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【ピックアップ】

2012年12月27日木曜日

三橋敏雄『真神』を誤読する / 北川美美 10.11.12

10. 渡り鳥目二つ飛んでおびただし

渡り鳥の目だけが飛んでくるようなスピード感ある凄まじい光景がただ浮かぶ。渡り鳥は命をかけて飛ぶのである。その臨場感が伝わってくる。世界中に散らばる渡り鳥たちが、同じ地をめざし、どんな経験を積み重ねているか。克明に映像化した『WATARIDORI』(原題: Le Peuple Migrateur/2001 監督:ジャックペラン)は、生きるためだけに鳥たちが北に向かっていく姿だけを収めた壮大な映像である。彼らの繁殖が生まれ故郷の北極でしか行われないことは自然界の神秘的な法則である。

敏雄に鳥の句は多い。『眞神』では、晩鴉(6句目)、渡り鳥(10句目)、信天翁(32句目)、発つ鳥(72句目)ひばり(82句目)、飛ぶ鳥(97句目)などが散りばめられている。『創世記』のノアの箱舟では、洪水の40日後にノアは水が引いたのかを確かめるため、はじめに鴉を手放す。『眞神』が鴉からの登場していることは偶然かもしれないが感慨深い。

船上生活の永い敏雄は沢山の鳥たちをみてきたことだろう。『眞神』の中の鳥たちは天界の使者のような八咫烏(やたがらす)の役目とも思えてくるのだ。八咫烏になりえる実在の鳥が敏雄の審美眼により選び抜かれ配置されているように思えるのだ。

『眞神』というタイトルから日本の神話、山岳信仰、陰陽道などを連想することができるが、それは無季句をより効果的にするためのトリックのように感じられ、八咫烏は実在しない上にそのイメージがあまりにも付きすぎているため『眞神』の中では排除されているのだろう。昇天した敏雄自身が八咫烏のような気がするのである。

無季句を追求する敏雄にとり、鳥は、読者を異世界に連れて行くことのできる橋渡しである。掲句は無季句でありながら散文になることも感情を込めることもなく表現されている。命を賭けた鳥たちがただただ北に向かっていく姿だけが詠われている。人間は太古より鳥になることを夢見ていた。



11. 家枯れて北へ傾ぐを如何にせむ

陰陽道では、「北」について引いてみると、黒(色)、冬(季節)、羽(五音)、皮膚(五感)とでる。前掲句⑩の渡り鳥と⑪の羽のキーワードが一致。巧妙な句配列である。真北から西に6度ほど傾いているのが磁北になる。『眞神』であるならば磁北のことだろう。

南の日照時間が多くなればその方位の家の老朽化が進み確かに北側に傾くというのは確かに頷ける。

下五の「如何にせむ」は『古今集』ですでに使用されており「名取河せぜの埋木あらはれば如何にせむとかあひみそめけむ 読人不知」などがある。途方に暮れる嘆きの様子が雅やかに映る。現在、ビジネス文書あるいは国会中継で「いかがなものか」という台詞に遭遇するが、これには批判的意向が大いに含まれており、『古今集』の頃の「如何にせむ」とは使い方が変化している。掲句の「如何にせむ」にも少なからず批判的意志が含まれているとみる。

というのは、ここで登場する「家」は、『眞神』の中でひとつのテーマとなり昭和30-40年代の日本の社会の底辺をも描いているように思えるからだ。「家」から広がる家族そして村社会が背景に潜む。

写真集『筑豊のこどもたち』(1959土門拳)、映画『砂の女』(1963 原作:安部公房、監督:勅使河原宏)は『眞神』の世界をイメージするに恰好の資料と個人的に思う。特に、阿部公房と『眞神』の世界観には、前衛性を保ちながら、マクロの視点で人間の存在を観察し、アナキズムの匂いがある点に於いても共通項が多い。この人間の業を言葉に置き換えようとする作者の枯渇は戦争体験を通して戦後という時代を生きた人の心の渦のように感じるのである。

『眞神』には思想的なものは何も含まれていない。一句一句に言葉によるシャーマンが隠れているだけなのだ。しかしながら家の老朽化の影に家族の不在も匂わせる掲句は社会的な日本の風景をも暗喩していると感じる。そういう村へ読者を連れて行く『眞神』の旅を楽しめばよいのだ。

『眞神』(1973年上梓)の発刊周辺の日本、世界の激動を一部挙げておく。

1972年

日本陸軍兵 横井庄一 グアム島で発見
連合赤軍・浅間山荘事件
佐藤栄作退任 田中角栄就任
ウォーターゲイト事件
川端康成自殺
大阪・千日デパート火災
1973年

ベトナム戦争終結
日本赤軍によるドバイ日航機ハイジャック事件
金大中事件


12. 雪国に雪よみがへり急ぎ降る

2011-2012年の冬は厳しかった。この氷河時代の前触れのような気象は雪国の老朽化した家々に例年の倍以上の雪を降り積もらせた。積雪に押しつぶされそうになりながら家の中でひっそりと暮らす独居老人がニュースに映されていた。けれどそこに暮らす老人の顔は決して苦悩に満ちてはいない。人間という業を生きるということを映像から垣間見た気がした。

「よみがへり」とは、このような雪国という神話のような世界を示す地域に降る積雪のことなのだろう。雪国という名称に降る豪雪という自然の猛威。「急ぎ降る」という措辞に雪に埋もれながら孤独に年老いていく人の姿が隠れているように読める。

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