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2016年12月23日金曜日

<抜粋「俳句通信WEP」95号>  新しい詩学のはじまり(6)――社会性俳句の形成①/伝統俳句の開始 筑紫磐井



伝統俳句ブーム

 戦後俳句史において兜太と双璧として語られるのは、飯田龍太や森澄雄であろう。兜太が「前衛」であれば、龍太や澄雄は「伝統」の代表となる。しかしそれだけでは、兜太対龍太とは、「前衛」対「伝統」の代名詞で終わってしまう。もちろん、単純で図式的な戦後俳句史が読み説かれても悪くはないが、俳句に深みを与えるのは新しい歴史の見方だ。そしてもうすこし新しい戦後俳句史を作ろうとするなら、新しい切り口を幾つか考えて、試行錯誤してみることが必要だ。

 もう一つは、兜太は造型俳句論により新しい詩学を考察した。これは現在に至るまで大きな功績として俳句史に残っている。しかし、兜太と対峙しようとした俳句理論が――特に伝統俳句に影響を及ぼした俳句理論が――いったい何であったのかはよく分からない。

兜太と当時最も激しく対立したのは中村草田男であるが、草田男の主張が根本のところで兜太と全く異種・対立したかと言えば、そんなことはない。草田男と兜太はあるところまで同根であり、俳句を見るまなざしは同じである。対立したのは世代対立にすぎなかった。その証拠に、現在俳句の主流を占めていると言われる伝統俳句において、草田男の影響は極めて薄い。草田男があったために、現在の伝統俳句が守られたなどと言うことは全くないのである。

 これに対して、龍太や澄雄はよほど現代の伝統の源流と言うことができる(この際高浜虚子はしばらくおいておく)。しかし、龍太や澄雄には独白的な感想は多いものの、兜太と対比できる俳句理論は生み出していない。そうしたものがなくても伝統は復活できたという考え方もあるかもしれないが、やはり詩としての主張のないジャンルは衰退するしかないであろう。

 私は以前から、兜太に対峙するのは、実作において龍太や澄雄であったものの、理論的な対立は草間時彦や能村登四郎であったろうと主張している。拙著『伝統の探求』において述べたことと重複するがここに述べてみよう。龍太や澄雄の実作を、時彦や登四郎が理論的に裏打ちすることによって、伝統の起死回生は図られたのであろうと思っている。もちろん、理論と実践が軌を一つにしているわけではない。問題は、理論も実践も、同一の危機意識を持って進んでいたということなのである。

 前衛俳句ブームから十年ほどたった一九七〇年前後(つまり俳人協会の法人化と前後して)、突然、俳句にとって伝統は必須のものだという論調の論文が出始める。一九七〇年に草間時彦が書いた評論「伝統の黄昏」(「俳句」昭和四十五年四月)がその一つである。さらにその直後、能村登四郎が書いた「伝統の流れの端に立って」(同昭和四十五年十二月)が出てきて、この二本の評論によって、伝統が肯定的評価を受ける潮流が生まれる。当時の商業誌(特に「俳句研究」)は、一九七〇年から五年ほどの間に「俳句の伝統」(昭和46年5月「俳句研究」)「俳句の伝統と現代」(昭和46年8月「俳句研究」)「伝統俳句の系譜」(昭和47年7月「俳句研究」)「俳句伝統の終末」(昭和50年4月「俳句研究」)などの特集を毎年のように組んでいる。一方の角川書店「俳句」は伝統に関するさらに根源的な文化に関する座談会などが行われていた。
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評論と併せて作品にも顕著な傾向が見られた。新興俳句出版社の牧羊社は(恐らく戦後俳句史上初めての戦後派作家の画期的なシリーズ)「現代俳句十五人集」を刊行しはじめ話題となった(昭和四十三年)。これらと併行するように角川書店の「俳句」では、毎号一作家ごとの大特集シリーズ「現代の作家シリーズ」(昭和四十三年)「現代の風狂シリーズ」(昭和四十六年)をはじめる。ほとんど俳句部門の受賞者のいなかった読売文学賞【注】も昭和四十三年以後、飯田龍太、野沢節子、森澄雄と受賞が続く(いずれも牧羊社「現代俳句十五人集」の句集が対象となった)。さらに角川書店は大企画「現代俳句大系」十二巻を上梓する(昭和四十七年~四十八年)が、そこからは有季定型以外の俳句は除外されていた。これらを総覧すればわかるように金子兜太を除けば、登場した俳句作家の大半は伝統俳句作家であったのである。意図的であると否とを問わず、前衛俳句ブームの後、十年たってから伝統俳句ブームというものが発生してきた訳である。そうした中で、ひとり、兜太のみが孤軍奮闘しているように、当時俳句を始めたばかりの私には見えたのである。
【注】それまで短歌部門受賞者がが八人もいたのに対し、俳句部門はわずか三人だった。読売文学賞では短歌と俳句では顕著な差別があったのである。


(以下略)



※詳しくは「俳句通信WEP」95号をお読み下さい。

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