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2013年8月23日金曜日

上田五千石の句【テーマ:黒】/しなだしん

邯鄲や阿蘇のしづけさ底知れず

第五句集『天路』所収。平成八年作。

句集『天路』は平成十年に刊行された。五千石が六十三歳で亡くなった翌年のこと。

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今回のテーマ「黒」は、色が何もない無彩色のこと。色は光が作るが、その光が無い、もしくは届かない状態。色を光りで認識する人間にとって「闇」と同じといっていい。

掲出句にはテーマである黒という言葉は表れておらず、「闇」という言葉すら表出していない。だが、邯鄲の規則正しい鳴き声は阿蘇の闇の深さが思われる。「しづけさ底知れず」は大きな闇の空間を想像させる。

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掲出句は、《『草枕』の地を訪ねて 四句》と前書のあるうちの一句で、同時作は以下三句。

   峠路や秋を瑞葉の肥後大根 
   炉の秋や魚もけものも山の幸 
   坂鳥やけぢめつけそむ山と空 
『草枕』は夏目漱石の小説で、1906年に『新小説』に発表された。熊本県玉名市小天温泉を舞台にした作品で、「山路を登りながら、こう考えた」という一文に始まる。著者のいう「非人情」の世界を描いていて、漱石初期の名作と評される。

前書にある通り、玉名市小天温泉を散策し、阿蘇まで足を伸ばしたのだろう。阿蘇の手付かずの大自然が生む漆黒の闇は、邯鄲の鳴く豊かな闇でもある。

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五千石の句に今回のテーマの「黒」という言葉の表記のある句は非常に少ない。全集を見ても数句程度である。以前にも書いたが、五千石は「死」という言葉も忌み嫌った。「黒」は「無」に通じ、「無」は「死」に通じる。そんなところから死と同じく「黒」を嫌って使わなかったのかもしれない。

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