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2013年2月15日金曜日

文体の変化【テーマ:短歌と俳句で読む②】/筑紫磐井

~長岡裕一郎の場合~


長岡裕一郎は東京芸術大学にはいる前の浪人時代に三一書房の『現代短歌大系』(昭和47年)の最終巻で大岡・塚本・中井の選考で発表した新人賞次席に選ばれ(この時18歳)、後「俳句研究」の五十句競作で俳句に転じ、攝津幸彦、大井恒行、歌人の藤原龍一郎らとともに「豈」の創刊同人の一人であった。しかし長年にわたる過度の飲酒が肝臓をむしばみ平成20年4月になくなった、享年は53歳だったが多くの友人には白皙の美少年の面影がまなうらを去らない。

そのデビュー作で、中井・大岡・塚本の満票を得、選者中井英夫に「あんまり達者で、舌巻くほかはない」「呆気にとられた」と言わしめた作品が「思春期絵画展」である。
トリチェリの水銀柱にて生じたる真空地帯にひそむ憂鬱
エルンストの都市鳥瞰図に地震ありて静かに揺らる燐光時計
青空にマグリットの月冴え冴えと『諧謔』は歩く恋愛海岸
ギリシャ悲劇の野外劇場雨となり美男美女美女美女美男たち
赤ばかり並んでしまつた、アリスよバラを塗りかえる白をくれよ
大岡は「非常にうまいですね。うまいというより、瞬間に浮んできた言葉を並べていくと、つぎつぎにこういう歌が出来てしまうような機構が、この人の若い頭の中にあるんだという感じですね」「この人の感覚は、危うい綱渡りをみごとにこなしていけるようで、いわばいい運動神経を持っている歌だという感じがするんですね。しかしまた、はたしてこんなに軽々と歌が出来てしまっていいものかしらということが気になることもたしかです」といっているが、中井・塚本のこれに対する「ただ、将来、たいへんないろんな仕事をする人じゃないかとはとは思います」「怖ろしいような才能ですね」言葉と合わせて、前回私が句集・雑誌渉猟(2)で述べた天才論を地で行く作家であったことを今更ながらに思わせるのである。

「実験室の遊戯」「思春期絵画展」「秘密の革命」「「不思議の国のアリス」演技」といった題名から戦火想望ならぬ幻想想望の世界を描いたのだが、最早その題名は(過去の)制作の動機以外何ものでもなく、敢えて主題というにはあたらない。あふれ出る才能に、なんらかのきっかけが必要だったというだけのことなのだ。長岡の受賞の言葉、「あぶない崖のふちに立ち、不意に疾走してくる言葉たちを掴まえようとしたつもりですが、手を摺り抜けていった言葉は僕の心配を裏切り、崖から墜落するどころか、蝶のように飛翔して、やがて見えなくなりました」は大岡たちの予想通りの資質を持っていたことを自ら語っている。

このあと、長岡は「俳句研究」の五十句競作(高柳重信が、『現代短歌大系』新人賞に倣って企画したものだという)に応募し、入賞に次ぐ佳作第1席に選ばれた。以後、澤好摩、攝津幸彦を兄貴のように慕い、俳句を紡ぎ続けた。彼の俳句作品を句集としてみることの出来ないじれったさ、特に慕っていた攝津幸彦の若すぎた死(平成8年)で彼の句集をまとめるモチベーションの低下を怖れた大井恒行、酒巻英一郎、そして私が強引に「長岡裕一郎誌上句集三〇〇句」を豈39号(平成16年7月)に掲載させてしてしまった。裕一郎の没後遺族はこの300句を遺句集『花文字館』(平成20年12月ふらんす堂刊)として上梓した。

森の奥眠りあると進む濡れた靴
目薬のへたな童貞花言葉
階段のひとつが故郷ハーモニカ
さむき夢プラネタリウムに植えられて
押し花の濁り静かに閉ざす辞書
極彩の切手蝶道に緘す
やわらかくきつぷちぎられ水族館
雨雨雨紫陽花舞踏譜蒐集家
少女から処女へと雪の降りつづく
令嬢(マドンナ)の睫毛・優曇華・花鋏
黒天鵞絨(くろびろうど) ふと水滴の番(つが)ひしか
蝶の絵に不覚の飛沫落としたり
手花火を水に落として蜜となる
風花を/卍くづしと/言ふ切子
門松の切れ味すごき夜を歩く
はたた神 仕舞ひ忘れし花鋏

これらの句をどう見るであろうか。必死に俳句の牙城に攻め込もうとする長岡の主観を感じ取ることは出来るが、読者としてやはり「思春期絵画展」をフラッシュバックしてしまう瞬間がどうしてもある。長岡の悲劇はそれと抗ったところにあったのではないか。「思春期絵画展」が実は俳人の長岡そのものでもあると思わなかったところに、彼の俳句の世界での不幸があったように思う。しかしじっさい、彼はそうした世界で成功していたのである。
黒天鵞絨(くろびろうど) ふと水滴の番(つが)ひしか
この美しさ!永遠に残る長岡の絶唱である。「ギリシャ悲劇の野外劇場雨となり美男美女美女美女美男たち」に匹敵する極上の世界を彼は意識せずに紡いでいたのである。

 
短歌と俳句を併行して続けた安土、短歌から俳句に転換した長岡と眺めた。その上で言えば、短歌の呪詛に彼らは終始絡め続けられたように思う。

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