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2018年9月28日金曜日

【新連載・黄土眠兎特集】眠兎第1句集『御意』を読みたい13 敵 黄土眠兎句集『御意』を読む 中山奈々

 バイトの帰りにチョコアイスキャンデーを買う。店を出た瞬間に袋から出し、嚙み付く。しゃり。色も匂いもチョコレートなのだけど、濾していったら、どうせ水なんだろう。しゃり。あまりにはやく嚙りすぎて、アイスが悪態をつく頰を強張らせる。しゃり。寒い。まだ梅雨入り宣言はされていないが、雨上がりの冷ややかさが梅雨のようである。その寒さ血の気が引く。どこかに意識が飛んでいくようだ。目に映るのは、ちらほら咲きはじめた紫陽花。
 かつてシーボルトは、紫陽花を自国に持ち帰るときに妻の名前をつけた。淡い記憶の中の、儚い思い。はっきりしない色合いが紫陽花のよいところなのだ。桜にしてもそうだ。薄いピンクの、あるいは白の、咲いてはすぐに散ってしまう姿に世の儚さを馳せずにはいられない。
 なんてことは、全然考えたこともない。そんな現実主義にして実力主義のなかに生きた男がいる。
 場所は大坂の適塾。身分制度が確固なものとしてあった江戸時代において、実力主義の世界を展開する。蘭方医・緒方洪庵の塾だが、その講義内容は多岐に渡った。たった一冊の蘭和辞書「ヅーフ・ハルマ」を置いた通称・ヅーフ部屋の灯は絶えることがなかったという。切磋琢磨、といえば聞こえがいい。自分が、この横に座る男よりも上に上がらなければ、安眠も出来ない。そう、塾生の寝床の位置は成績で決まる。上位は部屋奥で堂々と眠ることができる。下位は部屋の入り口―階段に繋がる板の間―で、厠へ行く者たちに踏まれ、寝相が悪ければ、蒲田行進曲ばりに階段を転げ落ちる。〈天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず、といへり。〉しかし登っていくものも落ちていくものもあるわけである。

 櫻蘂降る適塾の虫籠窓     黄土眠兎

 桜の花弁のちりは潔いが、あとからゆったりと降る桜蘂。スローモーションのなかにも鋭さはある。適塾の柱には無数の刀傷がある。儚さを憂いている場合ではない。勉学への果敢さを見せていかなければ。そのあと花は葉に変わり、万緑のもとにたくさんの蟬をもって栄えるのである。
 蟬の命だって儚いって? 次の年も次の年も湧いて出てくるだろう。日本という大本がしっかりしていれば、蟬も安心して出てこれる。
 黄土眠兎句集『御意』にはお金の俳句が多いといわれる。掲句も見ようによったらお金なのだ。だって、適塾第十代塾長は誰であろう、一万円の肖像、福沢諭吉そのひとである。ちなみにわたしのGmailのアドレスは金が舞い込むかと思い、【tekijyukujyukutyou】としているが、金とは縁遠い。

 緑蔭によつてたかつて秘密基地

 政治は見えにくい。だから俳句をやっているひとたちのなかにも政治的なものがあってもはっきり見えない。それは緑蔭でやっているからか。目を凝らしたら見えるのか。しかし。飛蚊症激しいこの近眼には緑蔭よりも、遠くの山の緑がよいらしい。その山にはビッグフッドがいるかもしれない。その方が楽しい。仲間を作ることもいいが、ライバルを作ってみるのもいい。
敵。
敵。
敵。
 黄土眠兎は充分な敵である。

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