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2014年3月21日金曜日

【西村麒麟『鶉』を読む14】 西村麒麟句集『鶉』評 / 堀田季何

① 句集について

句友・矢野玲奈によれば、西村麒麟は「受け取ったら喜んでもらえそうな番号を選んで、64番:御中虫 77番:中山奈々 99番:堀田季何 (敬称略)に贈った」とのことである。64は「ムシ」、77は「ナナ」もしくは「ナナナナ」であってわかりやすい。99はもう少し凝っていて、九九「KuKu」と季何「KiKa」の「KK」合わせ、九九の掛け算と幾何学の算数・数学合せの両方成り立つ。なるほど、さすが風流と粋が売りの麒麟!

でも、麒麟は風流と粋だけじゃない……。

『鶉』を先刻から読んでいるが、あにゃっ、麒麟と麒麟句の作中主体が混然としてきて、眼鏡姿の麒麟がメイドに見えてきた。だめだ、堀田季何、しっかりしろ、よく見るんだ! もう一度、麒麟らしき麒麟のドッペルゲンガーと向き合うと、ここでピンク色の霞がたなびいてきて、あれ、麒麟はどこだ、いや、どこだここは! 瓢箪やら仙人やら奥方・A子やら佐保姫やら鶴亀やら闇汁やらに囲まれているぞ。夢なのかうつつなのか。童子にすすめられるがまま河豚をひと口、うん、うまい、ああ、なんかこの世界をよく知っている気がしてくる、うんうん。いやぁ、もう酔ってきたのかなぁ。さっきから飲んでいるのも酒か水かわからなくなってきた、よく見ると墨汁みたいだし。周りの山も川も墨色だし、あら、麒麟もいつのまに陶淵明のような服を着ていて、瓢箪から酒を呑みながら酔拳をしている。あれ!? 

こんな句集を而立で出す麒麟は、風流や粋という狭苦しい枠では収まるはずもない。そう、彼こそまさに酔狂、頓狂、素っ頓狂! もちろん、最大級の賛辞のつもりである。

② 句集の十一句

アブサンを飲みながら適当に11句選してみた。麒麟に敬意を表して、あくまでも「飲みながら」かつ「適当に」である。素面で大真面目に選句なんてしたら作者にも句集にも失礼になってしまう。もちろん、11は、KuKuとKiKaのKが11番目のアルファベット、それに11は99の素因数だから。

そうそう、選句基準は、秀句でも、佳句でも、好きな句でもなく、堀田季何が突っ込みたくなった句、脱力した句、唖然とした句、おどろいた句☆

耐へ難き説教に耐へずわい蟹

何度読んでも、説教される麒麟に感情移入してしまって、「耐へ難き説教に耐へ/ずわい蟹」と読めず、「耐へ難き説教に耐へず/わい蟹」と読んでしまう。玉音放送の「耐へ難きを耐へ、忍び難きを忍び」に涙した人たちは怒るだろうけど。

ことごとく平家を逃がす桜かな
取合せの句として読めば、麒麟が故郷の瀬戸内海沿岸で平家の落武者狩りを行っているが、酒を飲み過ぎてしまったのか、平家が美女集団だったのか、妻・A子に言われたからのか、平家を「ことごとく逃が」してしまっている、といったような解釈が成り立つ(おい、成り立つのか、本当に!)。でも、僕は敢えて一物の句として解釈したい。桜になってしまった麒麟が「ことごとく平家を逃が」している図である。こちらの方が面白い。

この国の風船をみな解き放て
前句「春風や一本の旗高らかに」(p.56)の2句だけ読むと、戦時中の戦意高揚句にも読めてくる(もちろん風船は爆弾付き)。しかし、後句「朝寝してしかも長湯をするつもり」(p.57)を読めば、作者が軍国主義ではきっと淘汰されるであろう人物だと判る(賛辞のつもり)。

玉葱を疑つてゐる赤ん坊
僕の場合、蚕豆をエロティックだと思うようになった小澤實に師事しているせいか(「俳句」1月号参照)、つねづね玉葱をエロティックだと思っている。掲句、その僕が詠んだ句ならバレ句として解釈されかねない。でも、麒麟が詠んだ句なので、赤ん坊に酒を飲ませたんだろうか、泥酔の麒麟が赤ん坊のふりをしているんだろうか、という無難な解釈で済んでいる。フロイト信奉者に読ませなければ、だ。フロイト信奉者たちに読めませたいのはこちら-「美しきものを食べたし冬椿」(p.34)、「はねあげるところ楽しき吉書かな」(p.39)、「初湯から大きくなつて戻りけり」(p.39)、「たましひの時々鰻欲しけり」(p.62)、「貝の上に蟹の世界のいくさかな」(p.62)、「かたつむり大きくなつてゆく嘘よ」(p.63)、「かたつむり東京白き雨の中」(p.63)。麒麟の信用力と人望を再確認した次第。

働かぬ蟻のおろおろ来たりけり

イソップ原作、筑紫磐井監督の長編映画『アリとキリギリス』が資金不足のため撮影の途中で頓挫。蟻たちにはギャラも出ず、そのままリストラ。食べるものにも事欠くようになり、「へうたんの中に無限の冷し酒」(p.72)と自慢していた麒麟のところに酒をタカるため、ぞろぞろ、おろろおろと来たりけり。勤勉な蟻が働いていないのはこういった事情のせいだが、「凍鶴のわりにぐらぐら動きよる」(p.33)の凍鶴がぐらぐら動いているのは、麒麟にすすめられて酒をすでに飲みすぎたせい。「人知れず冬の淡海を飲み干さん」(p.26)と豪語している麒麟と酒量を競うなんて鶴でも千年はやい。でも、麒麟も酔ってきたようで広島弁が出てしまったようだ(「動きよる」は広島弁)。そうか、麒麟自身も鶴を眺めながらぐらぐらと動いていたんだ。

涼しくていつしか横に並びけり

麒麟はこうやって美女を口説くのか。あの笑顔で言われたら、僕でも信じてしまうだろうなぁ。

端居して幽霊飴をまたもらふ

黄泉竈食ひ(よもつへぐひ)の類か。麒麟は永遠に縁側で端居することになり、もはや家の中にも庭にも戻れまい。

こぼさずにこぼるるほどに冷し酒
句集では縦書になっているが、初五中七のひらがなが高いところから注がれている酒、下五が杯に見えてくる不思議。

いつまでも死なぬ金魚と思ひしが
「死なぬなら殺してしまへその金魚!」という一句が聞こえてきて(幽霊飴をくれた美人幽霊の声にそっくり!)、自然に右手が動き、あらら、金魚は死んじまったとさ。ちなみに、その前の夏は「かぶと虫死なせてしまひ終る夏」(p.67)だったそうな。

手を振つて裸の男の子が通る
そのまま素通りさせてしまうのか!? 服を着せてあげないのか!? コスプレの楽しさを教えてあげないのか!? 

どの部屋に行っても暇や夏休み
夏休みだけじゃないだろう! そんな麒麟におすすめなのは、休日・夜間限定の自宅警備員(ネット情報では、今が旬の仕事らしいです)。もちろん、朝はよき夫、昼はまっとうなサラリーマン、夕は酔っ払い。ちなみに「どの島ものんびり浮かぶ二日かな」(p.39)とあるので、麒麟の無聊は周囲に伝染するらしい。

……ああ、アブサンに酔ってしまって、ひどい鑑賞文を付けてしまった。僕にしては紳士的ではない、少々下品なコメントまで混じっている。御免よ、麒麟。御免よ、A子。

③ 悪口雑言……無理

筑紫磐井が「第59 号(2014.02.28 .)あとがき」にて「もうちょっと批判や悪口がないと、世の中はこんなものだと甘く見てしまうことになりかねないので、これからは是非、批判・悪口を寄せていただければありがたい。獅子が千仭の谷に(手足を縛って)子を落とし、剩え岩石・土砂・携帯電話を落としまくるのに似ていよう」と書いていたので、何か悪口雑言を書いてみたくなったが、あまり浮かばない。これも麒麟の人徳であろう。

強いて言えば、いくつかのテーマ別に章立てをしてほしかった、ということくらい。ラブラブ(デート、お見合い)の句が時系列で含まれているのは分かるけど、冒頭に「へうたん」の句が3句連続で出てくるので、句集全体が時系列というわけでもない。ラブラブの句以外残りの句はどういう戦略で配列したのかわからない。「へうたん」の句も冒頭以外に出てくるし、画中世界の句も出てくるところが滅茶苦茶。酔狂な世界観を出すために敢えて雑然とさせたという見方もあるが、句数もそこそこあることだし、もう少し読みやすくする工夫があってもよかった。

蛇足だが、前述「(手足を縛って)」という提案は気に入った。Mに目覚める麒麟。一見の価値はありそうだ。


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