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2014年4月4日金曜日

【西村麒麟『鶉』を読む17】  無題/村上鞆彦

一月の終わり頃でしたでしょうか。「句集『鶉』が出たので何か文章を書いてください」という麒麟さんからのメールに、「いいでしょう、何か書きましょう」と返信をしてから、随分長い時間が経ってしまいました。

お彼岸の中日も過ぎた頃になって、ようやく今このように筆を起こした次第です。
お彼岸といえば、『鶉』のなかに、

あくびして綺麗な空の彼岸かな
がありました。上五のとぼけたような味わいに面白みがあり、次第に春が整ってきた彼岸の頃の空を、のんびりと眺めている寛いだ心持ちが出ています。『鶉』のなかでも優れた一句として、銘記しておきました。

そのほかに共感を覚えた句としては、次のようなものがありました。

一回も負けぬ気でゐる相撲かな 
桔梗のつぼみは星を吐きさうな 
新米や大働きをするために 
大根の上を次々神の旅 
大根をすらすら抜いてゆきにけり 
立子忌の次の日もまたよく晴れて 
孕み鹿歩いて逃げて行きにけり 
エンジンの大きな虻の来たりけり 
火取虫戦ふための本の山 
どの部屋に行つても暇や夏休み



これで全部出し切ったというわけではもちろんなく、自分なりに十句に絞ってみた結果です。並べて見ていますと、折からの春風に包まれたような駘蕩としたよい気分になってきます。麒麟さんの句は読み手の心をむやみに刺激するのではなく、やわらかく揉みほぐしてくれます。これは大きな長所です。しかし、単に口当たりがよく穏やかなだけかというと、そうではありません。よい気分にさせられて読み進めているうちに、いつのまにか麒麟調とでもいうべき掴みどころのない飄逸味が心に沁み込んできて消しがたく印象されているという、ある種の図々しいところもあります。これもまた大きな長所でしょう。
 図々しいといえば、我が家ではこれまでに何度も麒麟さんをお迎えしましたが、その度にうちの本棚を眺めては「何かください」と決まったように言う。これは図々しいです。しかし膝を交えて酒杯を挙げているうちに、「しょうがないから、何かあげようか」という気持ちにさせられるのは、麒麟さんの人徳と言えるでしょうか。

昨夏のある晩、麒麟さん夫婦を我が家に迎えてひとしきり飲んでから、近所の隅田川沿いに立つ勝海舟像の下へ行き、線香花火をしました。戴き物の高級線香花火で桐箱入りでした。桐箱入りなのに、火の玉が案外早く落ちるのが可笑しくてしょうがなかったことを覚えています。

最後はどうでもよい話になりましたが、麒麟さん、句集『鶉』のご上梓、本当におめでとうございました。





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