っている呼吸
沈黙の明るく置かれ晩白柚
いずれも、身体性と直観の冴えが発揮され、「虚」と「実」の相互往来が自在な魅力的な句である。
さて、体当たりで営んできた自分自身の寸法を確認する作業も、最後は少し余裕の表情を見せ始める。
綿棒で闇をくすぐる春隣
句集の末尾に置かれた句である。「少女期や夜の鯖雲ばかり見て」と、なすすべもなく佇んでいたのは、はるか遠い昔。少女は大人になり、「俳句」という世界と対峙するための強い味方を得ている。
にもかかわらず、である。ちょっとした「闇」を前にすると、まだ少しの弱気が襲うのだ。と同時に、その弱気を笑う茶目っ気もある。掲句、「くすぐる」の措辞になつはづきらしさが炸裂していて、こちらもニヤリとしてしまう。なんてったって「春隣」。しかも、耳の中に広がる小さな柔らかな「闇」である。くすぐるようにかき混ぜているうちに、いつしか「ほう」と甘いため息が漏れてきそうだ。
心の微妙な「揺れ」に敏感であることが、彼女の作句への原動力であり、ぴったりの寸法を更新していくエネルギーともなるのだろう。次の「ぴったり」を見つけにいく旅のプロセスを、今後の作品で垣間見るが楽しみである。
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