【俳句新空間参加の皆様への告知】

【ピックアップ】

2014年5月9日金曜日

【小津夜景作品 No.22】  よくあることさ  小津夜景


※画像をクリックすると大きくなります。
(デザイン/レイアウト:小津夜景)






   よくあることさ  小津夜景

 五月になると、ミモザとオリーヴの花が重なりあひ、プロヴァンス地方の香りは急に古代楽園風となる。そして町の広場や路地や浜辺に、ギター&ヴァイオリン弾きの二人組がどつと溢れ出す。
道を歩いてゐてそんな二人組を見つけると、僕はなるべく足を止めて彼らの演奏に耳を傾けることにしてゐる。彼らの演奏する曲は決まつてジャンゴ・レナ&ステファン・グラッペリ。そのまま過ぎ去るのは、音楽の神様に対しあまりに無作法といふものだ。

 ジャンゴ・レナにはどこかしら憧憬の活性剤じみたところがあるのか、人はジャンゴを演奏するとき、虚心に夢見る顔つきになるのが面白い。ウディ・アレンの『ギター弾きの恋』はジャンゴを愛するギタリストが主人公の映画だけれど、この主人公も彼のことをとても崇高な夢の対象として見てゐて、それはつまりウディ・アレン自身が彼をそんな風に想つてゐる、といふことなんだらう。

 今日も海岸でジャンゴのMinor Swing を耳にした。それからクリーニング屋経由で家に帰つて夕食をすませ、夜も更けた頃にオスカー・ピーターソン&ステファン・グラッペリのカルテットを引つぱり出し、少しだけ枯葉を聴いてみた。

 グラッペリの骨法を踏まへた名演奏。だがジャンゴが相棒だつた頃の濡れた路上のやうな匂ひや、コスモポリタニズムを宿したあの時代の奇蹟は、もはやその音に全く残つてゐない。ジャンゴの死後、グラッペリは何故こんなに悲しく変はつてしまつたのだらう? それともこれが老いということ? いや案外彼ではなく、パリといふ空間の方が大きく変はつてしまつたのかも知れないな。うん、きつとさうだ。Ok, it's not unusual.


 Bud Powell
夜の粽クレオパトラの夢に逢ひ


 Johnny Mandel

影ばかり野をゆく夏のいそしぎは


 Cole Porter

紫陽花は鳴るさよならを言ふたびに


 Jerry Brainin

千の目を濡らしてゐたいあさぐもり


 Lionel Bart

ロシアより愛をこめたる泉かな


 Herbie Hancock

かはほりの夜をほろぼす処女航海


 Duke Ellington

恋ふる海星揺れねば意味と成らざりき


 George Gershwin

霧深き日をまほろばの古茶とせむ


 Herman Hupfeld

いま時の過ぎざる右手のジギタリス


 Harold Arlen

目覚めたれば虹の彼方にうつつかな





【作者略歴】
  • 小津夜景(おづ・やけい)

     1973生れ。無所属。





0 件のコメント:

コメントを投稿